| 令和 8年 2月11日(水):初稿 |
|
○「映画”恋愛裁判”を観て-アイドルになるのも大変と実感」の続きで、その題材となった裁判例の一つを紹介します。 ○原告S社との間で、芸能活動に係る専属契約を締結した上で、アイドルグループ「f」の一員として芸能活動を行っていた被告Cが、グループの一員として活動中に男性ファンとラブホテルに入るなど専属契約に違反する行為をし、これにより、グループを解散せざるを得なくなり損害を被ったとして、原告S社と、同グループについてタレント共同運営契約を締結していた原告A社が、被告Cに対しては債務不履行又は不法行為に基づき、被告Cの親権者父である被告Dに対しては民法714条1項に基づき、原告Sは約238万円、原告Aは約272万円の損害賠償金の連帯支払を求めました。 ○これに対し、 1.本件女性タレントは,交際禁止条項を知りながら,故意又は過失によりこれに違反し,芸能事務所の指示に従わずに本件交際に及び発覚に至ったことは明らかであるから,債務不履行責任及び不法行為責任を負う 2.本件グループがわずか約3か月の間に220万円以上に及ぶ本件売上げを上げたことなどからすると,原告らは,本件グループの解散がなければ,少なくとも,本件費用に相当する額の利益を得ていたと認定できる 3.芸能事務所らによる本件グループの早期解散に一定の合理性があり,本件交際の発覚と本件グループの解散との間には,相当因果関係があり,本件交際と解散により芸能事務所らに生じた損害との間にも相当因果関係がある 4.芸能事務所らが本件交際禁止条項を本件グループメンバーに遵守させようと十分な指導監督をしていなかったことは,本件グループを運営管理するにあたっての過失にあたり,この過失は本件女性アイドルによる本件交際の一因であったのであるので,本件交際における過失割合は,芸能事務所らが40,本件女性アイドルが60とするのが相当である 5.本件女性アイドルは,通常の同年齢の者が有する事理弁識能力を有していたのであり,その親権者は,民法714条1項の監督義務者等にはあたらないから,本件において責任を負うことはない などとして、被告Cに対してのみ、原告S社へ約23万円、原告A社に約43万円の支払を命じた平成27年9月18日東京地裁判決(労働判例ジャーナル49号2頁、判例時報2310号126頁)関連部分を紹介します。 ************************************************** 主 文 1 被告Cは,原告株式会社Sに対し,22万6800円及びこれに対する平成26年3月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告Cは,原告A株式会社に対し,43万1891円及びこれに対する平成26年3月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 原告らの被告Cに対するその余の請求及び被告Dに対する請求をいずれも棄却する。 4 訴訟費用はこれを8分し,その1を被告Cの,その余を原告らの負担とする。 5 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 1 被告らは,原告株式会社Sに対し,連帯して237万8000円及びこれに対する平成26年3月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告らは,原告A株式会社に対し,連帯して271万9819円及びこれに対する平成26年3月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,被告C(以下「被告C」という。)が,原告株式会社S(以下「原告S」という。)との間で,芸能活動に係る専属契約を締結した上で,アイドルグループ「f」(以下「本件グループ」という。)の一員として芸能活動を行っており,原告A株式会社(以下「原告A」という。)は,原告Sとの間で,本件グループについてタレント共同運営契約を締結していたところ,被告Cが,本件グループの一員として活動中に男性ファンとラブホテルに入るなど上記専属契約に違反する行為をし,これにより,本件グループを解散せざるを得なくなり損害を被ったとして,原告らが,被告Cに対しては債務不履行又は不法行為に基づき,被告Cの親権者父である被告D(以下「被告D」という。)に対しては民法714条1項に基づき,それぞれ損害賠償金及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成26年3月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。 1 前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。証拠番号は特記なき限り枝番を含む。) (中略) 第3 当裁判所の判断 1 争点1(被告Cの債務不履行責任及び不法行為責任)について (1)被告Cの認識について ア 被告Cは,交際禁止条項につき十分な認識はなかったと主張する。 ところで,本件契約等に交際禁止条項が定められていることには争いがないところ,被告Cは,本件専属契約に自ら署名押印しており,その真正な成立を疑わせる事情は見あたらない。被告Cは,本件専属契約締結の際にaから交際禁止条項の説明を受けなかったと供述するが,被告Cにおいて,本件専属契約締結の際に,交際禁止条項についても十分理解することが可能であったと認められるから,この主張は採用できない。 イ 本件規約への署名押印については,被告Cの母が行ったと認められ,被告Cは署名押印をしていない。しかし,bの供述によれば,bが被告Cに対し本件規約の内容の読み合わせをした事実が認定できる(bの上記供述は,同人には被告Aの代表取締役としてアイドルとして活動を開始する被告Cらに対し本件規約の内容を知ってもらう動機があること,被告C自身もファンと仲がいいことが発覚してはいけないことや本件規約に恋愛禁止と記載されていることを知っていた事実(被告C供述)と整合すること,被告らが指摘するb証言の変遷は勘違いによるものと見るべきことなどに照らして,十分に信用することができる。)。 被告Cは,本件規約の読み聞かせを受けていないと主張するが,上記認定に照らして採用できない。 ウ 以上から,被告Cは,本件グループで活動するにあたり,交際禁止条項について説明を受け,その内容を認識していた事実が優に認定できる。 (2)交際禁止条項の効力及び解釈について ア 本件グループの他のメンバーらが作成した陳述書及び上申書(甲10,17ないし19)やbの供述(これらは以下の認定部分について内容が符合しておりいずれも信用性が高い。)等によれば,原告らが本件グループの活動開始にあたって,メンバーらに対して交際相手と別れるように通告し,交際相手がいたメンバー全員が交際相手と別れた旨の申告を行い,これを受けて原告らが本件グループを運営していた事実が認められる。 イ 確かに,本件グループの活動開始後も交際を継続していたメンバーが存在していた事実は認められるが,同人は交際の事実を原告らには隠していたのであるから,直ちに交際禁止条項の死文化を示すものとはいえない。 ウ また,gに対して処分がなされていない事実も認められるものの,事案の内容がファンから性被害を受けたというものであることや,gが相手方の確保や写真の回収等に協力的であったことなどを踏まえ,原告らが処分をしなかったとの事実も認定できる(甲23,b供述)から,やはり交際禁止条項の死文化を示すものとはいえない。 エ そして,本件専属契約第10条2項は,その文言から見て,交際等が原告Sに発覚した場合について規定していると認めるのが相当であるし,本件規約7項は,ファンへの交際発覚を含む旨を明確に記載しているから,本件交際がファンや原告らに発覚したことが交際禁止条項の違反にあたることは明らかである。 (3)不法行為の成否について 一般に,異性とホテルに行った行為自体が直ちに違法な行為とはならないことは,被告らが指摘するとおりである。しかし,被告Cは当時本件契約等を締結してアイドルとして活動しており,本件交際が発覚するなどすれば本件グループの活動に影響が生じ,原告らに損害が生じうることは容易に認識可能であったと認めるのが相当である。そうすると,被告Cが本件交際に及んだ行為が,原告らに対する不法行為を構成することは明らかである。 (4)小括 上記のとおり,被告Cは,交際禁止条項を知りながら,故意又は過失によりこれに違反し,原告Sの指示に従わずに本件交際に及び発覚に至ったことは明らかであるから,債務不履行責任及び不法行為責任を負う。 2 争点2(原告らの損害の有無及び額)について (1)経費相当額の損害について ア 原告らは,本件グループの活動に関して多額の経費を負担したところ,本件交際の発覚により本件グループは解散したため,予想利益を得られなくなり無価値となったのであるから,原告らは,少なくとも本件費用の全額について損害を受けたと主張する。 しかし,被告らが指摘するとおり,本件費用は,本件グループの活動のために,本件交際の発覚前に支払われたものであることが明らかであり,これを直ちに原告らの損害と見ることは困難であるといわざるを得ない。 イ 他方,原告らは,本件費用は本件グループから予想利益を得られなくなったことにより損害となった旨を主張しているところ,これは,逸失利益について主張しているものとも解されるから,以下この観点から検討する。 bの供述及び弁論の全趣旨に鑑みれば,芸能プロダクションは,初期投資を行ってアイドルを媒体に露出させ,これにより人気を上昇させてチケットやグッズ等の売上げを伸ばし,そこから投資を回収するビジネスモデルを有していると認められるところ,本件においては,本件グループの解散により将来の売上げの回収が困難になったことが優に認められる。 そして,本件グループがわずか約3か月の間に220万円以上に及ぶ本件売上げを上げたことなど,本件に顕れた一切の事情を考慮すると,原告らは,本件グループの解散がなければ,少なくとも,本件費用に相当する額の利益を得ることができたと認定するのが相当である。 ウ 被告らは,本訴提起前の交渉段階における原告らの対応などを根拠に,本件損害の発生自体を争うが,上記認定を左右するものとはいえない。また,後述する信用毀損に基づく損害に関する被告の主張を踏まえても,上記認定は左右されるものではない。 (2)信用毀損について 原告らは,本件グループが解散した後,本件グループのファンであった者たちは,原告らが後に立ち上げた他のユニットのファンとならずに離れてしまったとして,これにより原告らが失った信用は,本件売上げである220万4000円を下ることはないと主張する。 しかし,被告らも指摘するとおり,本件交際は広く世間に明らかになってはいない(争いのない事実)のであるから,本件グループの他のメンバーや他のアイドルユニットのイメージが毀損されたとの事実は認められない。 したがって,これにより信用が毀損されたとの原告ら主張については,その余の点を検討するまでもなく,その前提を欠くことが明らかであるから,原告らの信用毀損に基づく損害賠償の請求にはおよそ理由がない。 3 争点3(本件交際と損害との因果関係)について (1)本件交際の発覚と本件グループの解散との因果関係 ア 証拠(甲16,25,26,b供述)及び弁論の全趣旨によれば,本件グループは女性アイドルグループである以上,メンバーが男性ファンらから支持を獲得し,チケットやグッズ等を多く購入してもらうためには,メンバーが異性との交際を行わないことや,これを担保するためにメンバーに対し交際禁止条項を課すことが必要であったとの事実が認められる。これに反する被告の主張は採用できない。 イ 上記アの事実を前提とすると,原告らが主張するとおり,アイドル及びその所属する芸能プロダクションにとって,アイドルの交際が発覚することは,アイドルや芸能プロダクションに多大な社会的イメージの悪化をもたらすものであり,これを避ける必要性は相当高いことが認められる。 ウ そして,本件においては,本件写真が既に一部のファンに流出していたのであるから,本件写真がさらに流出するなどして本件交際が広く世間に発覚し,本件グループや他のアイドルユニット,ひいては原告らの社会的イメージが悪化する蓋然性は高かったと認めるのが相当である。 エ したがって,原告らが本件グループの早期解散を決めたことにも一定の合理性があったと認められるから,本件交際の発覚と本件グループの解散との間には,相当因果関係があると認められる。 (2)被告らの主張に対する検討 ア 被告らは,本件グループの解散は本件交際の発覚によるものではないと主張して,当時gら本件グループの他のメンバーの交際疑惑がインターネット上の掲示板等で取り沙汰されていた事実(乙6)や,原告らが本件グループの解散理由は本件交際であることをファンにも他のメンバーに明示していなかった事実(甲10,17~19)を指摘する。 しかし,インターネット上における噂の存在と,本件交際が実際に世間に発覚することとでは,原告らの社会的イメージに与える影響に大きな差があることは明らかであるし,g以外のメンバーの交際を原告らが知っていたことを示す証拠はない。また,原告らにおいて真の解散理由を明示する必要があったとも認められない。 イ また被告らは,原告らが被告Cを卒業させるなどせず,損害を発生させてまで本件グループを解散させたことには合理性がなく,これは他に解散理由があったことをうかがわせるし,自招危難にもあたると主張するが,上記アで指摘したアイドルの交際の発覚がもたらし得る社会的イメージの悪化の大きさ等に鑑みれば,本件交際の発覚をおそれて本件グループの解散を決めたとの原告らの判断は相当な範囲のものと認められる。 (3)小括 そうすると,本件交際の発覚を受けて原告らが本件グループを解散したことには相当因果関係があると認められるから,本件交際と解散により原告らに生じた損害との間にも相当因果関係があると認めるのが相当である。 もっとも,被告Cが本件交際に及んだ背景には,原告らが他のメンバーの交際を把握していなかったことなど,原告らの過失があると考えられることから,以下職権により検討することとする。 4 過失相殺について (1)b自身も供述するとおり,bは,被告Cを含む本件グループのメンバーらに対し,本件規約の読み合わせを行ったものの,交際の発覚による損害賠償について具体的な額などを説明することはなかった。また,bは,本件グループメンバーの交際に関するインターネット上の噂等についてチェックをしていなかった。そして,証拠及び弁論の全趣旨に鑑みても,本件契約等の締結時を除き,本件グループの活動中,原告らが被告Cに対し交際禁止条項について注意又は指導をしていたことなどは一切うかがわれない。 何より,上記1(2)イのとおり,本件グループのメンバーの一人は活動開始後も原告らに隠れて交際を継続しており,他のメンバーも交際の事実を認識していたにも関わらず,原告らは本件グループが解散するまで交際の事実を把握していなかったことが認められる。 (2)上記の各事実によれば、交際禁止条項は,死文化していたとまでは認められないものの,原告らにおいてこれを本件グループメンバーに遵守させようと十分な指導監督をしていたとも認められないのであって,これは原告らが本件グループを運営管理するにあたっての過失にあたるというほかなく,この過失は被告Cによる本件交際の一因であったと解するのが相当である。 (3)その上で過失割合について検討すると,原告らが芸能プロダクションとして職業的にアイドルユニットを指導育成すべき立場にあることや,被告Cが当時未だ年若く多感な少女であったことなどを踏まえると,本件交際における過失割合は,原告らが40,被告Cが60とするのが相当である。 (4)したがって,被告Cが原告らに対して負うべき損害賠償の額は,以下のとおりとなる。 ア 原告S 22万6800円 (計算式:37万8000円×0.6) イ 原告A 43万1891円 (計算式:71万9819円×0.6) 5 争点4(被告Dの監督者責任)について 本件契約等の締結時及び本件交際当時において,被告Cは15歳の未成年であったところ,被告Cは,原告Sとの間で本件契約等を締結して本件グループでアイドルとして活動していたのであるから,通常の同年齢の者が有する事理弁識能力を有していたことは明らかである。反省文(甲6)は,上記認定を左右するものとは認められない。 したがって,被告Dは,民法714条1項の監督義務者等にはあたらないから,本件において責任を負うことはないこととなる。 6 結論 したがって,原告らの請求は,被告Cに対し主文第1項及び第2項の支払をそれぞれ求める限度で理由があり,その余についてはいずれも理由がないから,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第23部 裁判官 児島章朋 以上:7,031文字
|
