| 令和 7年12月25日(木):初稿 |
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○「取調状況記録媒体の文書提出命令申立拒否判断を違法とした最高裁決定紹介1」の続きで、令和6年10月16日最高裁決定(判時2633号○頁)の後半理由部分を紹介します。 ○事案は判決文だけではちと判りづらいのですが、なんとか時系列で整理します。 r1.12.5;横領事件被疑者としてF学園理事長G・E等逮捕・勾留 容疑は学校法人F所有地売買代金のうち21億円をGが横領したというもの r1.12.9以降の取調でEは、18億円の貸付先がFではなくG個人であることをXに説明したと取調担当H検事に供述 r1.12.16;X(申立人)が横領についてEの共謀者として逮捕、K検事がXの取調担当 r1.12.25;Xら横領罪で起訴、起訴時事実はXが18億円貸付先がG個人であることを認識し横領の故意・共謀があった 弁護人はXは18億円について再建費用としてFに貸し付けられると認識していたので故意・共謀は認められないと主張 r3.10.28;大阪地裁はXに無罪判決、同年11.12確定 r4.3;XはEに対し虚偽供述で逮捕・起訴に至らせたことについて損害賠償請求 r4.3;Xは検事らの違法な取調で損害を蒙ったとして損害内金7億7000万円の国家賠償請求訴訟提起(基本事件) r4.○;Xは、H検事らのE取調状況録音録画について文書提出命令申立 r5.3.24;X・E間に和解成立、Eはその取調録音録画の証拠採用について反対しないことが和解内容に記載 r5.9.19;大阪地裁は、E取調状況録音録画は開示による弊害がなく公判不提出部分の提出を拒否することは、保管検察官の裁量権の範囲を逸脱し又は濫用として一部開示決定 国が抗告 r6.1.22;大阪高裁は、公判不提出部分の提出を拒否は不合理ではなく、裁量権の範囲を逸脱し、又は濫用とは言えないとして原決定を変更し当該部分の提出命令申立てを却下 Xが許可抗告 ○その許可抗告審が令和6年10月16日最高裁決定で理由部分は以下の通りです。一般論として、民事訴訟における当該文書を取り調べる必要性の有無、程度、当該文書が開示されることによる上記の弊害発生のおそれの有無等の諸般の事情に照らし、その裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するものであると認められるときは、裁判所は、当該文書の提出を命ずることができるとしています。 ****************************************** 4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。 (1)本件の経緯に照らせば、本件供述は、抗告人が本件横領事件について逮捕、勾留及び起訴されるに当たり、その主要な証拠と位置付けられていたということができるところ、本件公判不提出部分は、検察官のEに対する取調べの過程を客観的に記録したものであること等からすると、抗告人と相手方との間において、法律関係文書に該当するということができる。 (2)刑訴法47条は、その本文において、「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。」と規定し、そのただし書において、「公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない。」と規定しているところ、本件公判不提出部分は、同条により原則的に公開が禁止される「訴訟に関する書類」に当たることが明らかである。 ところで、同条ただし書の規定によって「訴訟に関する書類」を公にすることを相当と認めることができるか否かの判断は、当該「訴訟に関する書類」が原則として公開禁止とされていることを前提として、これを公にする目的、必要性の有無、程度、公にすることによる被告人、被疑者及び関係者の名誉、プライバシーの侵害、捜査や公判に及ぼす不当な影響等の弊害発生のおそれの有無等の諸般の事情を総合的に考慮してされるべきものであり、当該「訴訟に関する書類」を保管する者の合理的な裁量に委ねられているものと解すべきである。 そして、民事訴訟の当事者が、民訴法220条3号後段の規定に基づき、上記「訴訟に関する書類」に該当する文書の提出を求める場合においても、当該文書の保管者の上記裁量的判断は尊重されるべきであるが、当該文書が法律関係文書に該当する場合であって、その保管者が提出を拒否したことが、民事訴訟における当該文書を取り調べる必要性の有無、程度、当該文書が開示されることによる上記の弊害発生のおそれの有無等の諸般の事情に照らし、その裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するものであると認められるときは、裁判所は、当該文書の提出を命ずることができるものと解するのが相当である(最高裁平成15年(許)第40号同16年5月25日第三小法廷決定・民集58巻5号1135頁等参照)。このことは、当事者が提出を求めるものが、検察官の取調べにおける被疑者の供述及びその状況を録音及び録画を同時に行う方法により記録した記録媒体であったとしても異なるものではない。 (3) ア これを本件についてみると、本件本案訴訟においては、抗告人が、EはH検事がEを脅迫するなどの言動をしたためにH検事に迎合して虚偽の本件供述をした旨を主張するのに対し、相手方が、EはH検事の説得により真実である本件供述をしたと評価し得る旨を主張して、Eが本件供述をするに至ったことに対するH検事の言動の影響の有無、程度、内容等が深刻に争われている。 しかるところ、本件公判不提出部分には、H検事の言動がその非言語的要素も含めて機械的かつ正確に記録されているのであるから、本件本案訴訟の審理を担当する原々審が、本件公判不提出部分は本件要証事実を立証するのに最も適切な証拠であり、本件反訳書面や人証によって代替することは困難であるとして、本件公判不提出部分を取り調べる必要性の程度は高いと判断したことには、一応の合理性が認められ、このような原々審の判断には相応の配慮を払うことが求められるというべきである。 原審は、抗告人が主張するH検事の言動のうち当事者間に争いがあるものは、発言内容が重視されるものに限られる上、当該言動についても本件公判提出部分や本件反訳書面の取調べにより推認することができるとして、本件公判不提出部分を取り調べる必要性の程度は高いものではないと判断している。 しかしながら、Eが本件供述をするに至ったことに対するH検事の言動の影響の有無、程度、内容等を受訴裁判所が判断するに当たって検討の対象となるのは、抗告人の主張において言語的に表現されたH検事の個々の言動に限られるものではなく、証拠に現れるH検事の言動の全てが上記の検討の対象となるものである。そして、H検事の言動がその非言語的要素も含めて機械的かつ正確に記録された本件公判不提出部分は、H検事の言動について、本件反訳書面や人証と比較して、格段に多くの情報を含んでおり、また、より正確性が担保されていることが明らかであるし、本件公判提出部分を取り調べることによって、本件公判不提出部分に係るH検事の言動のうち本件反訳書面に現れていないものを検討する必要がなくなると解すべき事情もうかがわれない。そうすると、この点について、原審の上記判断は合理的なものとはいえない。 そして、上記のとおり、原々審の上記判断には相応の配慮を払うことが求められることも踏まえると、原々審の上記判断のとおり、本件公判不提出部分を取り調べる必要性の程度は高いとみるのが相当である。 イ また、抗告人とEとの間に本件和解が成立し、本件和解において、Eが本件記録媒体の証拠採用に反対せず、抗告人もEのプライバシーの保護に最大限配慮することを明確に合意しているなどの本件の事実関係の下では、本件公判不提出部分が本件本案訴訟において提出されること自体によって、Eの名誉、プライバシーが侵害されることによる弊害が発生するおそれがあると認めることはできない。 これに加えて、本件横領事件に関与したとされる者のうち、抗告人については無罪判決が確定し、抗告人以外の者について捜査や公判が続けられていることもうかがわれないことからすれば、本件公判不提出部分が本件本案訴訟において提出されることによって、本件横領事件の捜査や公判に不当な影響を及ぼすおそれがあるとはいえないし、将来の捜査や公判に及ぼす不当な影響等の弊害が発生することを具体的に想定することもできない。 ウ 以上の諸事情に照らすと、本件公判不提出部分の提出を拒否した相手方の判断は、その裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するものというべきである。 5 以上と異なる原審の前記3の判断には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原決定のうち本件公判不提出部分に係る本件申立てを却下した部分は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、相手方に本件公判不提出部分の提出を命じた原々決定は正当であるから、上記部分につき相手方の抗告を棄却することとする。 なお、原々決定には明白な誤りがあるから、職権により主文第2項のとおり更正する。 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。なお、裁判官三浦守、同草野耕一の各補足意見がある。 裁判官三浦守の補足意見は、次のとおりである。 (中略) 令和6年10月16日 最高裁判所第二小法廷 裁判長裁判官 草野耕一 裁判官 三浦守 裁判官 岡村和美 裁判官 尾島明 (別紙)目録 検察官のEに対する取調べにおいてEの供述及びその状況を録音及び録画を同時に行う方法により記録した記録媒体のうち、次の(1)から(5)までの日時の部分 (1)令和元年12月6日午後7時17分から午後11時2分まで (2)令和元年12月7日午後5時20分から午後9時25分まで (3)令和元年12月8日午後5時20分から午後8時24分まで (4)令和元年12月9日午後5時17分から午後8時21分まで(ただし,午後5時39分47秒から午後6時27分58秒までを除く。) (5)令和元年12月12日午後6時4分から午後9時52分まで 以上:4,125文字
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