令和 7年 7月11日(金):初稿 |
○「滞納管理費約170万円でのマンション競売請求を棄却した地裁判決紹介」の続きで、建物の区分所有等に関する法律(マンション法)59条1項に基づく競売については、民事執行法63条は適用されないとされた平成16年5月20日東京高裁決定(判タ1210号170頁)全文を紹介します。 ○本件建物の管理組合の理事長である抗告人が、専有部分の建物に対する区分所有法59条1項に基づき競売請求を認容した確定判決を債務名義とし、同判決の被告(本件建物の共有者2名)を相手方として本件建物の競売開始決定を得たところ、原審が本件建物の最低売却価額で手続費用及び差押債権者の債権に優先する債権合計を弁済して余剰を生ずる見込みがないとして競売手続を取消す旨の決定をしました。 ○そこでこれを不服として抗告人が抗告した事案において、東京高裁は区分所有法59条に基づく競売においては建物の最低売却価額で手続費用を弁済することすらできないと認められる場合でない限り、売却を実施したとしても民事執行法63条の趣旨(無益執行の禁止及び優先債権者の保護)に反するものではないところ、本件では最低売却価額で手続費用を弁済することができないとは認められないとして、原決定を取消しました。原決定はマンション法59条の趣旨の理解が不十分でした。 ******************************************** 主 文 原判決を取り消す。 理 由 1 本件抗告の趣旨 主文と同旨。 2 事案の概要 本件は,原決定別紙物件目録記載の一棟の建物(サンピア鎌ヶ谷)の管理組合の理事長(建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)上の管理者)である抗告人が,同目録記載の専有部分の建物(区分所有権及び敷地利用権。以下「本件建物」という。)に対する区分所有法59条1項に基づく競売請求を認容した確定判決(千葉地方裁判所松戸支部平成14年(ワ)第1128号同15年2月5日判決)を債務名義とし,同判決の被告(本件建物の共有者2名全員)を相手方として,民事執行法195条に基づき,本件建物に対する競売を申し立て(同支部平成15年(ケ)第169号),平成15年4月28日に競売開始決定を得たところ,原審が,本件建物の最低売却価額418万円で手続費用及び差押債権者の債権に優先する債権合計2788万円(見込額)を弁済して剰余を生ずる見込みがないとして,その旨を抗告人に通知した上で,同年8月20日,民事執行法63条2項により,本件建物に対する競売の手続を取り消す旨のいわゆる無剰余取消決定(原決定)をしたため,抗告人が,上記競売は区分所有法59条に基づくものであり,これに民事執行法63条の剰余主義の規定は適用されないと主張して,原決定の取消しを求めた事案である。 3 判断 (1)民事執行法63条の規定は,差押債権者に配当されるべき余剰がなく,差押債権者が競売によって配当を受けることができないにもかかわらず,無益な競売がされ,あるいは差押債権者の債権に優先する債権の債権者がその意に反した時期に,その投資の不十分な回収を強要されるというような不当な結果を避け,ひいては執行裁判所をして無意味な競売手続から解放させる趣旨のものと解される(最高裁判所昭和43年7月9日第三小法廷判決・裁判集民事91号639頁(ただし,同法施行前の民事訴訟法656条に関するもの)参照)。 (2)ところで,区分所有法59条1項による建物の区分所有権及び敷地利用権(以下,敷地利用権を含む意味で単に「区分所有権」という。)に対する競売請求は,区分所有者が同法6条1項の規定に違反して建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をした場合等において,他の方法によっては当該行為による区分所有者の共同生活上の著しい障害を除去してその共同生活の維持を図ることが困難であるときは,他の区分所有者において当該区分所有者の区分所有権を剥奪することができるものとし,そのための具体的な手段として認められたものである。 このような同法59条の規定の趣旨からすれば,同条に基づく競売は,当該区分所有者の区分所有権を売却することによって当該区分所有者から区分所有権を剥奪することを目的とし,競売の申立人に対する配当を全く予定していないものであるから,同条に基づく競売においては,そもそも,配当を受けるべき差押債権者が存在せず,競売の申立人に配当されるべき余剰を生ずるかどうかを問題とする余地はないものというべきである。 その一方で,同条が当該区分所有者から区分所有権を剥奪するための厳格な要件を定め,訴えをもって競売を請求すべきものとしていることからすれば,そのような厳格な要件を満たすものとして競売請求を認容した確定判決が存在する以上,同条に基づく競売においては,売却を実施して,当該区分所有者からの区分所有権の剥奪という目的を実現する必要性があるというべきであるから,不動産の最低売却価額で執行費用のうち共益費用であるもの(以下「手続費用」という。)及び担保権者等の優先債権(もっとも,競売の申立人との関係においては,上記のとおり,そもそも配当における優先関係が問題とならない。)を弁済して剰余を生ずる見込みがない場合(民事執行法63条1項)であっても,区分所有法59条に基づく競売をもって無益ないし無意味なものということはできない(もっとも,売却代金によって手続費用を賄うことすらできない場合には,その不足分は,少なくとも競売の手続上は,上記目的の実現を図ろうとする競売の申立人において負担すべきものである。)。 そうであるとすると,民事執行法63条の規定の趣旨を踏まえても,なお,上記のような区分所有法59条の規定の趣旨にかんがみると,同条に基づく競売については,民事執行法63条1項の剰余を生ずる見込みがない場合であっても,競売手続を実施することができ,その場合も,競売手続の円滑な実施及びその後の売却不動産(建物の区分所有権)をめぐる権利関係の簡明化ないし安定化,ひいては買受人の地位の安定化の観点から,同法59条1項(いわゆる消除主義)が適用され,当該建物の区分所有権の上に存する担保権が売却によって消滅するものと解するのが相当である。 もっとも,その場合は,一方で,優先債権を有する者,特に,担保権を有する債権者がその意に反した時期に,その投資の不十分な回収を強要されるという事態が生じ得る。 しかしながら,区分所有者は,区分所有法6条1項により,建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない義務を負っているものであり,区分所有者がこの義務に違反した場合には,これに対する措置の一つとして,同法59条により,当該区分所有者の区分所有権に対する競売請求が認められているのであるから,区分所有者の権利である区分所有権は,そもそも,同条による競売請求を受ける可能性を内在した権利というべきであり,区分所有権を目的とする担保権は,このような内在的制約を受けた権利を目的とするものというべきである。 したがって,同条に基づく競売によって,当該担保権を有する債権者がその意に反した時期に,その投資の不十分な回収を強要される事態が生じたとしても,それは,上記のような区分所有権の内在的制約が現実化した結果にすぎず,当該債権者に不測の不利益を与えるものではなく,不当な結果ともいえないものというべきである。 これに対し,民事執行法63条1項の剰余を生ずる見込みがない場合には区分所有法59条に基づく競売を実施することができないとすると,同法6条1項に規定する行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しく,他の方法によってはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活上の維持を図ることが困難であるとして,確定判決をもって,当該行為に係る区分所有者の区分所有権に対する競売請求が認められているにもかかわらず,そのような事態が放置される結果となり,そのような事態の解消は,専ら,当該区分所有者の意思か,あるいは担保権者が適当と認める時期での担保権の実行にゆだねられることとなるが,このようなことは,余りに区分所有者全体の利益を害するものであって,同法59条の規定の趣旨を没却するものであるといわざるを得ない(なお,同条に基づく競売に民事執行法63条が適用されるとすると,剰余を生ずる見込みがない場合には,同条2項に定める申出及び保証の提供により,競売の手続を続行することができるが,区分所有法59条に基づく競売の場合には,これは現実的ではなく,このことを考慮に入れても,なお,上記の判断を左右するものではない。)。 (3)以上の次第で,区分所有法59条に基づく競売においては,建物(区分所有権)の最低売却価額で手続費用を弁済することすらできないと認められる場合でない限り,売却を実施したとしても上記(1)の民事執行法63条の規定の趣旨(無益執行の禁止及び優先債権者の保護)に反するものではなく,むしろ売却を実施する必要性があるというべきであるから,同条は適用されない(換言すれば,手続費用との関係でのみ同条が適用される)ものと解するのが相当である(なお,最低売却価額で手続費用を弁済する見込みがない場合であっても,競売の申立人がその不足分を負担すれば,なお,競売は実施すべきものと解される。)。 なお,民事執行法195条は,民法,商法その他の法律の規定による換価のための競売については,担保権の実行としての競売の例による旨規定し、これによれば,区分所有法59条に基づく競売についても,民事執行法188条,63条がそのまま適用されるようにも読めるが,上記換価のための競売には種々のものがあるにもかかわらず,その一つ一つについて民事執行法が個別の規定を置かず,同法195条において担保権の実行としての競売の例による旨だけを規定していることからすれば,むしろ,上記換価のための競売については担保権の実行としての競売に関する個々の規定の適用関係について,その趣旨や性質に応じた合理的な解釈を許容しているものとみることができるから,区分所有法59条に基づく競売について,その趣旨等に照らし,上記のとおり手続費用との関係でのみ民事執行法63条が適用されるものと解することは,同法195条に反するものではないというべきである。 (4)そこで,これを本件についてみると,本件建物の最低売却価額418万円で手続費用(見込額)を弁済することができないとは認められず,本件建物に対する競売に民事執行法63条は適用されないというべきであるから,それにもかかわらず同条2項により上記競売の手続を取消した原決定は不当である。 (5)よって,原決定を取り消すこととし,主文のとおり決定する。 (裁判長裁判官 横山匡輝 裁判官 佐藤公美 裁判官 萩本修) 以上:4,523文字
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