令和 4年11月10日(木):初稿 |
○フランチャイズ契約終了後に,フランチャイジーに対し,閉店義務又は競業禁止義務を課す約定は、フランチャイザー側の利益と,フランチャイジーの営業の自由等の制約の程度など,フランチャイジー側の不利益とを総合考慮した上で,フランチャイジーに対する過度な制約となる場合には,そのような制約を定める契約条項は,公序良俗に反し無効になるとした令和3年12月7日東京地裁判決(LEX/DB)関連部分を紹介します。 ○本訴被告とされた有限会社Gは、門前薬局であり、門前薬局とは、病院やクリニックの近くにあり、その病院・クリニックからの処方箋をメインに受け付けている薬局のことを言います。判決は、本件各店舗は,いずれも全体の売上げ・処方箋枚数のうち8割程度が近隣のクリニック等からのものである門前薬局というべきで、医療機関等との位置関係が重視されることからすると,本件各契約については,その顧客獲得等に関するノウハウが成り立ちうる領域は,相当程度制限されることを競業禁止義務無効の理由の一つとしています。 *********************************************** 主 文 1 本訴原告(反訴被告)の本訴請求をいずれも棄却する。 2 本訴被告(反訴原告)有限会社Gの反訴請求を棄却する。 3 訴訟費用は,本訴原告(反訴被告)に生じた費用を50分し,うち47を本訴原告(反訴被告)の負担とし,その余を本訴被告(反訴原告)有限会社Gの負担とし,本訴被告(反訴原告)有限会社Gに生じた費用を25分し,うち22を本訴原告(反訴被告)の負担とし,その余を本訴被告(反訴原告)有限会社Gの負担とし,本訴被告P1に生じた費用を本訴原告(反訴被告)の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 本訴 (1)主位的請求 ア 本訴被告(反訴原告)有限会社G及び本訴被告P1は,神奈川県大和市α××××g 1階において,薬局を営んではならない。 イ 本訴被告(反訴原告)有限会社G及び本訴被告P1は,本訴原告(反訴被告)に対し,連帯して,1億3080万4432円及びこれに対する平成30年9月1日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。 ウ 本訴被告(反訴原告)有限会社G及び本訴被告P1は,神奈川県平塚市β×-×-××において,薬局を営んではならない。 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 (中略) 3 争点(2)(本件各義務条項並びに本件違約金条項が公序良俗に反し無効であること,又は原告がこれらの条項に基づいて各本訴請求をすることが信義則に反すること)について (1) フランチャイズ契約においては,フランチャイズ事業に関する情報の偏在が存在することに加え,契約の内容のうち主要な部分をフランチャイザーにおいて決定するもので,個々の条項についてフランチャイジー側の希望を入れる余地が乏しいといえるところ(このような交渉上の格差は,本件各契約に係る契約書の内容を決定したのは原告であること(前記1(3)オ),また,被告会社が原告に対して包括的な債権譲渡契約を締結していたこと(本件各契約33条)(前提事実(3)オ,別紙2,前記1(3)ウ)などから,本件においても妥当するものといえる。), 特に,フランチャイズ契約終了後に,フランチャイジーに対し,閉店義務又は競業禁止義務を課す場合には,独立の事業者であるフランチャイジーの営業の自由や所有権等に対する相当程度の制約が生じることになるから,フランチャイザーのノウハウの流出等による不利益の防止や,フランチャイザーの商圏を維持するための必要性など,フランチャイザー側の利益と,フランチャイジーの営業の自由等の制約の程度など,フランチャイジー側の不利益とを総合考慮した上で,フランチャイジーに対する過度な制約となる場合には,そのような制約を定める契約条項は,公序良俗に反し無効になるというべきである。 (2) まず,フランチャイザーである原告のノウハウの保護の必要性についてみると,前記2(1)で説示したとおり,調剤薬局においては,調剤する薬剤の種類,品質,数量,価格といった提供する商品の主要な部分は,関係法令による規制の下にあることなどから,主要な業務である保険調剤によって提供する商品の部分については,ノウハウが影響力を持ち得る範囲が乏しいものといえ,かつ,保険薬局では,顧客を誘引する方法も制限されているため,顧客の獲得に関するノウハウが成立する領域も制限されている。 また,本件各店舗は,いずれも全体の売上げ・処方箋枚数のうち8割程度が近隣のクリニック等からのものである門前薬局というべきであり(前記1(3)イ,(4)タ),医療機関等との位置関係が重視されることからすると,本件各契約については,その顧客獲得等に関するノウハウが成り立ちうる領域は,相当程度制限されるということができる。 そして,原告は,前記1(4)及び前記2(2)アないしウでみたとおり,被告会社に対して一定の薬局運営のノウハウを提供していたということはできるものの,その内容は,各種法規制や種々の書籍等に分散している情報や原告のフランチャイズにおいて保有している知見等を集約し,体系化したマニュアルを作成し提供することや,定期訪問などを通じて随時,各種の情報の提供をすることなどにとどまっている。 以上でみてきたところによると,原告が提供していたノウハウの内容は,上記のような日本の調査薬局の法制度の下では必然的に,非公知の内容,その時々の顧客のニーズ等の流行に対応した新鮮な内容又は他の調剤薬局との差別化を図り得るような個性的な内容を含むものとはならない面があり,実際にも原告から提供されたノウハウが顧客獲得に当たって果たす役割は相当限定的であったと考えられることからすれば,原告が被告らに提供していた調剤薬局運営のノウハウは,契約期間中にその対価としてロイヤリティを支払う義務を生じさせる程度のものではあったとはいえるものの,本件各義務条項を課すことによってフランチャイズ契約の期間終了後においてもなお一定期間流出を防止する必要があるほどの非公知性ないし有用性を認めることは困難であるというべきである。 この点について,原告は,原告のフランチャイズ契約は単なる門前薬局のフランチャイズではなく,地域住民の一人ひとりの心身の健康と美を応援するヘルスケアショップのフランチャイズとして,従来の典型的な薬局とは異なる業態の薬局経営のノウハウを含むものである旨を主張する。 しかし,原告が直営する店舗やフランチャイズ展開する薬局は,ほとんどすべてが門前薬局であり,同じく門前薬局であるというべき本件各店舗について(前記1(2)エ,(3)イ,(4)タ),上記の理念を実現するための具体的な指導や方策などの提供がなされていたことを認めるに足りる証拠はないから,この点について原告に本件各義務条項による保護に値するほどのノウハウがあると認めるには足りない。 (3) 次に,フランチャイザーである原告の商圏維持の必要性についてみると,主要な業務である保険調剤の部分においてノウハウが影響力を持ち得る範囲が乏しいこと,保険薬局では,顧客を誘引する方法も制限されているため,顧客の獲得に関するノウハウが成立する領域も制限されることは前記2(1)でみたとおりであって,厚生労働省のアンケート調査結果等も踏まえると(前記1(1)イ,ウ),門前薬局であるというべき本件各店舗においては,医療機関等との位置関係がもっぱら顧客を誘引する因子として重視されるものといえ,「メディスンショップ」のブランドや原告によるノウハウによる顧客の獲得の程度は相当限定的であるといわざるを得ない。 そして,原告は,少なくとも平成26年6月から平成29年6月までの間にはフランチャイズ契約の終了時に,代替となる直営店又は加盟店の設置など,原告の「メディスンショップ」ブランドによる商圏を維持するための措置を講じていなかったこと(前記1(2)オ),a店は,被告会社が開業して経営していた店舗であり(前記1(3)イ),b店も,被告会社は原告から事業譲渡を受けるに当たってのれん等に3658万円もの対価を支払っていること(前記1(3)エ)を併せ考慮すれば,本件各義務条項を課すことによって維持する必要がある原告の商圏の成立は,ほとんど認めることができないといわざるを得ない。 この点について,原告は,本件各店舗は「メディスンショップ」の名称で一般客から認識されており,両店舗についての苦情が原告に報告されていたことから,原告の商圏が成立していると主張し,実際に,両店舗についての苦情の一部が,原告に報告される等したことがあったこと(前記1(4)ケ)が認められる。しかし,苦情の報告は単にフランチャイズ本部として連絡先となっていたために連絡を受けたというにすぎないものといえるし,このような事情のみから,本件各義務条項によって維持する必要がある原告の商圏が成立していたということはできない。 (4) さらに,原告は,本件各義務条項が,本件各店舗の当該店舗における営業の継続のみを禁止の対象としていることから,フランチャイジーである被告会社に対する制約が過度に広範囲にわたるものではない旨主張する。確かに,少なくとも本件競業禁止条項については,物理的な制約の範囲は当該店舗立地のみであるから(前提事実(3)ウ),制約の程度は限定的であるということができる。 しかし,前記(3)でみたとおり,門前薬局であるというべき本件各店舗においては,医療機関等との位置関係がもっぱら顧客を誘引する因子として重視されるといえるから,当該店舗及び立地での営業継続が禁止されることは,実質的に,当該地域において薬局の営業自体が不可能又は著しく困難になることと等しいといえる。しかも,その期間は,競業禁止義務違反では2年と長期であり,また,閉店義務については特に期間の限定がない(前提事実(3)ア及びウ)。そうすると,本件各義務条項は,被告会社の営業の自由を相応に制約するものであるといえる。 (5) 以上によれば,本件においては,原告のノウハウの流出防止及び商圏の維持といった観点から本件各義務条項を課す必要性及び合理性がほとんど認められない一方で,被告会社の営業の自由に対する相応の制約が存在することが認められるのであるから,本件各義務条項は,被告会社に対して過度な制約を課すものであり,公序良俗に反し無効であるというべきである。 4 争点(4)(原告の債務不履行責任の有無)について 前記2(2)アないしウでみたとおり,原告は,本件各契約に基づく債務の履行を相応にしていたものであって,被告らが主張するような原告の債務不履行があったとはいえないことから,原告は被告会社に対し債務不履行責任を負わない。 5 争点(5)(原告の不法行為責任の有無)について 前記2(2)アないしウでみたとおり,原告は,本件各契約に基づく債務の履行として相応のノウハウの提供をしていたものであって,原告が被告会社を欺罔して本件各契約を締結させたと認めることはできないから,原告は被告会社に対し不法行為責任を負わない。 6 結論 以上によれば,本件各契約のうち契約終了後のフランチャイジーの閉店義務及び競業禁止義務を定める本件各義務条項は公序良俗に反し無効であるから(争点(2)),その余の争点(争点(3))について判断するまでもなく,本件各義務条項の有効性を前提とする原告の被告らに対する本訴請求はいずれも理由がない。 また,本件各契約全体が無効であるとは認められないことから(争点(1)),被告会社が原告に対して不当利得返還請求をすることはできず,また,原告の債務不履行責任(争点(4))及び不法行為責任(争点(5))があるということもできないから,その余の争点(争点(6))について判断するまでもなく,被告会社の原告に対する反訴請求は理由がない。 東京地方裁判所民事第7部 (裁判長裁判官 野村武範 裁判官 髙木晶大 裁判官 西條壮優) 以上:4,981文字
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