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白内障手術後左目失明に説明義務違反との因果関係を認めた地裁判決紹介

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令和 3年10月28日(木):初稿
○判例タイムズ最新号の1488号11月号(令和3年10月25日発売)に掲載された令和3年4月30日東京地裁判決一部を紹介します。白内障手術を受けた後に左目失明に至った症例について,患者の病態やこれを踏まえた患者への説明内容等についてカルテの改ざんを認めた上,失明のリスク等についての医師の説明義務違反及びこれと左眼失明の間の相当因果関係を認め,後遺症慰謝料のほかカルテの改ざんに係る慰謝料等の賠償を命じたものです。

○私も加齢性白内障で手術適応を言われていますが、心配性の私は手術が怖くて、受けることができません。この事案は80歳の高齢老人の事案ですが、この判例を読んで益々白内障手術はやめた方が良いと思いました。私の場合、老眼鏡による矯正視力は、両眼とも1.0を超えていますので、もうしばらく老眼鏡で頑張ります。

○「白内障手術のしおり」には,手術方法に関し,水晶体の皮の中に人工レンズを挿入するが,その皮(袋)は非常に薄く,もろいため,手術中に破損(破嚢)することがあること,手術後の視力の改善には個人差があり,白内障以外の眼疾患を有する場合には視力が思ったように改善しないこと,手術の合併症等についての説明があるとのことで、このしおりを見ると、とても白内障手術を受ける気になりません(^^;)。

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主   文
1 被告は,原告に対し,963万4721円及びうち853万4721円に対する平成25年11月21日から,うち110万円に対する平成28年3月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを3分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

 被告は,原告に対し,2879万1071円及びこれに対する平成25年11月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事実関係
1 事案の概要

 本件は,被告が運営するa医療センター(前身のa1病院を含む。以下「被告センター」という。)において3回にわたって両眼の白内障手術を受けた原告が,被告センターの医師には,①手術適応の前提となる説明を怠った過失,②術後,原告の眼圧を適切に管理することを怠った過失があり,その結果,後遺障害等級8級に相当する左眼失明の後遺障害を負ったほか,被告センターの医師によるカルテの改ざんや虚偽説明によって精神的損害を被ったと主張して,被告に対し,債務不履行又は不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求として損害金2879万1071円及びこれに対する1回目の白内障手術の日である平成25年11月14日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。以下同じ。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2 前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者等
ア 原告は,昭和8年○月○日生まれの男性である(争いのない事実)。
イ 被告は,被告センターを運営する法人である。

         (中略)

第3 当裁判所の判断
1 認定事実

 前記前提事実,証拠(原告本人(同人の陳述書(甲A5)を含む。以下同じ。),証人B医師及び同E(以下「原告長男」という。)(同人の陳述書(甲A6)を含む。以下同じ。)のほかは,掲記のとおり。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の医学的知見及び事実が認められる。
(1) 医学的知見

         (中略)


カ 原告は,10月18日,被告センター眼科を受診し,白内障手術実施予定の他の患者とともに,白内障手術の説明用のビデオを視聴した。また,原告は,同日,被告センターの看護師から,「白内障手術のしおり」(乙A6),「施術に関する説明書」(乙A2〔66頁〕)等の書類を受け取った。(乙A1〔82頁〕,4〔23頁〕,原告本人(甲A5〔3頁〕,3,4頁),証人B医師(7,8,23,24頁))

 「白内障手術のしおり」には,手術方法に関し,水晶体の皮の中に人工レンズを挿入するが,その皮(袋)は非常に薄く,もろいため,手術中に破損(破嚢)することがあること,手術後の視力の改善には個人差があり,白内障以外の眼疾患を有する場合には視力が思ったように改善しないこと,手術の合併症として,①血圧,血糖値,気分,体調の変動,②薬剤アレルギー,③破嚢,④駆逐性出血,⑤疼痛,異物感,充血,炎症,眼圧の変動,⑥感染,⑦角膜障害,⑧眼内レンズ度数のずれ,視力の変化,⑨網膜剥離,黄斑浮腫,緑内障,⑩後発白内障,⑪眼内レンズ脱臼があり,駆逐性出血及び感染については失明する可能性があることなどが記載されていた(乙A6)。

 「施術に関する説明書」には,施術に伴う危険及び予後として,破嚢,二次挿入,駆逐性出血,薬剤アレルギー,術後炎症,高眼圧,核落下,感染,網膜剥離,後発白内障,人工レンズ度数のずれ,角膜・網膜の障害,失明の可能性がある旨記載されていた(乙A2〔66頁〕)。


キ 原告は,原告長男に,「白内障手術のしおり」,「施術に関する説明書」等の書類の内容を確認してもらった上で,11月8日までに本件手術1及び2の実施に同意する旨の同意書に署名押印し,同日,被告センター眼科に提出した(乙A2〔66頁〕,原告本人(甲A5〔3頁〕,5,6,15頁),証人原告長男(甲A6〔1,2頁〕,4,7,8頁),弁論の全趣旨)。

 なお,11月8日のカルテには,B医師による以下の記載がある(乙A1〔83頁〕)。

 「個別に術前説明
 チン氏帯断裂→IOL(裁判所注:眼内レンズ)入れられない。出血あれば,Ope2回にわける。感染,RD(裁判所注:網膜剥離),出血による失明
 後嚢破損について→失明
 合併症説明」

ク 原告は,11月13日,被告センター眼科に入院した。同日の原告の矯正視力は,右眼0.05,左眼0.3であり,眼圧は,NCTで右眼12mmHg,左眼13mmHgであった(乙A1〔83頁〕)。
 原告は,同日,看護師から既往歴を聴取され,50歳で前立腺肥大症を発症したほか,これまでに胆嚢摘出を受けたことや前立腺癌であることなどを回答した(乙A2〔68頁〕,原告本人(6頁))。
 また,原告は,同日,看護師に対し,治療方法等の説明内容で不明な点はない旨回答した(乙A3〔12頁〕)。

ケ 原告は,11月14日午前10時から,手術に向けて炎症予防薬のジクロード並びに散瞳薬のミドリンP及びネオシネジンの点眼を30分毎に受け,同日午後0時20分に手術室に入室した(乙A3〔6,18頁〕,弁論の全趣旨)。

         (中略)


5 争点(4)(争点(2)の説明義務違反と結果の間の相当因果関係の有無)について
(1) 前記認定事実(4)イのとおり,原告は,本件手術2の術中に前房出血を起こし,B医師は,これにより眼内レンズを挿入することができなかった。原告の左眼視力は,本件手術2の術前は矯正視力0.3であったが,11月26日には手動弁程度となり,12月3日以降は,光覚弁があるかどうかという程度にまで低下し,本件手術3の後,失明するに至ったものである(前記認定事実(4)ア,(5)ア,(6)カ,ケ)。

 そして,原告は,平成29年1月6日,左網膜中心動脈閉塞症と診断されており(前記認定事実(6)ケ),網膜中心動脈閉塞症の発生機序として,緑内障や外力による高眼圧があるところ(前記前提事実(3)ウ),原告の左眼眼圧は,本件手術2の術前はNCTによる測定ではあるが12mmHg程度で正常眼圧であったものが,11月26日には56mmHgとなり,その後20mmHgを超える高眼圧が継続したものである(前記認定事実(4)ア,(5)ア,エないしサ)。

 以上の経過に鑑みると,原告は,本件手術2における術中の前房出血を契機として眼圧が上昇し,それとともに視力が低下して左網膜中心動脈閉塞症となり,失明に至ったものと認められ,本件手術2と原告の左眼失明の間には事実的な因果関係があるというべきである。

 被告は,本件手術2の術中に起きた出血は全て除去しており,原告は,本件手術2の術後3日目(11月23日)に起きた,原告の素因に起因する眼内出血によって失明に至ったものであると主張する。11月23日のカルテには,同日に高血圧が原因で眼内出血した可能性がある旨の記載があるが,同記載の信用性を措くとしても,可能性の指摘にとどまるものである上,同記載のほかに術後の眼内出血を積極的に裏付ける証拠及び事実がないことからすると,術後の眼内出血が原告の左眼失明を招いたとは認められず,被告の主張は上記認定判断を左右するものではない。

(2) 本件説明事項は,原告のチン小帯が脆弱である可能性があることを前提に,手術に付随する危険性として失明等の合併症のほか,チン小帯断裂及び後嚢破損により眼内レンズを挿入できず,手術が1眼で2回(両眼で4回)に分かれる可能性があり,また,水晶体核が硝子体側に落下する可能性が50%であること,出血・硝子体脱出による眼圧上昇等の合併症発症の可能性があり,全てを勘案した合併症の発生可能性は10%程度であり,原告の白内障手術の難易度は高く100人に一人程度の難易度であったこと,他方で,80歳代の高齢者の場合,術後視力良好例は約41%程度であり,手術を行わず経過観察とする選択肢があり,その場合も通常の加齢白内障では急激な視力低下,白内障単独での失明は生じないというものである。

 このように本件説明事項は,本件手術1・2は,リスクがかなり高く,手術が多数回に及ぶ可能性があるのに対し,必ずしも視力の改善を保証するものではなくその効果は限定的であり,手術を実施しなくても直ちに失明するものではないという内容のものであるところ,原告が,B医師から本件説明事項について説明を受けていた場合には,本件手術1・2の実施に同意することはなかったというべきである。

(3) 以上によれば,B医師が,争点(2)の説明義務を果たしていた場合には,原告は,本件手術1・2の実施に同意せず,本件手術2が行われなかった場合には,原告が左眼失明に至ることはなかったと認められるから,B医師の上記説明義務違反と原告の左眼失明の間には相当因果関係が認められるというべきである。


6 争点(6)(原告の損害)について
(1) 説明義務違反による損害

ア 治療費 9万8838円
 証拠(甲C2,4)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件手術1ないし3の実施に係る治療費として8万8800円を支払ったほか,本件手術1以降,被告センター眼科における治療費として1万0038円(本件手術1から平成26年3月までの保険点数11万4370点(ただし,11月の初診料135点を除く。)から,本件手術1ないし3に係る保険点数10万4332点を除いた1万0038点に対応する後期高齢者の自己負担額)を支払ったと認められ,これらはB医師の前記説明義務違反と相当因果関係のある損害と認められる。

 なお,後医の治療費は,これに係る治療内容が明らかでなく,B医師の前記説明義務違反と相当因果関係のある損害とは認められない。

イ 逸失利益は,原告の就労の蓋然性を認めるに足りる証拠がないから,認められない。

ウ 慰謝料(自己決定権侵害による慰謝料を含む。)
(ア) 入通院慰謝料 116万0000円
 原告は,本件手術1ないし3のために,被告センター眼科に合計10日間入院し,その後も平成26年9月27日まで被告センター眼科への通院を継続したことなどからすれば,入通院慰謝料は116万円と認めるのが相当である。

(イ) 後遺症慰謝料 650万0000円
 前記5(1)のとおり,原告の左眼視力は,本件手術2の術前は矯正視力0.3(自動車損害賠償保障法施行令別表第2の等級13級に相当するもの)であったところ,その後失明するに至ったものであり,この後遺障害の程度は,同別表の等級8級1号に該当するものと認めるのが相当である。そして,原告の後遺障害の内容及び程度のほか,B医師の説明義務違反の態様等本件に現れた一切の事情を考慮すると,原告の後遺障害に対する慰謝料の額は,650万円と認めるのが相当である。

エ 文書料は,原告がこれを支払ったことを認めるに足りる証拠がないから,認められない。

オ 弁護士費用 77万5883円
 上記合計775万8838円の1割に相当する弁護士費用も,B医師の前記説明義務違反と相当因果関係のある損害と認められる。

カ 合計 853万4721円

(2) カルテの改ざんによる損害
ア 慰謝料 100万0000円
 前記2(2)エのとおり,B医師は,B医師は,右眼のチン小帯の脆弱性及び左眼のチン小帯の断裂時期並びに各事項を踏まえた原告らへの説明について事実認識と異なる内容を意図的に追記し,また,左眼眼圧の数値について事実認識と異なる修正を意図的に加えて,それぞれカルテを改ざんしたものである。上記の各カルテの改ざんは,説明義務違反とは別個に不法行為を構成するところ,その態様は,主として本件説明事項に係る改ざんであり,この改ざんの事実が発覚しなければ,B医師の責任(説明義務違反)が否定されることにつながり得る悪質なものであることや改ざん箇所が多数に及んでいることなど本件に現れた一切の事情を考慮すると,これにより原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は100万円と認めるのが相当である。

イ 弁護士費用 10万0000円
 上記慰謝料の1割に相当する弁護士費用も,B医師の上記不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。

ウ 合計 110万0000円

(3) なお,前記5(1)のとおり,原告の左眼失明の契機となったのは本件手術2であるから,原告は,前記(1)カの金員については,本件手術2が実施された平成25年11月21日から遅延損害金を請求することができる。また,証拠(乙A1)及び弁論の全趣旨によれば,B医師は,遅くとも原告や原告代理人に対し説明を行った本件説明会の日までに,カルテの改ざんの不法行為を行ったものといえるから,原告は,前記(2)ウの金員については,本件説明会が開催された平成28年3月25日から遅延損害金を請求することができる。

7 まとめ
 以上によれば,被告は,原告に対し,B医師の説明義務違反及びカルテの改ざんについて,不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償として合計963万4721円及びうち853万4721円については,不法行為の日以後の日である平成25年11月21日(本件手術2が実施された日)から支払済みまで,うち110万円については不法行為の日以後の日である平成28年3月25日(本件説明会が開催された日)から支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

 なお,上記請求と選択的併合の関係にある債務不履行に基づく損害賠償請求については,同請求によって上記請求を超える金額が認容されるとは認められないから,判断する必要がない。

第4 結論
 よって,原告の請求は主文第1項の限度で理由があるからその限度で認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
 東京地方裁判所民事第34部 (裁判長裁判官 桃崎剛 裁判官 清光成実 裁判官稲玉祐は,転官のため,署名押印することができない。裁判長裁判官 桃崎剛)
以上:6,405文字

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