令和 1年12月16日(月):初稿 |
○珍しくパワハラ事件を扱っています。パワハラ被害者相談は良くありますが、これはひどいと思われる事案は、信頼するパワハラの権威とされている弁護士を紹介し、私自身が受任することはありません。今回はパワハラ加害者とされた方からの依頼されました。そこでパワハラ関係判例を調査しています。 ○パワハラは、同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為などと定義されています。 ○パワハラと主張される言動について「言った言わないの水掛け論」が多いと思われますが、参考になる判例として富士通関西システム事件と呼ばれる平成24年3月30日大阪地裁判決(労働判例ジャーナル5号18頁)一部を紹介します。「水掛け論」部分については、殆ど否定して厳しく判断されています。 ******************************************* 主 文 1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 原告が,被告株式会社富士通関西システムズに対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。 2 被告株式会社富士通関西システムズは,原告に対し,平成23年1月から本判決確定の日まで,毎月25日限り25万円を支払え。 3 被告株式会社富士通関西システムズは,原告に対し,平成23年1月から本判決確定の日まで,毎年6月末日限り25万円,毎年12月末日限り25万円を支払え。 4 被告らは,原告に対し,連帯して1000万円及びこれに対する平成22年12月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,被告株式会社富士通関西システムズ(以下「被告会社」という。)との間で期間の定めのある雇用契約を締結していた原告が,上司であった被告A3(以下「被告A3」という。)から,パワーハラスメント(同じ職場で働く者に対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為などと定義されるが,以下では不法行為に該当するものという意味で用いる。以下「パワハラ」という。)に該当する嫌がらせを受けた上,これに対処するよう被告会社に要望したところ,被告会社から不当に雇止めされたなどとして,被告会社に対する雇用契約上の地位の確認及び雇止め後の賃金の支払の請求並びに被告らに対する不法行為又は債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償の請求をした事案である。 (中略) 第4 当裁判所の判断 1 争点1について (1)平成20年7月3日の件 被告A3の供述によれば,ワークアウト委員会への出席は任意であり,業務に支障がない限り出席するものとされていたこと,原告は,被告A3に対し,平成20年7月3日の朝のミーティングで,当日のワークアウト委員会への出席の予定を報告していなかったが,実際には出席したこと,がそれぞれ認められる。 そして,被告A3は,原告について普段からスケジュール調整が上手くできずに納期を遅延することが多いとの評価をしていたことから,当初予定のなかったワークアウト委員会に出席したことについて,その後のスケジュール調整ができているかを確認したことが認められるところ,被告A3のこのような言動は,業務上の指導・助言として何ら問題がなく,不法行為に該当するとは認められない。 原告は,「A1さん,自分の仕事しないでどうして会議に出たんや。自分の仕事あるやろ。」と怒鳴られたと述べるが(甲23),仮に被告A3の発言内容が,原告の供述等のとおりであったとしても,当該発言自体は業務上の指導・叱責の域を出ないのであって,原告の主張には理由がない。 なお,「怒鳴られた」との点については,これを裏付ける客観的な証拠はない。原告の備忘録(甲18の1)には,「怒った様に云う」と記載されているのみであり(これは,原告の印象に過ぎない。),A4も,被告A3について,ほかの上司と比べても丁寧な口調で話す方であり,原告に対して声を荒げたり,大声を出したりしたことはなかったという趣旨の証言をしているから,採用できない。 (2)平成20年9月19日の件 原告は,被告A3から,「A1さんは業務ワークアウトの時,絵を描いていて何もしないらしいけど,他の職員から(文句を)言われているのを分かっているのか。」と言われたと述べ,根拠もなく決めつけることがパワハラに当たると主張するが,被告A3の供述によれば,少なくとも,他の職員から被告A3に対し,原告がワークアウトの時に絵を描いていたとの苦情ないし報告があり,そのことを原告に指摘したにすぎないことが認められるから(なお,被告A3は,「本当か。」と聞いた旨供述しており,そうであれば尚更問題はない。),被告A3が何の根拠もなく原告が絵を描いていたと決めつけたとの原告の指摘は当たらず,これがパワハラに当たるとの主張は採用できない。 (3)平成20年11月20日の件 原告は,A4から頼まれた仕事について,被告A3に残業申請をした際,「今日中にせなあかん仕事でないやろ。優先順位も付けられないで(仕事)やってるのか。」と理由もなく怒られたと供述し,被告A3は,この日のことかはわからないが,残業申請を却下したことはあると供述する。 この点,A4は,この日,原告に残業を頼んだことはないと供述するが,仮にA4が原告に頼んだ仕事であったとしても,両名の上司である被告A3が,原告からの残業申請に対し,残業をしてまでする仕事ではないとしてこれを却下し,その際,仕事の優先順位を付けるよう指導・叱責したとしても,そのことがパワハラに該当するとは言えず,原告の主張は採用できない。 なお,原告の備忘録(甲18の3)には,「怒り口調で(相手をバカにした態度で)『それは今日中にせなあかん事ではないでしょ。優先順位も付けられないでやっているのですか!』という感じで返答する。」と記載されており,この記載からも,被告A3の口調自体は,丁寧なものであったことが推認できる。 (4)平成21年3月11日の件 被告A3の供述によれば,この日は,被告会社の予算の締切日であり,原告は,当日が締切りである予算の集計作業と,当日が締切りではない全社活動実績一覧表の作成作業とを担当していたこと,原告が,壊れたエクセルフォーマットの修正を行ったのは,優先度の低い全社活動実績一覧表のデータであったこと,原告は,全社活動実績一覧表のエクセルフォーマットの修復を優先させたため,定時までに予算の作業ができなかった上,その旨を,被告A3に対し,定時になってから報告したことがそれぞれ認められる。 そうすると,このような原告の仕事の進め方に対し,被告A3が,指導・叱責を行ったことがパワハラに該当するとの原告の主張は採用できない。 なお,具体的な言動について,原告は,「自分が何の仕事やってるのか分かってるのか。」と言われたと供述し,原告の備忘録(甲19の1)にもこれに沿う記載がある。被告A3は,そのような発言はしていないと供述するが,仮に被告A3の発言が原告の供述通りであったとしても,上記の事実に照らせば,これがパワハラとして不法行為に該当するとは到底言えない。 (5)平成21年8月12日の件 被告A3の供述及び陳述書(乙5)並びに原告の陳述書及び備忘録(甲19の2)によれば,この日は,「e―focus」というシステムについて,他の部署から,問合せがあったことが認められる。そして,被告A3は,原告が問い合わせの内容を誤解しているのではないかと思い,その旨を指摘したと供述する。一方,原告の備忘録(甲19の2)には,「『A1さんのとこで現場と同じ画面が出ないわけない。おかしいんじゃないの??』←(私が??)」との記載があることからすると,被告A3は,問い合わせ内容に対する原告の理解の仕方が「おかしい」と述べたか,現場からの問い合わせ内容自体が「おかしい」と発言したものと認められ,原告自身のことを「おかしい」と発言したとは認められない(なお,上記備忘録の記載からは,被告A3が原告自身のことを「おかしい」と述べたとは読めないが,原告自身は,「←(私が??)」と記載して,そのように誤解して捉えていることが認められる。)。 以上によれば,被告A3のこの日の言動がパワハラに当たるとの原告の主張は採用できない。 (6)平成21年9月18日の件 原告の備忘録(甲19の3),被告会社が行ったヒアリングの結果(乙1の2)並びに原告,A4及び被告A3の各供述によれば,この日以前に,A4が,被告A3に対し,原告から同じような質問を何度もされる旨を報告したことがあったこと,被告A3は,原告に対し,この日のミーティングで,「A4に頼りすぎている。」,「業務に積極的に取り組まないと任せる仕事がなくなる。」,「(A4と)席を離れさそか。」などの発言をしたことが認められる。 しかし,原告の主張する「もうA1さん(この会社に)いらんやん。必要ないやん。」との発言については,被告A3は否定しており,原告の備忘録(甲19の3)の該当箇所にも見当たらず,このような発言があったとは認められない。 そして,原告がA4に対して繰り返し同じような質問をすることについて,被告A3が,上記のような発言をしたからといって,そのことが不法行為に該当するとはいえず,原告の主張は採用できない。 (7)平成21年11月5日の件 原告は,この日,被告A3から,「それじゃ,もうこれからここにはA1さんはいらないってことやね。」と言われたと主張し,これに沿う供述をしており,原告の備忘録(甲19の4)にも同旨の記載がある。 しかし,原告の供述,陳述書(甲23)及び備忘録(甲19の4)によると,この日,業務上の目標設定を行うに当たり,被告A3が,原告が決めたテーマについて,「また前期のように失敗するのではないか。」,「テーマを変えた方が良い。」などの指導を行ったのに対し,原告が,「失敗したとは思っていない。」などと反論したことは認められるが,被告A3が,どのような文脈で原告に対して上記のような発言をしたのかは明らかでなく,原告の主張する経緯は唐突で不自然である。被告A3は,この日,このような発言はしていないと供述しており,被告A3が上記のような発言をしたとは認められない。 (8)平成21年11月19日の件 原告は,この日,休んでいたA5の仕事の負担が重いことについて被告A3に改善を求めたところ,「あんたはずぶといから大丈夫や。」と言われ,「それはパワハラ発言ではないですか。」と言うと,「被害妄想や。」と言われたと供述し,原告の備忘録(甲19の5)にも同旨の記載がある。 これに対し,被告A3は,かかる発言の存在を否定しており,他の職員もこれを聞いていないと被告会社に回答している(乙1の2)が,仮に,「ずぶとそうや」との発言があったとしても,配慮を欠く発言ではあるものの,直ちに不法行為に該当するものではないし,「被害妄想」という言葉も,必ずしも精神的な病気の意味で用いるとは限らないのであって,これがパワハラに該当するとの原告の主張は採用できない。 (9)平成21年12月4日の件 原告及び被告A3の各陳述書(甲23,乙5)及び各供述によれば,原告は,「R09」業務について,この日までに行うことになっていたところ,終業時刻までに終わらなかったことから,被告A3が,翌日以降に延伸するのか,残業して行うのか確認したものであることが認められる。原告の主張を前提としても,被告A3の発言内容は,「どうするんや」というものであり,パワハラに該当するとは到底言えない。 ところで,原告の陳述書(甲23)には,「R09」の誤差の原因を終業時刻までに見つけることができなかったことを被告A3に報告した旨の記載があるが,A6及び被告A3の各陳述書(乙3,5)によれば,「R09」に関する原告の業務範囲は,数値に齟齬が生じている箇所を明らかにすることであり,齟齬の原因の特定・分析は,A4や他の部署(情報化推進部)の業務であるにもかかわらず,原告は,自己の業務範囲を超えて,誤った計算値を修正しようとするなどしていたため,本来の業務である齟齬を明らかにする作業に遅れが生じていたことが認められる。 そうすると,(被告A3は否定しているが)仮に,被告A3が,厳しい口調で,「どうするんや」と発言したとしても,業務上の指導・叱責の域を出るものではない。 また,健康管理室(カウンセラー)に関する言動についても被告A3は否定しているが,仮に,被告A3が,「業務指導と言えば通じる」旨の発言をしたとしても,被告A3の原告に対する発言が業務指導の一環として行われていること自体は上記のとおり事実であるから,当該発言がパワハラに当たるとはいえない。 (10)平成22年2月15日の件 原告は,当日の午後4時ころ,追加の作業指示があり,午後7時半ころ,作業が終わらなかった旨を報告した際,「こんなくらいの仕事でいつまでかかってるんや,おかしいんとちがうか,何でそんなに遅いんか理解できない。」などと言われたと主張し,陳述書(甲23)にもこれに沿う記載がある。 しかし,原告の備忘録(甲20の1)には,「追加の一覧表を作ってくれ」と言われた旨の記載があるのに対し,原告の陳述書(甲23)には,「『別のフォーム』で改めて一覧表を作ってくださいと指示がありました」と記載されているなど,原告が被告A3から追加指示されたとする業務の内容は,原告の供述等によっても必ずしも明らかでない。被告A3は,追加の指示は出しておらず,予算一覧表の作成は,前の週から依頼していたと供述していることを併せ考えると,原告は,被告A3からあらかじめ指示されていた事項について,正確に理解していなかったため,追加の指示を受けたと誤解した可能性も否定できない。 そうすると,この点に関し,(被告A3は否定しているが,)仮に,原告が主張するとおりの発言があったとしても,通常の指導・叱責の範囲内の言動というべきであって,原告の主張は採用できない。 (11)平成22年3月11日の件 証拠(甲20の2,23,乙1の2,5,原告本人,被告A3本人)及び弁論の全趣旨によれば,この日のやりとりは,原告が情報化推進部に対してエクセルやEメール等に関する一般的な質問をすることについて,同部からクレームがあり,被告A3が,一般的な事項は企画・業務部の従業員に聞くように指導したというものにすぎないことが認められ(原告の備忘録(甲20の2)にも「質問のレベル(エクセル使用時のことだそうである)が低すぎるとのことらしい。」との記載がある。),これがパワハラに該当するとは認められない。 なお,原告は,パソコンがフリーズしたり,メールが送信できなかったりドキュメントが開かなかったりした場合にどこに聞けば良いかを聞いたところ,被告A3から,元SEに聞くように言われたが,元SEが誰かは「教えられない」と言われたと供述し,備忘録にもその旨の記載があるのに対し,被告A3はこれを否定している。 この点,被告A3は,あくまで,一般的な質問は企画・業務部内で処理するようにとの指示をしているのであって,情報化推進部に一切質問してはならないと言っているわけではないし,誰がパソコンに詳しいかは,原告自身が他の職員に聞けばわかることであり,この点について被告A3が「教えられない」などと発言しても何ら意味がないのであって,被告A3がかかる言動をしたとの原告の供述等は不自然であり,原告は,被告A3の発言内容を誤解している可能性が高い。 よって,この点に関する原告の主張は採用できない。 (中略) (19)小括 以上見てきたとおり,原告が被告A3によるパワハラに該当すると主張する各言動は,いずれも,事実の存在自体が立証されていないか,仮に言動自体が事実であっても違法性を有しないものというべきであるから,被告A3の言動がパワハラに該当し,不法行為が成立するとの原告の主張には理由がない。 (中略) 3 争点3について 争点1及び2で検討したとおり,被告A3の言動には,パワハラとして不法行為に該当するものがあったとは認められず,被告会社の対応にも何ら違法な点は見当たらないし,本件雇止めも相当であるから,これらの点について被告会社が不法行為責任又は債務不履行責任を負うことはない。 第5 結論 以上によれば,損害の点について判断するまでもなく,原告の請求は,いずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第5民事部 裁判官 田中邦治 以上:6,962文字
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