令和 1年11月21日(木):初稿 |
○「ツイッターなりすまし者情報開示請求を棄却した地裁判決紹介」の続きで、その控訴審である平成30年6月13日東京高裁判決(判時2418号3頁)の関連部分を紹介します。 ○一審平成29年11月24日東京地裁判決(判時2418号7頁)は、各送信は、原告の主張する侵害情報である投稿の後にログインがされたものであることが明らかであるから、被告の管理する特定電気通信設備が当該侵害情報の流通に供されたとは認め難く、被告を投稿との関係で「開示関係役務提供者」であると認める余地はないとして請求を棄却しました。 ○これに対し控訴審判決は、本件IPアドレスを割り当てられてログインした者は、本件プロフィール等を投稿した者と推認するのが相当であるから、本件IPアドレス等から把握される発信者情報は、侵害情報である本件プロフィール等の投稿者のものと認めるのが相当、あたかも、控訴人アカウントを公的なもの、本件アカウントを私的なものとして、いずれも控訴人が自ら開設したものであるかのように装っているものであると認められる、控訴人は、本件発信者に対する人格権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求の準備をしており、上記の発信者情報が必要であるとして、開示請求を認めました。 ***************************************** 主 文 一 原判決を取り消す。 二 被控訴人は、控訴人に対し、別紙発信者情報目録《略》記載の各情報を開示せよ。 三 訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。 事実及び理由 第一 控訴の趣旨 主文と同じ。 第二 事案の概要 一 事案の要旨 (1)本件は、ツイッター(Twitter。ユーザーが「ツイート」と呼ばれる140字以内の短文を投稿し、他のユーザーがそれを読んだり、返信したりすることができるインターネット上の情報サービス)上に、氏名不詳者が控訴人になりすましてアカウントを開設し、使用していることについて、これにより氏名権及び肖像権を侵害されたと主張する控訴人が、上記氏名不詳者に対する損害賠償請求権の行使のために、ツイッターの運営会社から開示されたIPアドレスの保有者である被控訴人に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」という。)4条1項に基づき、上記氏名不詳者の氏名又は名称及び住所の開示を求める事案である。 (2)原審は、被控訴人は控訴人の権利の侵害に係る発信者情報(法4条1項所定のものをいう。以下同じ。)を保有しているとは認められないとして、控訴人の請求を棄却した。これを不服とする控訴人が本件控訴を提起した。 二 前提となる事実(末尾に証拠等を掲記していない事実は、当事者間に争いがない。) (1)控訴人は、宗教法人であるAの代表役員であり、X’という通称を使用して書籍の出版等の活動を行っている者である。 一方で、控訴人は、自ら、ツイッター上に、アカウント名を「X’(本名:X)」、ユーザー名を「@○○」、プロフィールを「本名、X。△△年生まれ。スピリチュアル研究家にして、事業家、教育者、福祉家、学者、経済人、小説家、画家、オペラ歌手、……など、多彩な顔を持つ。X’は、神霊家としての名前…書籍も多数。」などとし、顔写真を掲載したアカウントを開設して、使用している。このアカウント(以下「控訴人アカウント」という。)は、平成23年5月に開設された。 (2)被控訴人は、法2条三号所定の特定電気通信役務提供者(特定電気通信設備を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者)である。 (3)ツイッター上に、氏名不詳者により、アカウント名を「X’」、ユーザー名を「@●●」、「プロフィールを「X’のプライベートアカウントです。基本知り合い以外フォロリク許可しません。その他お仕事のご依頼はDMまで。関係の無い内容は即ブロ。」とし、上記(1)と同じ顔写真を掲載したアカウントが開設されている(以下、このアカウントを「本件アカウント」、本件アカウント内にある控訴人の通称名を使用したアカウント名、プロフィール及び上記顔写真を「本件プロフィール等」といい、本件プロフィール等を投稿した者を「本件発信者」という。)。本件アカウントは、平成27年12月に開設された。 本件アカウントは、その後、ツイートを非公開として、使用されてきた。なお、本件アカウントは、現在は、凍結されている。 (4)控訴人は、ツイッターの運営会社であるツイッター・インク.(米国法人。以下「ツイッター社」という。)を相手方として、本件アカウントにログインした際のIPアドレス及びタイムスタンプのうち、平成27年12月1日以降のもので、ツイッター社が保有するもの全てについて、仮の開示を求める仮処分命令を東京地方裁判所に申し立てたところ(同裁判所平成29年(ヨ)第847号)、同裁判所は、平成29年4月12日、その旨の仮処分決定をした。 (5)ツイッター社は、平成29年4月20日、上記(4)の仮処分決定に基づき、控訴人に対し、IPアドレス及びタイムスタンプを開示した。別紙発信者情報目録《略》中の「(別紙)IP・タイムスタンプ目録」記載のIPアドレス及びタイムスタンプは、ツイッター社から開示されたIPアドレス及びタイムスタンプの一部である(以下、このIPアドレスを「本件IPアドレス」、このタイムスタンプを「本件タイムスタンプ」、これらを併せて「本件IPアドレス等」という。)。 本件IPアドレスは、被控訴人が保有するものである。すなわち、本件タイムスタンプの年月日及び時刻(日本時間で平成29年1月28日午前3時10分17秒から同年3月28日午前零時48分46秒まで)に、被控訴人の提供するインターネットサービスにより本件IPアドレスが割り当てられて、電気通信の送信がされたことになる。 三 争点 (1)被控訴人が控訴人の権利の侵害に係る発信者情報を保有しているといえるか(法4条1項本文所定の要件を充たすか)。 (2)本件プロフィール等によって控訴人の権利が侵害されたことが明らかといえるか(法4条1項一号所定の要件を充たすか)。 (3)上記(1)の発信者情報が控訴人の損害賠償請求権の行使のために必要である又は上記発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるといえるか(法4条1項二号所定の要件を充たすか)。 四 争点に関する当事者の主張 (1)争点(1)(被控訴人が控訴人の権利の侵害に係る発信者情報を保有しているといえるか)について (中略) (2)争点(2)(本件プロフィール等によって控訴人の権利が侵害されたことが明らかといえるか)について (中略) (3)争点(3)(上記(1)の発信者情報が控訴人の損害賠償請求権の行使のために必要である又は上記発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるといえるか)について (中略) 第三 当裁判所の判断 一 争点(1)(被控訴人が控訴人の権利の侵害に係る発信者情報を保有しているといえるか)について (1)まず、本件IPアドレス等は、本件アカウントにログインした(ログイン情報を送信した)際に割り当てられたものであり、本件プロフィール等の侵害情報そのものを現実に送信した際に割り当てられたものではない。この点について、被控訴人は、ログイン情報の送信に係る契約者情報は、法4条1項所定の発信者情報には当たらない旨主張する。 しかし、〔1〕ツイッターの仕組みは、設定されたアカウントにログインし(ログイン情報の送信)、ログインされた状態で投稿する(侵害情報の送信)、というものであり、侵害情報の送信にログイン情報の送信が不可欠となること、〔2〕法4条1項は、侵害情報の発信者情報」と規定するのではなく、「権利の侵害に係る発信者情報」とやや幅をもって規定しており、侵害情報そのものから把握される発信者情報だけでなく、侵害情報について把握される発信者情報であれば、これを開示することも許容されると解されることに照らせば、ログイン情報を送信した際に把握される発信者情報であっても、法4条1項所定の「権利の侵害に係る発信者情報」に当たり得るというべきである。 被控訴人の上記主張は、採用することができない。 (2)次に、本件IPアドレス等は、侵害情報である本件プロフィール等の投稿の後に割り当てられたものであり、本件プロフィール等の投稿の前に割り当てられたものではない。 そこで検討すると、法4条1項は、発信者情報が、発信者のプライバシー、表現の自由、通信の秘密にかかわる情報であり、正当な理由がない限り第三者に開示されるべきものではなく、また、これがいったん開示されると開示前の状態への回復は不可能となるため、発信者情報の開示請求について、厳格な要件を定めているものと解されるから、法4条1項の発信者情報をたやすく拡張して解釈することは相当でない。 しかし、上記のとおり、法4条1項は、侵害情報そのものから把握される発信者情報でなくても、侵害情報について把握される発信者情報であれば、これを開示の対象とすることも許容されると解される。そして、侵害情報そのものの送信の後に割り当てられたIPアドレスから把握される発信者情報であっても、当該侵害情報の発信者のものと認められるのであれば、その開示は不当ではないと解されるし、また、開示対象となる発信者情報は、本件省令で定めるものに限定列挙されており、いたずらに拡大されないように定められている。 このことに、加害者の特定を可能にして被害者の権利の救済を図るという法4条の趣旨(最高裁平成22年4月8日第一小法廷判決・民集64巻3号676頁参照)に照らすと、侵害情報の送信の後に割り当てられたIPアドレスから把握される発信者情報であっても、当該侵害情報の発信者のものと認められるのであれば、法4条1項所定の「権利の侵害に係る発信者情報」に当たり得ると解するのが相当である。 この点について、控訴人は、時的な先後関係は問題とされるべきではなく、ログインした際の通信は「当該権利の侵害に係る」に当たり、その通信を行う者は「その他の侵害情報の送信に係る者」に当たる旨主張し、他方、被控訴人は、法4条1項が、侵害情報の流通とは別個のログイン情報の流通についてまで含むと解するのは困難である旨主張するが、いずれも上記説示に反する限度で、採用することができない。 (3)そこで続いて、本件IPアドレスから把握される発信者情報が、侵害情報である本件プロフィール等の投稿者のものと認められるか否かを検討する。 この点、前記前提となる事実、証拠《略》及び弁論の全趣旨によれば、本件アカウントは平成27年12月に開設されたものであるのに対し、本件IPアドレス等は、上記開設時から1年以上も後の平成29年1月28日から同年3月28日まで(日本時間)のものであること、被控訴人の保有する本件IPアドレス等は、本件アカウントにログインした際のIPアドレス及びタイムスタンプの一部にすぎず、本件IPアドレス以外にも、相当数、本件アカウントにログインした際のIPアドレス及びタイムスタンプが存在することが認められる。 しかしながら、一般に、同一人が、複数のプロバイダからのIPアドレスを割り当てられながら、1年以上同じアカウントにログインを続けることは、珍しいことではない。そして、上記のとおり、ツイッターの仕組みは、設定されたアカウントにログインし(ログイン情報の送信)、ログインされた状態で投稿する(侵害情報の送信)、というものであるから、時的な先後関係にかかわらず、ログイン者と投稿者は同一である蓋然性が高いことが認められる一方、本件アカウントは、後記二のとおり、控訴人本人になりすました本件プロフィール等をトップページに表示し続けながら、ツイートを非公開として使用されてきたもので、法人が営業用に用いるなど複数名でアカウントを共有しているとか、アカウント使用者が変更されたとか、上記の同一性を妨げるような事情は何ら認められない。 このような事実からすると、本件IPアドレスを割り当てられてログインした者は、本件プロフィール等を投稿した者と推認するのが相当であるから、本件IPアドレス等から把握される発信者情報は、侵害情報である本件プロフィール等の投稿者のものと認めるのが相当である。 (4)そうすると、被控訴人は、控訴人の権利の侵害に係る発信者情報を保有しているということができる。 二 争点(2)(本件プロフィール等によって控訴人の権利が侵害されたことが明らかといえるか)について (1)氏名は、その個人の人格の象徴であり、人格権の一内容を構成するものというべきであるから、人は、その氏名を他人に冒用されない権利を有し、これを違法に侵害された者は、加害者に対し、損害賠償を求めることができると解される(最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁、最高裁平成18年1月20日第二小法廷・民集60巻1号137頁参照)。 したがって、氏名でなく通称であっても、その個人の人格の象徴と認められる場合には、人は、これを他人に冒用されない権利を有し、これを違法に侵害された者は、加害者に対し、損害賠償を求めることができるというべきところ、前記前提となる事実によれば、「X’」が控訴人の人格の象徴と認められることは明らかである。 (2)そして、前記前提となる事実及び弁論の全趣旨によれば、本件プロフィール等は、控訴人アカウントとは別に、控訴人の通称のほか、控訴人アカウントに掲載されているものと同じ顔写真を使用し、しかも、「X’のプライベートアカウントです。基本知り合い以外のフォロリク許可しません。その他お仕事のご依頼はDMまで。」などと、あたかも、控訴人アカウントを公的なもの、本件アカウントを私的なものとして、いずれも控訴人が自ら開設したものであるかのように装っているものであると認められる。そして、本件証拠関係の下では、本件アカウントの開設、使用について、控訴人の同意もなく、不法行為の成立を阻却するような事情は何ら認められない。 このような事実からすると、本件プロフィール等によって、控訴人の権利が侵害されていることは明らかというべきである。 三 争点(3)(上記(1)の発信者情報が控訴人の損害賠償請求権の行使のために必要である又は上記発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるといえるか)について 証拠《略》及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、本件発信者に対する人格権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求の準備をしていると認められ、そのために上記一の発信者情報が必要であることは明らかである。 第四 結論 よって、控訴人の請求は理由があるから認容すべきところ、これと異なる原判決は相当でないからこれを取消した上、控訴人の請求を認容することとして、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 河野清孝 裁判官 高取真理子 榎本光宏) 別紙 発信者情報目録《略》 以上:6,217文字
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