平成30年10月11日(木):初稿 |
○他人に代わりウェブサイトに掲載された記事を削除するための業務の依頼を受ける旨の契約は弁護士法72条に違反し無効であり、弁護士法72条違反の契約を締結した点で原告Xが不法原因に関与しているとしても,その不法原因は専ら被告Yの側にあるから,不法原因給付に関する規定は適用されず,Xにおいてその契約が無効であり,代金支払債務が存在しないことを知っていたともいえないとして代金の返還を命じた平成29年2月20日東京地裁判決(判タ1451号237頁)を紹介します。 ○原告Xは被告Yに対し、1000万円の慰謝料と100万円の弁護士費用も請求していますが、これらはいずれも本件契約を締結した被告Yの行為が不法行為に当たると評価できないとして、棄却されました。 ********************************************* 主 文 1 被告は,原告に対し,49万8750円及びこれに対する平成28年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用は,これを23分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。 4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。 事実及び理由 第1 請求 被告は,原告に対し,1149万8750円及びこれに対する平成28年2月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要等 1 事案の概要 本件は,原告が,〇〇との事実を摘示して原告の名誉を毀損すると原告が主張する別紙ウェブサイト一覧表の各ウェブサイトに掲載された各記事(以下,各記事それぞれを掲載されたウェブサイトごとに「本件記事1」などといい,これらを合わせて「本件各記事」という。)を削除するための業務を被告に依頼する旨の契約(以下,本件各記事に係る契約を合わせて「本件契約」という。)を締結したところ,本件契約は弁護士法72条本文に違反するため無効であると主張して,被告に対し,不当利得返還請求権に基づき,本件契約に基づいて支払った代金49万8750円及びこれに対する訴状送達の日である平成28年2月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,被告が原告を弁護士法違反行為に加担させたこと及び原告から適切な権利行使の機会を奪い,本件各記事の削除ができない状態を継続させ,原告の人格権侵害状態を継続させたことが原告に対する不法行為に当たると主張し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,慰謝料1000万円及び弁護士費用100万円の合計1100万円並びにこれに対する不法行為後の日であり,訴状送達の日である平成28年2月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 前提事実のほか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (1)原告の被告に対する問合せ(甲1) 原告は,平成24年9月頃,被告に対し,メールで,原告が〇〇とされ,インターネット上で誹謗中傷を受け,現在でも,原告の名前を検索すると,〇〇に関連するページが表示されることについて,「(原告の氏名),〇〇」などのキーワードを,大手検索エンジンであるヤフーやグーグルでの検索結果から除くように対応してもらうことが可能かどうか及びその場合の報酬の見積りについて問い合わせた。 被告担当者は,平成24年10月9日,原告に対し,原告が削除を求める情報が掲載されているホームページを複数挙げ,そのうち,本件記事11の削除業務の代金として20万円(税別),ミラーサイトである本件記事1,2及び12の削除業務の代金として各5万円(税別)の見積りを示した。 (2)本件記事1,2及び12についての削除依頼等(甲1,2,弁論の全趣旨) ア 削除依頼等 原告は,平成24年10月13日,被告に対し,本件記事1,2及び12の三つの記事の削除を依頼した。 被告担当者は,平成24年10月15日,原告に対し,正式な御見積書兼申込書,業務委託契約書及び秘密保持契約書(それぞれ2部)を送付するので,業務委託契約書及び秘密保持契約書に氏名を記入し,捺印した上で,各1部を被告に返送するよう伝え,原告は,翌日,被告に対して,指示された書類を送付した。 イ 代金の請求及び支払等 その後,本件記事1及び2は削除され,被告担当者は,平成24年10月26日,原告に対し,本件記事1及び2の削除が成功した旨のメールを送信した。 そして,被告担当者は,平成24年11月6日頃,原告に対し,本件記事1及び2の削除業務に係る代金の請求書を送付し,原告は,同月8日,被告に対し,10万5000円を支払った。 ウ 削除依頼の撤回等 被告担当者は,その後,原告に対し,本件記事12は被告において削除することができない旨通知した。これを受け,原告は,本件記事12の削除依頼を撤回した。本件記事12は,その後,サイト自体が閉鎖となり,記事も消去されている。 (3)本件記事11についての削除依頼等(甲1,弁論の全趣旨) (中略) (8)被告名で作成された削除業務に関する書類(乙2) 被告名で作成された「ミラーサイト対策の注意事項」と題する書面が証拠として提出されているところ,この書面には,注意事項として以下のような記載がされている。 1,メールは,匿名のフリーメールアドレスを使う 2,法的な論拠を主張するのではなく,中傷で困っている状況を伝える 判断,説得,反論はしない事。 また,上記書面には,レスやスレッドの削除を求める場合の文章の参考として,以下のような記載がされている。 【レス削除】 このサイトのレスに中傷に相当する内容が含まれていますので お手数ですが,指定のレスの削除をお願いします レス番号 【スレッド削除】 このサイトのレスに中傷に相当する内容が含まれていますので スレッドの削除をお願いいたします。 URL 2 争点1(本件契約が弁護士法72条本文に違反するか)について (1)弁護士法72条本文前段の成立要件について 弁護士法72条本文前段は,弁護士又は弁護士法人でない者が,報酬を得る目的で,業として,法律事件に関する法律事務を取り扱うことを禁止するところ,前提事実(1)のとおり,被告が弁護士法人でないことは明らかであるので,その他の要件について検討する。 (2)「法律事件」について 弁護士法72条本文前段にいう「法律事件」とは,法律上の権利義務に関し争いや疑義があり,又は,新たな権利義務関係の発生する案件をいうと解される。 本件契約は,原告が,被告に対し,〇〇との事実を摘示し,原告の名誉を毀損すると主張する本件各記事をウェブサイト上から削除するための業務を依頼するものである。そのため,ウェブサイト運営者側の表現の自由と対立しながら,これにより本件各記事が削除され,原告の人格権の侵害状態が除去されるという効果を発生させることになるのであるから,単純かつ画一的に行われるものとはいえず,新たな権利義務関係を発生させるものである。 したがって,本件において,被告がウェブサイトの運営者に対して本件各記事の削除を求めることは,「法律事件」に該当する。 (3)「法律事務」について 弁護士法72条本文前段の要件として,法律事件に関する「鑑定,代理,仲裁若しくは和解その他の法律事務」を取り扱うことが必要とされているところ,「その他の法律事務」とは,法律上の効果を発生,変更する事項の処理や,保全,明確化する事項の処理をいうと解されている。 上記1で認定した事実及び弁論の全趣旨によれば,被告は,本件各記事の削除のために,別紙削除フォーム1ないし3のような各ウェブサイトが設けた通報用のフォームを用いて,ウェブサイトの運営者に対して「ウェブサイト上に投稿されたコメントにより迷惑を被っている」旨の情報を提供し,削除を依頼したものと認められる。 この点について,被告は,単に通報用のフォームを用いて,情報を提供し,削除を依頼しただけであるから,このような業務は「法律事務」に当たらない旨主張する。 しかしながら,被告が用いた通報用のフォームは,別紙削除フォーム1ないし3のように削除対象URL,削除を求める理由等を入力し,ウェブサイトの運営者に対して迷惑を被っている旨の情報を提供すると,原告の人格権行使の結果としてウェブサイトの運営者側で各記事を削除するというものである。そのため,当該フォームに入力して迷惑を被っている旨の情報を提供する行為は,原告の人格権に基づく削除請求権の行使により,ウェブサイトの運営者に対し,削除義務の発生という法律上の効果を発生させ,原告の人格権を保全,明確化する事項の処理といえる。 したがって,本件各記事の削除のために被告が行った上記の業務は「その他の法律事務」に当たるといえ,被告の上記主張を採用することはできない。 (4)「業とする」ことについて 「業とする」とは,反復的に又は反復の意思をもって法律事務の取扱い等をし,それが業務性を帯びるに至った場合をさすと解すべきである(最高裁昭和47年(オ)第751号同50年4月4日第二小法廷判決・民集29巻4号317頁参照)。 前提事実(1)のとおり,被告は,「〇〇」と称して,インターネット上のネガティブ情報への対処を業務として行い,上記1(2)アのとおり,見積書兼申込書,業務委託契約書及び秘密保持契約書等の定型文書を作成していたことからしても,上記法律事務の取扱いを反復的に行っていたことは明らかである。 したがって,被告は,上記法律事務の取扱いを業として行っていたといえる。 (5)「報酬を得る目的」について 「報酬」とは,法律事務の取扱いのための対価をいい,額の多少や名称を問わないが,法律事務の取扱いとの間に直接的又は間接的に対価関係が認められることが必要であると解される。 前提事実(3)のとおり,被告は,本件契約に基づき,本件記事1ないし10の削除業務の対価として,原告から金員を受け取っているから,被告には,「報酬を得る目的」があるといえる。 (6)まとめ 以上によれば,本件契約は,弁護士法人でない被告が,報酬を得る目的で,かつ,業として,原告の法律事件に関して法律事務を取り扱うことを内容とするものであり,全体として,弁護士法72条本文前段により禁止される行為を行うことを内容とする契約であるといえる。 3 原告の被告に対する不当利得返還請求について (1)原告の請求について 上記2のとおり,本件契約は,全体として弁護士法72条本文前段により禁止される行為を行うことを内容とするものであるから,その余の原告の主張(本件記事10に係る行為が「周旋」に当たるか)について判断するまでもなく,民法90条に照らし無効となる(最高裁昭和37年(オ)第1460号同38年6月13日第一小法廷判決・民集17巻5号744頁参照)。 そして,前提事実(3)によれば,原告は,被告に対し,本件契約に基づき,本件記事1ないし10の削除業務に係る代金として合計49万8750円を支払っているから,当該金員につき,原告の損失,被告の利得及び損失と利得との間の因果関係が認められ,被告の利得について法律上の原因が存在しないから,上記金員は被告の不当利得となる。したがって,原告は,被告に対し,不当利得金49万8750円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成28年2月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求することができる。なお,原告は,訴状送達の日である同月24日から発生する遅延損害金の支払を求めている。しかし,不当利得者の返還義務は期限の定めがない債務であって,債務者は履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負うところ(民法412条3項),本件において,訴状送達の日より前に原告が被告に対して当該債務の履行の請求をしたと認めるに足りる証拠はない。そのため,訴状送達の日から発生する遅延損害金の支払を求める部分については理由がない。 (2)被告の主張について 被告は,原告は被告が行う事務内容を認識しながら,被告に対して本件契約に基づく代金を支払ったのであるから,当該給付は不法原因給付又は非債弁済に該当し,原告は被告に対して不当利得の返還を請求することはできない旨主張する。 確かに,上記2で判断したとおり,本件契約は弁護士法に違反するから,それに基づいて支払った代金は,不法原因給付に当たる。しかし,契約成立に至った経過において,給付者に多少の不法の点があったとしても,受益者にも不法の点があり,前者の不法性が後者のそれに比し極めて微弱なものに過ぎない場合には,民法90条及び708条の適用はなく,給付者は受益者に対して,既に交付された物の返還を請求することができると解するのが相当である(最高裁昭和27年(オ)第13号同29年8月31日第三小法廷判決・民集8巻8号1557頁参照)。 本件において,甲15及び弁論の全趣旨によれば,被告が本件契約の誘因としてインターネット上の記事を削除する業務について広告を掲載し,それを見た原告が被告に対し記事の削除について問合せをしたことが認められる。また,上記2で判断したとおり,被告は,業として弁護士法に違反する行為を行っていた。これらの事情に照らせば,原告が,自ら被告に対して問合せをして本件契約を締結したという点において不法原因に関与しているとしても,不法原因は専ら被告の側にあるといえるので,被告の不法原因給付に関する主張は採用することができない。 また,原告が,本件契約に基づき本件各記事の削除業務に対する代金を被告に支払った際に,本件契約が弁護士法72条に違反し無効なものであること及びその結果として代金支払債務が存在しないことを知っていたと認めるに足りる証拠はない。そのため,原告の被告に対する報酬の支払は,非債弁済には当たらない。 したがって,被告の非債弁済に関する主張も採用できない。 4 争点2(被告の原告に対する不法行為の成否)について (1)弁護士法違反行為に加担させたとの主張について 原告は,被告により,違法な行為に加担させられ,遵法意識を傷つけられたため,精神的苦痛を被ったのであるから,原告に対する不法行為が成立すると主張する。 確かに,上記2のとおり,本件契約は,弁護士法に違反し,無効な契約である。 しかし,原告は,被告に対し,自ら本件各記事の削除を依頼して本件契約を締結したのであるから,結果的に本件契約が弁護士法に違反する違法で無効なものであったとしても,本件契約を締結した被告の行為が不法行為に当たると評価できるものではない。 (2)適切な権利行使の機会を奪い人格権侵害状態を継続させたとの主張について 原告は,被告の行為により,原告の人格権を侵害する記事の削除をすることができない状態が約4か月継続し,その間,大きな精神的苦痛を被ったと主張する。 しかし,被告との間で本件契約を締結したとしても,原告が他に弁護士に依頼するなどして,仮処分を申し立てるなどの行為をすることが何ら妨げられるわけではないから,本件契約を締結した被告の行為が不法行為に当たるとはいえない。 (3)まとめ 上記(1),(2)のとおり,被告の行為は原告に対する不法行為に当たらないから,原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は認められない。 第4 結論 以上によれば,原告の請求は49万8750円及びこれに対する平成28年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこの限度で認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 原克也 裁判官 髙祐子 裁判官 小久保珠美) ウェブサイト一覧表〈省略〉 削除フォーム1~3〈省略〉 以上:6,573文字
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