平成29年12月15日(金):初稿 |
○不動産は,商法521条が商人間の留置権の目的物として定める「物」に当たる とした平成29年12月14日最高裁判決(裁判所裁判例情報)全文とこの前審ではありませんが、不動産は商法521条「物」には当たらないとした平成22年7月26日東京高裁判決(金法1906号75頁)全文を紹介します。 商法第521条(商人間の留置権) 商人間においてその双方のために商行為となる行為によって生じた債権が弁済期にあるときは、債権者は、その債権の弁済を受けるまで、その債務者との間における商行為によって自己の占有に属した債務者の所有する物又は有価証券を留置することができる。ただし、当事者の別段の意思表示があるときは、この限りでない。 ********************************************* 主 文 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 理 由 上告人の上告受理申立て理由(ただし,排除された部分を除く。)について 1 生コンクリートの製造等を目的とする会社である上告人は,平成18年12月,一般貨物自動車運送事業等を目的とする会社である被上告人に対し,上告人の所有する第1審判決別紙物件目録記載5の土地(以下「本件土地」という。)を賃貸して引き渡したが,上記の賃貸借契約は,平成26年5月,上告人からの解除により終了した。被上告人は,上記賃貸借契約の終了前から,上告人に対し,上告人との間の運送委託契約によって生じた弁済期にある運送委託料債権を有している。 本件は,上告人が,被上告人に対し,所有権に基づく本件土地の明渡し等を求める事案である。被上告人は,本件土地について,上記運送委託料債権を被担保債権とする商法521条の留置権が成立すると主張して,上告人の請求を争っている。 2 所論は,不動産は商法521条が定める「物」に当たらないのに,本件土地について同条の留置権の成立を認めた原審の判断には,法令の解釈適用の誤りがあるというものである。 3 そこで検討すると,民法は,同法における「物」を有体物である不動産及び動産と定めた上(85条,86条1項,2項),留置権の目的物を「物」と定め(295条1項),不動産をその目的物から除外していない。一方,商法521条は,同条の留置権の目的物を「物又は有価証券」と定め,不動産をその目的物から除外することをうかがわせる文言はない。他に同条が定める「物」を民法における「物」と別異に解すべき根拠は見当たらない。 また,商法521条の趣旨は,商人間における信用取引の維持と安全を図る目的で,双方のために商行為となる行為によって生じた債権を担保するため,商行為によって債権者の占有に属した債務者所有の物等を目的物とする留置権を特に認めたものと解される。不動産を対象とする商人間の取引が広く行われている実情からすると,不動産が同条の留置権の目的物となり得ると解することは,上記の趣旨にかなうものである。 以上によれば,不動産は,商法521条が商人間の留置権の目的物として定める「物」に当たると解するのが相当である。 4 これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。 なお,その余の請求に関する上告については,上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 小池 裕 裁判官 池上政幸 裁判官 大谷直人 裁判官 木澤克之 裁判官 山口 厚) ******************************************** 平成22年7月26日東京高裁判決 主 文 原決定を取り消す。 理 由 1 抗告の趣旨及び理由 本件抗告の趣旨及び理由は、別紙「執行抗告状」(写し)《省略》記載のとおりである。 2 当裁判所の判断 当裁判所は、本件抗告には理由があるものと判断する。その理由は次のとおりである。 (1) 本件記録によれば、次の事実を認めることができる。 ア 抗告人は、平成18年2月17日、東京都中央区〈以下省略〉プロス住宅株式会社から、同社所有の原決定別紙物件目録記載1及び2の各土地(以下「本件土地」という。)につき、債務者を同社、極度額を1億9500万円、被担保債権の範囲を銀行取引、手形債権、小切手債権とする根抵当権設定を受け、同日、その旨登記した。プロス住宅株式会社は、平成19年4月1日、商号を株式会社プロス・G(以下「債務者」という。)に変更した。前記根抵当権は、同年8月23日、極度額が5億円に変更され、同日、その旨登記された。 イ 抗告人は、平成21年12月2日、前記アの根抵当権に基づき、本件土地について担保不動産競売を求める旨の申立てをし、東京地方裁判所は、同月3日、本件土地につき、担保不動産競売開始決定をした。 評価人は、同月14日の評価命令に従い、平成22年2月19日、東京地方裁判所に対し、評価書を提出した。これによれば、本件土地の評価額は一括価額で7555万円であった。 ウ 東京地方裁判所は、平成22年2月23日午後5時、債務者につき、破産手続開始決定をした。 エ 破産者井上工業株式会社破産管財人弁護士B(以下「井上工業管財人」という。)は、平成22年3月17日及び同月30日、東京地方裁判所に上申書を提出し、本件土地につき商事留置権を主張した。井上工業株式会社(以下「井上工業」という。)が、平成19年6月14日、債務者と本件土地上に建物(以下「本件建物」という。)を建築する旨の建築請負契約を締結し、債務者に対し、同契約及びその後締結した追加請負工事契約に基づく2億7053万2650円の請負代金債権を取得し、2割相当額の支払を受けたが、残額の支払いを受けられず、債務者に対し、その他の債権と合計すると元金5億5192万1248円及び遅延損害金の債権を有して、本件建物及び本件土地の占有を維持しており、同社の破産手続開始決定後は井上工業管財人が占有を引き継いだというのである。 オ 評価人は、平成22年5月14日、東京地方裁判所に対し、商事留置権が成立することを前提として、本件土地の評価額を一括価額2万円とする旨の意見書を提出した。 カ 東京地方裁判所は、平成22年5月17日、本件土地の売却基準価額を合計2万円(買受可能価額は合計1万6000円)とした売却基準価額決定をし、同日、利害関係人に対し買受可能価額が手続費用額111万円を超えない旨の通知をし、同月28日、本件土地に対する担保不動産競売の手続を取り消す旨の決定をした(同通知をしたが、差押債権者がその通知を受けた日から1週間以内に民事執行法63条2項に定める申出及び保証の提供をせず、かつ、同項ただし書に定める証明をしないこと、いわゆる無剰余を理由とする。)。 (2) 商人間の留置権は、継続的な取引関係にある商人間において、流動する商品等について個別に質権を設定する煩雑と相手方に対する不信表明を避けつつ、債権担保の目的を達成することにより、商人間の信用取引の安全と迅速性を確保することをその制度趣旨とするものである。 このような商事留置権が不動産を目的として成立するかどうかを検討すると、 ①商人間の留置権の対象となるのは有体動産に限られていたドイツ旧商法を模範として我が国の旧商法が立案されたり、競売法(明治31年法律第15号)では、民事留置権に基づいては不動産も競売を申し立てることが可能であるのに、商事留置権では動産の競売の申立てのみが可能であったこと(同法3条、22条)等の制度の沿革、立法の経緯等からすると、不動産は商法521条所定の商人間の留置権の対象となることを予定していなかったものと考えられること(東京高等裁判所平成8年5月28日判決・判例時報1570号118頁参照)、 ②明治32年に制定された商法は、商事留置権については牽連関係を要件としていないところ、その理由は、牽連関係を要求することは「商行為ニ因リテ生シタル債権ヲ確実ナラシムル所以ニアラサルト共ニ、結局当事者双方ニ対シテ実際上不便ナルヲ免レス。コトニソノ債権カ商業上最モ迅速ニ運転セラルヘキ商品ニ関スルモノナル場合ニ於イテソノ最モ甚シキヲ見ル」ので、修正したものであり(商法修正案参考書(明治31年)123頁・日本近代立法資料叢書21)、民事留置権の制度がある中で商人間に物との牽連関係を要件としない商事留置権が設けられたのは、商人間で継続的取引が行われ、債権者が債務者の所有物の占有を開始する前に、既に占有を離れた物に関する債権等を有していることが念頭に置かれたと考えられること(当該所有物に関する債権については、民事留置権により担保されていることから、殊更商事留置権を設ける実益に乏しい。)、 ③このことに、債務者が破産した場合、民事留置権は破産財団に対してその効力を失うのに、商事留置権は、特別の先取特権とみなされること(破産法66条) を総合すると、商事留置権は、債権者が債務者の所有物を占有していることを要件とした一種の浮動担保と理解することが可能であり、不動産に関しては継続的な取引があるとしても、債権者がその都度債務者の所有不動産を占有することは通常考え難いことも参酌すると、商事留置権は動産を対象としたものと考えられること、以上によれば、不動産は商法521条所定の商人間の留置権の対象とならないと考えられるところである。そうだとすれば、不動産が商法521条所定の商人間の留置権の対象となることを前提とした原決定は、既にこの点で違法であることなる。 (3) もっとも、商法521条は、商事留置権の対象を「物又は有価証券」としており、民事執行法195条は、留置権については、競売法とは異なり民法と商法及び動産と不動産のいずれについても区別をすることなく、担保権の実行としての競売の例によると規定していて、現行法の条文の文言からすれば、不動産も商法521条所定の商人間の留置権の対象となることが考えられないわけではない。 しかしながら、債務者の所有の物又は有価証券について、この留置権が成立するには、それが「商行為によって自己の占有に属した」ことが必要である。すなわち、当該商取引上、商人の一方が他の商人の所有物又は有価証券(通常は商品)を常態的に占有することが予定されている場合に、その取引のためにその物又は有価証券を占有したことが必要である。取引目的の実現の際、取引目的外の物に占有を及ぼし、それが偶々債務者所有であったという場合のその目的外の物は「商行為によって自己の占有に属した」とはいえないというべきである。 本件の場合、井上工業管財人の上申書によれば、井上工業は、債務者との建築請負契約に基づく債務を履行するために、本件土地に立ち入り、これにより本件建物建築のために又は本件建物の引渡しまで本件土地の占有を取得したとするもののようである。建築請負契約という取引の性質上、債務の履行に際し、請負人は取引目的外である土地に占有を及ぼすことになるが、土地は注文者の所有地に限られず、常態的な占有も予定されていない(もちろん、この場合の土地は商品ではない。)。本件の場合も、井上工業は、建物の建築及びその引渡しのために本件土地を占有したのであるが、本件土地が借地ではなく、偶々債務者所有地であったというにすぎず、井上工業について、本件土地が「商行為によって自己の占有に属した」ことはないというほかはない。 井上工業は、客観的経済的には、法定地上権による価値の維持を認められない建物を建築したにとどまり、公平の見地からも、抵当権者に事実上優越する商事留置権を主張することはできないというべきである(債務者がその所有する土地について抵当権を設定した後、当該土地上に建物の建築をした場合において、債務者が建物建築請負人に代金を完納したときは、法定地上権が成立しないため、抵当権実行による当該土地の買受人は建物の収去等を求めることができるのであり、債務者が建物建築請負人に対して代金を支払ったかどうかにより、土地の抵当権者が、留置権を甘受して抵当権の実行を見送ったり、実質的に建物建築請負人に優先弁済権を行使されることとなることは、極めて不都合なことといわなければならない。 当該土地に抵当権が設定されていることは不動産登記により公示されているのであり、建物建築請負人にとっては、当該土地に抵当権が設定されていることを知り得ながら、当該土地上に建物を建築することを請け負っているのであり、抵当権者と建物建築請負人のいずれを保護すべきかは、自ずから明らかである。)。仮に、このような場合にまで商事留置権を認めるとすると、債務者が抵当権者を害する濫用的請負契約を締結するおそれもないとはいえず、不動産担保制度を不安定にするものであって、妥当ではない。 (4) 上記によれば、商事留置権が成立するとして本件土地の売却基準価格を合計2万円(買受可能価額が1万6000円となる。)とした売却基準価額決定及びこれに基づき無剰余であるとして競売手続を取り消した原決定は相当ではない。 (5) なお、本件の場合、仮に商事留置権が成立するものとしても、債務者は破産しており、商事留置権は特別の先取特権に転化しているところ(破産法66条1項)、商事留置権をほかの担保物権に優先させるべき実質的理由がなく、商事留置権から転化した特別の先取特権についても同様であるから、この特別の先取特権とほかの担保物権との優劣の関係は、留置的効力の主張の当否を含め、物権相互の優劣関係を律する対抗関係として処理すべきであり、特別の先取特権に転化する前の商事留置権が成立した時と抵当権設定登記が経由された時との先後によって決すべきこととなる。本件の場合、極度額を1億9500万円とする根抵当権設定登記が商事留置権の成立に先行するから、前記結論は左右されない。 3 以上のとおり、本件抗告は理由があるから、原決定を取り消すこととして、主文のとおり決定する。 (裁判長裁判官 南敏文 裁判官 野村高弘 棚橋哲夫) 以上:5,814文字
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