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元首相対現首相の名誉毀損訴訟平成27年12月3日東京地裁判決全文紹介4

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平成28年10月18日(火):初稿
○「元首相対現首相の名誉毀損訴訟平成27年12月3日東京地裁判決全文紹介3」の続きです。

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(4) 本件事故に係る原告の対応についての関係者の認識
ア 緊急事態宣言の発令について
 前記(1)アのとおり,原告は,3月11日午後7時03分に本件事故について緊急事態宣言を発令し,原子力災害対策本部を設置したが,その際の状況について,A大臣は,平成24年5月17日,国会において組織された東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(以下「国会事故調」という。)の委員会において答弁しており,東京電力からの原災法15条に基づく通報を受けて同法16条の規定に基づく原子力緊急事態宣言の発令を求めるため原告のところを訪れた際,原告は「どこにその根拠があるのか。」などと述べたため,「総理の御理解を得るのに時間がかか」ったと説明した。(乙2・304頁)また,政府によって組織された東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会(以下「政府事故調」という。)は,平成24年1月10日,E補佐官に対する聴取を行っているところ,E補佐官は,上記緊急事態宣言の発令に関して,「総理というのは,事態をすごく把握したい,自分が分かった上で対応したいというのがすごくある人なので,A大臣におまえ任せるから,そうなんだな,では緊急事態だというタイプの人ではないんです。特に,一番初めでしたから何が起こっているんだということを聞きたがったわけですよ。これは,Xさんのある種の性格もあるんですよ。」と振り返っている。(乙32・9頁)

イ 本件会議について
(ア) Cフェローは,平成24年3月28日に開かれた国会事故調の委員会において,本件会議について,「総理からは,いろいろ御質問がございました。特に,海水を注入するということで再臨界の可能性がないかとかいうことも含めて,ボロンを入れなくていいのかとか,それから,海水というのが臨界に与える影響はどういうことなんだ,メカニズムというと大げさかもしれませんが,原理的なそういったことですとか,あとは,準備状況がどういうふうに整っているのかといったような御質問がいろいろとございました。」と述べ,前記(2)ウのとおり,本件会議後,D所長に対して海水注入を中断するよう指示したことについて,「いつ海水注入ができるかということは,今後総理に早く御判断いただくために非常に必要なことだと思いましたので,発電所にもそのときは連絡をとりました。」,「発電所長からは,既に海水注入をしているという話がありました。それで,私としましては,総理に説明がまだ終わっていないということなものですから,こういう危機的な状況の全体としての統括をしておられる総理への御説明が終わっていないという中で海水注入がされているままでいるということが,水を入れるということの重要さと,一方で,全体的な統括をしていく上で今後もまだいろいろなことが起きるかもしれませんが,十分総理への御説明が終わっていない段階で現場の方が先行してしまっているということが将来の妨げになっても困るという両方の中で,なるたけ早く総理に御了解をいただく,そのための準備も十分整っているので,一旦注水をとめて,そして了解をいただいてすぐ再開するということで進めてはどうかということを申し上げました。」,「私の当時の思いとしましては,総理への御説明を終えて,間もなくきちんとした形で事が行えるようになるというふうに思っておりましたので,今後,全体のいろいろな対応をしていく上で,総理の責任者としての位置づけの中で進めていくということも重要だと思いました。」,「やはり最高責任者である総理の御理解を得て事を進めるということは重要だというふうには思っておりました。」などと述べている。(乙15・159~160頁)

(イ) 東京電力のF副社長(当時の役職)は,5月31日に国会内で開かれた東日本復興特別委員会において,海水注入の問題に関し,「緊急時体制の本部長であられます総理のもと,官邸の中で安全委員会の助言などを得ながら御検討が続いている状態だということがわかりました。総理の御了解を得ずにその後注水を継続するということが難しいということがわかった」,「官邸に派遣をしておりました者が,早期に注入を開始するという交渉,説明をしていたということで,短期間の中断となるだろうという見通しがあったことから,やむを得ず海水注入の中断を判断した」,「官邸に派遣をされていた者によりますと,官邸の中では,海水注入の実施のような具体的な施策につきまして総理が御判断されるという感じがあった」,「総理の御判断がない中でそれを実施するということはできない,そういう雰囲気,空気があったというふうに聞いております。」などと述べた。(乙3・40頁)

(ウ) A大臣は,平成24年2月8日の政府事故調の聴取において,海水注入をするように東京電力に指示したことを原告に報告したところ,「再臨界になったらどうするのだという質問が出た」,「突然その再臨界の話になったから,Bさんも,それにうまく答えられなかった」,「絶対ありませんとは言えなかった」と述べ(乙33・18頁),同年5月17日に開かれた国会事故調の委員会においても,当時を振り返り,淡水が切れた場合には海水で冷やす必要があると考えていたこと,そのため,自身の判断により原子炉規制法64条3項に基づく口頭命令を出したこと,その旨原告に報告したところ,原告から「再臨界の可能性はないのか」と言われたこと,「私は,よもや淡水から海水に変えて再臨界ということがあろうなどとは思っておりませんでしたけれども」,「その場にいたB委員長あるいは保安院の人間,あるいはCさんがやっぱりいろいろお話をしていたと思います。」と述べるとともに,東京電力のCフェローがD所長に電話をかけて海水注入を中断するよう指示したことについて,「内閣総理大臣というのは最高権力者でありますし,・・・特にやっぱり緊急時のときには内閣総理大臣に権限をかなり集中をさせますので,その意味では本当に大変な重責だなというふうに思いました。また,それを重く受け止めるんだなということは,万事にわたってそういうものだというふうに思いました。」と述べた。(乙2・306~307頁)

(エ) E補佐官は,平成24年1月10日の政府事故調の聴取において,3月12日の6時頃に「A大臣が海水注入をしようということで入って,総理が再臨界の危険はないのかと言い出した」,これに対して「B委員長が,可能性はゼロではない」との趣旨の回答をした,「真水がなくなったらすぐ海水だというのは当たり前だと思っていたので,Aさんが決めたらもうそれで入れるだろうと思ったわけです。ところが,総理が再臨界があるんじゃないかということを言い出して,そんなことがあるのかなと思って,専門家たるB委員長が有り得るというようなことを言ったものだから,すごく驚いたんですよね。まずいなと思ったんですよ。」「当時もう総理も大変なことだということで,やはり表現が相当直截になっていたんですよね。B委員長に「再臨界は本当にないのか」と聞いたんですよ。多分,B委員長はその気迫に押されたんですね。それで多分,ありませんとは言えなかったんです。」と述べた。(乙32・11,12頁)

(オ) G内閣総理大臣秘書官(当時の役職。以下「G秘書官」という。)は,平成24年1月13日の政府事故調の聴取において,海水注入について原告の確認を取るため報告に行ったところ,「総理は,海水を入れるということは当然塩が入っているわけなので,そこは本当に大丈夫なのかという点を質問された」,それに対してB委員長が「海水なので塩が入っていますから,余り長く入れていると腐食するかもしれませんし,塩が濃くなって詰まったりとか,塩が入ってくることによる問題がありますが,今は緊急事態なのでやらなければいけない」という説明をしたところ,「総理が「再臨界の可能性はないのか」という質問をされた」,それに対して「B委員長は「可能性はあります」というふうにおっしゃいました。」,「横で聞いて,私は本当に怖くなったんですね。本当に海水が入らなくなってしまうかもしれない。そうすると,危ないではないかという議論になって,そうしたら,総理は「だったら,その点は本当に大丈夫なのか」というふうになって,ちょっと再整理をしようということになったわけです。」,「要するに,次に総理に説明するときはいい加減な説明ができないので,ちゃんと安全委員会と保安院と東京電力とみんな,再臨界の危険性はほとんどなくて,今はとにかく海水注入を急がなければいけないという説明をきちんとすり合わせして,7時40分ぐらいだったと思いますけれども,総理に再度説明をして」,了解をいただいたと述べた。(乙34・10,11頁)

(5) 本件事故に関する調査報告の内容
ア 政府事故調が作成した平成24年7月23日付け最終報告(乙1)は,本件事故への政府の対応に関して「官邸地下中2階や官邸5階での協議においては,単にプラントの状況に関して収集した情報を報告・説明するだけではなく,入手した情報を踏まえ,事態がどのように進展する可能性があるのか,それに対しいかなる対応をなすべきか,といった点についても議論され,その結果を踏まえ,主に東京電力のCフェローや同社担当部長が,同社本店やD所長に電話をかけ,最善と考えられる作業手順等(原子炉への注水に海水を用いるか否か,何号機に優先的に注水すべきかなど)を助言した場合もあった」が,「ほとんどの場合,既にD所長がこれらの助言内容と同旨の判断をし,その判断に基づき,現に具体的措置を講じ,又は講じようとしていたため,これらの助言が,現場における具体的措置に関する決定に影響を及ぼすことは少なかった。しかし,幾つかの場面では,東京電力本店やD所長が必要と考えていた措置が官邸からの助言に沿わないことがあり,その場合には,東京電力本店やD所長は,官邸からの助言を官邸からの指示と重く受け止めるなどして,現場における具体的措置に関する決定に影響を及ぼすこともあった。」と指摘した(196,197頁)。

イ 国会事故調が作成した平成24年6月28日付け報告書(乙5)は,「1号機の海水注入に当たっては,X総理の「再臨界」発言を契機に,官邸5階で議論が仕切り直しとなり,それを受けたCフェローからD所長に対し海水注入停止が指示され,D所長の判断によって海水注入が続行されるという混乱を招いた。」(325頁),「X総理は,福島第一原発に赴き,過酷な条件下で事故対応に専念していたD所長らに対し,ベントが実施されないことなどについて,いら立ちをぶつけた。A経産大臣は,官邸5階において実施が決まったベントがなかなか実施されないことによる焦りや東電に対する疑念等から,法律に基づくベント,海水注入の実施命令を発出し,次々に現場の事故対応に介入した。また,官邸政治家は,福島第一原発の現場を含む東電に対し,さまざまな質問,問い合わせを連発した。こうした官邸政治家の行動は,本事故対応における東電の当事者意識,つまり発電所の制御は東電の責任であるという意識を薄める結果をもたらした。」(326頁),「X総理は,1号機の海水注入がいったん中断されたことへの関与について,再臨界の可能性等を検討させたものの,注水の中止を指示してはいない,と主張する。しかし,総理の『再臨界』発言を契機に,官邸5階で海水注入の議論が仕切り直しとなり,それを受けたCフェローの報告によって東電本店が海水注入停止を決断するに至った。事業者として政府の監督を受ける東電側が,政府の代表者であるX総理ら官邸政治家の発言に過剰反応したり,あるいはその意向をおもんぱかった対応をする事態は十分に予期される。したがって官邸政治家は,そうした事態が起こる可能性を十分踏まえた上で発言すべきである。この点からすれば,総理が,注水停止の原因を過剰反応した者の対応に求めることには違和感がある。」(329頁)などと指摘した。

2 争点(1)(本件記事の摘示事実及び原告の社会的評価の低下)について
(1) 前記第2の1の前提事実によると,「X総理の海水注入指示はでっち上げ」との見出しが付けられた本件記事は,当時,野党の国会議員であった被告が,現職の内閣総理大臣であった原告の本件事故の対応を批判したものであり,「複数の関係者の証言」による話として,
①東京電力が3月12日午後7時04分に1号機の原子炉容器内に海水注入を開始した後,これを官邸に報告したところ,原告が「俺は聞いていない!」と激怒したこと,
②官邸から東京電力に対して電話があり,東京電力は午後7時25分に海水注入を中断したこと,
③実務者,識者が原告を説得し,午後8時20分に海水注入が再開されたこと,
④中断前の海水注入は「試験注入」であるとされたこと,
⑤海水注入の実施を決定したのは原告であるとの虚偽の事実を原告の側近が新聞やテレビに流したこと
の各事実を指摘した上,
①海水注入を中断させた原告の判断は誤っていたこと,
②原告が海水注入を中断させた事実を「糊塗」するため,中断前の海水注入を「試験注入」であると発表し,海水注入を原告の「英断」であるとの虚偽の事実を新聞やテレビに流したこと,
③以上の点について,原告は国民に謝罪し直ちに辞任すべきである

との意見ないし論評を述べるものというべきである。

(2) 前記1(1)のとおり,本件事故により,福島第一原発が全交流電源を喪失し,原子炉の注水状況が不明になり,原子炉建屋が水素爆発するなど,我が国はかつて経験したことのない非常事態に陥ったものであり,内閣総理大臣であった原告は,原子力緊急事態宣言を発令し,自らを本部長とする原子力災害対策本部を設置して最悪の事態を回避すべく陣頭指揮を執っていたものということができる。

 本件記事は,本件事故発生から2か月を過ぎた5月20日に当時野党の国会議員であった被告によって発信されたものであり,その内容は,本件事故の対応を批判し,原告の政治的責任を追及したものということができるが,本件記事の内容は,原告の内閣総理大臣としての資質に疑問を抱かせるものであるから,本件記事は原告の社会的評価を低下させるものということができる。

(3) この点,被告は,本件記事の発信前に,テレビ報道において本件記事と同内容の報道がされており,本件記事によって原告の社会的評価が低下したとはいえない旨主張するが,前記第2の1(5)のとおり,本件記事が発信された当時は,その直前に1社がいわば特報として報道したばかりの状況にあり,広く国民に知れ渡っていたということはできない上に,本件記事は,国会議員であり,しかもかつて内閣総理大臣まで務めた被告が「複数の関係者の証言」による話として発信したものであり,本件記事によって,原告の社会的信用は一層低下させられたと認められるから,被告の上記主張は,採用することができない。

 また,被告は,本件記事が掲載された直後,D所長の判断によって実際には海水注入が中断していなかったという事実が広く公開された旨主張するが,原告の言動によって海水注入が中断しかねない事態に至ったという事実は,海水注入が中断していたか否かにかかわらず原告の社会的信用を低下させるものというべきであるから,実際には中断していなかったとしても原告の社会的信用が害されなかったということはできず,被告の上記主張は,採用することができない。

 さらに,被告は,本件記事は,対立政党の党首であり時の内閣総理大臣に対する野党議員の政治論争であり,また,原子力災害の対応は一刻を争い,事実関係を確認する時間にも制約があって,読者もそのような状況下で作成された記事であることを承知しているから,本件記事は直ちに原告の社会的信用を低下させるものではない旨主張する。

 しかしながら,本件記事は,国会議員である被告が同じく国会議員である原告を政治的に批判したものであり,また,本件記事が事実関係を確認する時間に制約がある状況下で作成された記事であって,読者もそれを承知しているとしても,本件記事は,原告が内閣総理大臣として本件事故に対して適切に対応していなかったと述べるものであるから,本件記事によって原告の社会的信用が害されないということはできず,被告の上記主張も,採用することができない。


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