平成28年 9月30日(金):初稿 |
○「この手術を受けてはいけない-週刊現代2016/10/8号から-インプラント」の続きです。 インプラントは危険な面もあるとのことで、インプラント手術に関する医療過誤裁判例を探したところ、結構出ていますが、約3143万円もの損害賠償が認められた平成5年12月21日東京地裁判決(判タ847号238頁)が有名でした。上顎無歯顎症例の治療のため骨膜下インプラントによる治療を受けた結果、咀嚼能力が健常者の11%となる後遺障害を負った事故につき、骨膜下インプラントの選択及び施術上の過失があるとして歯科医師の責任を認めた事例です。 ○事案概要は、以下の通りです。 ・原告は、昭和52年ころから、被告の開設する歯科医院に通院し、被告の治療を受けていたが、昭和57年6月10日、抜歯により無歯顎となった上顎に骨内インプラントの一種であるブレード・インプラントによる治療を受けた ・昭和60年末ころ、このブレード・インプラントが著しく動揺したため、被告の診察を受けたところ、被告は、ブレード・インプラントの撤去が必要と判断し、昭和61年1月22日、ブレード・インプラントを撤去したうえ、同年2月4日、原告の上顎に今度は骨膜下インプラントを設置した ・被告は、同年12月まで、インプラント頸部の清掃消毒をくり返し、同年12月24日、インプラント頸部に本義歯を装着して治療を終了した ・しかし、上顎の義歯の動揺が収まらないため、原告が、昭和62年1月、被告に相談したところ、被告は、原告に対し、東京医科歯科大学付属病院において診察を受けることを勧め ・そこで、原告が、同年3月9日、同病院において診察を受けたところ、原告を診察した同院の医師は、骨膜下インプラントが感染源となって上顎顎骨炎に罹患していると診断し、骨膜下インプラントを除去したうえ、歯茎のうち炎症を起こした部分を切除した ・その後、原告は、有床総義歯(入れ歯)を作成したが、原告の咀嚼能力は健常者の約11パーセント程度となり、咀嚼機能に著しい障害を負った ○原告の被告過失主張概要は以下の通りです。 ①一般に上顎骨は下顎骨に比較して多孔性である等の理由でブレード・インプラントを施術するに適さないとされているのに漫然と原告の上顎骨にブレード・インプラントを施術した過失、 ②上顎全体に骨膜下インプラントを施すことは危険が大きく、未だ実験段階の域を出ないのに、安易に上顎全体に骨膜下インプラントを施術した過失、 ③ブレード・インプラント撤去後、原告の上顎全体に急速な骨吸収が生じることは明らかであり、インプラントの支持骨が安定した状態ではないので、少なくとも6か月以上待って骨膜下インプラントに移行すべきであったのに、ブレード・インプラント撤去後、わずか二週間足らずの間に骨膜下インプラントを設置した過失、 ④インプラント施術後、インプラント頸部に仮歯を繰り返し着脱する等してインプラントの安定を損なった過失、 ⑤骨膜下インプラント施術後十分な抗生物質の投与や消毒等を行わず、感染症防止の処置を怠った過失 ○被告反論概要は以下の通りです。 ①原告のごとき無歯顎症例の治療目的はインプラントないし有床総義歯を装着して咀嚼能率等をある程度回復することにあるところ、原告の咀嚼能率は有床総義歯使用者の咀嚼能率の最下限に達しているのだから、本件治療は治療目的を達しており、被告によるインプラント施術によって後遺障害が発生したものではない ②原告はインプラント法の内容を十分理解したうえで、被告に対し、インプラント法による治療を求めたのであり、被告は原告の要望に従ったにすぎず、また被告のブレード・インプラント施術は完全であったが、原告の骨量の異常かつ急激な変化により適合を欠くに至ったにすぎない ③被告は原告の希望に応じて骨膜下インプラントを施術したにすぎず、また骨膜下インプラント法は原告のような高度の骨吸収例にこそ適応するのであるから骨膜下インプラントを選択したことは間違いではない ④仮歯を何回も着脱したのはインプラント頸部の消毒と咬合調整のための当然の治療行為である ⑤被告は感染症防止のため十分な量の薬物投与を行い、インプラント頸部の入念な消毒清掃をくり返した ○判決概要は以下の通りです。 ・原告の後遺障害について、原告は被告の治療行為により後遺障害等級第6級に該当する後遺障害を負ったものと認める ・原告の主張する①の過失は排斥し、②③の主張を採用 ・骨膜下インプラントは骨内インプラントに比較しても複雑高度な技術を要求される危険な術式であり、臨床医としては安易に骨膜下インプラントを施術すべきではない ・さらに本件ではブレード・インプラント除去後原告の上顎骨の全体にわたり急速な骨吸収が起こることが明らかであり、顎骨の安定を待ったうえで骨膜下インプラントを施術すべき ・被告は骨膜下インプラントを選択し、ブレード・インプラント撤去後顎骨の安定する前に骨膜下インプラントを施術したのであるから、被告には骨膜下インプラント選択及び施術上の過失があった その結果、被告は原告に対し約3143万円の損害賠償義務がある。 ○インプラント手術に対する損害賠償請求事件判決は他にも結構あり、慎重に行った方が良さそうです。 以上:2,147文字
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