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登記引取請求を認めた平成21年7月16日東京地裁判決紹介

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平成28年 7月10日(日):初稿
○通常、不動産の登記請求権は、相手方名義の登記を自分に所有権移転登記をせよと言う形式が多いのですが、まれに自分名義の登記を相手方が引き取れと主張する場合もあります。これを登記引取請求と言いますが、現在、受任している事件でこの登記引取請求の裁判例を探しています。私が利用している判例データベースでは、「登記引取請求」のキーワードで出てくる判決は、現時点では、平成21年7月16日東京地裁判決(ウエストロー・ジャパン)のみです。以下、全文紹介します。


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主  文
1 被告は,原告に対し,別紙物件目録記載の各不動産につき,平成19年11月10日財産分与を原因とする原告から被告への所有権移転登記手続(なお,同物件目録記載1及び2の各不動産については,持分全部移転登記手続)をせよ。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。

事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨

(1) 被告は,原告に対し,別紙物件目録記載の各不動産につき,平成19年11月10日財産分与を原因とする原告から被告への所有権移転登記手続をせよ。
(2) 被告は,原告に対し,金4万円を支払え。
(3) 訴訟費用は被告の負担とする。

2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

第2 事案の概要等
1 事案の要旨

 本件は,判決により被告と離婚した原告が,同判決により原告所有であった別紙物件目録記載の各不動産(以下「本件不動産」という。)が被告に財産分与されたところ,被告がその財産分与を原因とする所有権移転登記手続をしないとして,被告に対し,真実の権利関係と登記を一致させるため,所有権移転登記の引取請求権に基づき,本件不動産につき,原告から被告への所有権移転登記手続を求めるとともに,本件不動産が属するマンションの敷地通路部分を確保するためにされた通行地役権設定登記及び持分権移転登記に4万円の費用を要したとして,本件不動産の実質的な所有者である被告に対し,4万円の支払を求めた事案である。

2 前提事実(末尾に証拠等の記載がない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 原告と被告は,昭和52年4月8日に婚姻し,昭和○年○月○日には両者間に長女が出生したが,夫婦関係がうまく行かず,平成19年11月10日,判決により離婚し,また,判決により,原告の所有であった本件不動産が被告に財産分与された(以下「本件財産分与」という。)。(甲2の1)。

(2) しかし,登記簿上,本件不動産の所有名義は原告のままとなっている。

(3) 別紙物件目録記載3の一棟の建物は,aハイツという名称のマンション(以下「本件マンション」という。)であり,同物件目録記載1及び2の宅地は,同マンションの敷地の一部である。
 ところで,本件マンションの敷地通路部分の一部は,使用貸借契約に基づく借地となっていたところ,同借地の所有者が同借地を含めた土地上にマンションを新築することになったが,新築されたマンションが分譲されると,同借地部分が新築されたマンションの区分所有権の対象となり,その権利関係が不安定となるので,本件マンションの区分所有権者が利用している通路部分に通行地役権を設定し,その旨の登記をすることになった。
 さらに,上記の話を進める上で,世田谷区〈以下省略〉・宅地・16.55平方メートルの土地について,本件マンションの区分所有権者が持分権移転登記手続を行うことになった。

3 争点及び争点についての当事者の主張
(1) 原告は被告に対し,本件不動産につき,所有権移転登記の引取請求権を有するか。

ア 原告の主張
(ア) 真実に合致しない登記が外形的に存在するとき,その登記の当事者の一方は他方当事者に対し,真実に合致した登記を実現すべきことに協力を求めることができ,他方当事者は,その登記手続に協力する義務がある。
(イ) 登記簿上,本件不動産の所有名義が原告のままとなっているので,原告は,本来負担する義務のない固定資産税や本件不動産に関するマンションの管理費及び修繕積立金等の支払を余儀なくされた。
(ウ) よって,原告は,被告に対し,所有権移転登記の引取請求権に基づき,本件不動産につき,平成19年11月10日財産分与を原因とする原告から被告への所有権移転登記手続をすることを求めることができる。

イ 被告の主張
(ア) 受領遅滞の法的性質について,法定責任説の見解をとれば,債権の受領義務は一般に否定されるので,登記権利者である被告は,登記引取義務はない。
(イ) 平成18年11月以降,本件不動産に関するマンションの管理費及び修繕積立金等は,被告が負担している。

(2) 原告が被告に対し,本件不動産につき,所有権移転登記の引取請求権を行使することが権利の濫用となるか。
ア 被告の主張
 原告は,その父が平成16年12月30日に死亡し,その遺産を相続するとともに,約5億円の債務も相続した。原告は,その債務を返済するため,平成18年7月20日,その担保不動産で,遺産であった世田谷区奥沢所在の不動産を3億8500万円で売却した。このような場合,売却にあたって譲渡所得税等の必要経費を売却代金からまず支払った上で残金を返済に充てるべきところ,原告は,容易に納付可能であった譲渡所得税を支払わず,同税相当額を費消したことにより,約4500万円の同税が未納になり,東京国税局は,平成19年5月18日,譲渡所得税の滞納を理由に,原告名義として残っていた唯一の本件不動産を差し押さえた。また,本件不動産に係る住宅ローンの抵当権者である東急不動産ローン保証株式会社は,住宅ローンの未払を理由に本件不動産について競売を申し立て,平成20年8月28日,東京地方裁判所が競売開始決定をしたため,現在,競売手続が進行中で,近いうちに競落により本件不動産は第三者の所有に帰すことになり,被告は,生活の基盤を失うことになる。

 被告は,原告との離婚問題に遭遇したことが主要な原因となってうつ病に罹患しているため,正規の職業に就けず,アルバイトにより生活を維持している状態にあり,年金保険料や国民健康保険料についても,その支払を遅滞するなど,経済的に著しく困窮している。
 以上のように,原告は,本件財産分与の対象財産を消滅させて,被告に著しい不利益を被らせておきながら,被告にとって固定資産税の負担という不利益を課すことになる所有権移転登記手続を求めることは,権利行使に名を借り,被告をさらに困窮状態に陥れ,被告に対する過大な損害を被らせる目的のもとにされたものであり,社会的に許される限界を逸脱し,公序良俗に反するものであって,原告が被告に対して登記引取請求権を行使することは,権利の濫用となる。

イ 原告の主張
 原告は,世田谷区奥沢所在の不動産の売却代金から譲渡所得税相当額を費消したことはない。原告が同不動産の売却代金から譲渡所得税を支払ったとしても,その金額分だけ銀行に対する残存債務が減らないだけである。原告が被告に対して登記引取請求権を行使することが権利の濫用であると評価される事実は一切ない。

(3) 通行地役権設定登記及び持分権移転登記に要した登記費用は,被告が負担すべきか否か。
ア 原告の主張
 通行地役権設定登記及び持分権移転登記は,本件財産分与がされた後のことであって,本件不動産の登記簿上の所有名義が原告であったので,原告名義で通行地役権設定登記及び持分権移転登記がされた上,原告の住所変更登記手続もされ,原告は,司法書士事務所からそれらの登記費用(以下「本件登記費用」という。)として4万円を請求されているが,同費用は,本件不動産の所有者である被告が負担すべきである。

イ 被告の主張
 被告は,登記引取請求権の不存在,又は原告の登記引取請求権の行使が権利濫用であるという理由により,本件不動産について所有権移転登記手続をしなかったものであるから,本件登記費用は,通行地役権設定登記及び持分権移転登記がされた当時の登記名義人である原告において負担すべきである。

第3 当裁判所の判断
1 争点(1)の原告が被告に対し,本件不動産につき,所有権移転登記の引取請求権を有するかについて

 真実の権利関係に合致しない登記があるときは,その登記の当事者の一方は,他の当事者に対し,いずれも登記をして真実に合致させることを内容とする登記請求権を有するとともに,他の当事者は,上記登記請求に応じて登記を真実に合致させることに協力する義務を負うものというべきである(最高裁判所昭和36年11月24日第二小法廷判決・民集15巻10号2573頁参照)

 これを本件ついてみると,前記第2の2の前提事実(1)及び(2)のとおり,本件不動産は,もと原告所有であったものの,判決により原告から被告に財産分与されたが,登記簿上は,本件不動産の所有名義が原告のままとなっているので,登記を真実の権利関係に合致させるため,原告は,被告に対し,本件不動産につき,本件財産分与を原因とする原告から被告への所有権移転登記手続を請求することができ,また,被告は,原告に対し,原告の登記請求に協力すべき義務を負うというべきである。

 したがって,原告は,被告に対し,本件不動産につき,所有権移転登記の引取請求権を有するというべきである。

2 争点(2)の原告が被告に対し,本件不動産につき,所有権移転登記の引取請求権を行使することが権利の濫用となるかについて
 証拠(甲3ないし5,乙3,4)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,亡父の遺産と債務を相続し,その債務を弁済するため,相続した遺産の不動産を売却したところ,譲渡所得税が発生したこと,しかし,原告がこれを納税しなかったため,東京国税局は,平成19年5月18日,本件不動産を差し押さえ,同月23日,その旨の登記がされたことが認められる。また,甲第2号証の1の判決正本によれば,被告は,本件不動産が原告に対する国税の滞納処分として,東京国税局によって上記のとおり差押えがされていることを知りながら,本件不動産の財産分与を求め,これに基づき,判決により本件財産分与がされたことが認められる。

 以上によれば,原告が譲渡所得税を滞納したため,本件不動産が東京国税局によって差し押さえられたということはできるが,さらに進んで,原告が被告に対する財産分与の財産を減少ないし消滅させるため,あえて譲渡所得税を滞納したと認めるに足りる証拠はない。

 また,被告も,本件不動産が滞納処分として差し押さえられていることを知りながら,本件不動産の財産分与を求めており,本件不動産を失う可能性のあることを認識していたというべきである。そして,証拠(乙2)及び弁論の全趣旨によれば,被告が現在経済的に困窮していること及び競売手続によって本件不動産を失うおそれがあることが窺えるものの,他に原告が被告に対して本件不動産について登記引取請求権を行使することが権利の濫用と評価するに足りる事実は認められない。

 したがって,原告が被告に対し,本件不動産について,所有権移転登記の引取請求権を行使することが権利の濫用になるということはできない。

3 争点(3)の本件登記費用は被告が負担すべきか否かについて
 前記第2の2の前提事実(3),証拠(甲3ないし5,7の1・2,8,9)及び弁論の全趣旨によれば,本件不動産の登記上の区分所有名義が原告であったので,原告名義で通行地役権設定登記及び持分権移転登記がされた上,原告の住所変更登記手続もされ,原告は,司法書士事務所から本件登記費用として4万円を請求されていることが認められる。

 ところで,登記費用は,一般に登記によって利益を受ける者が負担すべきであるところ,上記認定のとおり,通行地役権設定登記及び持分権移転登記は,本来本件不動産の実質的な所有であった被告名義でされるべきであったが,本件不動産の名義が変更されていなかったこともあって,原告名義でされたものであり,通行地役権設定登記及び持分権移転登記に関しては原告がそれらの登記によって利益を受ける者といわざるを得ないので,本件登記費用は,原告が負担すべきものというべきである。
 したがって,原告の被告に対する本件登記費用4万円の請求は,理由がないというべきである。

4 結論
 以上によれば,原告は,被告に対し,本件不動産につき,平成19年11月10日財産分与を原因とする原告から被告への所有権移転登記手続(なお,別紙物件目録記載1及び2の各不動産については,持分全部移転登記手続)を求めることはできるが,本件登記費用4万円の支払を求めることはできない。
 よって,原告の請求は,上記の限度で理由があるので,これを認容し,その余の請求は,理由がないので,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
 (裁判官 大段亨)
以上:5,353文字

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