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ファウルボールによる失明について責任を認めた札幌地裁判決理由紹介3

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平成27年 4月 6日(月):初稿
○「ファウルボールによる失明について責任を認めた札幌地裁判決理由紹介2」の続きです。




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(3) 以上の見地から,本件の事案に即して,本件事故当時,本件座席付近で観戦する観客に対するものとして設けられていた本件ドームの安全設備につき,瑕疵があるかどうか判断する。
ア まず,本件ドームの1塁側内野席前に設けられているグラウンドと観客席との間にあるラバーフェンスについてみると,証拠(乙イ20の1,63の1)及び弁論の全趣旨によれば,本件座席付近の前に設置されている部分のグラウンド面からの高さは約2.9メートルであり,その上部に防球ネット等の更なる安全設備は設置されていなかったことが認められる。なお,かつて上記フェンスの上部に設置されていた,本件座席付近の前でグラウンド面からの高さが約5メートルとなる防球ネット(乙イ20,63,64)は,平成18年,被告ファイターズが要望して被告ドームが撤去したものであるが,上記防球ネットが設置されていたとしても,本件打球の本件座席への飛来を遮断することができなかったことは,当事者間に争いがない。

イ 次に,本件ドームにおいてとられていた他の安全対策についてみると,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,被告ファイターズは,本件試合の興行主として,ファウルボール等への注意を喚起するべく,以下に掲げる措置を行っていたことが認められる。
① 観客との間で適用される試合観戦契約約款には,観客はファウルボール等の行方を常に注視し,自らが損害を被ることのないよう十分注意を払わなければならない旨規定されており,同約款は被告ファイターズのホームページ上で公開され,誰でも閲覧できる状態であったほか,本件ドームにおいても入場ゲート内側受付カウンターの横に同約款が定められている旨掲示されており,希望があれば警備担当者等により同約款が交付されるようになっていた(乙イ2,45)。

② 試合観戦チケットの裏面には,「注意事項(必ずお読みください)」として,観客がファウルボール等により負傷した場合,応急処置はするがその後の責任は負わないので,ボールの行方に十分注意するように求める旨記載されていた(甲2)。

③ 本件事故の当日には,本件ドーム内の大型ビジョンにおいて,午後3時の本件試合開始前,打球の行方に注意することを求める内容の静止画が表示されていた時間があり,本件試合1回表終了後の攻守交代時,ファウルボールに注意するよう求める動画が表示された(乙イ3,4の2)。

④ 本件事故の当日,場内アナウンスによって,午後1時15分頃,1塁側・3塁側内野最前列の防球ネットを外しており,ライナー性の鋭い打球が飛んでくることがあるので,ボールから目を離さず打球の行方には十分注意するように求める旨,また,本件試合1回表終了後の攻守交代時,ライナー性の鋭い打球が飛んでくることがあるので,打球の行方には十分注意し,子供連れの観客は特に注意するように求める旨放送された(乙イ4の2・3)。

 確かに,上記①ないし④の措置は,いずれも観客席にファウルボールが飛来する危険性を観客に周知する措置であるといえる。しかし,ファウルボールが約2秒程度のごく僅かな時間で観客席に飛来することを遮断する安全設備が存在していなかったことを踏まえ,前記(2)エのとおり観客に求められる注意義務の内容に鑑みれば,ファウルボールが飛来する危険が一般的にあり得ることを知らせるこれらの措置では,観客の安全性を確保するのに十分であるとはいえず,投手の投球動作から打者の打撃に至るまでの間に一旦目を離してしまうと,ごく僅かな時間のうちに高速度の打球が観客席に飛来してくる危険性があり,死亡や重大な傷害を負う可能性があることとともに,打球の行方を見失った場合にその衝突を回避するためにとる必要がある具体的な行動の内容(即座に上半身を伏せる(ただし,これでは,自分自身の安全はある程度確保できても,子供等を同伴している場合,子供等の安全を守ることはできない。)など)を十分に周知して意識付けさせる必要があったというべきであって,上記①ないし④の措置ではこのような周知が果たされていたとはいえないのである。

 また,被告ファイターズは,安全対策として,本件事故当日,観客席に入りそうなファウルボールが放たれた際,即時に警笛を鳴らすための係員を本件ドームの1塁側内野席に22名配置しており,本件事故前に内野席にファウルボールが飛来して警笛が鳴らされたことが6回あったことが認められる(乙イ5,6,36)。しかし,ファウルボールが観客席に飛来する具体的な危険を知らせる警笛が鳴っても,これを聞いて直ちに打球の所在を把握することは相当困難であって,あらかじめ近くの係員が警笛を鳴らした場合には即座に上半身を伏せる必要があるなどと周知していれば格別,警笛が鳴ることにより自らの周囲の観客席に打球が飛来する具体的な危険が生じているという限度では認識できても,飛来する打球が打撃から2秒程度の僅かな時間のうちに自らを含む周囲の観客に衝突する可能性があり回避行動をとる必要があることまで,瞬時に認識させる措置とはいえない(また,警笛が鳴るのは,打撃と同時ではないから,警笛が鳴ってからの時間は,より短くなる。)。

 さらに,被告らは,原告が1塁側内野自由席の中から自ら本件座席を選択したものである旨主張する。原告及びAが内野自由席という席種を選んだ上,本件座席を選択して観戦していたことに関し,本件座席周辺に着席する観客が,前記(2)エの注意義務より高度なものが課されているといえるかどうか検討すると,原告及びAが内野自由席で観戦することにした時点やAが本件ドームに入場して本件座席を選択した時点に先立ち,被告ファイターズが,本件座席付近の観客席について,投手の投球動作から打者の打撃に至るまでの間に一旦目を離してしまうと,ごく僅かな時間のうちに高速度の打球が観客席に飛来してくる可能性がある旨を具体的に告知していたなどの事情は認められないから,本件座席周辺にいる観客について,他の観客席にいる観客と比較してより高度の注意義務が課されていたとはいえない。

 そして,以上の判断は,原告は本件事故前にファウルボールが飛来する危険性を認識していたはずである,原告は本件打球を見ていなかったなどの被告らが主張する原告に関する個別具体的な事情に左右されるものではない(なお,後記4(過失相殺について)において,原告の責任に関し検討する。)。

ウ 以上のとおり,本件ドームでは,本件座席付近の観客席の前のフェンスの高さは,本件打球に類するファウルボールの飛来を遮断できるものではなく,これを補完する安全対策においても,打撃から約2秒のごく僅かな時間のうちに高速度の打球が飛来して自らに衝突する可能性があり,投手による投球動作から打者による打撃の後,ボールの行方が判断できるまでの間はボールから目を離してはならないことまで周知されていたものではない。

 したがって,本件事故当時,本件ドームに設置されていた安全設備は,ファウルボールへの注意を喚起する安全対策を踏まえても,本件座席付近にいた観客の生命・身体に生じ得る危険を防止するに足りるものではなかったというべきである。
 そうすると,本件事故当時,本件ドームに設けられていた安全設備等の内容は,本件座席付近で観戦している観客に対するものとしては通常有すべき安全性を欠いていたものであって,工作物責任ないし営造物責任上の瑕疵があったものと認められる。

 なお,被告らは,プロ野球観戦に伴う危険から観客の安全を確保すべき要請と,観客側に求められる注意の程度,プロ野球観戦にとって本質的要素である臨場感を確保するという要請等の諸要素の調和の見地から検討することが必要であるとした上,その構造,内容や安全対策を含めた設備の用法等に相応の合理性が認められる場合には,その通常の用法の範囲内で観客に対して危険な結果が生じたとしても,球場の設置・管理者にとっては,不可抗力ないし不可抗力に準ずるもので,プロ野球の球場として通常備えているべき安全性に欠くことに起因するものではないなどと主張する。

 しかし,被告ファイターズ及び被告ドームによる本件ドームの管理は,当初設けられていた内野席のネットを全面的に取り外してしまうなど,臨場感の確保に偏したものであり,観客の安全を確保すべき要請への配慮を後退させたもので,そもそも諸要素の調和がとれているとはいえないものである。また,そもそも,死亡や重大な傷害を防止するという生命・身体に対する安全対策の要請と,臨場感の確保という娯楽の程度を高める要請とを同列に論じ,全く補償すら要しないとする主張自体,事の軽重を捉え違えた調和に欠けるものというべきである(被告市が定めた「札幌ドーム管理運営業務仕様書」(乙ハ12)では,各業務の実施にあたっては,利用者等の安全確保を第一に優先するとされている。)。そして,プロ野球が,国民的なスポーツとして引き続き発展していくためにも,初めて観戦に訪れる者や幼児や高齢者であっても安全に楽しむことができるだけの安全対策が施されるべきものである(なお,これについては,前述のとおり,必ずしも観客席全部について行われる必要があるものではない。)。

エ なお,被告ファイターズ及び被告ドームは,本件ドームの占有者として損害の発生を防止するのに必要な注意をしたものであり,工作物責任を免れる(民法717条1項ただし書)などと主張するが,これまで検討してきたとおり,安全設備を補完する安全対策の内容も不十分であって,上記主張は理由がなく,被告ファイターズ及び被告ドームは,工作物の占有者が負うべき責任を免れることはできないのである。また,被告ファイターズは,原告の主張は瑕疵の内容が不明であるなどとも主張するが,以上のとおり,被告ファイターズの主張は当たらないものである。

(4) そのほか,被告らは,本件ドームの1塁側内野席前のフェンスの高さが他のプロ野球の球場と比べて特別に低いわけではない旨主張し,掲記の証拠によれば,ナゴヤドームの内野席前のフェンスと防球ネットとの合計の高さはグラウンド面から5メートルであること(甲7,19[4頁],31の3),福岡Yahoo!JAPANドームの内野ネットの高さはアリーナ面から5メートルであること(甲8),西武ドームの内野席エリア全域のフェンス部分とネット部分との合計の高さは3.2メートルであること(甲9),MAZDAzoom-zoomスタジアム広島の1塁側内野席前のコンクリートの立ち上がりと防球ネットとの合計の高さは2.65メートルであること(乙イ27),阪神甲子園球場の1塁側内野席前に設置されている金網フェンスのグラウンド面からの高さは3.6メートルであること(乙イ28),横浜スタジアムの1塁線内野席前のフェンス及び防球ネットのグラウンド面からの高さは1.52メートルないし2.15メートルであること(乙イ29),明治神宮野球場の1塁側内野席前の防球ネット(ラバーフェンス部分を含む。)の最下部から最上部までの高さは5.4メートルであること(乙イ30),QVCマリンフィールドの1塁側内野席前のホームベース側寄りの金網フェンスと防球ネットとの合計の高さは3.85メートルないし5.02メートルであり,外野席側寄りのグラウンドにせり出したフィールドシートの前の防球ネットの高さは3メートルであること(乙イ31)等が認められ,また,公益財団法人日本体育施設協会が作成した「屋外体育施設の建設指針(平成24年改訂版)」では,バックネットの延長上に外野席に向かって高さ3メートル程度の防球柵を設けるものと定められていること(乙ハ7)が認められる。

 確かに,本件ドームに設けられている1塁側内野席前のフェンスの高さは,上記各プロ野球の球場の内野席前に設置されているフェンスないし防球ネットの高さに照らして特段見劣りするわけではない上,上記建設指針の基準をおおむね満たしているということができる。しかし,他のプロ野球の球場と比較すべきは,フェンス等の高さという一要素ではなく,観客席に打球が飛来する危険がどの程度防止されているかであり,これは,グラウンドの形状(ファウルゾーンの面積や形状を含む。),グラウンドやフェンス等と観客席との位置関係,観客席自体のグラウンド面からの高さ,観客席内の段差ないし傾斜,構造,形状等により大きく左右されるものであり,これらの諸要素を総合的に考慮することにより,設置されるべき安全設備及び実施されるべき安全対策の内容が検討される必要があるから,フェンス等の高さのみを比較した結果を重視できるものではない。また,他のプロ野球の球場の安全設備が,観客の注意義務としては前記(2)エの限度であることを前提に設置されたものとはいえず,これらが観客の安全性を十分確保していると認められるものでもないから,他のプロ野球の球場に見劣りするものではないことを理由に,本件ドームの安全設備の現状を追認すべきことにはならない。そして,上記建設指針に球場一般に関するものとして一定の合理性があるとしても,法令等の根拠に基づくものではないし,プロ野球の球場を念頭に置いているものでもなく,具体的にどのような根拠に基づいて導き出されたものであるのかも明らかではないから,これを満たしていることで直ちにプロ野球の球場としてその安全性が認められることにはならない。なお,証拠(甲7,19,26,28,31の3)によれば,ナゴヤドームにおいて内野席前のフェンス及び防球ネットにより保護されている内野席前方の観客席の範囲は,本件ドームにおいて内野席前のフェンス及び従前設置されていた防球ネットにより保護されていた内野席前方の観客席の範囲より,相当程度広いものと認められ,本件ドームにおいて,本件座席の周辺の観客席に本件打球のような軌道の打球が飛来することを物理的に遮断する安全設備を設けることが非現実的であるというわけではない(また,このようなナゴヤドームにおいてさえ,「ホームランボール・ファールボールに当たって救護室に運ばれるお客様が,多くいらっしゃいます。」などとされている(甲7)。)。

(5) 被告市は,本件ドームは指定管理者である被告ドームが管理しており,被告市は管理の瑕疵による責任を負わない旨主張する。
 しかし,「設置又は管理の瑕疵」(国家賠償法2条1項)の要件について,仮に,「設置の瑕疵」と「管理の瑕疵」とを区別して判断したとしても,従前設置されていた防球ネット(乙ハ11の1。被告札幌市が被告ドームに引き渡したもの(弁論の全趣旨)。)は,前記(3)アのとおり,本件事故当日に設置されていたとしても本件打球を遮断できたわけではないから,本件事故は本件ドームが被告ドーム又は被告ファイターズにより維持・管理されている間に生じた瑕疵にのみ起因するものではなく,元々設置の瑕疵があったものである。また,被告市は,被告ドームと,「札幌ドーム運営協議会」において,管理運営業務の状況の報告を受け,サービス水準の維持・向上に向けた協議を行ったりなどすることができたのであり,被告ファイターズは,本件ドームの利用について,被告ドームの指示に従うものとして,本件ドームの利用の承認を受けていたのである(乙ハ12,乙イ58)。そして,地方自治体が,指定管理者を置いたからといって,営造物の管理に関する責任を免れるとすること自体,相当なものとはいえないのである。
 したがって,前記(3)ウのとおり認められる本件ドームの瑕疵について,被告市は,国家賠償法2条1項による営造物責任を免れないものである。


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