平成25年11月27日(水):初稿 |
○買主Aが売主Bに売買代金支払の手段として売買代金相当額の約束手形を振り出すことが良くあります。売買代金債務の消滅時効は売買代金支払期限から2年と短期であるところ、約束手形金債務の消滅時効は、手形金支払時期(満期)から3年です。約束手形金債権について満期から3年以内に訴訟を提起しても、売買代金債務の消滅時効が中断しないとなると2年の時効期間が経過する場合もあります。売買代金支払債務の消滅時効を認め、原因債権が消滅したので約束手形金も請求できなくなるとしたのでは、約束手形を支払手段とした意味がなくなります。 ○そこで昭和62年10月16日最高裁判決は、商品売買代金の支払確保のために手形を交付した時は、その手形授受の当事者間において手形金請求訴訟を提起することは、手形が原因債務の支払手段であることから債権者はその代金支払請求をしていることにほかならないので、手形金請求によって手形のみならず原因債権の時効も中断することを認めています。この最高裁判例全文を紹介します。 ******************************************* 主 文 本件上告を棄却する。 上告費用は上告人の負担とする。 理 由 上告代理人○○○の上告理由一について 債務の支払のために手形が授受された当事者間において債権者のする手形金請求の訴えの提起は、原因債権の消滅時効を中断する効力を有するものと解するのが相当である。けだし、かかる手形授受の当事者間においては、手形債権は、原因債権と法律上別個の債権ではあつても、経済的には同一の給付を目的とし、原因債権の支払の手段として機能しこれと併存するものにすぎず、債権者の手形金請求の訴えは、原因債権の履行請求に先立ちその手段として提起されるのが通例であり、また、原因債権の時効消滅は右訴訟において債務者の人的抗弁事由となるところ(最高裁昭和43年(オ)第638号同年12月12日第一小法廷判決・裁判集民事93号585頁参照)、右訴えの提起後も原因債権の消滅時効が進行しこれが完成するものとすれば、債権者としては、原因債権の支払手段としての手形債権の履行請求をしていながら、右時効完成の結果を回避しようとすると、更に原因債権についても訴えを提起するなどして別途に時効中断の措置を講ずることを余儀なくされるため、債権者の通常の期待に著しく反する結果となり(最高裁昭和52年(オ)第867号同53年1月23日第一小法廷判決・民集32巻一号一頁参照)、他方、債務者は、右訴訟係属中に完成した消滅時効を援用して手形債務の支払を免れることになつて、不合理な結果を生じ、ひいては簡易な金員の決済を目的とする手形制度の意義をも損なう結果を招来するものというべきであり、以上の諸点を考慮すれば、前記当事者間における手形金請求の訴えの提起は、時効中断の関係においては、原因債権自体に基づく裁判上の請求に準ずるものとして中断の効力を有するものと解するのが相当だからである。これと同旨に帰する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。 同二及び三について 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。 よつて、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官島谷六郎の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 裁判官島谷六郎の意見は、次のとおりである。 私は、上告理由一の論旨を採用することができないとする法廷意見の結論には賛成であるが、その理由を異にするので、ここに私の意見を述べることとしたい。 法廷意見は、手形授受の直接当事者間において原因債権が時効消滅した場合に、債務者がこれを人的抗弁事由として手形債務の支払を拒絶できることを前提としたうえ、それによる不合理な結果を回避するという実質的な理由から、手形金請求の訴えの提起に原因債権の消滅時効を中断する効力を認めている。しかし、私は、かかる原因債権の時効消滅は人的抗弁事由とはならず、法廷意見の引用する判例(最高裁昭和43年(オ)第638号同年12月12日第一小法廷判決・裁判集民事93号585頁)は変更されるべきであると考えるので、法廷意見と同様の前提に立つて本件手形金支払義務の不存在をいう上告人の抗弁は、時効中断の点を論ずるまでもなく、失当であると思料する。その理由は、次のとおりである。 債務者が原因債権の支払のため約束手形を振り出した場合には、債務者は、債権者に対し、原因関係上の権利だけでなく、手形上の権利をも与え、そのいずれを行使するかは債権者の選択に委ねているのである。手形の交付を受けて所持人となつた債権者は、原因債権とは別個に手形債権を有し、これを行使することによつて債権の回収を図ることができるのであり、その行使はもちろん手形法の規定に従うものであるから、手形債権については同法所定の期間の経過により消滅時効が完成し、その経過前は消滅時効が完成することがない。 したがつて、債権者としては、その完成前ならば、原因債権の消滅時効の期間とは関係なく、手形上の権利を行使することができると考えたとしても、責められるべきことではない。しかるに、債権者が手形上の権利の行使として手形金請求の訴えを提起し、それにより手形債権について時効中断の効力を生じているのに、原因債権の消滅時効を理由に、人的抗弁として、債務者から手形金の支払を拒絶されるものとすれば、手形所持人としては、甚だ不本意な結果となるといわざるをえない。ことに、原因債権の消滅時効の期間が手形債権のそれよりも短期である場合には、債権者において、手形債権の時効期間の満了の直前に手形金請求訴訟を提起しても、すでに完成した原因債権の消滅時効を人的抗弁として対抗されるため、その権利が保護されないという不合理な事態を招くことになる。 本件では、たまたま原因債権の消滅時効の期間が手形債権のそれと同一であり、かつ、原因債権の消滅時効の完成前に手形金請求訴訟が提起されたため、法廷意見のように解することによつて、手形所持人の権利が保護される結果となるにすぎない。 しかし、原因債権と手形債権とはそれぞれ別個の権利であつて、消滅時効はそれぞれ別個に完成するものであり、一方の権利についての時効完成は他方の権利に消長をきたすものではないと考える。実質的にみても、原因債権の支払のために手形が授受された直接の当事者間において、原因債権が弁済等により満足を得た場合には、債務者がこれを人的抗弁事由として手形金の支払を拒みうることもちろんであるが、その理由は債権者は二重に満足を得ることができないからであり、原因債権について消滅時効が完成したにすぎない場合は、債権が満足されたわけではないのであるから、これを債権が満足された場合と同一視することはできない。 しかも、時効による権利消滅の効果は、時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく、時効が援用されたときにはじめて確定的に生ずるものであつて(最高裁昭和59年(オ)第211号同61年3月17日第二小法廷判決・民集40巻二号420頁参照)、右のように原因債権について消滅時効が完成した場合に、債務者が原因債権の消滅時効を援用して手形債権の支払を拒むことは許されるべきではない。けだし、債権者としては、手形の交付を受けた以上、手形上の権利は手形法の規定に従つて行使することが可能であり、したがつて同法所定の期間の経過によつてのみ消滅時効は完成し、その完成前ならば手形上の権利行使に何らの支障もないものと考えており、債務者としても、それを当然の前提として手形を交付しているのであつて、右の場合に原因債権の消滅時効の援用によつて手形債権を免れさせることは、当事者の意思に著しく反するとともに、時効期間についての手形法の規定が原因債権についての民法等の規定によつて実質的に変容を受ける結果となり、手形法の法意にも反することとなるからである。 したがつて、原因債権の消滅時効が完成した場合を、弁済等により満足を得た場合と同様に扱い、人的抗弁の対抗を許すことは、あまりにも形式論にすぎ、合理的根拠を欠くものといわざるをえない。よつて、原因債権の消滅時効は人的抗弁事由に当たらないものと解するのが相当であると思料する。 (裁判長裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一) 以上:3,569文字
|