令和 7年 1月29日(水):初稿 |
○原告夫が、被告は原告の妻Cとの間で不貞行為を行ったと主張し、被告に対し、不法行為に基づき損害賠償として慰謝料500万円と弁護士費用50万円合計550万円の支払を求めました。 ○これに対し、認定された事実によれば、原告とCとの間の夫婦関係は、完全に破綻したと認められ、原告にとって、婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益があると認められる程度に、その夫婦関係が修復していたとは認めることができないから、本件の不貞行為が、原告に対する不法行為を構成するとは認めることができないとして、請求を棄却した令和5年10月25日東京地裁判決(LEX/DB)を紹介します。 ○不貞行為による第三者に対する損害賠償請求事件では、殆どの事案で婚姻破綻の抗弁が出されますが、完全別居が長く続いていた等その要件は厳しく、この抗弁が認められる事案は殆どありません。本件では、原告が妻Cと婚姻中D女と男女関係となり、Cに離婚調停申立をしている最中に、一時的にCとのよりを戻しつつあったた時期に被告がCと男女関係になったとして慰謝料500万円も請求した極めて虫の良い請求で、棄却されて当然の事案です。この事案からも婚姻破綻の抗弁が認められる要件は厳しいと実感します。 ********************************************* 主 文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は、原告に対し、550万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(令和3年9月22日)から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用の負担 3 仮執行宣言 第2 事案の概要等 本件は、原告が、被告が原告の妻との間で不貞行為を行ったとして、被告に対して、不法行為に基づく損害賠償として550万円及びこれに対する民法所定の遅延損害金の支払を求めているという事案である。 1 前提事実 争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実を認定することができる。 (1)当事者 原告は、昭和61年○月○○日生まれの男性であり、C(以下「C」という。)と平成24年9月3日に婚姻をし、同人との間で同年○○月○○日、娘(以下「長女」という。)をもうけた。(甲1) 被告は、Cと同じ会社に勤めている者である。 (2)原告とCの別居及びその後の事情 ア 原告とCは、平成29年9月8日、原告が単身で自宅を出る形で別居を開始した。また、原告は、同月29日、東京都港区αに別宅(以下「別宅」という。)を購入した。 イ 原告は、D(以下「D」という。)と交際を開始し、原告は、Dに対し、平成29年○○月○○日(Dの誕生日)までにCと離婚をすることを約束し、平成30年1月には、Dの両親に対して挨拶をした。その後、当初の約束どおりに離婚が成立しなかったことから、原告は、同年6月3日、Dに対し、平成31年3月までに離婚することを誓約した。 (3)平成30年11月25日(以下「本件当日」という。)の出来事 本件当日早朝、被告とCは、Cの自宅(以下「自宅」という。)の寝室において、数時間過ごした。 同年11月24日から25日にかけて、原告は、長女を連れて原告の友人宅に宿泊する予定であったが、長女が途中で泣き出したために、自宅に連れて帰ることとし、同日午前3時頃、被告が自宅の寝室にいることを発見した。 (4)原告と被告とのやりとり 平成30年12月8日午後3時頃、原告と被告は、電話でやりとりをし、その会話において、被告は、〔1〕Cとハグをしたことはあるが、キスや性交渉をしたことはない、〔2〕本件当日、寝室のベッドに寄りかかって寝ていたが、Cと同じベッドでは寝ていないなどと回答した。(甲4(枝番含む。以下同じ。)、乙1) (5)原告と被告との間の交渉 本件当日の出来事について、本件訴訟提起前において、原告は、被告に対して慰謝料500万円の支払を要求したのに対し、被告は、本件当日の不貞行為は否定しつつ、解決金として30万円の支払を提案した。(甲2~4、乙1) (6)原告とCとの間の離婚調停・裁判 平成30年、東京家庭裁判所において、原告とCとの間の夫婦関係調整(離婚)調停(以下「離婚調停」という。)が申し立てられたが(東京家裁平成30年(家イ)第9792号)、離婚調停は令和元年6月27日に不調となり終了した。その後,原告は、令和元年、離婚訴訟を東京家庭裁判所に提起し(東京家庭裁判所令和元年(家ホ)第1034号)、令和3年8月31日、同裁判所は、原告の請求を棄却するとの判決をした。同判決においては、原告が有責配偶者であるかどうかに関し、原告とDとの間で不貞関係があったかどうかが主な争点と位置付けられ、原告とDとの間での不貞関係が認定された上、本件当日の被告とCとの間の不貞関係は否定され、原告が有責配偶者であるなどと認定された。(乙3) また、同判決に対しては、東京高等裁判所に対して控訴がされたが(東京高等裁判所令和3年(ネ)第4330号)、令和4年3月23日、同裁判所は、上記東京家庭裁判所の事実認定を基本的には維持した上、同控訴を棄却する旨の判決をした。(乙4) 2 争点 (1)本件不貞行為の有無(争点1) (2)破綻の抗弁の成否(争点2) (3)損害(争点3) 3 争点に対する当事者の主張 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 本件不貞行為の有無(争点1) (中略) 2 破綻の抗弁の成否(争点2) (1)認定事実 (中略) (2)判断 前記(1)の認定事実(以下、単に「認定事実」という。)及び前提事実によれば、原告は、平成29年9月8日に、Cと別居を開始し、同月29日には別宅を購入し、その頃、原告は、Dと交際を開始し、同年○○月○○日(Dの誕生日)までにはCと離婚をすると約束をし、平成30年1月には、Dの両親に対して挨拶をするなどしている(前提事実(2))。また、同月下旬頃、原告とDは、同年のゴールデンウィークの期間中にオーストラリアに旅行に行くとの計画をし、航空券の予約をし、また、同年2月頃には、屋久島に旅行に行っている(認定事実ア、イ)。 また、Dの供述によれば、Dは別宅の鍵を保有し、週2、3回の頻度で別宅を訪れており(乙25)、また、別宅内にはDの歯ブラシや靴などが置かれており(認定事実ク)、原告は、別宅において、Dと同棲又は半同棲生活を送っていたものと認められる。 そうすると、原告は、平成29年9月にCと別居を開始した後、Cと離婚をしてDと結婚することを前提としてDと交際をし、同棲又は半同棲生活を送っていたというのであるから、原告がDの両親に挨拶し、また、オーストラリア旅行を計画し、屋久島旅行に行った平成30年初め頃までには、原告とCの夫婦関係は完全に破綻したと認めるのが相当である。 なお、被告は、前記のとおり、原告が平成30年に離婚調停を申し立て、令和元年には離婚訴訟を提起したこと、また、Cに対して生活費を渡していなかったことも婚姻関係破綻の根拠として指摘している。しかし、離婚調停は本件当日後の同年12月にCにより申し立てられたものであり(認定事実シ)、また、婚姻費用分担申立事件に係る審判において命じられた婚姻費用の支払については同月以降の分であり(乙23)、原告が同月以前から婚姻費用の支払を拒んでいたことを認めるに足りる証拠もない。そうすると、被告が指摘する上記事情は、いずれも本件不貞行為時点における婚姻関係破綻の事情として考慮するのは相当でないといえる。 (3)原告の主張に対する判断 原告は、前記のとおり、平成30年8月以降、夫婦関係の改善に努めていたなどとして、本件不貞行為の時点においては、婚姻関係は破綻していなかったなどと主張し、原告本人もこれに沿う供述をしている。 たしかに、同月以降、原告とCは、しばしば会うようになり、食事をしたり、旅行をするなどしており(認定事実ウ)、夫婦関係改善の兆候は見受けられるところである。 ところで、第三者が夫婦の一方と性的関係を持つことが、その相手方に対する不法行為となるのは、それが当該夫婦の相手方に対する婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益を侵害する行為に当たるからであって、本件のように、一度完全に破綻したといえる夫婦関係について、その後夫婦関係改善の兆候が見られたとしても、その後、夫婦の一方が第三者と性的関係を持つことが直ちに夫婦の相手方に対する不法行為となると判断することは適当でなく、実質的にみて、当該夫婦の相手方に、上記権利又は利益があると認められる程度に、その夫婦関係が改善・修復している必要があるというべきである。 本件においては、平成30年8月頃、原告とDとの間で別れ話が生じ、同月末頃には、Dから原告に対して、別宅から荷物を引き上げたことを知らせるメッセージが送られているものの(認定事実オ、カ)、同年9月以降も、原告とDは、しばしば通話や面会をし、お互いに愛情を示すメッセージを交わしており(認定事実キ、ケ)、また、同月15日の時点においても、別宅内にDの使用する歯ブラシや靴などが残されており(認定事実ク)、さらには、本件不貞行為が発覚した直後に、原告は、Dに対して、Cが不倫をしていたと連絡を入れていたこと(認定事実コ)からすると、原告がCとの夫婦関係の修復を図ることとしたと主張する同年8月以降も、原告は、Dとの交際を継続しており、その関係は少なくとも本件当日を含む同年11月頃までは続いていたと考えるのが相当である。 なお、原告本人は、Dとの関係は、同年9月中下旬頃までには完全に解消した、同年8月以降は自宅に泊まることがあったなどと供述をしている。しかしながら、前記のとおり、原告は、同年10月以降もDと連絡を取り合い、相互に愛情を確認するメッセージを交わしており(認定事実ケ)、また、この点を本人尋問において追及されると、別れた後に精神的なフォローをしていたなどと不自然な弁解をしている。また、原告本人は、原告代理人が提出する準備書面については、事前又は事後に目を通していたと述べているところ、原告準備書面(8)においては、別居後には自宅に泊まっていなかったことを認める主張をし(同準備書面5頁)、また、原告とCが、別居後、双方の家に宿泊をしたことすらないということは争いがない旨の被告の主張に対して特段の反論をしていない(被告第7準備書面2頁)。以上の事情によれば、Dとの関係は、同年9月中下旬頃までには完全に解消した、同年8月以降は自宅に泊まることがあった旨の原告の供述は、信用することができないといえる。 そうすると、上記のとおり、同年8月以降、原告とCとの夫婦関係は、客観的には改善の兆候が見受けられるものの、一方で、原告は、Dとの関係を継続し、Cとの別居を解消することはなかったのであるから(認定事実サ)、原告が、真にCとの夫婦関係を改善・修復させたいという意向を有していたのか疑問と言わざるを得ず、本件当日時点において、原告にとって、婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益があると認められる程度に、その夫婦関係が改善・修復していたとは認めることはできない。 (4)小括 以上検討してきたとおり、原告とCとの間の夫婦関係は、平成30年初め頃までには完全に破綻したと認められ、本件当日時点において、原告にとって、婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益があると認められる程度に、その夫婦関係が修復していたとは認めることができないから、結局、本件不貞行為が、原告に対する不法行為を構成するとは認めることができない。 (5)その他 (中略) 3 まとめ 以上検討してきたとおり、本件不貞行為については認めることができるものの(前記1)、破綻の抗弁が成立するものと認められるから(前記2)、その余の点(争点3)について判断するまでもなく、原告の請求には理由がない。 第4 結論 以上検討してきたとおり、原告の請求は理由がないから、これを棄却する。よって、主文のとおり判決をする。 東京地方裁判所民事第12部 裁判官 神吉康二 以上:5,014文字
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