令和 5年10月13日(金):初稿 |
○「夫婦関係の強要及び拒否に対する暴行を婚姻破綻事由と認めた地裁判決紹介」の続きで、夫の性行為の強要を嫌って拒否し、欲求不満に陥った夫が妻に暴力を振るい夫婦間に深い溝ができ婚姻関係破綻に至った場合に、夫の妻への慰謝料請求を否認した昭和58年1月27日東京高裁判決(判時1069号79頁)関連部分を紹介します。 ○妻は、元来、夫婦の性生活については潔癖にすぎる性向があり、積極的ではなかったところ、夫が性的欲求が強く、夜間勤務で日中家に居る時にも性交渉を要求し、妻が拒否し、欲求不満に陥った夫が無理にでも目的を遂げようとして妻を抑えつけ殴る・蹴る等の暴行を繰り返し、夫婦関係が破綻したことについて夫が妻に対し、慰謝料100万円を請求しました。 ○これについて、夫婦が、双方ともに婚姻生活についての深い理解を欠き、相手方を思い遣る心の広さを持ち得ないで、それぞれが身勝手な態度・行動に終始して衝突を繰り返し、相互に相手方に対する愛情や信頼を失っていった場合には、婚姻関係が破綻した責任は夫婦いずれの側にもあり、しかも、その間に軽重の差を認めることは困難であって、どちらも相手方に対し離婚を求めることができ、また、不法行為を構成すると評価することはできないとして、夫の妻への慰謝料請求を否認しました。 ○婚姻は、その性格、ものの考え方・感じ方、それまでの生活歴等を異にする一組の男女が結合して共同生活を営んでいくものであるから、互いに相手方を十分に理解し、精神的、物質的、肉体的のあらゆる部面にわたって相互に協力し、扶助するのでなければ、とうていその目的を全うすることは不可能であると重要な説示をしています。 *********************************************** 主 文 一 控訴人の控訴に基づいて原判決を次のとおり変更する。 1 控訴人と被控訴人とを離婚する。 2 控訴人と被控訴人との間の弐女夏子(昭和38年11月12日生まれ)の親権者を被控訴人と定める。 3 被控訴人は控訴人に対し金700万円及びこれに対する本判決確定の日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。 4 被控訴人のその余の反訴請求を棄却する。 二 被控訴人の附帯控訴を棄却する。 三 訴訟費用は第一、第二審及び本訴、反訴を通じてこれを2分し、その1を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。 事 実 一 求める判決 1 控訴人 (控訴の趣旨) (一) 原判決を次のとおり変更する。 (二) 控訴人と被控訴人とを離婚する。 (三) 控訴人と被控訴人との間の弐女夏子(昭和38年11月12日生まれ)の親権者を控訴人と定める。 (四) 被控訴人は控訴人に対し金1739万円を支払え。 (五) 訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。 (附帯控訴の趣旨に対する答弁) 主文第二項と同旨。 2 被控訴人 (控訴の趣旨に対する答弁) 本件控訴を棄却する。 (附帯控訴の趣旨) (一) 原判決を次のとおり変更する。 (二) 控訴人と被控訴人とを離婚する。 (三) 控訴人と被控訴人との間の弐女夏子(昭和38年11月12日生まれ)の親権者を被控訴人と定める。 (四) 控訴人は被控訴人に対し金100万円を支払え。 (五) 訴訟費用は第一、第二審とも控訴人の負担とする。 二 主張 次に訂正・付加するほかは、原判決の事実摘示(原判決二丁表5行目冒頭から同九丁表5行目末尾まで。ただし、同二丁表6行目冒頭から同裏3行目末尾までと同五丁裏9行目冒頭から同六丁表5行目末尾までを除く。)と同一であるから、これを引用する。 (中略) 理 由 一 《証拠省略》によれば、控訴人は昭和6年2月15日東京市麹町区において乙山梅五郎・ウメ夫婦の長女として出生した者であり、被控訴人は昭和5年10月25日横浜市中区において甲野松一郎・マツ夫婦の長男として出生した者であるところ、両名は控訴人の叔母の紹介で見合いをし、3か月ほど交際したあと、昭和36年5月24日事実上の婚姻をし、同年6月12日その届出をしたものであり、2人の間には昭和37年6月4日生まれの長女春子と昭和38年11月12日生まれの弐女夏子の2子があること、が認められる。 二 そして、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。 (中略) 3 また、控訴人は、元来、夫婦の性生活については潔癖にすぎる性向があり、これに積極的ではなかった。特に、一家が我孫子市へ移り、控訴人と被控訴人との間に感情的な溝が生ずるようになってからは、控訴人は被控訴人との性交渉を嫌い、これを避けようとする傾向が次第に強くなった。これとは逆に被控訴人は性的欲求が強く、勤務の関係で夜間仕事に就き、日中在宅することも少なくなかったが、このようなとき、被控訴人は控訴人に対し日中でも性交渉を要求した。これに対して控訴人は性来の潔癖な性格から被控訴人のこのような態度を嫌悪し、子供らの手前をはばかって頑なにこれを拒絶した。そのため欲求不満に陥った被控訴人が無理にでも目的を遂げようとして、控訴人を抑えつけ、殴る、蹴る、あるいは家財道具を投げつけるなどの暴力を振うこともしばしばであり、控訴人において近隣の居住者の助けを借りて騒ぎを治めたこともあった。 4 こうして、我孫子市へ移ってから以後、控訴人と被控訴人との間には夫婦としての対話はもとより、夫婦らしい感情の交流もすっかり失われ、食事の内容のことなど、日常のささいなことにも感情を逆立て、対立を繰り返す毎日を送るようになった。そのため控訴人と被控訴人とは、昭和42年に一旦協議離婚をすることに合意し、離婚届を作成するまでに至ったのであるが、このときは、子供が未だ幼少であったことなどもあって、踏ん切りがつかず、あいまいのままに終った。 そうするうち、控訴人・被控訴人の一家は、昭和45年8月、新築した埼玉県所沢市の本件建物に引き移ったのであるが、2人の夫婦仲は悪くなるばかりで、控訴人は二階で、被控訴人は一階で起居するという状態にまでなってしまった。そこで、控訴人は、子供たちも成長しそれぞれに分別がつくようになったので、昭和54年8月25日、被控訴人の承諾のもとに、単身家を出て、同じ所沢市内の肩書アパートを借りて別居し、今日に及んでいる。 以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。 右事実によれば、控訴人と被控訴人間の婚姻関係は、遅くとも控訴人が被控訴人の承諾のもとに別居生活をはじめた昭和54年8月25日以降破綻を来たし、これを継続することが困難な状況にあるということができ、控訴人、被控訴人ともこれを継続する意思のないことは、本件訴訟において互いに相手方に対して離婚を求めていることによっても明らかである。 ところで、婚姻は、その性格、ものの考え方・感じ方、それまでの生活歴等を異にする一組の男女が結合して共同生活を営んでいくものであるから、互いに相手方を十分に理解し、精神的、物質的、肉体的のあらゆる部面にわたって相互に協力し、扶助するのでなければ、とうていその目的を全うすることは不可能である。 前認定の事実によれば、本件においては、控訴人、被控訴人の双方ともに婚姻生活というものが右のようなものであることについての深い理解を欠き、相手方を思い遣る心の広さを持ち得ないで、それぞれが身勝手な態度・行動に終始して衝突を繰り返し、相互に相手方に対する愛情や信頼を失っていったものであり、控訴人と被控訴人間の婚姻関係が破綻を来たしたのはここにその原因があるということができる。 してみると、その責任は控訴人と被控訴人のいずれの側にもあり、しかも、その間に軽重の差を認めることは困難であって、このような場合には、夫婦のいずれの側からも相手方に対し離婚を求めることができると解するのが相当である。 したがって、控訴人の本訴請求及び被控訴人の反訴請求中、それぞれ相手方との離婚を求める部分はいずれも理由がある。 (中略) 四 次に、被控訴人の慰藉料請求について検討するに、前述したとおり、控訴人と被控訴人間の婚姻関係が破綻したことについては、被控訴人もまたその責任の一端を担うべきものであり、前認定の諸般の事情を考慮しても、被控訴人との婚姻関係を破綻させるについて控訴人の側に不法行為を構成すると評価するに足るほどの事実があるとは認めがたく、したがって、この点に関する被控訴人の請求は理由がない。 五 以上の次第であるから、これと一部結論を異にする原判決は右説示の限度で変更し、被控訴人の附帯控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法96条、89条、92条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官 岡垣学 裁判官 磯部喬 大塚一郎) 以上:3,604文字
|