令和 5年10月 6日(金):初稿 |
○「自営収入約6000万円の夫に婚姻費用月額85万円の支払を命じた家裁審判紹介」の続きで、その抗告審大阪高裁決定(判時2561・2562号合併号76頁)関連部分を紹介します。 ○妻である原審申立人が、別居中の夫である原審相手方に対し、婚姻費用の支払を求め、原審が、原審相手方が就労不能とはいえないなどとしたうえで、原審申立人に対する未払分の婚姻費用1395万円を直ちに、令和3年6月以降は毎月末日限り、月額85万円を離婚又は別居解消まで支払わなければならないとの審判をしたところ、原審申立人及び原審相手方ともに抗告しました。 ○大阪高裁は、、原審申立人は、本件別居後、知的障害等を有して拘りが強いIや低年齢の3子を独りで養育しており、現時点で原審申立人に就労を求めるのは現実的とはいえず、原審申立人は無収入と認めるのが相当とし、原審相手方の事業収入は年額7481万1253円に及ぶから、高額所得者である原審相手方が、自分の生活を保持するのと同程度の生活を被扶養者に保持させる義務があり、原審申立人に対してどの程度の婚姻費用を分担すべきかを修正計算するのが相当で、原審相手方は、原審申立人に対し、未払分婚姻費用3075万円及び令和4年2月から月額125万円を離婚又は別居解消まで毎月末日限り支払うよう原審判を変更しました。 ******************************************** 主 文 1 原審判を次のとおり変更する。 2 原審相手方は,原審申立人に対し,3075万円を支払え。 3 原審相手方は,原審申立人に対し,令和4年2月から月額125万円を,当事者の離婚又は別居解消まで毎月末日限り支払え。 4 手続費用は,原審及び当審を通じて各自の負担とする。 理 由 第1 抗告の趣旨及び理由の要旨 1 原審申立人 原審相手方の自営収入の認定に当たり,原審判は,現実に支出されていない減価償却資産に係る必要経費算入額合計約1241万円,貸倒引当金約102万円等を課税される所得金額に加算しておらず,これらを加算すると,令和元年分の確定申告書に基づく原審相手方の自営収入は約7891万円となり,給与収入や雑収入を合わせた同年分の自営収入は約8153万円と認定されるべきである。 同居中の生活費について,原審申立人管理のCの貯金口座に振り込まれていた月額約80万円は原審相手方に関する支出を含まないものであったほか,Dお得意様カードやEカード,Fカード等を用いた生活費支出を合計すると少なくとも月額40万円に至っていたもので,別居後の原審申立人世帯の支出状況を考慮すると,原審申立人世帯の生計を維持するには少なくとも月額110万円程度の婚姻費用が必要である。 また,原審相手方が経営するクリニックでの時間に融通が利く就労状況と異なり,別居後は知的障害を有する養女を含む4子を抱えて周囲に監護の手助けを依頼するのも難しい状況にあり,就労できる状況にないから,原審申立人は無収入と認定されるべきであるし,原審申立人が所有するマンションは実質的に原審申立人の母親が所有しており,原審申立人世帯が居住することは困難である。 以上を踏まえ,原審判を取消し,原審相手方に対し,令和2年1月以降,原審申立人に月額110万円の支払を命ずる内容の裁判を求める。 2 原審相手方 原審申立人は別居開始時に,自己名義のG銀行H店の預金口座に夫婦共有財産である約1239万円の預金を有していたが,別居後に生活費として費消しており,これは婚姻費用の前払として取り扱われるべきである。また,婚姻費用の算定において,別居後の原審申立人世帯が月額90万円の生活費を要すると仮定しても,原審申立人は特有財産としてマンションを有しており,現在同世帯が居住する賃貸マンションの家賃月額約14万1000円は余計な支出であって控除されるべきであるし,原審申立人の従前の就労状況からして,原審申立人は少なくとも月額13万円(年額156万円)程度の給与収入を得る稼働能力があるとされるべきである。 以上を踏まえ,原審判を取消し,原審相手方に対し,令和3年6月以降,原審申立人に月額60万円の支払を命ずる内容の裁判を求める。 第2 当裁判所の判断 1 当裁判所は,上記のとおり原審判を変更するのが相当と判断する。その理由は,以下のとおりである。 2 認定事実 事実の調査の結果によれば,以下の各事実が認められる。 (1)当事者等 (中略) (4)原審申立人及び原審相手方の各収入 ア 原審申立人 本件別居前に本件病院で専従者給与を受領したことを前提に,令和2年度の課税所得証明書では830万円の給与収入を得たとされているが(甲6の1),本件別居後は就労しておらず,令和3年度の課税所得証明書では無収入とされている(甲6の2)。 これに対し,原審相手方は,原審申立人の従前の就労状況からして,原審申立人は少なくとも月額13万円(年額156万円)程度の給与収入を得る稼働能力があると認定されるべきであると主張する。 しかしながら,原審申立人は,本件別居後,知的障害等を有して拘りが強いIや低年齢の3子を独りで養育しており,子らの多数の習い事への付き添いもあるため,一般家庭に比して格段に家事や育児の負担が大きい状況にあると認められる。このほか,子らがコロナウイルス感染症の影響で在宅することが少なくないことを併せ考えると,現時点で原審申立人に就労を求めるのは現実的とはいえない。 また,原審相手方は,原審申立人が子らに係る児童手当,Iに係る特別児童手当や各種の特別給付金を受領しており,婚姻費用の算定においてこれらを考慮すべきであると主張するが,原審申立人は,夫が高額所得者であるためにIに係る特別児童手当を受給できていないほか(甲21),そもそも児童手当は児童の福祉という政策目的で私的扶助を補充する意味合いで支給されるもので,子育て世帯に対する特別給付についても同様であるから,これらの受領をもって婚姻費用の算定に際して原審申立人の収入として算入するのは相当でない。 したがって,原審相手方によるこれらの主張はいずれも理由がなく,原審申立人は無収入と認めるのが相当である。 イ 原審相手方 原審相手方は本件病院の開業医として事業収入を得ているほか,給与収入,不動産収入等,多数の収入を得ている。 本件別居後の令和2年分の所得税及び復興特別所得税の確定申告書B(当審乙12)によれば,営業等収入1億6989万6820円から売上原価2466万7249円,諸経費合計7335万4304円,貸倒引当金122万7770円を控除した事業所得が7189万2073円とされている。これを踏まえ,事業所得7189万2073円から社会保険料149万0104円を控除し,貸倒引当金122万7770円及び青色申告特別控除額65万円を加算した7227万9739円が同年分の原審相手方の事業収入と認められる。 そして,不動産収入60万円,雑収入8万1514円を加算するほか,給与収入249万1400円を事業収入に換算した約185万円を加算すると,令和2年分の原審相手方の事業収入の合計は7481万1253円と認められる。 したがって,原審相手方の事業収入を,直近の認定をもとに7481万1253円と認めるのが相当である。 これに対し,原審申立人は,減価償却資産に係る必要経費算入額も事業収入として加算されるべきであると主張するが,各確定申告書の添付書類によれば本件病院に関して相当額の減価償却を考慮する必要があると認められるから,同主張は理由がなく,採用できない。 また,原審申立人は,原審相手方に株式売却や所有不動産の売却に伴う収入があるなどと指摘する。確かに,前記確定申告書の添付資料をみると,上場株式等の譲渡につき2456万5417円の収入(当審乙12(4枚目))や不動産売却に係る譲渡所得(同16,17枚目)の記載が確認できる。しかしながら,前者の譲渡所得が約18万円に留まり,後者の譲渡所得額がマイナス計上とされるなど詳細が明らかでないほか,仮にこれらの取引で原審相手方が収入を得ていたとしても一時的なものに留まるから,婚姻費用算定の前提となる原審相手方の収入認定においては考慮しない。 (5)本件別居後の原審申立人世帯の支出状況 (中略) 3 検討 (1)本件において原審相手方が原審申立人に分担すべき婚姻費用の額を算定するに当たっては,令和元年度作成の改定標準算定方式(以下「本件算定方式」という。)によるのが相当である。また,本件調停が申し立てられた時期を考慮し,令和2年1月以降に原審相手方が分担すべき婚姻費用の額を定めるのが相当である。 (2)検討するに,前記認定によれば,原審申立人が無収入である一方で,原審相手方の事業収入は年額7481万1253円に及ぶから,高額所得者である原審相手方が,自分の生活を保持するのと同程度の生活を被扶養者に保持させる義務(生活保持義務)として,原審申立人に対してどの程度の婚姻費用を分担すべきかが問題となる。 そして,改定標準算定表においては義務者の自営年収の上限が1567万円までしか想定されていないところ,原審相手方の事業収入が前記上限の5倍近くになることからすると,本件で単純に改定標準算定表を用いることはできない。また,前記上限からの超過額が甚だしいことに照らすと,当該上限(1567万円)をもって原審相手方の事業収入と擬制するのは相当でない。 (3)そこで,夫婦分に相当する基礎収入を算定し,これを生活費指数で按分するという本件算定方式を維持した上で,高額所得者である原審相手方においては総収入から控除する税金や社会保険料,職業費及び特別経費について,原審相手方における事業収入の特殊性を踏まえた数値を用い,さらに一定の貯蓄分を控除して,同人の基礎収入を修正計算するのが相当である。 ア 検討するに,原審相手方の令和2年分の事業年収7481万1253円は収入認定に際して約149万円の社会保険料を控除済みであるから(前記2(4)イ),同年分の申告所得税1904万7800円(乙12)を控除すると5576万3453円となる。 イ これに対し,職業費,特別経費については年収2000万円以上を区分して集計した統計がないので,家計調査年報の収入階級区分の数値を踏まえて近似値を採用するほかなく,いずれも年間収入階級が1500万円以上の場合の統計数値に基づき,職業費については実収入比13.35パーセント,特別経費については同13.67パーセントを控除するのが相当である。したがって,職業費について998万7302円,特別経費について1022万6698円を前記アの5576万3453円から控除すると,その残金は3554万9453円となる。 ウ さらに,本件においては貯蓄分を控除する必要がある。これは,高額所得者の場合,その収入から貯蓄等の資産形成に回る割合が増え,生活費割合が低減すると考えられるからである。そして,貯蓄率については高額所得者の収入に応じた統計があるわけではないから,全収入区分の貯蓄率(19.8パーセント)や原審相手方の年額収入が7481万1253円と高額であること及び同種事案の裁判例等を踏まえ,本件では原審相手方の事業収入から税金を控除した5576万3453円の26パーセントに当たる約1449万8497円を相当な貯蓄分と認め,前記イの残金3554万9453円から当該貯蓄分を控除した2105万0956円を原審相手方の基礎収入と認めるのが相当である。 (4)ところで,原審相手方は,原審申立人を母としない認知子2名の養育費としてその母親に年額146万4000円を支払っているから(前記2(1)イ),同額を前記(3)の基礎収入から控除した1958万6956円を原審相手方の修正基礎収入とするのが相当である。 (5)以上を踏まえ,本件算定方式に基づいて計算すると,原審相手方が原審申立人に支払うべき婚姻費用分担額は,以下のとおり月額約128万円と算出される。 (計算式) (19,586,956+0)×(100+85+62×3)/(100+100+85+62×3)=15,428,366 15,428,366÷12=1,285,697 (6)他方で,高額所得者に係る婚姻費用の算定においては,同居中の世帯支出の状況を参考にすることが多いが,本件においては,同居中の本件世帯の家計支出が恒常的に月額100万円を上回っていたとは認められるものの(前記2(2)ウ),同居中に使用されていた原審相手方名義のクレジットカードの同居中の利用状況(同2(2)ウ)の詳細が原審相手方によって明らかにされておらず,当時の家計支出の詳細が不明であるため,これをしん酌するのは困難である。 とはいえ,現在の原審申立人世帯の支出状況をみるに,月額100万円を超える支出が認められるほか(前記2(5)ア),令和4年4月以降はIや二男の進学に伴って更なる出費が予想されること(同(5)イ)などの諸事情にかんがみると,前記(5)の算出結果をそれほど減額修正する必要はないというべきである。 (7)以上を踏まえ,原審相手方は,原審申立人に対し,令和2年1月以降,月額125万円の婚姻費用を支払う義務を負うべきであり,同月から令和4年1月まで(25か月)の合計額は3125万円となる。 そして,原審相手方が令和3年2月5日に原審申立人に支払った50万円を控除すると,令和4年1月時点の未払合計は3075万円となるから,原審相手方は,原審申立人に対し,同額の未払婚姻費用を直ちに,同年2月以降は月額125万円の婚姻費用を支払う義務を負うことになる。 4 原審相手方の抗告理由に対する補足 (1)原審相手方は,原審申立人が本件別居後に費消した同人名義のG銀行H店の約1239万円の預金につき,原審相手方からの婚姻費用の前払と取り扱われるべきであると主張する。 しかしながら,婚姻費用分担額は,元々夫婦の継続的な収入に基づいて算定されるべき性質のものであり,本件でも義務者である原審相手方が高額の年収を継続的に得ている以上,夫婦共有財産の費消については離婚時の財産分与で清算すれば足りるから,本件で婚姻費用の前払として取り扱うことは相当でないというべきである。 したがって,原審相手方の前記主張は理由がない。 (2)また,原審相手方は,本件別居は原審申立人の不貞が原因であり,本件申立ては権利の濫用であるから,原審相手方は子らに支払うべき養育費相当額の限度で原審申立人に婚姻費用を支払えば足りると主張する。 しかしながら,原審相手方が提出する原審申立人が知人男性に送信したメール(原審乙1の1及び2,当審乙14)をみても,原審申立人と前記男性との不貞を裏付けるものとはいえない。また,同メールは抗告人と相手方が婚姻して間もない平成25年(2013年)当時のやりとりに過ぎず(当審乙13)、その後の婚姻破綻や本件別居に結び付くものでないことは明らかである。 そして,本件で,原審申立人が原審相手方に対して婚姻費用の分担を求めることが権利濫用に当たると解すべき事情はないから,同人の前記主張は理由がない。 5 よって,上記判断を踏まえて原審判を変更することとして,主文のとおり決定する。 (裁判長裁判官 永井裕之 裁判官 井川真志 裁判官 空閑直樹) 以上:6,338文字
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