令和 5年 9月12日(火):初稿 |
○元妻の原告が、原告の元夫C(東京大学教授、45歳)と被告の不貞行為を理由として、被告に対し、不法行為に基づき、慰謝料・弁護士費用合計330万円の支払を請求しました。 ○これに対し、本件交際当時、Cに妻子がいないと信じたことに過失があるということはできないとして、原告の請求を棄却した令和4年8月30日東京地裁判決(LEX/DB)関連部分を紹介します。 ○原告ら夫婦は、令和元年8月から令和2年12月まで米国マサチューセッツ州に滞在し、日本帰国後令和3年2月別居、同年10月に離婚しているところ、被告はCと令和2年2月に知り合い、同年3月から12月までの間に複数回食事をしてホテルに同宿しており、被告は、原告の婚姻生活が本件交際期間の大半部分を概ねマサチューセッツ州を本拠として営まれていたので、本件不貞行為により直接侵害された権利の原告婚姻共同生活の場はマサチューセッツ州であり、法の適用に関する通則法17条により、結果発生地の法であるマサチューセッツ州法を本件の準拠法と解すべきと主張しました。 ○マサチューセッツ州法によれば、不貞行為により第三者が婚姻関係を侵害する不法行為を原因とする金銭的損害賠償請求権は廃止され、同州内で行われた当該行為を原因として州内及び州外で訴えを提起することが禁じられ、原告の請求は、準拠法であるマサチューセッツ州法によれば認められる余地はないからです。 ○判決は、準拠法については日本法が適用されるとしながら、信用できる被告の供述に照らせば、被告が、本件交際当時、Cに妻子がいないと信じたことに過失があるということはできないとして、原告請求を全て棄却しました。 ******************************************** 主 文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は、原告に対し、330万円及びこれに対する令和2年3月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は、原告が、原告の元夫と被告の不貞行為を理由として、被告に対し、不法行為に基づき、330万円の損害賠償及びこれに対する不貞を行った日である令和2年3月3日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1)当事者等 ア 原告は、平成16年12月29日に訴外C(以下「C」という。)と婚姻し、同人との間に二人の子をもうけた者である。 原告とC及び同人らの子二人(以下「原告一家」という。)は、令和元年7月まではほぼ日本に居住していたが、同年8月、Cの仕事の都合により、アメリカ合衆国マサチューセッツ州ケンブリッジ市(以下単に「マサチューセッツ州」という。)に転居し、令和2年12月23日に揃って帰国するまで、同所に居住した。原告とCは、令和3年2月下旬、別居を開始し、同年10月19日、離婚した。 イ Cは、原告の元夫であり、令和2年2月当時、45歳だった。 ウ 被告は、肩書地に居住する20代前半の女性である。 (2)被告とC(以下「被告ら」という。)の行為 ア 被告は、令和2年2月22日、東京近郊の大学で開催されたSDGsセミナーに参加し、講師であったCと知り合った。Cは、当時45歳で、東京大学に教授として勤務していた。Cは、セミナー参加者である被告と名刺を交換し、同日からメールのやり取りを開始し、被告を食事に誘った。 イ Cは、令和2年3月3日、被告と二人きりで食事し、食事後はバーに誘い、ともに飲酒した上で、ホテルに一緒に泊まるよう誘った。被告はこれに応じ、同日、被告らはホテルの同室に宿泊した。被告らは、同年7月17日、8月7日、9月18日、同月24日、同年10月2日、同年11月21日、同月27日、同年12月11日、同月19日にも二人きりで会い、同年8月7日以降は、ほぼ毎回ホテルの同室に宿泊した。(以下「本件交際」という。) ウ 原告一家は、令和2年12月23日、日本に帰国し、同日から令和3年2月26日までは四人で同居して生活した。被告らは、原告一家が帰国後である同月6日及び7日にも、二人きりで会い食事をするなどした。 (3)本件訴えに至る経緯 原告は、令和3年2月26日、被告らの本件交際を知った。Cは、同日、単身自宅を出て別居を開始した。原告は、被告に対し、電話をかけ、本件交際について話をした上で、同月28日、被告に対し、「Cとの不倫の件につきまして」と題する長文のメッセージをメールで送信した。同メッセージには、Cが被告に妻子がいる旨告げたと言っていること、Cは10年前にも不倫し、相手の女性に妻子がいることを隠していたことから、同人に慰謝料を支払うことになり痛い目を見たため、被告に対し、妻子がいることを隠すとは考えられないことなどが記載されていた。(乙2) 原告とCは、令和3年9月29日、離婚給付等契約公正証書(以下「離婚給付公正証書」という。)を作成した上で、同年10月19日離婚した。離婚給付公正証書には、Cの原告に対する慰謝料支払義務を定める条項はなく、清算条項が設けられている。(甲6) (中略) 2 争点及び争点に関する当事者の主張 (1)準拠法 (被告の主張) 原告一家は、令和2年12月下旬までマサチューセッツ州に居住していたので、原告の婚姻生活は、本件交際期間の大半部分を概ねマサチューセッツ州を本拠として営まれていたといえる。したがって、原告主張に係る不法行為により直接侵害された権利である原告の婚姻共同生活の場はマサチューセッツ州にあったというべきである。したがって、法の適用に関する通則法(以下「通則法」という。)17条により、結果発生地の法であるマサチューセッツ州法を本件の準拠法と解すべきである。 マサチューセッツ州法によれば、不貞行為により第三者が婚姻関係を侵害する不法行為を原因とする金銭的損害賠償請求権は廃止され、同州内で行われた当該行為を原因として州内及び州外で訴えを提起することが禁じられている。したがって、原告の請求は、準拠法であるマサチューセッツ州法によれば認められる余地はない。 (原告の主張) (中略) 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(準拠法) 不法行為の準拠法は、加害行為の結果発生地の法であるところ(通則法17条)、加害行為の結果発生地とは、加害行為により直接に侵害された権利が侵害発生時に所在した地をいう。本件における不法行為の結果とは、原告の婚姻生活の平和の侵害をいうので、本件交際の期間において、原告の婚姻生活の場が日本とマサチューセッツ州のいずれにあったかという点について検討する。 前記前提事実及び後掲各証拠によれば、〔1〕原告一家は、平成16年に婚姻後ほぼ日本で生活し、マサチューセッツ州に滞在したのは令和元年8月から令和2年12月23日までのわずか511日間に過ぎず、上記期間のうち令和2年6月から8月までの約2か月間は日本に滞在していたこと(甲11~16)、〔2〕原告一家が渡米した理由はCの仕事の都合によるもので、仕事が終われば帰国する前提であり、住民票も千葉県に登録したままであったこと(甲7、10)、〔3〕渡米の理由であるCの仕事の状況としても,勤務先の東京大学に在籍したまま、マサチューセッツ州と日本の双方で仕事をする勤務形態がとられ、Cは渡米期間の約半分を日本に滞在していたこと(弁論の全趣旨)などの事情が認められる。 このように、原告とCの夫婦共同生活の場が婚姻後令和元年まで全期間を通じほぼ日本において営まれ、マサチューセッツ州での滞在が、わずか1年数か月と短期間であった上、原告一家にとって一時的なものに過ぎなかったという事情が認められることに照らせば、原告の婚姻生活の場は、マサチューセッツ州滞在期間も含め、日本にあったと認めるのが相当である。そうすると、本件における準拠法は日本法と解すべきである。 2 争点(3)(故意又は過失の有無) 事案にかんがみ、争点(3)(故意または過失の有無)について先に検討する。 (1)原告は、被告がCから妻子がいる旨聞いていた旨主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はない。また、原告は、本件交際がもっぱらホテルに宿泊する形でされ、コロナ禍という状況下でもCの自宅を訪れなかったという事情から、被告はCに妻子がいることを認識していたはずである旨主張するが、社会通念上、独身であれば交際相手を自宅に招くのが通常であるとはいえないのであって、上記原告の主張は採用できない。したがって、被告に故意があったとは認められない。 (2)原告は、被告に故意があったと認められない場合でも、本件交際が長期にわたる上、被告らが多数回ホテルの同室に宿泊するなど親密な関係であったことに照らせば、被告は、Cに妻子がいることを容易に知り得たはずである、にもかかわらずCに年齢や妻子の有無を確認すらしていないのであるから、被告には過失がある旨主張する。 これに対し、被告は、Cに年齢や妻子の有無を確認しなかったことは自認しつつ、〔1〕Cから家族はマサチューセッツ州に住む介護の必要な父と弟である旨告げられていたこと、〔2〕Cは積極的に被告を誘い、被告のスケジュールに合わせて日程調整をしていた上、土日等一般的な休日に会う事も躊躇しなかったため、被告においてCに妻子がいる旨疑うべき事情がなかったこと、〔3〕被告がCの誘いに応じたのは、Cと交際することで大学院進学等自身の描く将来のキャリア形成の一助になるという期待等の事情があったからであって、恋愛関係にはなく、被告においてCの年齢や妻子の有無に関心を抱く理由もなかったことなどを理由として、Cに妻子がいることを知らなかった点に過失はない旨主張し、これに沿う被告の供述(被告本人、乙3)が存在する。 上記被告の供述について検討すると、前記前提事実及び後掲各証拠によれば、Cは、講師として参加したセミナーで、受講者であった被告と出会い、出会った直後から被告にメールを送信し、間もなく被告を食事に誘い、初めて食事をした日には被告をホテルに誘うなど、当初から本件交際に相当な積極性を示し、その後も、本件交際の全般を通じ、概ねCから被告を誘い、被告の都合に合わせる形で日程調整を行い、Cがホテルや食事の場所を予約していたという事情が認められ、このような事情は被告の上記供述〔2〕とよく整合するといえる(甲4、5、乙1)。 また、Cが、令和2年3月11日、妻である原告がマサチューセッツ州に滞在しているにもかかわらず、被告に対し、「アメリカもいいよ!東海岸まで来てくれたらNYとボストンを案内するよ!」(乙1-1)などというメッセージを送信したという事情に照らせば、Cがマサチューセッツ州にいる妻子の存在を隠そうとしていたことがうかがわれるのであって、このような事情は被告の上記供述〔1〕と矛盾しないものといえる。 さらに、Cが、東京大学教授という肩書を有しており20代前半である被告との関係において出会った当初から優位な立場にあったこと、被告がCに送ったLINEのメッセージの多くは仕事に関連する話題であること、被告が本件交際終了後大学院を受験し、現在は大学院に在籍し通学していること、被告が大学卒業後就職した会社の関係者からホテルに誘われ、断ると無視されるという経験をしたこと(被告本人)などの事情に照らせば、被告が本件交際当時、自身のキャリア形成を重視しており、恋愛感情ではなく、将来のキャリア形成の一助になるのではないかという期待及びCに嫌われたくないとの意図からCの誘いに応じていたという被告の上記供述〔3〕に何ら不自然な点はない。 このように信用できる被告の供述に照らせば、被告が、本件交際当時、Cに妻子がいないと信じたことに過失があるということはできない。 3 以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求には理由がない。 第4 結論 よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第16部 裁判官 丹下友華 以上:5,026文字
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