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無職無収入の夫の婚姻費用分担義務を否認した高裁決定紹介

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令和 4年 6月15日(水):初稿
○「無職無収入の夫にも婚姻費用分担義務を認めた家裁審判紹介」の続きで、その抗告審令和3年4月21日東京高裁決定(判時2515号○頁)を紹介します。

○相手方妻が抗告人夫に対し,婚姻費用の分担を求め、原審令和2年12月25日宇都宮家裁審判(判時2515号○頁参考収録)は,抗告人は無職ではあるが,令和元年分の給与収入の5割程度の稼働能力を有するとして,婚姻費用分担金の支払等を命じて、これに対し抗告人夫が抗告していました。

○抗告審は,失職した義務者の収入について,潜在的稼働能力に基づき収入の認定をすることが許されるのは,就労が制限される客観的,合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず,そのことが婚姻費用の分担における権利者との関係で公平に反すると評価される特段の事情がある場合でなければならないものとして、抗告人夫は、自殺企図による警察官の保護を受け,それをきっかけとして職場を自主退職したこと,主治医の意見書において,就労は現状では困難であるとされていることなどが認められることからすれば,上記の特段の事情があるとは認められないとして,原審判を取り消して,相手方妻の婚姻費用分担申立てを却下しました。

○婚姻費用を分担すべき義務者の収入は,現に得ている実収入によるのが原則であり、本件での抗告人夫は無職無収入が相当期間継続することが明白で、毎月4万円の婚姻費用支払能力がないことも明白で、結論は妥当と思われます。

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主   文
1 原審判を取り消す。
2 相手方の本件申立てを却下する。
3 手続費用は各自の負担とする。
 
理   由
1 抗告の趣旨及び抗告の理由

(1) 抗告の趣旨
 主文1項及び2項と同旨

(2) 抗告の理由
 別紙「抗告状」写しの「抗告の理由」及び別紙「抗告人主張書面(1)」写しに各記載のとおり

(3) 抗告の理由に対する答弁
 別紙「答弁書」写しに記載のとおり

2 事案の概要
(1) 抗告人(夫。現在(審理終結日現在。以下同じ。)34歳)と相手方(妻。現在37歳)は,平成29年11月22日に婚姻した夫婦であり,令和元年8月3日以降別居し,その後,抗告人と相手方の子である長男(現在1歳)が生まれたが,相手方が長男を養育監護している。

(2) 本件は,相手方が,令和2年8月11日,婚姻費用分担調停を申し立て,抗告人に対し,婚姻費用の分担を求める事案である。

(3) 原審は,抗告人は退職して無職ではあるが,令和元年分の給与収入の5割程度の稼働能力を有するとして,婚姻費用分担金として月額4万円の支払等を命じたため,これに不服の抗告人が本件抗告をした。抗告人は,失職して収入のない者に潜在的稼働能力を認定することが許されるのは例外的場合であり,本件は,その例外的場合に当たらないなどと主張して,本件申立ての却下を求めている。

3 当裁判所の判断
(1) 認定事実
 本件の判断の基礎となる事実は,本件記録及び審理の全趣旨によれば,次のとおり認められる。
ア 相手方(昭和58年○○月○○日生)と抗告人(昭和61年○○月○○日生)は,平成29年11月22日に婚姻した。
イ 相手方と抗告人は,令和元年8月3日,別居を開始した。
ウ 抗告人と相手方の子である長男が,令和元年○○月○○日,出生した。相手方が長男の養育監護をしている。
エ 抗告人は,令和2年6月1日午後7時15分頃,C市内の道路路肩にハザードランプを点けずに停車していたところ,警察官から職務質問を受け,自殺をほのめかす言動をしたことから精神錯乱のため自己の身体に危害を及ぼすおそれのある者であるとして保護された。(乙6,9)
オ 抗告人は,令和2年6月2日午前7時15分,実父Dに引き取られ,保護が解除されて,E市の実家(抗告人の冒頭住所地)に連れ戻された。(乙6,9,審理の全趣旨)
カ F病院の医師は,令和2年6月6日,抗告人の両親に対し,抗告人には希死念慮があり,自殺行為の可能性もあり,今後も内服治療は必要であり,G県での通院が必要であると指示し,患者の見守りと内服遵守を依頼した。(乙7(25頁),乙9)

キ 抗告人は,C市内にある株式会社Hの工場で働いていたが,令和2年6月15日,精神的に不安定であったことから,自主退職した。(乙1,9,審理の全趣旨)
 なお,抗告人は,株式会社Hで働く前には,営業職社員や派遣社員として働いていた経験を有していた。(原審・抗告人審問調書)

ク 相手方は,令和2年8月11日,宇都宮家庭裁判所に,婚姻費用分担調停を申し立てたが(同裁判所令和2年(家イ)第519号),上記調停は不成立となり,審判手続に移行した。なお,原審判の審理終結日は令和2年12月7日である。

ケ I病院の医師は,令和2年11月25日付けの「主治医の意見書」において,抗告人の病名につき,適応障害・注意欠陥多動障害とした上で,現状での就労は困難であるが,環境が落ち着き上記症状が改善されれば,就労は可能と考える旨診断している。(乙8(108頁))

コ 上記ケの「主治医の意見書」は,雇用保険関係の診断書式であると認められるところ,抗告人は,就職活動をして雇用保険の給付を受けていなかった。
 また,抗告人は,現在も就労していない。(原審・抗告人審問調書,審理の全趣旨)

サ 抗告人は,令和3年3月15日付けで,E市に対し,精神障害者保健福祉手帳の交付申請をした。(乙14)

(2) 検討
 婚姻費用を分担すべき義務者の収入は,現に得ている実収入によるのが原則であるところ,失職した義務者の収入について,潜在的稼働能力に基づき収入の認定をすることが許されるのは,就労が制限される客観的,合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず,そのことが婚姻費用の分担における権利者との関孫で公平に反すると評価される特段の事情がある場合でなければならないものと解される。

 これを本件について見ると,前記(1)の認定事実によれば,抗告人は,令和2年6月1日に自殺企図による精神錯乱のため警察官の保護を受け,それをきっかけとして,同月15日,職場を自主退職し,同年11月25日付けの「主治医の意見書」において,抗告人の就労は現状では困難であるとされ(主治医の同年8月20日付け意見書において,週20時間以上の就労は可との記載がされていたとしても(乙8(89頁)),そのことは,上記判断を左右しない。),抗告人は,前記の自主退職後,就職活動をして雇用保険の給付を受けたことはなく,原審判の審理終結日の時点においてはもとより,現在においても,就労しておらず,令和3年3月15日付けで,E市に対し,精神障害者保健福祉手帳の交付申請をしていることが認められる。

 そうすると,抗告人が自主退職した職場で勤める前には複数の勤務先で勤務した経験を有していたこと,抗告人が自主退職してから現在まで1年が経過していないことを考慮しても,抗告人において,就労が制限される客観的,合理的事情がないのに主観的な事情によって本来の稼働能力を発揮しておらず,そのことが婚姻費用の分担における相手方との関係で公平に反すると評価される特段の事情があるとは認められないというべきである。

 したがって,抗告人のその余の主張(信義則違反等)について判断をするまでもなく,相手方は,少なくとも抗告人の現在の状態の下では,抗告人に対し,婚姻費用の分担金の支払を求めることはできないから,相手方の本件申立ては却下を免れない。


4 結論
 よって,相手方の本件申立てに基づき抗告人に婚姻費用分担金の支払を命じた原審判の判断は相当ではないから,本件抗告に基づき原審判を取り消して,本件申立てを却下することとして,主文のとおり決定する。
 東京高等裁判所第9民事部 (裁判長裁判官 廣谷章雄 裁判官 河村浩 裁判官 塩谷真理絵)
以上:3,252文字

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