令和 4年 4月26日(火):初稿 |
○相手方(夫・原審申立人)が,別居中の抗告人(妻・原審相手方)に対し,「抗告人が,相手方に対する傷害事件に係る示談において,両者の子である未成年者(別居当時4歳)の育児方針等につき夫婦間で協議し決定することや,将来離婚する場合に未成年者の親権者を相手方とすること等を内容とする合意をしていたにもかかわらず,相手方に無断で未成年者を連れて別居を開始したことは,違法な子の連れ去りに当たる」等と主張して,審判前の保全処分として,未成年者の仮の監護者の指定及び仮の引渡しを求めました。 ○原審は、相手方(夫)の主張を認めて、審判前の保全処分として,未成年者の仮の監護者の指定及び仮の引渡しを抗告人(妻)に命じて、子は相手方夫に仮の引渡がなされました。これに対し、妻が抗告し、上記合意の経緯や内容を踏まえると,これを殊更に重視すべきではなく,抗告人(妻)が別居当時まで未成年者の主たる監護を担っていたことに照らせば,抗告人(妻)が上記合意から約1か月後に相手方(夫)と別居するに当たり,相手方(夫)と協議等することなく年少の未成年者を伴って家を出たことをもって違法な子の連れ去りに当たるとはいえないとした上で,未成年者の監護を相手方(夫)に委ねることが抗告人(妻)の監護を継続するよりも相当であると認めることはできず,保全の必要性もないとして原審を取り消し,申立てをいずれも却下した抗告審令和元年12月10日東京高裁決定(判タ1494号82頁)を紹介します。 ○本件では、抗告人妻が,同居中,未成年者が近くにいる状況において,相手方夫に暴力を振るったことが複数回あり、相手方の未成年者への対応に対する不満等もあって,未成年者に対して苛立ちを爆発させることがあったこと,平成30年○○月○○日には,相手方夫に対し,逮捕勾留に至る程度の暴行を加えていたことが相当程度考慮されて、相手方夫への仮の監護者の指定及び仮の引渡しが認められたと思われます。 ○ところが、抗告審決定は、この事情を監護者としての適格性を評価する上で軽視し得ない事情としながら、抗告人妻の監護者としての適格性を欠くことが明らかとなっているとはいえないとして、原審決定を取り消しました。子の引渡紛争は、先に子の身柄を確保した方が勝つと言われますが、これもその典型です。別居前の子の監護は抗告人妻が主に担っていたことも重視されていますが。 ******************************************** 主 文 1 原審判を取り消す。 2 相手方の本件申立てをいずれも却下する。 3 手続費用は,原審と当審を通じ,各自の負担とする。 理 由 第1 事案の概要 1 本件は,相手方が,別居中の妻である抗告人に対し,当事者間の子である未成年者の監護者を相手方と指定するとともに,未成年者の引渡しを求めたことに伴い,これを本案として,未成年者の仮の監護者の指定及び仮の引渡しを求めて審判前の保全処分を申し立てた事案である。 原審は,未成年者の監護者を仮に相手方と指定するとともに,抗告人に対し,未成年者を仮に引き渡すことを命じたため,抗告人が,原審判を不服として即時抗告をした。 2 抗告の趣旨及び理由は,別紙「抗告状」及び「抗告理由書」に記載のとおりである。 第2 当裁判所の判断 1 当裁判所は,相手方の本件申立てをいずれも却下するのが相当であると判断する。その理由は,次のとおりである。なお,略称の使用は,原審判の例による。 2 一件記録によって認められる事実は,次のとおり原審判を補正するほか,原審判の「理由」欄の「第2 判断」の1(別居に至る経緯等)及び2(3)ウ(イ)(関係機関による抗告人に対する関与の経過)に記載のとおりであるから,これを引用する。 (原審判の補正) 原審判5頁7行目冒頭から末尾までを次のとおり改める。 「(イ) 抗告人は,別居後,未成年者と同居していたが,令和元年10月24日,原審判に基づく未成年者の仮の引渡しの執行がされたことにより,未成年者が抗告人から相手方に引き渡され,以後,相手方が未成年者と同居している。」 3 (1) 前記認定事実によれば,抗告人は,平成30年12月19日,相手方との間で,本件示談により本件協議条項及び本件親権者指定条項を合意し,同日釈放されたが,その後,相手方との間で別居及び未成年者の監護等について協議することなく,平成31年1月17日,相手方の留守中に転居先を明らかにしないまま,未成年者を連れて別居するに至ったことが認められる。そこで,抗告人が上記の経過によって未成年者を連れて別居を開始したことが上記各条項に違反する違法なものであるか否かについて検討する。 (2) 本件協議条項は,未成年者の育児方針,教育方針については夫婦間の協議の上で決定すること,今後の家事,育児については双方の事情,体調を考慮し,夫婦間で協議の上で分担,協力し合うことをその内容とするものであり,本件示談書の各条項をも総合すれば,当事者が婚姻関係を継続する上で必要な相互の協力や意思疎通等を図るよう努力することを確認的に定めたものと解され,それを超えて,当事者に特別の義務を課する趣旨を含むものと認めることはできない。そうすると,一般に,夫婦の別居や子の育児等については,夫婦間で十分な協議,協力を行うことが望ましいとしても,これを行わずに未成年者を連れて別居を開始することが直ちに違法性を帯びるものということはできないところ,このことは本件協議条項が存在する本件においても異ならないというべきである。 (3) 本件親権者指定条項は,当事者が将来離婚する場合の未成年者の親権について定めたものであるが,その他の本件示談書中の各条項がいずれも婚姻関係の継続を前提にする内容であることに照らすと,当事者が本件親権者指定条項を合意するに当たり,具体的かつ現実的に離婚することを想定していたものとは認められない。 また,本件示談の締結に際しては,代理人間の交渉が行われたとはいえ,同交渉の期間は抗告人の身柄拘束中の短期間にとどまることや,当事者が従前から離婚する場合の未成年者の親権について協議を行っていたこともうかがわれないことからすれば,本件親権者指定条項が,未成年者の利益等に配慮した十分な協議を経た上で合意されたものとも認め難いというべきである。 もとより子の監護者の指定に当たっては,子の利益の確保の観点から,従前の監護状況,現在の監護状況や父母である当事者双方の監護能力,子の年齢,心身の発育状況等の事情を実質的に比較考量して父母のいずれが監護者として適格であるかが検討されるべきものであるところ,これらについて慎重かつ十分な検討が行われたと認めるに足りる資料はない。 これらのことに照らすと,本件親権者指定条項は,将来離婚する場合の親権者の指定に際して重要な考慮要素となり得るものということはできるが,それを超えて,当事者が別居する場合に相手方が未成年者の監護を行う旨の合意を当然に含むものと解することはできず,また,未成年者の監護者の指定及びその引渡しの当否の判断において,上記のような経緯で合意された本件親権者指定条項の存在を殊更に重視することも相当でないというべきである。 (4) したがって,抗告人が未成年者を連れて別居を開始したことが違法といえるかどうかは,従前の監護状況やその後の監護状況,別居の際の具体的状況等の諸事情に照らして判断されるべきであり,抗告人と相手方との間に本件協議条項及び本件親権者指定条項が存在することが直ちに違法と評価すべき事情に当たるとはいえない。 以上を前提に検討すると,抗告人が別居当時まで未成年者の主たる監護を担っていたことに照らせば,抗告人が,相手方と別居するに当たり,未成年者の監護を続けるため,相手方と協議等をすることなく,年少の未成年者(別居当時満4歳)を伴って家を出たことをもって,違法な子の連れ去りに当たるとはいえず,他に抗告人の上記行為が違法であると評価すべき事情は認められない。 4 (1) 次に,抗告人及び相手方の監護者としての適格性について検討する。 (2) 抗告人の監護者としての適格性についてみると,確かに,一件記録によれば,抗告人は,同居中,未成年者が近くにいる状況において,相手方に暴力を振るったことが複数回あるほか,相手方の未成年者への対応に対する不満等もあって,未成年者に対して苛立ちを爆発させることがあったこと,平成30年○○月○○日には,相手方に対し,逮捕勾留に至る程度の暴行を加え,傷害を負わせたことなどが認められ,これらの抗告人の問題行動は,その監護者としての適格性を評価する上で軽視し得ない事情であるといえる。 しかしながら,抗告人は,未成年者の出生から別居までの約4年にわたり,未成年者の主たる監護を担っていたところ,一件記録上,その間の抗告人の言動が未成年者の心身に具体的な悪影響を及ぼしたことまでを認めるに足りる資料はなく,抗告人自身も,情緒が不安定であることなどの自己の問題点を自覚した上で,相手方との対応や未成年者に対する接し方等について思い悩み,関係機関の援助を求めるなどの対応をとっていたことがうかがわれ,原審の審理において表れた関係機関の抗告人に対する関与の経過等に照らしても,抗告人が監護者としての適格性を欠くことが明らかとなっているとはいえない。 また,別居後の抗告人による未成年者の監護が適切でなく,未成年者の心身等に問題が生じたことをうかがわせる資料はない。そうすると,抗告人が前記の問題行動に及んだことなどから直ちに監護者としての適格性を欠くと断ずることはできず,その適格性の判断に当たっては,従前の監護状況のほか,別居後の監護や未成年者の状況等の事情の調査を踏まえた慎重な検討が必要というべきである。 しかるに,原審において実施された抗告人の監護者の適格性に関する調査は,関係機関の抗告人に対する関与の経過等に関するものにとどまり,原審判時までに抗告人の監護者としての適格性を判断するに当たって必要と認められる前記の調査が行われたことはうかがわれない。 (3) 他方で,相手方の監護者としての適格性については,原審家庭裁判所調査官の調査結果によれば,相手方の監護態勢等や未成年者の相手方に対する親和性に特段の問題はないことが認められ,また,原審判に基づく執行後の相手方の許での未成年者の生活状況に問題が生じていることをうかがわせる資料はない。 しかしながら,同居時の未成年者の主たる監護者は抗告人であり,別居後の抗告人による未成年者の監護状況等に特段の問題は生じていないこと,相手方が同居中に主たる監護を担っていなかったことを踏まえれば,抗告人の監護者の適格性に関する前記調査等を了することなく,相手方と抗告人のいずれが監護者としてより適切であると判断することは困難であるといわざるを得ない。 (4) したがって,現時点において,未成年者の監護を相手方に委ねることが抗告人の監護を継続するよりも相当であると認めることはできない。 5 以上によれば,未成年者の監護者を相手方と指定し,未成年者の引渡しを求める相手方の本案の申立てについては,その認容の蓋然性が高いということはできず,また,未成年者を抗告人から相手方に引き渡すことが未成年者の急迫の危険を防止するため必要であるともいえないから保全の必要性も認められない。したがって,相手方の本件申立てはいずれも理由がない。 第3 結論 以上の次第で,相手方の本件申立てを認容した原審判は相当でないから,原審判を取り消し,本件申立てをいずれも却下することとして,主文のとおり決定する。 東京高等裁判所第24民事部 (裁判長裁判官 村田渉 裁判官 住友隆行 裁判官 五十嵐章裕) 以上:4,839文字
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