令和 3年 6月10日(木):初稿 |
○「長男の居所及び通園先開示等仮処分を却下した地裁判決紹介」の続きで、その抗告審令和3年5月6日東京高裁決定(LEX/DB)を紹介します。 ○相手方の夫である抗告人が、抗告人と相手方との間の長男と共に別居している相手方に対し、監護権を含む親権及び人格権に基づき、 〔1〕親権を共同で行う者として長男の利益のために抗告人と協力すること、 〔2〕長男の通園先の施設及び居所をいずれも開示すること、 〔3〕抗告人の承諾なく長男の居所を移転させないこと及び 〔4〕抗告人が長男の保護者として長男を心身ともに健やかに育成することについて第一義的責任を負うことの確認を求めた仮処分命令の申立てをしたところ、原審は本件申立てをいずれも却下しました。 ○そこで抗告人夫が即時抗告をしましたが、高裁決定も、相手方も親権に基づいて長男を監護しているものであるし、相手方が長男を連れて抗告人と別居するに至った経緯を見ても、相手方による長男の監護が不当であると認めることはできず、他に相手方による親権の行使が不当であることあるいは不当な親権行使がされるおそれがあることを認めるに足りる証拠はなく、抗告人は相手方に対し、長男の居所等の開示や抗告人の承諾なく長男の居所を移転させないことを求めることはできないなどとして、本件申立てを却下した原決定は相当として、本件抗告を棄却しました。 ○母は、長男出産前後に父が株式信用取引をして900万円の損失を出したことに激しく怒り、その後夫婦間の会話がなくなり、母が長男を連れて別居し別居先も長男の通園先も知らせず、代理人弁護士を立てて調停申立を通知したとのことで、おそらく離婚調停は別事件として係属していると思われます。 ○抗告人父の代理人は、民法起草担当者我妻栄博士の意見やGHQの質問にまで遡って理由を述べ、「親権者の一方的行為により不当な親権行使がされそうな場合、妨害予防・妨害排除請求は認められるべきなのである。それが認められないなら共同親権の規定は絵餅である。」と熱弁をふるっていますが、認められませんでした。同様の事案を抱えており、共同親権の在り方については、一方的に奪われた父に同情します。 ********************************************** 主 文 1 本件抗告を棄却する。 2 抗告費用は抗告人の負担とする。 理 由 第1 抗告の趣旨及び理由 本件抗告の趣旨及び理由は,別紙「即時抗告申立書」及び「即時抗告理由書」に記載のとおりである。 第2 事案の概要(以下,理由説示部分を含め,原則として,原決定の略称をそのまま用いる。) 本件は,相手方の夫である抗告人が,抗告人と相手方との間の長男(○生まれ)と共に別居している相手方に対し,監護権を含む親権及び人格権に基づき, 〔1〕親権を共同で行う者として長男の利益のために抗告人と協力すること, 〔2〕長男の通園先の施設及び居所をいずれも開示すること, 〔3〕抗告人の承諾なく長男の居所を移転させないこと及び 〔4〕抗告人が長男の保護者として長男を心身ともに健やかに育成することについて第一義的責任を負うこと の確認を求める仮処分命令の申立て(以下「本件申立て」という。)をした事案である。 原審は本件申立てをいずれも却下したので,抗告人が即時抗告をした。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も,本件申立ては不適法又は理由のないものであるから,これらを却下するのが相当であると判断する。その理由は,原決定を次のとおり補正するほかは,原決定の「理由の要旨」欄の第3の1から3に記載のとおりであるから,これを引用する。 (1)原決定2頁5行目の次に改行の上,次のとおり加える。 「1 一件記録によれば,次の事実が一応認められる。 (1)抗告人(○生まれの男性)と相手方(○生まれの女性)は,○に婚姻した夫婦であり,両者の間には,○に出生した○(長男)がいる。 (2)抗告人と相手方は,平成30年9月以降,抗告人らの肩書住所地のマンション(以下「自宅」という。)に居住し,長男出生後は3人で同居していた。 (3)抗告人は,平成30年秋頃,相手方に知らせることなく,投資目的で株式の信用取引を開始したが,その後損失が増加したことから,平成31年2月7日,初めて相手方に相談し,相手方から100万円を借りて信用取引の証拠金に充てるなどし,同年3月頃には,保有していた全株式を売却した。結局,損失は合計約900万円に及んだ。 (4)相手方は,長男の出産前後の時期に抗告人がこのような投資をしていたことを知って激しく怒り,その後は夫婦間で会話をすることもほとんどなくなった。そして,相手方は,令和元年12月17日,長男を連れて自宅を出て,抗告人と別居するに至った。 (5)抗告人は,相手方の別居先も知らされておらず,長男に会うこともできなかったことから,令和2年8月,代理人弁護士を通じて,相手方にメールを送信し,長男の居所を明らかにすることや,長男との面会交流を求めたところ,相手方の依頼した代理人弁護士から,受任通知とともに,調停を申し立てるとの連絡があった。」 (2)同2頁6行目冒頭の「1」を「2(1)」と改め,8行目の「あって,」の次に「抗告人が相手方に対して」と加える。 (3)同2頁12行目冒頭の「2」を「(2)」と改め,13行目の「確かに,」を次のとおり改める。 「抗告人は,子の居所指定権を始めとする親権の行使は,父母の婚姻中は,父母が共同して行う(民法818条3項)とされているところ,親権行使について夫婦の意見が不一致の場合にこれを解決するための規定はなく,父母の一方が単独で親権を行使することはできないのであるから,父母の一方により不当な親権行使がされそうな場合には,他方の親は妨害予防請求や妨害排除請求をすることができる旨主張して,第2の1の〔2〕及び〔3〕のとおり,長男の居所等の開示及び居所の移転禁止を求めている。 そこで検討するに,上記1のとおり,長男は平成31年生まれの未成年者で,抗告人と相手方は婚姻中であるところ,相手方は,長男を連れて自宅を出て,抗告人と別居している。しかるに,」 (4)同2頁20行目の末尾に「また,仮に,親権に基づく妨害予防請求権又は妨害排除請求権の行使として,子を監護する者に対し,子の居所等の開示などを求め得るとしても,本件では,相手方も親権に基づいて長男を監護しているものであるし,上記1で認定した相手方が長男を連れて抗告人と別居するに至った経緯を見ても,相手方による長男の監護が不当であると認めることはできず,他に相手方による親権の行使が不当であることあるいは不当な親権行使がされるおそれがあることを認めるに足りる証拠はないから,抗告人は相手方に対し,長男の居所等の開示や抗告人の承諾なく長男の居所を移転させないことを求めることはできないというべきである。」を加える。 (5)同2頁23行目冒頭の「3」を「(3)」と改める。 2 よって,本件申立てをいずれも却下した原決定は相当であって,本件抗告は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり決定する。 令和3年5月6日東京高等裁判所第14民事部 裁判長裁判官 石井浩 裁判官 塚原聡 裁判官 篠原康治 (別紙) 即時抗告申立書 (中略) 即時抗告理由書 令和2年12月2日 東京高等裁判所 御中 抗告人代理人 弁護士 松野絵里子 第1 原審の判断内容 原審は、概要、以下の判断をしたが不当であるので、その理由を第2以降で述べる。 1 原審決定の第2の1の〔1〕については、請求が特定されていない。 2 同〔2〕および〔3〕については、民法818条、752条によって、親権を有する父が長男を連れ去り別居している母に対して、長男の通園施設を開示させたり、長男の居所をこれ以上移転させたりしないことを求める具体的な権利があるということができない。 3 同〔4〕については、債権者の権利または法律的権利に存在する不安を除去するために必要かつ適切な場合ということができないので確認の利益がない。 第2 夫婦の一方による監護教育権の行使について 1 わが国民法は、婚姻中の夫婦においては、親権は共同で行使するものと規律している(民法818条)。親権には、子の利益のために子の居所や監護に関する重要な決定をする権限が含まれることは明らかである。よって、居所や通園施設・進学先の決定は、「親権の行使」として「共同で」行うべきものである。父母がかかる重要な決定をする場合に、親権を単独で行使できる場合について、民法は全く認めていない。 2 夫婦は、我が国民法の下ではこのように親権を離婚するまで共同でしか行使できないのであるから、一方の親が他方親を無視して居所指定権や監護教育権を行使することは、民法で認められていない。 3 立法担当者であった我妻栄は、一方の親の勝手な親権行使について差し止めが認められることを明言しており(甲8 38から39頁)、現在までそれに反対する学者は皆無である。立法者の意向を無視する合理的理由はない。 4 さらに、離婚まで妻と夫は未成年の子の監護に係る協力義務(民法752条)を有しているから、互いに意見が異なる場合には協議をして子の利益になる居所について合意し、教育施設・保育施設等を合意により選ぶよう努める義務があり(甲7 83頁)、その義務を実効性あるものとするのに差し止め(妨害予防・妨害排除請求)を認めることは、有意義である。 第3 親権者が一人で決定できる事項が現行法にはないこと 1 離婚後の子の養育に関して検討する会議体として、公益社団法人商事法務研究会の中に「家族法研究会」が置かれ、法務省や最高裁判所の職員が参加している(第1から3回の議論を参照されたい)(甲17)。 2 その研究会では親権の内容を分析して、現行法の親権について,重要であり即時の判断が不要な事項についての決定権限と比較的重要性が低い事項や即時の判断が必要な事項についての決定権限とに分解した上で、離婚後の共同親権の法制にあたっては、後者の権限は父母のうち現に子を監護している方(現に面会交流をしている親を含む。)が行使することができることとする考えが、議論がされている。 3 この議論で明らかなように、現行の民法ではどのような事項もその重要性の大きさに拘わらず一切を夫婦が共同で行使しなければならないとものである。 4 仮に現行法の下で、現に監護をしている一方親が他方と共同行使しなくても問題のない事項があるとしても、それはある日の食事や服装、単発的な行動に対する懲戒というようなものにすぎないであろう。 第4 民法には夫婦の意見不一致の場合の解決方法の規定が敢えて定められていないからこそ、妨害排除請求・妨害予防請求は認められるべきであること 1 現行民法では上記の通り、夫婦は親権を共同で行使しなければならない、つまり、父母共同意思で親権内容の行使が決定されなければならないので、単独で行使できる親権はない。 2 そして、夫婦の意見が不一致の場合の解決方法の規定もない。それは立法者が敢えて、海外にはそのような場合の規定があることを知り、GHQからはそのような規定を立法しなくてよいかという質問があったにもかかわらず立法せず、夫婦の協議に委ねた結果である。立法担当者の我妻栄はこれを「父の寛容、母の教養の問題」と説明した(甲839頁)。さらに、立法論として、家庭裁判所は意見の調整に努めて父母のいずれかに決定権限を与える制度がありえると述べた(甲7 328頁)。 また、わが国でその場合の規定が立法されなかったことは「子の利益から考えてかえって」よいと考えており、現行民法の立法担当者は敢えて家庭裁判所による許可制度を創設せず(甲8 38頁)、今日もその立法は変わっていない。従って、現行民法は父母が合意をしないと現実的に親権の行使ができなくなるとすると、むしろ父母が協議しつつ譲歩して合意形成が期待できることから、家庭裁判所がそのような場合に決定して決めるという立法施策を取っていない。 3 つまり、意見不一致の場合の法的施策がないことから言えることは、意見不一致の行為は片親では「できない」「するべきではない」というのが現行法の法意であることである。このような施策がないことから、当然に、親権者の一方的行為により不当な親権行使がされそうな場合、妨害予防・妨害排除請求は認められるべきなのである。それが認められないなら共同親権の規定は絵餅である。 第5 物権的請求権(共有持分の場合)との類似性 (中略) 第6 民法の規定の具体性欠如が理由とならないこと (中略) 。 第7 現在では、一人の親の行為は適法と推認されないこと (中略) 第8 他の救済がないこと 1 本件の抗告人は、長男の父であるが、現在長男がどこにいるのか、どのような監護体制でいるのか、知ることが全くできない。住民票上の住所地に長男が居住していれば戸籍の附票から居所を知ることができるが、それもできない。通園保育園については本来であれば児童福祉法上の保護者として父母で退園手続きをするべきところ、相手方がその法令の求めを無視して違法に退園手続をしたため、通園先がわからず抗告人には現在の監護の適性の確認さえ、できない。 2 にもかかわらず、抗告人は親権者として長男の監護教育の義務を負っており、児童福祉法上は長男を健やかに育成する義務を負っている。かかる義務の履行がしたくでもできない不当な状況である。 3 このような不当な状況を打破するには、引渡しによる場合のように家庭裁判所の手続きも利用できない本件では、差止めの認容によるしか救済がない。かかる救済が実現されなければ、長男について、父による監護教育の職責が果たされず、子の不利益となる。 第9 抽象性等は問題にはならないこと 1「被告は、原告が・・・を使用すること及び同建物の・・・部分を使用収益することを妨害してはならない。」というような抽象的な妨害を禁止する主文は、物権に関する妨害排除請求で認められている。 2 居所を隠す行為は、居所を知る権利のある者への妨害行為であるが、かかる「居所を知る権利を妨害してはならない」というのは不明確であるので、明確な主文にする場合「居所を開示せよ」となる。 3〔1〕の主文は、民法752条そのものを基礎にしておりその実態は同条の存在を相手方に認識させるという意味があり、法令を守ることを求めるものであるから、不当なものではなく実効性がある。 4 また、現在、相手方はまだ品川区内に居住しているようであるが、これ以上の居所移転は協議をするべき事項であるから、協議なしでの移転を予防的に禁止することは、親権による妨害予防請求権として認められるべきである。北海道などに移転されれば、抗告人の長男の監護はますます困難となるからである。これが認められないということは、東京家庭裁判所において面会交流調停が係属中であるのに、いくらでも相手方に移転を認める結果となり、あまりに不当であろう。 第10 確認の利益 1 原審は、児童福祉法第2条2項の「児童の保護者は、児童を心身ともに健やかに育成することについて第一義的責任を負う。」における保護者であることの確認は、債権者の権利または法律的権利に存在する不安を除去するために必要かつ適切な場合ということができないとする。 2 抗告人は、現在、相手方により同法の「保護者ではない」という誤った認識をされた結果、子ども・子育て支援法の小学校就学前子どもの保護者として子どものための教育・保育給付を受けた者ではないという認識を相手方に持たれ(同法20条を参照されたい。)、相手方により保育園退園手続きが2020年3月に一方的にされてしまった。本来であれば、同法の保護者(離婚前であれば、通常、離婚協議中でも別居していても、父母である。)が、退園の手続きをするのであるが、相手方は法を理解せず一方的判断で退園手続をしたのである。 3 このような誤った相手方の判断は、児童福祉法の保護者(子ども・子育て支援法の保護者は同一のものである。)には抗告人は同居していないので該当しないのだという誤った法認識によるものであるから、当該確認がされれば、今後相手方が抗告人を保護者ではないものと扱うことが防止でき,抗告人の権利に存在する不安は除去できる。 以上 以上:6,739文字
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