令和 2年 5月29日(金):初稿 |
○判例タイムズ令和2年6月号(1471号)には現在扱っている事件の参考になる判例が数件掲載されています。取扱事案にとって結論が有利な判例はそのまま援用でき、結論が不利な判例は、事案が異なっている点を強調して有利な判例としても使えます。 ○建物を共有するX1(夫)とX2(X1の父)が,建物を占有するY(妻)に対し,各共有持分権に基づき建物の明け渡し等を求めたのに対し,YはX1の建物の共有持分を夫婦の扶助義務に基づいて使用する権原を有するから,X1が被告に対して建物の明渡し等を求めることはできず,また,Yが共有者の一部の者であるX1との間で上記権原を有する以上,X2が被告に対し建物の明渡しを求めることもできないとした平成30年7月13日東京地裁判決(判タ1471号189頁)関連部分を紹介します。 ******************************************** 主 文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 事実及び理由 第1 請求 1 被告は,原告らに対し,別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を明け渡せ。 2 被告は,平成28年12月17日から本件建物の明渡し済みまで,原告X1(以下「原告X1」という。)に対し1か月当たり27万円の金員及び原告X2(以下「原告X2」という。)に対し1か月当たり3万円の金員を支払え。 第2 事案の概要 本件は,本件建物を共有する原告らが,本件建物を占有する被告に対し,それぞれ本件建物の共有持分権に基づき本件建物の明渡しを求めるとともに,不法に占有を開始した平成28年12月17日から本件建物の明渡し済みまで,共有持分に応じた使用損害金(原告X1につき1か月当たり27万円,原告X2につき1か月当たり3万円)の各支払を求める事案である。 1 前提事実(当裁判所に顕著な事実,争いのない事実又は括弧内挙示の各証拠若しくは弁論の全趣旨により認められる事実) (1) 当事者(争いのない事実) 原告X1と被告は,平成26年5月4日に婚姻した夫婦であり,平成27年○月○日,長男A(以下「長男」という。)をもうけた。 原告X2は,原告X1の実父である。 (2) 本件建物の共有関係(争いのない事実,甲1) 原告らは,平成22年6月29日,本件建物を,原告X1が持分10分の9,原告X2が持分10分の1の割合で取得し,以後,本件建物を共有している。 (3) 原告X1と被告の同居の開始(争いのない事実) 原告X1と被告は,前記(1)の婚姻後,平成26年11月頃から本件建物において同居生活を開始した。 (4) 被告による本件建物の占有等 被告は,平成28年12月17日までに,本件建物の鍵を交換し,以後,原告らは本件建物に立ち入ることができなくなった。 被告は,同日以降現在に至るまで,長男と共に本件建物に居住している。(争いのない事実,甲3,乙2,弁論の全趣旨) (5) 原告X1と被告との間の家事紛争,本件訴訟の提起等 ア 原告X1は,平成28年12月1日,被告に対し,夫婦関係調整調停を申し立てた(東京家庭裁判所平成28年(家イ)第9197号)が,平成29年3月1日不成立となった(甲4,甲5) イ 原告X1は,平成29年1月31日,被告に対し,婚姻費用の分担を求める調停を申し立てたが(東京家庭裁判所平成29年(家イ)第706号),同年10月4日,不成立により審判手続に移行した(同庁(家)第6890号)(甲15,弁論の全趣旨)。 ウ 原告X1は,平成29年3月25日,被告に対し,長男との面会交流を求める調停を申し立てた(甲16)。 エ 原告X1は,平成29年3月30日,被告に対し,離婚請求訴訟を提起した(東京家庭裁判所平成29年(家ホ)第295号。甲6)。 オ 原告らは,平成29年9月19日,被告に対し,本件訴訟を提起した(当裁判所に顕著)。 カ 被告は,原告X1に対し,平成29年10月11日付けで,離婚反訴請求訴訟を提起した(乙1)。なお,前記エの本訴と同反訴は本件の口頭弁論終結時においても係属中である(弁論の全趣旨)。 キ 東京家庭裁判所は,平成30年2月15日,前記イについて,婚姻費用として,原告X1が,被告に対し,同月から離婚又は別居解消に至るまで,毎月末日限り,月額11万円を,また,既に未払いが生じている婚姻費用について,138万4000円を支払うことを命じる審判をし,同審判は確定した(甲15,弁論の全趣旨)。 2 争点 いずれも被告の本件建物の占有権原にかかるものである(抗弁)。 (1) 被告に実質的な共有持分権が認められるか(争点1)。 (2) 被告に原告X1との婚姻関係に基づく居住権原が認められるか(争点2)。 (3) 被告と原告らとの間の黙示の使用貸借契約が認められるか(争点3)。 3 争点に関する当事者の主張 (中略) 第3 当裁判所の判断 1 認定事実 前記前提事実に加え,括弧内挙示の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (1) 原告X1と被告は,平成26年5月4日に婚姻し,同年11月頃から本件建物において同居生活を開始し,平成27年○月○日,長男をもうけた(前記前提事実(1)及び(3))。 (2) 原告X1と被告は,平成28年9月頃には,原告X1が飲み会により帰宅が遅くなることがあったこととこれに対する被告の対応に関し,また,原告X1の生活態度とこれに対する被告の不満等から,もめることが多くなっていった(甲3,乙2,弁論の全趣旨)。 (3) 原告X1と被告は,平成28年9月25日,本件建物において,離婚届を書くこと,また,クレジットカードの家族カードの返還等に関して争いになった。原告X1は,実家に行き,その後,本件建物に戻ったが,被告が本件建物のドアチェーンをかけていたため,原告は本件建物に入ることができず,再度実家に行った。(甲3,乙2,弁論の全趣旨) (4) 原告X1は,平成28年9月26日以降,何度か,被告が不在時に本件建物に入り,本件建物内の様子を確認するなどしているが,被告が在宅している際にはドアチェーンをかけられているため,本件建物に入ることができない状態となった(争いのない事実,甲3,甲12,乙2)。 (5) 原告X1と被告は,平成28年10月22日,第三者を交えて,夫婦関係について話し合いをし,同月24日には,原告X1が本件建物に戻り,被告との本件建物における同居生活を再開したが,まもなくして,原告X1の飲み会の際の被告への対応に関し,不和が生じるようになった(甲3,乙2)。 (6) 原告X1と被告は,平成28年11月28日,同月上旬に被告が実家に帰省したときに本件建物の鍵を実家に忘れ本件建物に入れなくなった際に,原告X1の指示により鍵を開ける業者を利用した利用料金の負担に関し,暴力を伴う争いとなった。その際に,原告X1の携帯電話(スマートフォン)が破損した。被告は,110番通報し,本件建物に警察が臨場した。原告X1は,警察署への同行を求められ,警察署で,今後夫婦間のトラブルで警察に迷惑をかけない旨の書面を作成した。その後,原告X1は,実家に戻った。(甲3,甲11,乙2) (7) 原告X1は,平成28年12月1日,被告に対し,夫婦関係調整調停を申し立てた(前記前提事実(5)ア)。 (8) 原告X1は,平成28年12月4日,原告X1の両親その他の者とともに本件建物にいる被告との面会を求めたが,被告は拒否し警察に相談したところ,警察が原告X1らと対応した(甲3,乙2)。 (9) 被告は,行政の家庭内暴力の相談担当に相談したところ,本件建物の鍵の交換をすることを助言されたため,平成28年12月17日,本件建物の玄関の鍵1個を原告らに無断で付け替えた。このため,原告らは,以後,本件建物に立ち入ることができなくなった。(前記前提事実(4),甲3,乙2) (10) 原告X1は,平成29年1月31日,被告に対し,婚姻費用の分担を求める調停を申し立てた(前記前提事実(5)イ) (11) 前記(7)の調停は,平成29年3月1日,不成立となった(前記前提事実(5)ア)。 (12) 原告らは,平成29年3月14日,鍵を開ける業者を連れて本件建物に行き,被告が交換した本件建物の玄関の鍵を開けて本件建物内に入ろうとしたところ,本件建物内にいた被告の母に本件建物内に入ることを拒絶された。原告X1は警察に通報したところ,警察官が本件建物に臨場した。その後,連絡を受けて本件建物に戻ってきた被告による立会の下,原告らは,原告X1の荷物を本件建物から運び出した。 (13) 原告X1は,平成29年3月30日,被告に対し,離婚請求訴訟を提起した(前記前提事実(5)エ)。 (14) 原告X1は,平成29年7月2日投票日の東京都都議会議員選挙について,入場整理券を受領することができなかった。 また,被告は,以前に本件建物が所在するマンションの郵便受けから郵便物がなくなっており,これは原告X1が持ち出したものであると考えたため,行政の家庭内暴力の相談担当に相談の上,同郵便受けの暗証番号を変更した。そのため,原告X1は,同月29日に同郵便受けから自分宛の郵便物を取得することができなかった。(甲11,乙2,弁論の全趣旨) (15) 被告は,平成29年8月18日,原告X1が契約していたソフトバンクの光通信回線を,原告X1に無断で解約した(争いのない事実)。 (16) 原告らが,平成29年9月19日,被告に対し,本件訴訟を提起した(前記前提事実(5)オ)。 (17) 被告は,原告X1に対し,平成29年10月11日付けで,離婚反訴請求訴訟を提起した(前記前提事実(5)カ)。 (18) 前記(10)の調停は,平成29年10月4日,不成立により審判手続に移行した(前記前提事実(5)イ)。 (19) 東京家庭裁判所は,平成30年2月15日,前記(18)の審判について,婚姻費用として,原告X1が,被告に対し,同月から離婚又は別居解消に至るまで,毎月末日限り,月額11万円を,また,既に未払いが生じている婚姻費用について,138万4000円を支払うことを命じる審判をし,同審判は確定した。 この審判では,婚姻費用の算定に当たり,原告X1が本件建物の住宅ローンの返済及び管理費・修繕積立金等の支払をしていることについて,このことにより被告が住居費等の負担を免れていることは明らかであり,当事者間の公平を図るために,標準算定方式による試算額から被告の収入に対応する平均的な住居関係費を控除するのが相当であるとしている。(前記前提事実(5)キ,甲15) 2 争点2(被告に原告X1との婚姻関係に基づく居住権原が認められるか)について (1) 夫婦は同居して互いに協力扶助する義務を負うものであるから(民法752条),夫婦が夫婦共同生活の場所を定めた場合において,その場所が夫婦の一方の所有する建物であるときは,他方は,その行使が権利の濫用に該当するような特段の事情がない限り,同建物に居住する権原を有すると解するべきである。したがって,夫婦の一方である甲が所有する建物に,同建物に対する共有持分権や使用借権等の使用収益する権利を有しない夫婦の他方である乙が居住する場合であっても,乙が同建物に居住することが権利の濫用に該当するような特段の事情のない限り,乙は,甲乙の婚姻関係が解消されない限り上記の夫婦間の扶助義務に基づいて同建物に居住する権原が認められるというべきである(甲乙の婚姻関係が円満である限りにおいて乙が同建物に居住できるといった反射的利益を享受するというものではない。)。 (2) ア そして,前記認定事実(1)のとおり,原告X1と被告は婚姻しているのであるから,被告が本件建物に居住することが権利の濫用に該当するような特段の事情がない限り,被告は原告X1の本件建物の共有持分について,これを使用する権原を有するというべきである。 イ そこで,上記権利の濫用に該当するような特段の事情があるかについて検討する。 前記認定事実(2)ないし(9)によれば,被告が,本件建物に長男と共に原告X1を排除して居住するようになったのは,原告X1と被告との夫婦関係の相互の不満不信による不和に基づくものであり,その不和の原因が被告の原告X1に対する悪意の遺棄であるなど被告の一方的な落度に基づくものであるとまでは認められない。 また,前記認定事実(12),(14)及び(15)のような紛争も生じており,それにおいて原告X1が一定の不利益を受けたことも認められるが,これも上記のように原告X1と被告との夫婦関係の相互の不満不信による不和に基づくものであって,被告に一方的に帰責性が認められるべきものではない。 そして,前記認定事実(19)のとおり,原告X1が負担すべきものとされた婚姻費用の算定においては,原告X1が本件建物の住宅ローンの返済及び管理費・修繕積立金等の支払をしていることについて,このことにより被告が住居費等の負担を免れていることが考慮され,標準算定方式による試算額から被告の収入に対応する平均的な住居関係費を控除することとされており,実質的には,原告X1が本件建物の共有持分を使用させていることについて考慮されており,この使用に加えて更に婚姻費用の負担を強いられているということにはなっていない。 さらに,前記認定事実(7),(11),(13),及び(17)のとおり,原告X1と被告の離婚の手続は進んでおり,離婚すること自体については争いがないところであるから,近い将来において,原告X1と被告の離婚が成立し,その際には,本件の問題も解決することになることが見込まれるものである。 ウ 以上によれば,被告が本件建物に居住することが権利の濫用に該当するような特段の事情があるとは認めることができず,その他全証拠及び弁論の全趣旨によっても認めることができない。 したがって,被告は,原告X1の本件建物の共有持分について,夫婦の扶助義務に基づいて,これを使用する権原を有すると認められる。 エ この点,原告らは,被告が原告X1の居住する権利を拒否しておきながら,自分の居住する権利を主張することは許されない旨主張する。しかし,前記イで説示したとおり,本件建物に長男と共に原告X1を排除して居住するようになったのは,原告X1と被告との夫婦関係の相互の不満不信による不和に基づくものであり,その不和の原因が被告の原告X1に対する悪意の遺棄であるなど被告の一方的な落度に基づくものであるとまでは認められないから,上記主張のようにいうことはできない。 (3) さらに,共有者の一部の者から共有者の協議に基づかないで共有物を占有使用することを承認された第三者は,現にする占有がこれを承認した共有者の持分に基づくものと認められる限度で共有物を占有使用する権原を有するので,第三者の占有使用を承認しなかった共有者は上記第三者に対して当然には共有物の明渡しを請求することはできないと解するのが相当である(最高裁昭和63年5月20日第二小法廷判決・裁判集民事154号71頁)。 そうすると,前記(2)で説示したとおり,被告は,原告X1の本件建物の共有持分について,夫婦の扶助義務に基づいて,これを使用する権原を有すると認められるのであり,原告X1の共有持分に基づくものと認められる限度で本件建物を占有使用する権原を有するものであるから,原告X2は,被告に対しては本件建物の明渡を請求することはできず,また,原告X2の持分が本件建物の10分の1であること(前記前提事実(2)),原告X2が原告X1の実父であり,被告の義父に当たるものであること(前記前提事実(1))からすれば,さらに,全証拠及び弁論の全趣旨に照らしても,例外的に原告X2の本件建物の明渡請求を認めるべき特段の事情も認められない。 (4) 以上によれば,原告らの被告に対する本件建物の明渡請求はいずれも理由がない。 第4 結論 よって,原告らの請求は,その余の争点について判断するまでもなく,理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第5部 (裁判官 鈴木秀孝) 以上:6,705文字
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