令和 1年 8月19日(月):初稿 |
○「民法第733条再婚禁止期間改正のもととなった最高裁判決紹介」の続きで、平成27年12月16日最高裁判決(判タ1421号61頁、判時2284号20頁)のうち、立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受ける場合について、国会が民法733条1項の規定を改廃する立法措置をとらなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないとした部分について、多数裁判官の補足意見も含めて紹介します。 ○判決要旨は、法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず、国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などにおいては、国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したものとして、例外的に、その立法不作為は、国家賠償法1条1項の規定の適用上違法の評価を受けることがあるとし、 平成20年当時において国会が民法733条1項の規定を改廃する立法措置をとらなかったことは、 (1)同項の規定のうち100日を超えて再婚禁止期間を設ける部分が合理性を欠くに至ったのが昭和22年民法改正後の医療や科学技術の発達及び社会状況の変化等によるものであり、 (2)平成7年には国会が同条を改廃しなかったことにつき直ちにその立法不作為が違法となる例外的な場合に当たると解する余地のないことは明らかであるとの最高裁判所第三小法廷の判断が示され、 (3)その後も上記部分について違憲の問題が生ずるとの司法判断がされてこなかった など判示の事情の下では、上記部分が違憲であることが国会にとって明白であったということは困難であり、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないとしたものです。 ******************************************** 第3 本件立法不作為の国家賠償法上の違法性の有無について 1 国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個々の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであるところ,国会議員の立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは,国会議員の立法過程における行動が個々の国民に対して負う職務上の法的義務に違反したかどうかの問題であり,立法の内容の違憲性の問題とは区別されるべきものである。 そして,上記行動についての評価は原則として国民の政治的判断に委ねられるべき事柄であって,仮に当該立法の内容が憲法の規定に違反するものであるとしても,そのゆえに国会議員の立法行為又は立法不作為が直ちに国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではない。 もっとも,法律の規定が憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反するものであることが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってその改廃等の立法措置を怠る場合などにおいては,国会議員の立法過程における行動が上記職務上の法的義務に違反したものとして,例外的に,その立法不作為は,国家賠償法1条1項の規定の適用上違法の評価を受けることがあるというべきである(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁,最高裁平成13年(行ツ)第82号,第83号,同年(行ヒ)第76号,第77号同17年9月14日大法廷判決・民集59巻7号2087頁参照)。 2 そこで,本件立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるか否かについて検討する。 (1) 本件規定は,前記のとおり,昭和22年民法改正当時においては100日超過部分を含め一定の合理性を有していたと考えられるものであるが,その後の我が国における医療や科学技術の発達及び社会状況の変化等に伴い,再婚後に前夫の子が生まれる可能性をできるだけ少なくして家庭の不和を避けるという観点や,父性の判定に誤りが生ずる事態を減らすという観点からは,本件規定のうち100日超過部分についてその合理性を説明することが困難になったものということができる。 (2) 平成7年には,当裁判所第三小法廷が,再婚禁止期間を廃止し又は短縮しない国会の立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるかが争われた事案において,国会が民法733条を改廃しなかったことにつき直ちにその立法不作為が違法となる例外的な場合に当たると解する余地のないことは明らかであるとの判断を示していた(平成7年判決)。これを受けた国会議員としては,平成7年判決が同条を違憲とは判示していないことから,本件規定を改廃するか否かについては,平成7年の時点においても,基本的に立法政策に委ねるのが相当であるとする司法判断が示されたと受け止めたとしてもやむを得ないということができる。 また,平成6年に法制審議会民法部会身分法小委員会の審議に基づくものとして法務省民事局参事官室により公表された「婚姻制度等に関する民法改正要綱試案」及びこれを更に検討した上で平成8年に法制審議会が法務大臣に答申した「民法の一部を改正する法律案要綱」においては,再婚禁止期間を100日に短縮するという本件規定の改正案が示されていたが,同改正案は,現行の嫡出推定の制度の範囲内で禁止期間の短縮を図るもの等の説明が付され,100日超過部分が違憲であることを前提とした議論がされた結果作成されたものとはうかがわれない。 (3) 婚姻及び家族に関する事項については,その具体的な制度の構築が第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねられる事柄であることに照らせば,平成7年判決がされた後も,本件規定のうち100日超過部分については違憲の問題が生ずるとの司法判断がされてこなかった状況の下において,我が国における医療や科学技術の発達及び社会状況の変化等に伴い,平成20年当時において,本件規定のうち100日超過部分が憲法14条1項及び24条2項に違反するものとなっていたことが,国会にとって明白であったということは困難である。 3 以上によれば,上記当時においては本件規定のうち100日超過部分が憲法に違反するものとなってはいたものの,これを国家賠償法1条1項の適用の観点からみた場合には,憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反することが明白であるにもかかわらず国会が正当な理由なく長期にわたって改廃等の立法措置を怠っていたと評価することはできない。したがって,本件立法不作為は,国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないというべきである。 第4 結論 以上のとおりであるから,上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断は,結論において是認することができる。 よって,裁判官山浦善樹の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。 なお,裁判官櫻井龍子,同千葉勝美,同大谷剛彦,同小貫芳信,同山本庸幸,同大谷直人の補足意見,裁判官千葉勝美,同木内道祥の各補足意見,裁判官鬼丸かおるの意見がある。 裁判官櫻井龍子,同千葉勝美,同大谷剛彦,同小貫芳信,同山本庸幸,同大谷直人の補足意見は,次のとおりである。 私たちは,本件規定のうち100日の再婚禁止期間を設ける部分(以下「100日以内部分」という。)について憲法14条1項又は24条2項に違反するものではないとする多数意見に賛同するものであるが,再婚禁止による支障をできる限り少なくすべきとの観点から,上記100日の期間内であっても,女性が再婚をすることが禁止されない場合を認める余地が少なくないのではないかと考えており,100日以内部分の適用除外に関する法令解釈上の問題について補足しておきたい。 多数意見が判示するとおり,本件規定の立法目的は,父性の推定の重複を回避し,もって父子関係をめぐる紛争の発生を未然に防ぐことにあると解され,女性の再婚後に生まれた子につき民法772条の規定による父性の推定の重複を避けるため100日の再婚禁止期間を設けることは,国会に認められる合理的な立法裁量の範囲を超えるものではなく,上記立法目的との関連において合理性を有するということができる。 ところで,100日以内部分の適用を除外する場合に関する民法733条2項は,除外する事由として,女性が前婚の解消等の後にその前から懐胎していた子を出産した場合を挙げているところ,これは,その出産後に懐胎した子については,当然に前夫との婚姻中に懐胎したものではないから,同法772条の規定による父性の推定を及ぼす必要がないとの理由によるものであると思われる。そうすると,女性にのみ再婚禁止期間が設けられた立法目的が上記のとおり父性の推定の重複を回避することにあることからすれば,民法733条2項は,上記の場合以外であっても,およそ父性の推定の重複を回避する必要がない場合には同条1項の規定の適用除外を認めることを許容しているものと解するのが相当であろう。また,そのように解することは,婚姻をするについての自由を尊重する多数意見の立場にも沿うものということができる。 具体的には,女性に子が生まれないことが生物学上確実であるなど父性の推定の重複が生じ得ない場合,離婚した前配偶者と再婚するなど父性の推定が重複しても差し支えない場合及び一定の事由により父性の推定が及ばないと解される場合(最高裁昭和43年(オ)第1184号同44年5月29日第一小法廷判決・民集23巻6号1064頁,最高裁昭和43年(オ)第1310号同44年9月4日第一小法廷判決・裁判集民事96号485頁,最高裁平成7年(オ)第2178号同10年8月31日第二小法廷判決・裁判集民事189号497頁等参照)には,民法733条1項の規定の適用がないというべきである。 従来の戸籍実務においても,前婚の夫との再婚の場合(大正元年11月25日民事第708号民事局長回答),夫の3年以上の生死不明を理由とする離婚判決によって前婚を解消した場合(大正7年9月13日民第1735号法務局長回答,昭和25年1月6日民事甲第2号民事局長回答),女性が懐胎することのできない年齢(67歳)である場合(昭和39年5月27日民事甲第1951号民事局長回答)及び3年前から音信不通状態にあり悪意の遺棄を理由とする離婚判決によって前婚を解消した場合(昭和40年3月16日民事甲第540号民事局長回答)などにおいて,再婚禁止期間内の婚姻届を受理してよい旨の取扱いがされており,このような取扱いは,民法733条1項の規定の適用除外についての上記のような理解に沿ったものと思われる。 以上の理解に立つと,女性がいわゆる不妊手術を受けている場合についても,これをもって当該女性に子が生まれないことが生物学上確実であるときは,上記の各場合と同等に取り扱って差し支えないものと解されるであろう。また,前婚の解消等の時点で懐胎していない女性については,民法733条2項に規定する前婚の解消等の後にその前から懐胎していた子を出産した場合と客観的な状況は異ならないのであるから,100日以内部分の適用除外の事由があるとしても不相当とはいえないであろう。 このように,本件規定の立法目的との関連において考えれば,100日以内部分の適用除外の事由に当たると解される場合は,民法733条2項に直接規定されている場合や従来の戸籍実務において認められてきた場合に限られるものではないということができるのである。 もとより,婚姻届の提出の場面においては,戸籍事務管掌者が行う形式的審査の限界から,その届出の時点で民法733条1項の規定の適用除外とされる事由の範囲に影響があること自体はやむを得ず,上記のように前婚の解消等の時点で懐胎していないという事由は,医師の作成した証明書など明確性・客観性の上で確実な証明手段による認定を要するという制約は受け入れなければならないであろう。 以上:5,025文字
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