平成30年 8月11日(土):初稿 |
「不貞行為慰謝料2000万円不動産財産分与支払約束書を無効とした判例紹介1」の続きです。 判決は、「本件傷害事件に現れた原告の暴行の態様(乙16ないし19,20の1・2,21ないし34)や被告の受傷状況を撮影した写真(乙1の1ないし3,8の1ないし4)に加え,被告本人尋問の実施時,被告本人が原告から暴行を受けた状況を供述した際の恐怖の表情等を総合すると,本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書が作成された当時,被告が原告から苛烈な暴行を受けていたことは明白」と認定しています。 ********************************************* チ 平成17年8月初旬ころ,原告は,子供たちの親権者を原告とする離婚届を作成させ,被告の両親に「離婚するかどうかまだ分からないが,そうなったときのためにお父さんたちに保証人になってもらいたい。被告は,嘘ばかり言って,私はもう疲れた。被告次第だ。」と言って,保証人欄への署名を求めた。被告の両親は,これに応じ,保証人欄に署名した。 同月18日,原告は,被告と子供たちを車に乗せ,離婚届を提出するため,仙台市青葉区宮城町支所に出かけた。原告は,離婚届を提出することを躊躇したのか,被告と子供たちを車中に待たせた後,突然,被告に対し,自分が勾留中メールをしていた相手は誰なのかと怒鳴りだした。被告が,山形のテナントの社長と一緒にご飯を食べたことを告白すると,怒り狂い,そのまま被告を窓口に連れて行き,「こんな安いまんことは離婚してやる!ばかたれ!ここにいる人たち皆に顔を見せてやれ!こいつは安いまんこだ!」と周囲の人に聞こえるように大声で怒鳴り、財布で被告の頭を叩いた。さらに,原告は,入口の陰に被告を連れて行き,頭と顔を殴りつけた後,駐車場の裏の茂みに被告を連れて行って被告の臀部と太ももを何度も蹴りつけた。その後,原告は,子供たちの親権者を原告とする離婚届を提出した。 帰宅する車中でも,原告は,被告の髪を引っ張ったり,頭や腕を殴りつけた。原告は,「何でそんなことをした。何であんなやつに話した。メールで何を話したんだ。ご飯を食べに言った後どうした。」などと詰問し,自宅に着くと,被告をガレージの方に連れて行き,被告の臀部と太ももを蹴りつけ,その後被告を家の2階に連れて行き,「たたけば本当のことを言うのか。」と,髪を掴んで振り回したり,頭や顔を殴ったり床に叩き付けたりした。被告は,原告の暴力を受けながら,やっていないことも問われるままに認めてしまった。被告の顔は腫れ上がり,太ももと臀部は,紫色になってしゃがむこともできないほどであった。 ツ その後も,原告は,「離婚届を出したのは間違いだった。」と後悔する一方で,被告の不貞について詰問しては暴力を振るうことを繰り返した。 平成17年8月24日,原告は,被告に対し,不貞について執拗に事細かく問いつめ,被告の髪をむしり,頭部を殴り,突き飛ばすという暴力を振るった後,紙とペンを被告に渡し,「今から私の言うとおりに書け。」と命じた。被告が,原告の言うとおりに書かなかったところ,原告は,「言ったとおりに書けと言っただろう。」と被告を怒鳴りつけ,書いたものを破り散らした。被告は恐怖で抵抗することもできず,原告の言うままに書き入れて書面にした。これが本件財産分与合意書である。 原告は,翻訳会社で同書面を英訳してもらった書面も作成した。 テ 平成17年8月末ころ,友人Mとの約束もあり,原告は,イスラエルに引っ越すことになった。原告は,「新しい生活を始めるのなら,家族みんなで,被告を愛しているから一緒に来て欲しい。」と言ってきた。被告は,子供たちと離れられず,一緒に行くことにした。しかし,原告は,イスラエルに行く道中でも,被告が夕食の際,隣に座っているカップルが楽しそうにしているのを見れば,「前,浮気していたときのことを思い出していたんだろう。」「こうやって,あいつと二人で食事していたんだろう。」と邪推し,ホテルの部屋で被告の髪を掴んで引きずり回したり,臀部や脚を蹴りつけたりし,被告が黙っていれば,「嘘を考えているところだな。」と,被告の胸や腕を殴りつけたり,床に踏みつけたりした。被告は,原告の暴力で,体中に青あざや擦り傷ができ,顔を殴られたことで口を開けることもできない状態であった。 ト 平成17年9月,原告と被告と子供たちはイスラエルに着き,原告の父の家で生活するようになった。原告は,当初は落ち着いていたものの,しばらくすると,被告を愛しているという一方,毎日本当のことを話すよう詰問し,被告は,原告に対する恐怖心から,原告の言うことにうなずき,してもいないことを認めるようになった。被告が「日本に帰りたい。」と話しても,原告は,「おまえにそんな自由を与えるようなことをしたくないからだめだ。」「被告の親がイスラエルに迎えに来るときは死んだときだぞ。」と帰国を許さなかった。 その後も,原告は,被告を詰問し,被告が本当のことを言っているにもかかわらず,「その目は嘘の目だ。本当のことを言え。この前もしていないと言ってたことがしてただろう。だから本当のことを言え。」「嘘をついている。」等と被告の顔や頭を殴り,髪の毛をわしづかみにして引き抜いたりした。 ナ 平成18年1月,原告は,イスラエルでは職もなく,生活できないため,日本に帰国することにした。帰国する数日前,原告は,「日本に帰る前に本当のことを言え。あとから絶対本当のことがばれるぞ。そのときは大変なことになるからな。」と脅してきた。被告は,やむなく山形のテナントの社長と関係を持ったことを話した。すると,原告は,被告を殴る,蹴る,突き飛ばす,髪の毛を掴んで振り回す,コンクリートの壁や床に頭を打ち付けるといった暴力を振るった。原告は,被告に対し,「今度もし被告がまた不貞を犯したり,嘘をついたり,子供が欲しいと言ってきたら,これを使って裁判を起こせるから。」と,日本で作成した英訳した書面に再度署名押印させた。 同年1月10日,原告は,日本に帰国する機内でも,被告の腕が紫色に腫れ上がるほど強く握りしめたり,爪を立てたりした。 ニ 日本に帰国後,原告は,被告に対し,山形のテナントの社長夫人にあったことをすべて話せと強要したことから,被告は,やむなく同夫人に会い話をした。原告は,その帰途の車中で,被告が夫人と話していたときの態度が気に入らないと,被告の髪を掴んでハンドルに何度も叩き付けたり,髪の毛を引き抜いたり,胸を殴ったりした。 その後も,原告は,毎日のように本当のことを言えと被告を責め,その都度「嘘をついている。」と被告に暴行を加えた。 ヌ 平成18年1月末ころから,原告は,被告と性関係を持つと被告が浮気をしている姿を想像してしまうと言って,風俗を利用するようになった。同年2月初旬ころからは,原告は毎晩風俗に通うようになり,一晩で10万円ぐらい使って,夜中過ぎや朝方8時ころに帰宅するようになった。 ネ 平成18年2月7日,原告は,被告に本を読むことを禁じていたが,被告が原告の留守中本を読んだことを知ると,「何で被告は私の言ったことを守れないんだ。私の見えないところでまた本を読んだのか。私のことがそんなに馬鹿に見えるか。」と怒鳴り,ダイニングテーブルの上にあった醤油のトレーやティッシュなどをすべてなぎ払い,テーブルを持ち上げてひっくり返そうとしたり,椅子を蹴り飛ばしたりした。リビングでテレビを見ていた子供たちは恐怖に怯え,長男は「パパ止めてー」と言ったが,原告は「うるさい!」「泣くな!」と長男の髪の毛をむしるように引っ張った。子供らはリビングの隅で固まって怯えていた。 被告が,子供たちをかばおうとしたところ,原告は,「おまえは子供たちに触るな!」と被告の胸ぐらを掴み,頭部を殴って突き飛ばし,髪の毛をむしり取った。原告は,台所から包丁を持ち出し,「これで私を殺せ。」と怒鳴りつけ,自分ののど元に刃先を当てたが,幸い切れない包丁だったため,刃先が食い込んだ跡がついただけであった。 原告は,目の色が変わっており,「何でおまえは今まで自殺していないんだ。」「自分が悪いと思っているんなら,何でもっと前に自殺しないんだ。」と怒鳴り,被告の髪の毛をわしづかみにして何度も振り回し,リビングの3段ほどある階段から突き落とし,倒れた被告を蹴りつけ,髪の毛をむしった。被告はあまりの恐怖に失禁してしまった。 原告は,それでも暴行を止めず,「おまえは汚いやつだ。」「気持ち悪い。」と言いながら被告を裸にし,無理矢理性交した後,「気持ち悪い。」と被告を蹴りつけ,裸のままの被告の髪をむしり続けた。被告の髪は,原告にむしり取られたことにより頭頂部がはげ,結んでも人差し指の太さにもならないほど少なくなってしまった。原告は,被告を鏡の前に連れて行き,「おまえは安いまんこだから,体を売る仕事が似合う。」「今から風俗の社長に電話しておまえを働かせるようお願いするから,体を売る仕事をしろ。」と命じた。 原告は,夜中中,被告にいろいろと詰問しては暴力を振るい,「おまえのせいでこんなことになったんだ。」「おまえには子供たちは絶対渡さない。」「子供を育てるのに一人1000万円かかるから,私は一人分は自分の力で払えるけど,被告はあと二人を育てるお金2000万円を払え。」「親に頼んで出してもらえ。」「親に被告のしたことを全部話せ。」「被告の実家がどうなろうと私には関係ない。何とかしろ。」と怒鳴りつけた。 ノ 平成18年2月8日朝方,ようやく原告は暴力を振るうことを止め,「そのまま寝ろ。」と被告に命じた。しかし,被告は,いつまた原告の暴力が始まるのか恐ろしく,眠ることができなかった。 同日午前8時ころ,被告は,実家に電話をかけ,被告の母に2000万円を用意してくれるよう頼むとともに,「お母さんいつ迎えに来てくれるの。助けて,殺される。」と告げた。このとき,被告の母親は,2000万円貸付の件は断わったが,被告の漏らした上記言葉を心配し,宮城県の女性相談室に電話をし,被告の件について相談した。 原告は,被告が実家からお金を用意することを拒否されたことを知ると,被告に対し,「ここに座れ。今から,私の言うことを,自分の気持ちとして書け。」と命じ,2000万円を10日以内に支払うという内容の念書を作成することを求めた。被告は,原告から暴力を振るわれ,その作成を拒絶するとまた暴力を振るわれ,殺されるのではないかという恐怖心から,やむなく原告の言うとおりに書面を作成し,署名押印した。これが,本件慰謝料等支払約束書である。 ハ それ以降,被告は,2000万円を調達しなければならないと思い詰め,毎日のように,両親や金融業者,銀行などいろいろなところに電話をかけ,2000万円を借り入れようとした。原告は,「早くお金を何とかしろ。」「Mを殺して,おまえもお父さんの前で自殺しろ。」等と言って被告を連日責め立てた。 ヒ 平成18年2月10日,原告にむしられて薄くなってしまった被告の頭頂部を見て,原告は,「その髪の毛は一度坊主にした方がいい。」と言った。被告は,頭部全体が腫れていたため,バリカンをあてると痛みが伴ったが,原告の言うとおりに6ミリほどの坊主にした。 フ 平成18年2月13日,被告の両親が原告らを訪ねた。原告は,風俗に行っており留守であった。被告の両親は,被告を実家に連れて帰ろうとしたが,被告は,「子供だけ置いていけない。」とこれを断った。 原告は,帰宅すると,被告の父に子供二人分の養育費として2000万円を支払うよう求めてきた。被告の父が,2000万円は養育費として妥当な金額ではないこと,弁護士に相談すると話したところ,「私はこのお金を遊ぶために使うのだ。こうなったのはすべて被告のせいなのだから,親が責任を取るのは当たり前のことだ。」「暴力団を使って復讐する。」「弁護士を付けるならば3000万円にしよう。」等と暴言を吐いた。 これに対し,被告の父親は支払を拒絶し,被告を連れて帰ろうとしたが,原告が「動くな。」「約束を守れ。」「2000万円すぐに用意しろ。それまでここを出さないからな。」と被告の近くで指を指して命じ,被告もこの命令を守らなければならないと思い込んでいたことから,被告は,両親とは一緒に行かず,自宅に残った。 ヘ 平成18年2月14日,原告は,昨日,被告の両親が自宅を訪ねてくると約束していなかったにもかかわらず,被告の両親に原告が約束を忘れたと言われても,被告が原告を全くかばおうとしなかったとして怒り出し,「自分のことばっかり。」「親の前で昨日はぶるぶる震えていたのに,何で今は震えていないのだ。」「人を馬鹿にしたな。」と言って被告をはり倒した上,短くなった被告の前頭部の髪を掴むようにして引っ張り,髪が思うように掴めずに,今度は被告の左耳を掴んで振り回したため,被告の左耳は裂けて出血した。 原告は,手についた血を被告の顔にこすりつけ,台ふきんで被告の傷口をごしごしと拭いた。被告が抵抗して原告の顔を平手で叩いたところ,原告は,更に足で被告の顔と頭を蹴り,首を絞め,壁に押しつけた。そのため,被告は,呼吸ができなくなり,その場に倒れ込んだ。被告の耳は原告のこのときの暴行で変形してしまい,元に戻らなくなった。 ホ 被告は,何とか2000万円を借り入れなければと必死となり,サラ金や銀行などに毎日のように電話をかけた。そのような被告の様子を見ていた原告は,被告に対し,「被告が借入をするとシャロンの名前に傷が付くので父親に借りろ。」と命じた。被告は,原告の暴力によって正常な判断力がなくなっており,どうにかして2000万円を用意しなければならないと思い詰め,何度も父親に連絡を入れたが,被告の父親は,そんな養育費は妥当ではないし,遊ぶために使うのだから一銭も出すつもりはないとして貸してくれる様子を見せなかった。 原告は,被告がお金を用意できないと怒り,連日暴力を振るったり,被告に「風俗で働け。」と命じたりした。 マ 平成18年2月27日,被告が,原告に対し,父親がお金を貸してくれないことを伝えると,「明日実家に行って親と話してこい。」「2000万円何とかしろ。」「親にすべてを話して相談すれば,親も責任を感じて絶対払うはずだから。」「もし,それでも払わないと言うんだったら,おまえがまた嘘をついたことになるからな。」と命じた。 ミ 同月28日,被告は,銀行でローンを組むためのパンフレット,タウンページで調べた消費者金融業者の情報,風俗で働くための雑誌等を持参して自宅を出て,実家に向かい,被告の両親と話をしに行ったところ,被告の母親に役所の福祉課に連れて行かれ,女性センターに保護された。それ以降,被告は,原告と別居生活を続けている。 (2)上記(1)の事実に照らすと,本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書は,いずれも,原告が,被告の不貞行為を責める態度に終始し,被告に対する暴力を繰り返し,被告を自己のコントロール下に置いた上で,被告をして原告の指図どおりの内容で本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書を作成させたものであって,被告の自由意思に基づいて作成された文書ではないと認めるのが相当である。したがって,本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書に表示された被告の意思表示は,意思表示としての効力を有さず,いずれも無効というべきである。 (3)原告は,本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書を作成したときも,原告が被告に対して暴力を振るった事実はなく,これらの書面は,二人の冷静な話し合いの結果作成されたものであると主張する。 しかし,上記書面には,いずれも,被告の不貞行為が家族崩壊の原因であることを被告において自認し,家族崩壊の責任が一方的に被告にあることを認める内容や,子供たち3人を原告に全面的に任せる内容の記載が見られるところ,上記(1)の事実経過に照らし,上記記載内容は客観的な事実に反し,被告において到底受入れ難い内容のものであることが認められるのであって,その文面内容自体から,原告による強制があったことが窺われる。また,本件慰謝料等支払約束書が作成された当時,被告には10日以内に2000万円を支払えるような資金調達の目途はなかったことが認められる(乙10,11,証人甲野花子,被告本人)ところ,それにもかかわらず,本件慰謝料等支払約束書には2000万円を10日以内に支払う旨の履行不可能な内容が記載されているのであって,この点から見ても,本件慰謝料等支払約束書が原告の強制によって作成されたものであることが十分に窺われるというべきである。 さらに,本件傷害事件に現れた原告の暴行の態様(乙16ないし19,20の1・2,21ないし34)や被告の受傷状況を撮影した写真(乙1の1ないし3,8の1ないし4)に加え,被告本人尋問の実施時,被告本人が原告から暴行を受けた状況を供述した際の恐怖の表情等を総合すると,本件財産分与合意書及び本件慰謝料等支払約束書が作成された当時,被告が原告から苛烈な暴行を受けていたことは明白と言うべきであり,これを否定する原告本人の陳述(甲18,36,39,44,49)及び供述は採用することができない。 (4)そうすると,本件財産分与及び本件慰謝料等支払約束はいずれも無効というべきであって,これに基づく原告の被告に対する本訴請求は,いずれも理由がないというべきである。 3 よって,主文のとおり判決する。(裁判官 潮見直之) 別紙 物件目録〈省略〉 以上:7,269文字
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