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DNA鑑定無視で父子関係認定した平成9年11月12日大分地裁判決紹介1

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平成28年12月 8日(木):初稿
○「DNA鑑定を採用し父子関係を否定した平成10年5月14日福岡高裁判決紹介」の続きで、その原審でDNA検査結果を排し、親子関係不存在確認請求を棄却した平成9年11月12日大分地裁判決(判タ970号225頁)全文を4回に分けて紹介します。

○この判決は、事実関係を認定した後、詳細にわが国の裁判例、比較法、学説、発達心理学、非配偶者間人工受精(AID)、親子鑑定、血縁の価値、戸籍制度の順に検討したうえで、判断主体として通常用いられる「当裁判所」とせず、「私」の語を用いて、さながら学術論文の趣を呈しています。

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主  文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
一 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨

(1) 原告と被告との間に父子関係が存在しないことを確認する。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。

2 本案前の答弁
(1) 原告の本訴請求を却下する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

3 本案の答弁
 主文同旨

二 事案の概要と本判決の構成
 本件請求は、被告は昭和46年4月〈日付省略〉に出生し、原告が山田晶子(婚姻後甲本晶子、以下「晶子」という。)と昭和47年5月〈日付省略〉婚姻届出し、昭和50年5月〈日付省略〉被告が原告と晶子との間の嫡出子として届け出られているところ、原告と被告との間に血縁上の父子関係が存在しないことが判明したから、請求の趣旨記載のとおりの裁判を求めるというものである。

 被告は、本案前の主張として、父子関係は母子関係と合一に確定する必要があるから、晶子を当事者にしない訴は不適法であるとして、請求の却下を求め、本案の主張として、①原被告間には血縁関係は存在する、②原告が昭和50年5月〈日付省略〉にした被告を嫡出子とする出生届の提出は認知の効力を有する、③原告は被告の出生間近から父として被告を養育してきたものであり、被告は原告の本訴提起まで原告が父であると信じていたものであり、被告には原告以外に父は存在しない、と述べ、請求棄却を求める。

 被告の本案前の主張については、私は、最高裁判所昭和56年6月16日判決(民集35巻四号791頁)に従い、父子関係と母子関係とを分けて判断できると考えるから、右本案前の主張は採用せず、本案についての判断を行うことにする。
 本件は民法772条所定の嫡出推定の適用が考えられる事案ではないところ、現行民法は、嫡出推定の適用がない法律上の父子関係については、その成立要件を定めていない。従って、私は、初めに本件に関する事実を認定し、次いで法律上の父子関係について私なりに検討し、最後に本件請求について判断することにする。

三 本件に関する事実
 甲一ないし甲10、甲13ないし甲17、乙一、証人甲本晶子、原告本人、鑑定の結果によれば次の事実を認めることができる。
1 晶子は、昭和45年夏頃、原告と交際して性交渉を数回持った。同時期、〈会社名省略〉に勤務する男性とも性交渉を持った。この頃、晶子は被告を身ごもった。

2 晶子は、昭和46年4月〈日付省略〉被告を出産した。出産時の被告の体重は1700グラムであった。晶子の両親である待田洋二(以下「洋二」という。)、待田尚子(以下「尚子」という。)は、晶子が未婚であったため、被告を自らの嫡出子(次男)として届出をした。被告の養育は晶子が行った。

3 原告は、晶子との婚姻を強く希望し、晶子に対し、被告を自分の子として育てるから結婚して欲しいと申入れた。晶子が、被告が原告の子か〈会社名省略〉に勤務する男性の子か不明であると話すと、原告は〈会社名省略〉の男性に意思確認を試みた上、重ねて晶子に婚姻を申入れた。晶子はこれを受入れ、昭和46年11月から原告との同棲を始め、昭和47年5月〈日付省略〉、原告と晶子とは婚姻届出をした。婚姻届出の際、晶子は原告から被告を自分の子として認めることを改めて確認した。

4 原告は、晶子と同棲を始めた当初から、被告は自分の子供であると心に決め、父親として被告に接し、幼い被告を慈しんだ。

5 被告の戸籍は洋二の籍に入ったままであったが、晶子は、被告が幼稚園に入園する前に自分達の戸籍に被告を入れようと考え、昭和50年初めころ、原告に、被告を自分達の戸籍に長男として入籍させることを相談し、原告はその旨了承した。右了承を得て、晶子は、洋二、尚子を相手として被告との間の親子関係不存在確認審判を家庭裁判所に申立て、昭和50年3月〈日付省略〉、右申立てを認める審判がされた。同年5月〈日付省略〉、晶子が戸籍訂正申請をし、原告が被告を晶子との間の嫡出子とする出生届をし、被告は原告を筆頭者とする戸籍に長男として入籍した。

6 その後、被告は原告、晶子の元で成長し、小学校、中学校、高等学校に順次進学し、高等学校卒業まで二人の元に居た。この間、昭和52年に原告と晶子との間に長女徹子が出生し、原告は、被告と徹子とを自分の子供と認識し、父親として二人に接してきた。原告、晶子、被告、徹子の四人で形成される家族の中で、原告は被告と徹子の父親として存在した。周囲の人間も原告と被告とは父子関係にあるものと認識、行動した。原告の両親も被告を自分達の孫として遇した。自然、被告は、原告が自分の父であると感じ、自分の父とは原告であると認識していた。

7 原告と晶子との夫婦仲は、原告が不貞行為を繰返したこと等から次第に悪くなり、昭和61年ころにはほとんど気持ちが通わない関係になっていた。平成2年4月に被告が就職して家を出た後、今度は晶子の不貞問題が発生し、別居を経て、平成4年5月〈日付省略〉、原告と晶子とは協議離婚した。続けて、原告は、晶子と不貞相手とを被告にして損害賠償請求訴訟を提起した。この訴訟において、晶子は原告との関係を説明する陳述書を提出したが、その中で、「被告は原告の子でない。」と述べ、右を前提とする事実を記した。これを受けて原告は、被告と父子関係がないことを明確にしようと考え、平成6年12月、23歳に成った被告を相手に本件訴訟を提起した。

8 被告は本件訴訟の提起に強い衝撃を受け、自分の言い分を明確に形作ることができず、裁判所に出席することは困難である。訴訟の進行に回避的にならざるを得ず、次項鑑定の結果を受け入れることはできない。一言で言えば、自分と原告との父子関係を否定するかも知れない手続を認めることができない状況である。

9 鑑定人〈氏名省略〉は、原告と被告との親子関係鑑定依頼に対し、原告と被告の血液を採取し、血液型検査とDNAマイクロサテライト型検査を実施した。鑑定人は、血液型検査では、ABO型、MNS型、RH型、HP型、TF型、PGM1型いずれも父子関係が外見上成立するという結果が出たとした。DNAマイクロサテライト型検査では、ACTBP2座で不成立、D8S320座で不成立、THO1座で外見上成立、D14S118座で不成立で、二つ以上の遺伝座で父子関係が成立しなければ父子関係が存在しないことが証明されるから、父子関係が存在しないという結果が出たとした。鑑定人は、結論として、原告と被告との間には父子関係は存在しないとした。

四 法律上の父子関係についての検討
1我が国の裁判例、2比較法、3学説、4発達心理学、5非配偶者間人工授精(AID)、6親子鑑定、7血縁の価値、8戸籍制度、の順に検討する。

1 我が国の裁判例
 最高裁昭和25年12月28日判決(民集四巻13号701頁)は、婚姻する夫婦甲男、乙女が甲男の妹が出産した子丙を出生後まもなく自分らの嫡出子として届け出、子丙を実子として養育していたが、甲男が死亡後、乙女が子丙との親子関係不存在確認請求を求めた事案で、嫡出子たる身分を取得するには妻が懐胎した子であることが必要であり、嫡出子届に養子縁組届の効力は認められないとして請求を認容した。

 最高裁昭和49年12月23日判決(民集28巻10号2098頁)は、婚姻する夫婦甲男、乙女が他の男女間に生まれた子丙を生後一週間で貰い受け、自分らの嫡出子として届け、実子同然に養育していて、子丙が23歳のときに死亡した甲男の相続不動産について子丙が単独で相続登記したところ、子丙の後に甲男、乙女間に生まれた子供らが子丙の相続権不存在を主張して抹消登記請求を求めた事案で、虚偽の嫡出子届に養子縁組の効果を認めることはできないとして請求を認容した。

 最高裁昭和56年6月16日判決(民集35巻四号791頁)は、甲男には死亡した先妻との間に二人の子があったが、婚姻中の乙女との間に子供がなく、仲介を得て子丙を引取り嫡出子として届け出、実子同様の生活をしていて、子丙が引きとられて30年後に甲男が死亡したところ、先妻の子二人が甲男と子丙との親子関係不存在確認の訴を提起した事案で、右請求を認容した。

 最高裁平成9年3月11日判決(家裁月報49巻10号55頁。裁判集民事182号登載予定)は、甲男と乙女とは婚姻した夫婦であり、甲男、乙女の嫡出子として届け出られている子丙は甲男、乙女間の実子とは認められないが、出生後長年にわたり実子として養育し、子丙は婚姻後も甲男、乙女と同居し、子丙45歳のときに甲男が死亡した後も子丙は乙女と同居している等、甲男、乙女と子丙との間には実親子としての生活の実体があり、乙女と子丙ともその解消を望んでいないところ、子丙18歳の年に甲男、乙女と養子縁組した者が、甲男死亡後、家業の経営権争いを発端として甲男、乙女と子丙との間の親子関係不存在確認の訴を提起した事案で、子丙の嫡出子届出には養子縁組の効力はない、改めて乙女と子丙との間で養子縁組をすることも可能であることを考えると、訴の提起は権利濫用とはいえない、と判示して、請求を認容した。可部裁判官は、補足意見として、親子関係不存在確認訴訟においては、数十年にわたる実親子としての社会的実体が出生届が血縁関係で真実と合致しないとの一事で覆滅されるのは不条理であるとの法感情と血縁関係の正確な表示を所期すべき戸籍―身分法の基本原則に背馳する結果の抑止とが対立するが、相続財産をめぐる財産上の訴訟では後者が常に妥当するわけではなく、このような事案では、究極的には権利濫用として親子関係不存在確認請求自体が排斥されることもありうると述べる。

 そうすると、我が国の裁判例は、父子関係は血縁上の父子関係により成立し、血縁上の父子関係が無い場合は、嫡出子としての届出や実親子関係としての長年の生活実体があっても父子関係が成立することはなく、父子関係の不存在は、法律上の利害関係があれば原則として誰でもいつでも主張することができると考えているものと理解できる。

2 比較法
 この項の参考資料は、①水野紀子「実親子関係と血縁主義に関する一考察―フランス法を中心に―」(「星野英一先生古稀祝賀 日本民法学の形成と課題・下」1131頁。以下「水野考察」という。)、②松倉耕作「血統訴訟論―親子関係の新たな法理を探る―」(以下「松倉訴訟論」という。)、③ジュリスト1099号「特集2 実親子関係とDNA鑑定」所収の各論稿(以下、右特集を「ジュリスト特集」という。)である。なお、各国の親子法、親子関係の公示方法、親子関係の存否を争う訴訟形式は異なり、私はその全貌を知り得ないので、右資料を読んで印象に残った点を以下に摘示するものである。

(1) スイス法
 夫の起こす嫡出子否認訴訟は、相対的出訴期間と絶対的出訴期間にかかる。相対的出訴期間は、①子の出生した事実、及び②自分が子の父でない事実、又は、第三者が懐胎期に母と性関係をもった事実、の二つの事実を知ったときから1年間であり、絶対的出訴期間は子の出生から5年間である。この出訴期間制限の趣旨は、父子関係は時間的に無制限に問題の対象とされるべきではなく、時の経過とともに生じた社会的心理的関係は欠落した血縁関係よりも重要である、と説明されている。
 子は、成年到達後1年まで否認訴訟を提起することができるが、①夫が第三者による懐胎を承認しているとき、②子が父母の家族共同体の中で成育しているとき、③子の訴が信義則に反するとき(例えば多額の養育費を得ながら扶養を拒否する目的で訴を起こす等)は、嫡出否認訴訟を起こすことはできないとされている。②の点は、「家庭の平和」の保護と理解されている。

(2) ドイツ法
 夫の起こす嫡出否認訴訟は、子の嫡出でないことを告げる事情を夫が知ったときから2年間の出訴期間に係る。この出訴期間制限の制度は相当と考えられている。
 子は、次の事由があるときに限り、嫡出否認訴訟を提起できる。即ち、①夫が否認権を喪失することなく死亡・死亡宣言を受けたとき、②父母の婚姻が解消、又は別居が3年以上にわたり、かつ婚姻共同生活の回復が期待できないとき、③真実の父と母とが婚姻したとき、④夫の破廉恥な生活行状等で取消が倫理的に正当とされるとき、⑤夫の強度の遺伝的疾患により取消が倫理的に正当とされるとき、である。このうち、①ないし③は、2年間の期間制限に服する。この要件制限と期間制限との二重の制約は、家庭の平和の利益と子の身分のできるだけ早い最終的確定との調和を意図するものとされている。

(3) フランス法
 現実に長期間安定してきた親子関係を争うことは次のとおり制限される。即ち、①子の出産偽装や取り違えを例外として、出生証書とそれに一致する身分占有を持つ嫡出子身分を争うことは許されない、②夫の嫡出否認は出生後六か月以内しか許されず、母は真の父と再婚するなどの条件下でしか争えない、③非嫡出子も、認知と身分占有が一致しているときは、認知者は認知から10年間たつと身分を争えなくなる、④身分を争う訴権は30年間の消滅時効にかかる(30年間の身分占有があれば誰もその身分を争えない。)、である。また、人工授精に予め合意を与えた場合は父子関係は争えない。ここの身分占有とは、氏の共通、親子としての扱い、周囲も親子と見なしているの三要素が揃った場合をいう。上記の身分関係を争うことが認められない場合には、血液鑑定を実施することも許されないとされる。現行法については、生物学的真実と心の真実=実際の親子関係とを共存させたものであり、実際の親子関係は、生理学的真実とはかかわりなく、それ自体で尊重されるに足る重要な人間の真実であり、子の利益はしばしば生理学的真実より実際の親子関係を優先させるのである、と説明されている。

(4) イギリス法
 子の出生登録において、父として記載されたことは、父であることの一応の証拠とされ、証拠優越の原則を満たす反証がされるまでは父として一応の推定を受ける。実子推定の働かない子については、基本的には、生物学上の父子であることについての通常の「証拠優越の原則」に基づく立証によって父子関係が確定される。しかし、生物学上の父と認められても親権は有せず、母親の同意か、裁判所の命令が必要である。また、実子推定を受けない子が、生物学上の父が「父」であることの宣言を裁判所に求める制度が存する。血液鑑定の採否に関する裁判例で、甲女が懐胎可能期間に乙男、丙男の二人と性交渉を持ち、子供を出産し、その後甲女が乙男と婚姻して子供を養育しているという事案で、丙男が血液鑑定を申請したのに対し、控訴院は、二人が安定した家庭で子供を養育しているのに、その安定を崩すおそれのある科学鑑定は許されないとして申請を却下している。

(5) アメリカ法
 統一州法に関する全国協議会の提案に同一、ないし近い内容の州法では、次の四つの場合に父子関係の推定がされる。即ち、①父母が婚姻し、子が婚姻中に出生した場合、②子が、父母の死亡・離婚による婚姻解消等の日から300日以内に出生した場合、③子の出生後父母が婚姻し、父が子を認知した場合、④母が婚姻前に妊娠し、子が父母の婚姻後に出生し、その後に父が子を認知した場合、である。また、推定上の父が子の出生証明書に署名した場合等に当該父子関係の推定が生じるとされる。この父子推定を覆すには、夫が子の父であるということが自然的、物理的、又は科学的に不可能であると証明する「明確かつ確信を与える証拠」が必要だが、血液型鑑定及びDNA鑑定は右要件を満たすと評価される傾向にある。しかし、修正原理としての「衡平法上の親」原理から、親が子を実子と同様に育てていた場合、親が子の監護・養育に協力的である場合等は、裁判所は親子関係の否認を許さない判断をしている。

(6) 各国法を見て
 我が国の裁判例と各国法とを対比すると、各国法とも、血縁関係の存否にかかわらず親子としての生活実体が存在することを根拠に法律上の親子関係が成立することを肯定し、むしろ親子関係が成立する要素として、親子としての生活実体に血縁関係に優先する価値を積極的に認め、時に血縁関係の存否を探索することすら許さない場合があることが注目される。


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