平成27年 7月12日(日):初稿 |
○「幼少期虐待除斥期間適用除外平成26年9月25日札幌高裁判決全文紹介4」を続けます。 ********************************************** 4 争点(3)(本件性的虐待行為により被った損害の有無・額)について (1) 治療関連費用 (ア,イの合計額)919万9126円 ア 平成25年5月31日までに生じたもの 関係証拠(甲6~8,12,16,28,46~52,原審及び当審におけるB医師の証言,原審及び当審における控訴人本人)によると,控訴人は,本件性的虐待行為を受けたことにより,PTSD,離人症性障害及びうつ病などの精神障害を発症したため,前提事実(4)の治療を受ける必要があり,そのための治療関連費用(治療費,調剤費用,カウンセリング費用,通院交通費及び宿泊費)の合計は95万2350円であったことが認められる。 上記費用にはPTSDの治療と共通するものも含まれているが,当審におけるB医師の証言によると,うつ病の症状は,PTSDの症状に影響を受け,PTSDの治療がうつ病の改善に重要であることが認められるので,上記費用全部がうつ病の治療に必要な費用であると認められる。 イ 平成25年6月1日以降に生じたもの 関係証拠(甲28,54,原審及び当審におけるB医師の証言,原審及び当審における控訴人本人)及び弁論の全趣旨によると,控訴人は,B医師の治療により,1日おきに簡単な掃除,調理程度はできるようになった(辛うじて日常生活が営める状態になった)が,現時点でもうつ病の精神障害は寛解しておらず,1か月に2回の頻度で,1回当たり4万4500円の治療関連費用(治療費,調剤費用,カウンセリング費用,通院交通費及び宿泊費)を負担して,女性生涯健康センターで通院治療を受ける必要があること,控訴人のうつ病は,重度かつ難治化し,症状固定しておらず,寛解の見通しは立っていないとされていること,性的被害に遭ったことにより精神障害を発症した女性にあっては少なくとも5,6年程度の治療が必要であるが,それ以上の治療期間を必要とすることも少なくなく,幼少期に性的虐待行為を受けた女性にあっては,より治療期間が長引く傾向にあるだけでなく,寛解する割合が小さいこと,症状の改善がみられたときには治療の頻度が増える可能性があることが認められる。 このような事情からすると,控訴人は,うつ病を発症したことにより,平成25年6月1日以降少なくとも10年間,1か月に2回の頻度で,女性生涯健康センターで通院治療を受ける必要があると認めるのが相当である。そのための治療関連費用は,以下の計算式のとおり,824万6776円となる。 上記費用にはPTSDの治療と共通するものも含まれるが,上記費用の全部がうつ病の治療に必要な費用であると認められることは上記アで説示したとおりである。 〔計算式〕 4万4500円(1回当たりの治療関連費用)×2×12か月×7.7217(10年間に対応するライプニッツ係数)=824万6776円(1円未満四捨五入) (2) 慰謝料 2000万円 控訴人が,被控訴人から本件性的虐待行為を受けたことで,極めて重大,深刻な精神的苦痛を受けたことは,当該行為を受けてから,子供時代,就職,進学,結婚といったライフステージを通じて,上記2(1)で認定したとおりの生活上の支障,心身の不調に悩まされたほか,妊娠,出産,育児に対する不安感,恐怖感を感じていたことから容易に想定できる。 また,控訴人は,本件性的虐待行為を受けた後,上記2(1)で認定したとおり,生活上の支障,心身の不調に悩まされながらも,□□□□□□□□□□□□として働き,□□□□□□□□□□ではやりがいを持って働いていたが,うつ病を発症したことにより,□□□□□□□だけでなく,身の回りのこともできなくなったものである。上記イで認定したとおり,現時点では症状が軽快したものの,辛うじて日常生活が営める状態になった程度にとどまるものであり,発症してから約8年が経過しても,いまだ相当期間の治療を余儀なくされる状況で,寛解の見通しも立っていない。 このような事情のほか,本件性的虐待行為の内容,期間及び頻度,平成23年3月17日における話合い以降現在に至るまで何ら謝罪の姿勢を示していない被控訴人の対応など,本件訴訟で現れた事情を総合考慮すると,控訴人の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は,2000万円とするのが相当である。 (3) 弁護士費用 119万7000円 弁論の全趣旨によると,控訴人は,被控訴人から本件性的虐待行為を受けたことにより被った損害の賠償を求めるため,弁護士に委任し,本件訴訟を提起する必要があったことが認められる。そのための弁護士費用は119万7000円と認めるのが相当である。 (4) 上記合計額 3039万6126円 5 争点(4)(本件性的虐待行為を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は時効により消滅したか)について (1) 被控訴人は,平成23年6月13日の原審における第1回口頭弁論期日において,控訴人の被控訴人に対する本件性的虐待行為を受けたことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権について,消滅時効を援用するとの意思表示をしたことは前提事実(6)イのとおりである。 (2) 民法724条にいう「損害及び加害者を知った時」とは,被害者において,加害者に対する賠償請求をすることが事実上可能な状況の下に,それが可能な程度に損害及び加害者を知った時を意味し(最高裁昭和45年(オ)第628号同48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1374頁参照),同条にいう被害者が損害を知った時とは,被害者が損害の発生を現実に認識した時をいうと解するのが相当である(最高裁平成8年(オ)第2607号同14年1月29日第三小法廷判決・民集56巻1号218頁参照)。 これを本件についてみるに,控訴人がうつ病を発症したのは平成18年9月頃と認められることは上記2(3)イ(イ)のとおりであるが,当時,控訴人はうつ病による症状の原因が本件性的虐待行為であったことを認識していたとは認められないこと,平成23年2月2日に釧路赤十字病院の主治医に対し被控訴人から性的虐待行為を受けたことを初めて告白したこと,□□は,同年3月29日付けで,控訴人が約5年前にうつ病を発症してから,その原因となるエピソードがないので不思議に思っていたが,控訴人が本件性的虐待行為を打ち明けたことから,それに起因するのではないかと考えに至った旨の意見を,同病院のA医師に提供したことからすると,控訴人は,平成23年2月頃,うつ病の症状が被控訴人から本件性的虐待行為を受けたことによるものであると認識するに至ったものと認められる。そうすると,控訴人が,うつ病を発症したことによる損害について,加害者である被控訴人に対する損害賠償請求が可能な程度に損害及び加害者を知ったのは,平成23年2月頃と認めるのが相当である。したがって,控訴人が本件訴訟を提起した同年4月28日には,うつ病を発症したことを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権について,消滅時効は完成していない。 (3) また,被控訴人が,平成23年3月17日,控訴人に対し,本件性的虐待行為の一部をしたことを認めるとともに,500万円を支払うとの申出をしたことは前提事実(5)のとおりであり,被控訴人の当該対応は,債務の承認に当たると認められる。そうすると,仮に控訴人が本件訴訟を提起した同年4月28日には消滅時効が完成していたとしても,被控訴人が消滅時効を援用することは許されないというべきである(最高裁昭和37年(オ)第1316号同41年4月20日大法廷判決・民集20巻4号702頁参照)。 被控訴人は,上記の対応をしたのは控訴人が刑事告訴をすると述べたり,「近所にビラをまいてやる。」,「1週間以内に500万円を用意しろ。」などと脅したからであり,自由な意思に基づくものではないと主張する。しかし,本件全証拠を検討しても,控訴人が,被控訴人に対し,「近所にビラをまいてやる。」と述べたとは認められない。甲13によると,控訴人が,被控訴人に対し,刑事告訴をすると述べたり,1週間以内に500万円を支払うよう求めたことは認められるが,これに対し,被控訴人は,本件性的虐待行為の有無,程度について,自分の認識を十分に述べ,反駁していることが認められるのであって,被控訴人が,控訴人の言動により畏怖し,自由な意思に基づく対応ができなかったとは認められない。このことに関する被控訴人の主張は採用できない。 (4) したがって,被控訴人の消滅時効の抗弁は,理由がない。 第4 結論 以上によれば,控訴人の請求は損害賠償金3039万6126円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があり,その余の部分は理由がない。 したがって,控訴人の請求を全部棄却した原判決は失当であり,本件控訴及び当審における拡張請求に基づいて原判決を上記のとおり変更することとして,主文のとおり判決する。 札幌高等裁判所第3民事部 裁判長裁判官 岡本 岳、裁判官 近藤幸康、裁判官 石川真紀子 以上:3,843文字
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