平成26年12月15日(月):初稿 |
○養育費は請求しないとの約束で男女関係を解消したのに、過去の養育料を請求されて困っています、ネットの記事を見ると、過去の養育料は原則として支払う必要はないと書いているものが多いので支払わなくても良いのではとの相談を受けました。私の感覚では、養育料に関しては、むしろ、原則として支払義務があるのではと思っていたので、関連審判例を調べました。 ○先ず、親が未成熟子を扶養する関係(夫婦間も同様)においては、扶養審判において裁判所はその裁量により相当と認める範囲で過去に遡つた分の扶養料の支払を命じることができるとされた昭和58年4月28日東京高裁決定(家月36巻6号42頁、判時1079号48頁)全文を紹介します。 *************************** 主 文 原審判を取消し、本件を前橋家庭裁判所高崎支部に差戻す。 理 由 本件抗告の趣旨は主文同旨の裁判を求めるというのであり、その理由は別紙のとおりである。 一 抗告理由3について 相手方と抗告人らの母Aとの婚姻から別居、離婚に至る過程等、抗告人らと母A及び相手方の各収入、生活状況、相手方の分担すべき抗告人B及び同Cの扶養料の昭和56年11月以降の各月額、抗告人Dについては扶養を要しない状態にある(ただし、昭和56年3月以降)とする点についての当裁判所の認定、判断は、次の1ないし5に付加、訂正するほかは原審判の理由説示(原審判3枚目表5行目から同11枚目表10行目まで。ただし、同8枚目裏3行目の「ところで」から同9枚目表末行までを除く。)と同一であるから、これをここに引用する。 よつて、抗告理由3は理由がない。 1 原審判5枚目表7行目の「受給をえている」の次に、「(右児童手当と特別児童手当を母Aが受取るようになつたのは昭和56年3月以降のことである。)」を加える。 2 同5枚目裏4行目に「昭和55年2月28日」とあるのを「昭和55年2月26日」と訂正する。 3 同7枚目表6行目及び9枚目裏5行目に「1、133、000円」とあるのを各「1、123、000円」と、同9枚目裏6行目に「94、400円位」とあるのを「93、600円位」と、同7行目に「約85、000」とあるのを「約84、200」と、同10枚目裏8行目の数式中の分母及び分子に「85,000」とあるのを「84,200」と、同9行目に「9959(円)」とあるのを「9858(円)」と各訂正する。 4 同8枚目裏2行目に「母Aにおいて受給していている」とあるのを「母Aにおいて昭和56年3月以降受取つている」と改め、同3行目冒頭の「で、」の次に「同月以降は」を加える。 5 同10枚目表5行目の「昭和50年度の」次に「消費単位100当りの」を加える。 二 抗告理由1及び2について 抗告人らは、昭和56年11月10日本件扶養料請求の審判申立をしたものであるが、昭和53年8月17日に調停を申立てて抗告人一名当り25、000円の扶養料の請求をしたとして、右審判申立時の昭和56年11月分以降の扶養料のみならず、右審判申立時より前の昭和53年9月1日から昭和56年10月31日まで38か月間の過去の扶養料をも請求する。 ところで、本件のように親(父)が未成熟子を扶養する関係(夫婦間も同様)においては、扶養権利者が要扶養状態にあり、扶養義務者に扶養能力のあることという要件が具備すれば、扶養権利者からの請求の有無にかかわらず、具体的な扶養義務、扶養請求権が発生すると解すべきであり、扶養審判において、裁判所は、その裁量により相当と認める範囲で過去に遡つた分の扶養料の支払を命じることができるというのが相当である。けだし、親の未成熟子に対する扶養義務(いわゆる生活保持義務)は、その身分関係の発生により当然に生じるべきものであつて、親は、未成熟子と別居すれば未成熟子が要扶養状態にあることは当然知りうべきであり、その具体的な請求権の発生を扶養権利者の請求に係らせる必要はないからである。 本件記録(当裁判所書記官作成の電話聴取書を含む。)によれば、昭和53年8月17日、抗告人らの母Aは、前橋家庭裁判所高崎支部に、相手方との離婚、抗告人らの親権者の指定、相手方に対し財産分与及び慰謝料の支払、家具の引渡しとともに抗告人らの養育料として毎月75、000円ずつの支払を求める調停の申立てをした(同庁昭和53年(家イ)第184号事件)が、相手方が3回の調停期日に1回も出頭しなかつたため、不調に終わつたこと(そこで、前示のとおり、昭和54年3月、母Aは前橋地方裁判所高崎支部に離婚等請求の訴を提起した。)が認められる(抗告人らの母Aによる右調停申立中の養育料の請求と扶養権利者自身である抗告人らによる本件審判申立にかかる扶養料の請求とは、請求者を異にするとはいうものの、いずれも実質的に子の扶養に要する費用の請求であることに変わりはない。)ところ、前示のとおり、抗告人らの母Aは、昭和53年5月5日、抗告人B、同Cを連れて実家に帰り相手方と別居して以来、右抗告人2名を引取つて養育し、抗告人Dの世話をしているのであつて、相手方は、抗告人らが要扶養状態にあり、自己に抗告人らの扶養料を分担すべき義務のあることは当然に予測できたから、本件においては、本件審判申立時以降の分のみならず、少なくとも抗告人らの母Aが前記調停の申立をした翌月の昭和53年9月分以降の過去の扶養料の支払を命じるのが相当である。 してみれば、抗告人B、同Cの昭和53年9月1日から、昭和56年10月31日までの過去の扶養料の支払を命じなかつた原審判は失当であり、また、前示のとおり母Aが特別児童手当を受取るようになつたのは昭和56年3月以降のことであつて、抗告人Dは昭和53年9月から昭和56年2月までの間は扶養を要する状態にあつたといわなければならないから、抗告人Dの本件扶養料請求の審判申立を却下した原審判は失当である。 したがつて、抗告理由1及び2は右の限度で理由がある。 三 結論 よつて、家事審判規則19条一項に従い、原審判を取消して、本件を前橋家庭裁判所高崎支部に差戻すこととして、主文のとおり決定する。 (裁判長裁判官 野崎幸雄 裁判官 浅野正樹 水野武) 抗告の理由 1 原審判が抗告人Dの扶養料の請求を「同人の特別児童手当24、000円を母Aにおいて受給しているので、扶養を要しない」(審判書8枚目裏1行~3行)と判断し、申立を却下したのは不当である。 2 原審判が、抗告人3名の昭和53年9月1日から昭和56年10月31日まで38ヶ月分の過去の扶養料(抗告人各人につき一ヶ月25、000円計95万円づつ)を請求したのに対し「申立人(抗告人)らが昭和53年8月17日当裁判所に調停を申し立て、申立人1人宛毎月25、000円宛の扶養料の請求をしてきたことは、記録上これを認めるに足る資料はなく……扶養料の支払請求については相手方と申立人の母との別居後(昭和53年5月5日後)も相手方と申立人の母との間で協議がなされたことはなく、相手方において申立人から本件審判による扶養料支払の請求を受けるに至つたことが窺える」(審判書8枚目裏6行~9枚目表)と判断し、審判申立時(昭和56年11月)前の過去の扶養料の請求を却下(審判理由中で)したのは、つぎのとおり明らかに、前提の事実認定を誤つたもので不当である。 即ち、申立人(抗告人)は、昭和56年11月10日原審裁判所に提出した「扶養料請求審判申立書」「申立の趣旨1項で過去の扶養料支払の審判を求め、その理由として、「申立の理由七」で「昭和53年8月17日御庁に調停を申立て、申立人1人宛毎月25、000円づつの扶養料の請求をしてきたが、父が調停に全く出席しない(調停期日3回とも欠席)ので……よつて本審判手続によつて請求済の……」過去の扶養料を請求するものであると明記しておいた。従つて、原審において、同一裁判所保管の右調停申立書(昭和53年(家イ)第184号調停事件)の一件記録を見れば(事実調査義務)容易にこの調停申立書、「申立の趣旨四項」(別添のとおり)で扶養料の請求をしてきたことがわかる。しかるに「記録上これを認めるに足る資料はない」と判断してしまつている。これは明らかに事実誤認である。 3 原審が申立人(抗告人)井場B、同井場Cに対する扶養料として1ヶ月1人当り、わづかの金1万円づつしか認めなかつたのは、極めて低きに過ぎ、不当である。 原審は右金額計算の過程において、相手方の(1)年間農業所得を金1、133、000円としたのは低過ぎ(2)不動産取引業(有限会社○○○○○代表取締役)による収入を0としたのは誤りであり、(3)母と父との扶養料分担割合を母の方が大であるとしたことなど、不当である。 相手方から扶養料の支払いが抗告人のうち2人だけ、しかも1ヶ月一人当たり1万円では、とうてい生活していけない。 4 以上、本件抗告をする次第である。 以上:3,687文字
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