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私の自覚-弁護士は基本的にサービス業、世の指導者に非ず2

平成21年 4月 7日:初稿
「私の自覚-弁護士は基本的にサービス業、世の指導者に非ず1」の話を続けます。
 私が弁護士になったのは30年前で当時まだ28歳の若造でしたが、今思えば正に世の中の右も左も判らない未熟者にも拘わらず、弁護士という肩書きだけで「先生」と呼ばれ、自分は偉くなったと誤解してしまいました。

○確かに合格前数年間修行僧の如く懸命に法律の勉強に取り組み、弁護士1年生の頃は、まだ憲法などは一字一句余さず、また民法、刑法等の重要条文の多くを諳んじてスラスラと述べることが出来、各論点毎の知識、要するに受験勉強としての知識は今より遙かにありました。しかしそれを実務に応用する能力は皆無に近く、弁護士1年生程度では実務家としては使い物にならないレベルでした。

○にもかかわらず弁護士と言うだけで「先生」なんて呼ばれ、舞い上がって自分は難しい仕事をする偉い人間と勘違いして、お客様を見下す態度が徐々についていきました。私の場合、弁護士1年生の秋に初めて受任したサラ金事件依頼者の関係で、芋づる式にサラ金事件を受任するようになり、多重債務事件が若いときから多い方でした。

○多重債務に陥る方の中には、約束の時間を守らなかったり、必要な書類等を準備してこなかったりするルーズな方も結構多く、厳しく叱責しながらの仕事もあり、当時事務を手伝ってくれた長姉に逆に私の態度を、厳しすぎる、相手は大事なお客様なのだからもっと丁寧に言いなさいと叱責されたこともありました。

○このように「弁護士先生」と言われることで、本来お客様は報酬をお支払い頂き弁護士としての仕事を成り立たせて頂く大変有り難い存在であるのにこれを忘れがちになります。そしてお客様について、まるで自分が導く生徒の如き感覚を持ち、自分が指導者であり、お客様を教え導くのが弁護士の仕事との勘違いに陥りました。

○この勘違いのため大切なお客様のご希望・ご要望をじっくり聞かず弁護士の見解を押し付けることへの自覚が乏しくなります。それが「女性依頼者の怨み」に記載した事情等の経験、更に弁護士に対する市民の苦情窓口担当等で、お客様の弁護士に対する強い不満を強く自覚するようになりました。

○これらの過程で、弁護士の持つ世の指導者意識に対する反発は相当根強く、いつかしっぺ返しを食らうだろうなと覚悟していたら,案の定、ここ10数年の司法改革の波で弁護士特権の殆どが奪われつつある状況になりました。私は、弁護士と言う職業は世の指導者たる特別の存在だとの思いは払拭すべきと常に自分に言い聞かせるようにしておりますが、まだまだ実践が伴わないと反省することが多々あり、兎に角、自戒を継続していきます。
以上:1,093文字

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