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次姉と比較されてけなされてきた思い出-強い劣等意識

平成19年11月29日:初稿
「いじめの思い出-子供は、残酷なもの」に記載したとおり、私は「小さい頃から気が弱く、いつも『かあちゃん、かあちゃん』と母の後ばかりついて歩き、母と離れることが出来ないために、幼稚園や保育園にも行くことが出来ないほどの弱虫」で、そのため近所の子ども達にいじめられることも良くありました。

○小さい頃の私は弱虫だけでなく、小学校に入っても1,2年生頃は、学校に行くことを嫌がり不登校児になりかけた時もあり、成績も悪く、母にとっては将来の案じられる子どもでした。私が生まれた時の姉弟は10歳年上の長姉、2歳年上(早生まれのため3学年上)の次姉の3人でした。7,8歳上の長兄も居ましたが、私が生まれる前に病死し、男の子は私が一人でした。

○漁船員をしていた私の父は普段は大人しく口数の少ないところ、大酒飲みで酒を飲んだ時だけ気が大きくなってだいぶ母を困らせたようですが、母親は大変気が強く思ったことをズバズバという人で、私が小さい時から、私の将来が案じられると言うことを、私に向かってズバリ言う人でした。私の性格が父に似て大変大人しくて頼りにならなかったからです。

○ところが3人姉弟の中で2番目の次姉は、母に似て大変気が強く、小さい時から活発で近所の子どもの中では女ガキ大将的存在となり、弱虫の私が次姉の同学年の悪ガキにいじめられた時など、その仕返しをしてくれることも良くありました。

○その上次姉は小学校時代から大変成績が良く、当時の通信簿は5段階評価でしたが、体育科目も含めてオール5を取ってくることも良くあり、これに対し小学校4年生頃までの私の通信簿は平均して3以下でした。次姉は運動能力も高く運動会での徒競走ではいつも1位でクラスを代表するリレー選手にもなっていたのに対し、私は小学校4年生までは徒競走ではいつも10人位中でビリから2,3番目で5位以内に入ったことがありませんでした。

○このように私は次姉に比較し、大人しくて気が弱いだけでなく、勉強の面でも運動の面でも大変劣っており、おまけに生まれた時からの虚弱体質で良く風邪を引いては熱を出し、中耳炎を悪化させるなどで病院通いが多く、学校を休むことも多くありました。

○そのため母は私の行く末が心配で、「(次姉)たけ子は、活発で成績も良いのに、亀一は大人しくて成績も悪く、将来が心配だ。たけ子が男で亀一が女に生まれてくれば良かったのに。」と言い続け、私は小さい時から、自分自身を普通の人間より劣るダメ人間だと劣等感を持ち続けました。
以上:1,032文字

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