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後遺障害10級女子の労働能力・就労蓋然性を否認した地裁判決紹介

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令和 5年 3月30日(木):初稿
○自賠責10級11号左股関節機能障害を残す50歳女子無職(生活保護受給中)が、交通事故で第10級11号の後遺障害が残り、労働能力喪失率27%として、平成30年度年齢別(50~54歳)学歴計女性の平均賃金422万0700円を基準に逸失利益約1235万円等合計約1858万円の損害賠償請求をしました。

○生活保護受給中の場合、収入を得ると、それまで給付を受けた金額の範囲内で国が認定した金額を国に返還しなければならず、さらに金額が残れば生活保護が取り消されます。それでもよいとして1858万円の請求をしたと思われますが、これに対し、原告は交通事故で本件事故までの16年間は就労しておらず、単身生活であり家事労働を行っていたとは評価しがたい等から就労の蓋然性は認められないとして後遺障害逸失利益の発生を否認し、1割弱の約186万円のみの損害賠償を認めた令和4年4月25日名古屋地裁判決(自保ジャーナル2128号51頁)を紹介します。

○判決は、原告の逸失利益請求について、原告の本件事故当時の生活状況や就労歴,健康状態等を踏まえると,本件事故当時,原告が労働能力を有しており,就労の蓋然性があると認めることはできず、本件事故による後遺障害逸失利益は発生しないとしました。やむを得ない判決と思います。

○無職者の後遺障害逸失利益は,労働能力及び労働意欲があり,就労の蓋然性がある場合には認められるところ、生活保護受給中の逸失利益請求は、生活保護申請理由(就労蓋然性無し)と矛盾した理由での請求となりますので、慎重に行うべきでしょう。

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主   文
1 被告は,原告に対し,186万2353円及びこれに対する令和3年1月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第一 請求の趣旨

 被告は,原告に対し,1858万7005円及びこれに対する令和3年1月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要
1 本件は,被告が運転する自動車(以下「被告自動車」という。)と原告が運転する自転車(以下「原告自転車」という。)が衝突した交通事故(以下「本件事故」という。)により,原告が傷害を負い,後遺障害が残存したとして,被告に対し,民法709条及び自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)3条本文に基づき,人的損害1,858万7,005円及びこれに対する不法行為の日(平成31年2月8日)の後であり,自賠責保険金受領日の翌日である令和3年1月14日から支払済みまで民法(ただし,平成29年法律第44号による改正前のもの。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2 前提事実
(1)当事者

 原告は,昭和43年○月○○日生の女性(本件事故当時50歳,症状固定日である令和2年4月9日当時51歳)であり,昭和50年3月にCの養子となった。
 原告は,平成3年1月に元夫と婚姻し,平成3年○月○○日に長女を,平成7年○月○○日に次女を儲けた。原告は,平成10年6月に元夫と離婚したが,その際長女と次女の親権を取得した。
 原告の次女は平成25年頃独立し,長女は平成27年頃独立し,それ以降原告は単身で生活していた。
(2)本件事故の発生(下記の限度で争いなし)

         (中略)

(3)原告の稼働能力
【原告の主張】
 原告は,昭和62年に高等学校を卒業してから平成3年1月に元夫と婚姻するまで就労していたほか,平成10年6月に元夫と離婚するまでは専業主婦として家事労働に従事していた。元夫との離婚後は子と同居して子育て等の家事に従事するとともに,アルバイト就労をしていた。
原告は,本件事故当時,子が独立したため単身居住し,ストレスによる過呼吸症候群により稼働できない状態であったため無職であったが,就労能力及び就労意思がある状態であった。また,原告は近い将来,心臓疾患を患う原告の養父,筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病気を有する弟,高齢で認知症の母と同居して介護を行うことや結婚して主婦となり,家事労働に従事することも想定される。
 このように,原告には稼働能力があると認められ,本件事故により後遺障害逸失利益が発生した。

【被告の主張】
 原告に就労の蓋然性は認められず,後遺障害逸失利益は発生しない。原告が就労していたのは数十年前のことであり,原告の養父の会社でのアルバイトも具体的内容等が不明である。原告は,本件事故前の時点で,慢性腰痛,腰椎L4すべり症,円形脱毛症の既往症があり,過呼吸症候群でもあったほか,様々な服薬歴があることなどからすると,就労に耐え得る健康状態ではなかったと推測される。また,本件事故時点で無職であり,生活保護を受給していた。

         (中略)

第三 当裁判所の判断
1 認定事実


         (中略)

したがって,原告には,本件事故により第10級11号の後遺障害が残存したと認められる。

4 争点(3)(稼働能力)について
(1)前記認定事実(4)のとおり,原告は,本件事故当時,単身居住し,就労をしておらず,生活保護を受給して生活していたものであり,無職者であった。無職者の後遺障害逸失利益は,労働能力及び労働意欲があり,就労の蓋然性がある場合には認められるので,原告について,これらがあると認められるかについて検討する。

(2)
ア 本件事故当時の原告の心身の状況をみると,原告は平成13年頃から過換気症候群を患って心療内科への通院を継続して服薬治療を受けているが,ストレスにより生ずる発作のために,寝込んだり意識を失ったりすることもある程の重い症状である。就労はもとより,家事労働にも支障があるというべき身体の状態といえる。

イ 本件事故前の就労状況についてみるに,上記認定事実によれば,本件事故前に原告が就労をしていたのは,高校卒業後の昭和62年4月頃から元夫と婚姻した平成3年1月頃までの約4年間及び同夫との離婚後の平成10年頃から平成15年頃までの約5年間である。また,原告は,本件事故前には在宅ワークを探していたというが,実際に職を得るには至っていなかった。

 このように,原告は高校卒業後本件事故までの約30年間のうち,就労していたのは,その3分の1にも満たない期間であり,かつ,平成15年頃以降本件事故までの約16年間は就労をしておらず,生活保護を受給して生活していた。このような本件事故前の就労歴に照らすと,原告が,将来的に就労し収入を得る蓋然性は乏しいというべきである。


(ア)家事労働についてみても,原告は婚姻中の平成3年1月頃から長女が独立するまでの平成27年頃まで家事労働を行っていたというが,同居していた原告の長女及び次女は,上記アで説示した原告の身体状況を踏まえ,それぞれ自らの家事は各自行っていたとも原告自身が供述しているところであり,原告が行っていた家事労働は相当に限定的なものであったと評価すべきである。そして,原告は,平成27年頃に長女が独立してから本件事故まで上記のとおり単身生活をしているのであって,原告が本件事故当時,逸失利益の発生を認める前提となる家事労働を行っていたとは評価しがたい。

(イ)原告は,本件事故の5年ほど前から,養父である証人Cから原告の母らの介護を頼まれていた原告の母及び弟の介護をする予定があったと主張する。しかし,原告の供述及び証人Cの証言によっても,原告が母や弟の介護について,具体的な計画や予定を検討した形跡は認められない。加えて,証人および原告の供述等によっても,原告の母は認知症を患っていること,原告の弟はアルコール中毒であるなど,施設介護や職業介護の必要性がうかがわれる状況であって,ストレスによる発作のために意識消失状態に陥ることのある過換気症候群を抱える原告が,上記の状態の親族を介護する現実的可能性があるとも認められない。そうすると,原告が将来にわたり,他人のための家事労働を行う蓋然性も認めがたい。

(3)以上のとおり,原告の本件事故当時の生活状況や就労歴,健康状態等を踏まえると,本件事故当時,原告が労働能力を有しており,就労の蓋然性があると認めることはできない。よって,本件事故による後遺障害逸失利益は発生しない。

以上:3,493文字

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