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過労うつ病自殺に素因減額否認平成12年3月24日最高裁判決紹介2

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平成29年11月21日(火):初稿
○「過労うつ病自殺に素因減額否認平成12年3月24日最高裁判決紹介1」の続きで、判決全文の後半、判断部分です。
原審でうつ病罹患について素因減額したことの可否が最大争点となりましたが、最高裁は、「ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる」として素因減額を否定しました。


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二 以上の事実に基づいて、一審被告の民法715条に基づく損害賠償責任を肯定した原審の判断について検討する。
1 労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところである。労働基準法は、労働時間に関する制限を定め、労働安全衛生法65条の3は、作業の内容等を特に限定することなく、同法所定の事業者は労働者の健康に配慮して労働者の従事する作業を適切に管理するように努めるべき旨を定めているが、それは、右のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解される。

 これらのことからすれば、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の右注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。

2 一審被告のラジオ局ラジオ推進部に配属された後にAが従事した業務の内容は、主に、関係者との連絡、打合せ等と、企画書や資料等の起案、作成とから成っていたが、所定労働時間内は連絡、打合せ等の業務で占められ、所定労働時間の経過後にしか起案等を開始することができず、そのために長時間にわたる残業を行うことが常況となっていた。起案等の業務の遂行に関しては、時間の配分につきAにある程度の裁量の余地がなかったわけではないとみられるが、上司であるBらがAに対して業務遂行につき期限を遵守すべきことを強調していたとうかがわれることなどに照らすと、Aは、業務を所定の期限までに完了させるべきものとする一般的、包括的な業務上の指揮又は命令の下に当該業務の遂行に当たっていたため、右のように継続的に長時間にわたり残業を行わざるを得ない状態になっていたものと解される。

 ところで、一審被告においては、かねて従業員が長時間にわたり残業を行う状況があることが問題とされており、また、従業員の申告に係る残業時間が必ずしも実情に沿うものではないことが認識されていたところ、Bらは、遅くとも平成3年3月ころには、Aのした残業時間の申告が実情より相当に少ないものであり、Aが業務遂行のために徹夜まですることもある状態にあることを認識しており、Cは、同年7月ころには、Aの健康状態が悪化していることに気付いていたのである。

 それにもかかわらず、B及びCは、同年3月ころに、Bの指摘を受けたCが、Aに対し、業務は所定の期限までに遂行すべきことを前提として、帰宅してきちんと睡眠を取り、それで業務が終わらないのであれば翌朝早く出勤して行うようになどと指導したのみで、Aの業務の量等を適切に調整するための措置を採ることはなく、かえって、同年7月以降は、Aの業務の負担は従前よりも増加することとなった。その結果、Aは、心身共に疲労困ぱいした状態になり、それが誘因となって、遅くとも同年8月上旬ころにはうつ病にり患し、同月27日、うつ病によるうつ状態が深まって、衝動的、突発的に自殺するに至ったというのである。

 原審は、右経過に加えて、うつ病の発症等に関する前記の知見を考慮し、Aの業務の遂行とそのうつ病り患による自殺との間には相当因果関係があるとした上、Aの上司であるB及びCには、Aが恒常的に著しく長時間にわたり業務に従事していること及びその健康状態が悪化していることを認識しながら、その負担を軽減させるための措置を採らなかったことにつき過失があるとして、一審被告の民法715条に基づく損害賠責任を肯定したものであって、その判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

第二 平成10年(オ)第217号上告代理人○○○○の上告理由の第六及び平成10年(オ)第218号上告代理人○○○○の上告理由について
一 原審は、一審被告の賠償すべき額を決定するに当たり、民法722条2項の規定を適用又は類推適用して、弁護士費用以外の損害額のうち3割を減じた。
 しかしながら、右判断のうち次の各点は、是認することができない。

二 Aの性格を理由とする減額について
1 原審は、Aには、前記のようなうつ病親和性ないし病前性格があったところ、このような性格は、一般社会では美徳とされるものではあるが、結果として、Aの業務を増やし、その処理を遅らせ、その遂行に関する時間配分を不適切なものとし、Aの責任ではない業務の結果についても自分の責任ではないかと思い悩む状況を生じさせるなどの面があったことを否定できないのであって、前記性格及びこれに基づく一部の業務遂行の態様等が、うつ病り患による自殺という損害の発生及び拡大に寄与しているというべきであるから、一審被告の賠償すべき額を決定するに当たり、民法722条2項の規定を類推適用し、これらをAの心因的要因として斟酌すべきであると判断した。

2 身体に対する加害行為を原因とする被害者の損害賠償請求において、裁判所は、加害者の賠償すべき額を決定するに当たり、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度で斟酌することができる(最高裁昭和59年(オ)第33号同63年4月21日第一小法廷判決・民集42巻四号243頁参照)。この趣旨は、労働者の業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求においても、基本的に同様に解すべきものである。

 しかしながら、企業等に雇用される労働者の性格が多様のものであることはいうまでもないところ、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。しかも、使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う者は、各労働者がその従事すべき業務に適するか否かを判断して、その配置先、遂行すべき業務の内容等を定めるのであり、その際に、各労働者の性格をも考慮することができるのである。

 したがって、労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因として斟酌することはできないというべきである。

 これを本件について見ると、Aの性格は、一般の社会人の中にしばしば見られるものの一つであって、Aの上司であるBらは、Aの従事する業務との関係で、その性格を積極的に評価していたというのである。そうすると、Aの性格は、同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものであったと認めることはできないから、一審被告の賠償すべき額を決定するに当たり、Aの前記のような性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を斟酌することはできないというべきである。この点に関する原審の前記判断には、法令の解釈適用を誤った違法がある。

三 一審原告らの落ち度を理由とする減額について
1 原審は、一審原告らは、Aの両親としてAと同居し、Aの勤務状況や生活状況をほぼ把握していたのであるから、Aがうつ病にり患し自殺に至ることを予見することができ、また、Aの右状況等を改善する措置を採り得たことは明らかであるのに、具体的措置を採らなかったとして、これを一審被告の賠償すべき額を決定するに当たり斟酌すべきであると判断した。

2 しかしながら、Aの前記損害は、業務の負担が過重であったために生じたものであるところ、Aは、大学を卒業して一審被告の従業員となり、独立の社会人として自らの意思と判断に基づき一審被告の業務に従事していたのである。一審原告らが両親としてAと同居していたとはいえ、Aの勤務状況を改善する措置を採り得る立場にあったとは、容易にいうことはできない。その他、前記の事実関係の下では、原審の右判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるというべきである。

四 右2、3の原審の判断の違法は、原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。一審原告らの論旨のうち右の各点に関する部分は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決中一審原告らの敗訴部分は破棄を免れない。
 一方、一審被告の論旨は、その前提を欠くことが明らかであって、採用することができない。

第三 結論
 以上のとおりであるから、一審被告の上告は、これを棄却することとし、一審原告らの上告に基づいて、原判決中一審原告らの敗訴部分を破棄し、右部分につき、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官河合伸一 裁判官北川弘治 裁判官亀山継夫 裁判官梶谷玄)

以上:4,101文字

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