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適切治療による生存可能性で契約責任を認めた最高裁判例全文紹介

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平成26年 5月24日:初稿
○スキルス胃がんにより死亡した患者について胃の内視鏡検査を実施した医師が適切な再検査を行っていれば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったとして医師に診療契約上の債務不履行責任があるして、いずれも棄却した一審・二審の判断が棄却されて差し戻された平成16年1月15日最高裁判決(判タ1147号152頁、判時1853号85頁)全文を紹介します。

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主  文
原判決を棄却する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。 

理  由
 上告代理人○○○○の上告受理申立て理由第1について
1 本件は,スキルス胃癌により死亡した甲野秋子の相続人である上告人らが,秋子を診察した医師である被上告人に対し,診療契約上の債務不履行に基づき,被上告人が適切な検査をしなかったためスキルス胃癌の発見が遅れ,これにより秋子が死亡し,又は秋子がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性を侵害されたと主張して,これによって被った損害の賠償を求める事案である。

2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1) 秋子は昭和43年生まれの女性であり,被上告人は滋賀県近江八幡市で個人医院を開設している開業医である。

(2) 秋子は,平成11年6月30日,食事中に喉が詰まる感じがし,嘔吐をすることもあるなどの症状を訴えて,被上告人の診察を受けた。被上告人は,診察の結果,秋子の症状につき,急性胃腸炎,食道炎,膵炎の疑いがあると診断した。

(3) 被上告人は,同年7月17日に秋子を診察した後,同月24日に胃内視鏡検査(以下「本件検査」という。)を実施した。
 本件検査においては,秋子の胃の内部に大量の食物残渣があったため,その内部を十分に観察することはできなかった。もっとも,本件検査の結果によれば,幽門部及び十二指腸には通過障害がないことが示されており,胃潰瘍,十二指腸潰瘍又は幽門部胃癌による幽門狭窄は否定されるものであったから,胃の内部に大量の食物残渣が存在すること自体が異常をうかがわせる所見であり,当時の医療水準によれば,この場合,再度胃内視鏡検査を実施すべきであった。

 しかしながら,被上告人は,本件検査が上記のとおり不十分なものであり,また,異常をうかがわせる所見もあったにもかかわらず,再検査を実施しようとはせず,秋子の症状を慢性胃炎と診断し,秋子に対し,胃が赤くただれているだけで特に異常はない,心配はいらないと説明し,内服薬を与えて経過観察を指示するにとどまった。

(4) 秋子は,同年10月7日,滋賀県立成人病センター(以下「成人病センター」という。)で診察を受け,同月15日に胃透視検査,同月19日に胃CT検査,同月21日に胃内視鏡検査等の各種検査を受け,その結果,スキルス胃癌と診断された。当時の秋子は,胃壁全体の硬化が認められ,また,腹水もあり,癌の腹膜への転移が疑われた。

(5) 秋子は,同月22日に成人病センターに入院し,化学療法を中心とする治療を受けたが,同年11月には骨への転移が確認され,平成12年2月4日に死亡した。

(6) 被上告人による本件検査当時,秋子は既にスキルス胃癌に罹患しており,被上告人が,その直後に厳密な禁食処置をした上での再検査を行っていれば,その発見は,十分可能であった。しかしながら,秋子が成人病センターを受診した際には,既に腹水があり,腹膜への転移が疑われ,平成11年11月には骨への転移が確認されたことなどから,本件検査当時においても,既に顕微鏡レベルでは移転が存在したことが推認され,仮に,本件検査時のスキルス胃癌の診断がされ,適切な治療が行われていたとしても,秋子の死亡を回避することはできなかった。

(7) もっとも,本件検査が行われた同年7月の時点で秋子のスキルス胃癌が発見されていれば,上記時点における病状及び当時の医療水準に応じた化学療法が直ちに実施され,これが奏功することにより,秋子の延命の可能性があった。

3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,上告人らの請求を棄却すべきものとした。
(1) 被上告人には,本件検査当時,秋子に対し,近い期日に厳重な禁食処置の上,再度胃内視鏡検査を行うべき診療契約上の義務があったにもかかわらず,必要な再検査を実施しなかった過失がある。

(2) 本件検査当時に秋子に対し直ちに適切な治療が行われていたとしても,秋子の死亡の結果は回避できなかったから,被上告人の過失と秋子の死亡との間に因果関係を認めることはできない。

(3) 仮に,本件検査時点でスキルス胃癌との診断がされ,これに対する化学療法が行われていたとしても,秋子がその死亡の時点においてなお生存していた「相当程度の可能性」があったとまではいえない。

4 しかしながら,原審の上記判断(3)は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 医師に医療水準にかなった医療を行わなかった過失がある場合において,その過失と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないが,上記医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときには,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負うものと解すべきである(最高裁平成9年(オ)第42号同12年9月22日第二小法廷判決・民集54巻7号2574頁参照)。

 このことは,診療契約上の債務不履行責任についても同様に解される。すなわち,医師に適時に適切な検査を行うべき診療契約上の義務を怠った過失があり,その結果患者が早期に適切な医療行為を受けることができなかった場合において,上記検査義務を怠った医師の過失と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されなくとも,適時に適切な検査を行うことによって病変が発見され,当該病変に対して早期に適切な治療等の医療行為が行われていたならば,患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときには,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき診療契約上の債務不履行責任を負うものと解するのが相当である。

(2) 本件についてこれをみると,前記事実関係によれば,平成11年7月の時点において被上告人が適切な再検査を行っていれば,秋子のスキルス胃癌を発見することが十分に可能であり,これが発見されていれば,上記時点における病状及び当時の医療水準に応じた化学療法が直ちに実施され,これが奏功することにより,秋子の延命の可能性があったことが明らかである。そして,本件においては,被上告人が実施すべき上記再検査を行わなかったため,上記時点における秋子の病状は不明であるが,病状が進行した後に治療を開始するよりも,疾病に対する治療の開始が早期であればあるほど良好な治療効果を得ることができるのが通常であり,秋子のスキルス胃癌に対する治療が実際に開始される約3か月前である上記時点で,その時点における病状及び当時の医療水準に応じた化学療法を始めとする適切な治療が開始されていれば,特段の事情がない限り,秋子が実際に受けた治療よりも良好な治療効果が得られたものと認めるのが合理的である。これらの諸点にかんがみると,秋子の病状等に照らして化学療法等が奏功する可能性がなかったというのであればともかく,そのような事情の存在がうかがわれない本件では,上記時点で秋子のスキルス胃癌が発見され,適時に適切な治療が開始されていれば,秋子が死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったものというべきである。
 そうすると,本件においては,秋子がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性が認められるから,これを否定した原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるというべきである。

5 以上によれば,原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。そして,損害の点について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
 (裁判官・横尾和子,裁判官・甲斐中辰夫,裁判官・泉德治,裁判官・島田仁郎 裁判長裁判官・深澤武久は,退官につき署名押印することができない。裁判官・横尾和子)
以上:3,500文字

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