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男女性差再考

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平成12年 6月 1日:初稿 平成17年 1月 8日:更新
■初めに
 前回は、女性の性欲求表現解放時代の到来を実感したを、「処女」と言う言葉の意味の変遷を通じて記述しました。これを昭和38年生まれの妻に読んで貰ったところ、10年以上前の感覚だと嗤われました。今の若い女性がこんな文章を読んでも、何、これと、不思議がられるだけだというのです。私の感覚は、時代の流れに比較し、まだまだ遅れているようです。

■男女の性差再考
 昭和26年生まれの私にはまだ男社会の遺物感覚が残っているようです。
 というのは私は男女の性差としては、あくまで一般論ですが、夫は妻との性関係に充足感を感じて満たされていたとしても、尚、妻以外の女性と性関係を持つことを望むのに対し、妻は夫との性関係で充足感を感じ、十分満たされておれば他の男性と性関係を持つことは望まないのものとこれまで確信していました。要するに夫婦間の性関係が満たされていれば妻は浮気欲求は持たないのに対し、夫はそれでも尚浮気欲求を持ち、それが男女の性差の決定点ではないかと思いこんでいたからです。

 その理由は、男女の性感覚の強さ、深さの違いにあります。男の性感は薄っぺらなものにであるのに対し、女の性感覚は男とは比べものにならないほど深く広いと言われています。男は性行為によって相手の女を構っていられないほどの我を忘れる深い快感は持てません。男の絶頂は射精時ですが、これとてわずか一瞬の出来事であり、射精後あっという間に快感は冷め、到底、我を忘れる忘我の境とは言えません。

 これに対し、絶頂期が訪れた女は、男の射精時より遙かに長い時間、正に忘我の境を彷徨い、相手の男のことなど構っていられなくなります。時に女の余りの忘我ぶりに男は恐れおののく場合もありますが、男は自分自身の快感を求めるよりはむしろ女を忘我の境に導くことに歓びを感じます。男自身の快感は所詮薄っぺらなものだからです。
 この忘我の境に至ることが出来るかどうかが、男女の決定的な性差であり、女は一人の男によって忘我の境に常に至る状況においては他の男を求めず、男は女を忘我の境に導くことに歓びを感じ、しかし自分自身の快感は薄っぺらなために出来る限り多くの女を忘我の境に導きたいと願う、即ち妻以外の女も求めるのではとしばらく思ってきました。

 しかし最近この考えも男社会の遺物感覚ではと考えるようになりました(以下、次号に続きます)。(平成14年 9月 1日記)
以上:997文字

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