平成21年9月11日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

仙台地方裁判所第3民事部平成17年(ワ)第1614号,平成18年(ワ)第499号 損害賠償請求事件

ロ頭弁論終結日 平成21826

 

判決

 

仙台市

原告         X

同訴訟代理人弁護士  小松 亀一

宮城県○○市

被告(○○○○号事件)  Y1

          (以下「Y1」という。)

同訴訟代理人弁護士  ○○○○

東京都千代田区丸の内1丁目 21

被告(×××号事件)   東京海上日動火災保険株式会社

                    (以下「被告東京海上」という。)

同代表者代表取締役  隈  修三 

同訴訟代理人弁護士  ○○○○

主文

1 Y1は,Xに対し,金5855万4231円及び内金4990万2765円に対する平成21年7月9日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員(ただし,上記内金のうち541万円の限度で被告東京海上と連帯して)を支払え。

2 被告東京海上は,Xに対し,前項の内金4990万2765万円の内金541万円をY1と連帯して支払え。

3 Xのその余の請求を棄却する。

4 訴訟費用はこれを9分し,その1をXの,その1を被告らの,その7をY1の負担とする。

5 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求

1 Y1は,Xに対し,金6729万7632円及び内金5696万2474円に対する平成21年7月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告東京海上は,Xに対し,前項の内金5696万2474円の内金541万円をY1と連帯して支払え。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

4 仮執行宣言

第2 事案の概要等

1 事案の概要

 本件は,X運転の車両にY1が衝突する交通事故が発生したことから,Xが被告らに対し,その損害の賠償を求める事案である。

2 前提事実等

 当事者間に争いがない事実のほか,証拠(事実ごとに後掲)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)Xは,普通乗用自動車(以下「X車両」という。)を運転して,平成16年10月2日午後8時20分ころ,宮城県○×町△△番地付近T字路交差点を,前方の青色信号にしたがって右折するために交差点内に進入したところ,進路右側からY1の運転する普通乗用自動車(以下「Y1車両」という。)が赤信号を無視して交差点に進入したため,X運転車両の右前部側面にY1車両前部が衝突する事故が発生した(以下「本件事故」という。)。(争いなし)

(2)Xは,本件事故により,救急車で○△病院に搬送され,処置を受けた。その際治療にあたった同病院医師らより,強く入院を勧められたが,Xは,債権者への支払を滞らせたくなかったこと,仕事上の施主や元請業者との業務上の打合せ等がなしえなくなること等からこれを拒否し,息子を迎えに来させて同医師に無断で帰宅した。(甲19)

 その後,Xは,自宅近くの□△整形外科に,平成16年10月4日から平成17年4月4日までの間,合計129日間通院したほか,□○病院には平成16年12月6日と同月15日の2日通院し,また×○病院(眼科)には平成16年10月26日から平成17年4月1日までの間,合計12日間通院した。(争いなし)

(3)Xは,上記(2)記載の各医療機関においてそれぞれ治療を受けた上,後遺症に関しては,まず右眼につき,×○病院において,傷病名として右外傷性視神経損傷,後遺症として右視力低下(0.05)及び視野狭窄が認められるとの診断を受けた。(甲8の1ないし4,9)

 また,□△整形外科においては,傷病名として外傷右肩関節周囲炎,後遺障害の内容として右肩関節の拘縮が残存との診断を受けた。(甲7)

 これを受けて,Xは,被告東京海上に対し,自賠責保険後道障害等級認定申請をしたところ,被告東京海上は,右肩関節重苦感については「局部に神経症状を残すもの」として後遣障害等級14級9号に該当するとしたが,右肩関節の機能障害については,同部に骨折・脱臼や雌板損傷等の可動域制限の原因となる器質的損傷は認められないとして非該当と判断し,また右眼の障害については,「検査記録」において対光反応,前眼部・中間透光体・眼底,中心フリッカー値が正常とされており,視路,視中枢の障害も所見されていないことから,本件外傷と視力障害および視野障害との相当因果関係に乏しいとして,非該当と判断した。(争いなし)

第3 争点

1 Xの右眼の障害(視力低下,視野狭窄)の有無

2 Xの右眼の障害と本件事故との相当因果関係の有無

3 Xの右肩関節の機能障害の有無

4 損害額

5 素因減額の可否及び割合

第4 争点に関する当事者の主張

1 争点1について

(1)Xの主張

 以下の事情からすれば,Xの右眼には視力障害及び視野狭窄という障害が存することは明らかである。

ア 本件事故の具体的態様からすれば,Xの右眼に障害が生ずるのは当然である。

 すなわち,X車両はジープで運転席右側にスチール製のバーがついていたが,本件事故においてY1車両右前部角がX車両右側面に衝突した瞬間,Xの身体は大きく左側に振られ,次いでその反動で右側に身体が振られて,運転席右側のバーに右眼腐付近が衝突した。さらに,Xの身体は車外に2メートルほど放り出され,最初に顔面の右眼付近を道路に強打し,次に右半身が道路に叩きつけられた。道路に顔面部が衝突したときは,Xの窪んだ右眼腐周囲の出っ張った骨部分全体が面として直撃されたものである。 被告らは,Xの受傷機序は外傷性視神経症を起こすような受傷機序ではないと主張するが,眉毛部外側の打撲でないとは断言できるものではないし,Xの診察に当たったA医師(以下「A医師」という。)も,尋問に代わる回答書(以下「A回答書」という。)において,外傷性視神経損傷の「発症機転は眉毛部外側の鈍的強打によるものが圧倒的に多」いとするが,「前額部や顔面の打撲でも発生する可能性はある」としている。さらに,医学文献(甲第27号証)においても,外傷性視神経症は「広義の意味では,頭部のいかなる外傷に視神経が直接的または間接的に障害されるものである」,「前額部や顔面の打撲でも発生する可能性はある」としている。

イ Xの右眼を直接診察し,Xの右眼の状態を最も良く知るA医師は,種々の療法を試みても回復せず,その回復可能性のない状況から外傷性視神経症と診断している。

 すなわち,A医師は,平成16年10月26日から平成17年4月1日までの158日に及ぶ期間(実日数は11日),Xの診察・治療にあたり,Xの右眼を「外傷性視神経損傷」と診断しており(甲第21及び乙4号証(甲第21号証と乙第4号証はいずれも同じ各医療機関からの文書送付嘱託にかかる送付文書である。以下に同じ)43頁),A回答書においても臨床経過,視力障害! 視野障害との根拠を挙げて,Xの右眼に視力低下及び視野狭窄が認められ,これが外傷性のものであることを認めている。

 被告らは,自覚的検査結果と他覚的検査結果との解離をいうが,A回答書のとおり,平成16年10月2日の外傷後24日を経た10月26日のオクトパス視野検査及び同月27日のゴールドマン視野検査で中心・視野の感度低下が主たる視野障害となっており,これは視神経繊維の外傷性障害が黄斑中心部からのものに限られ,視力に関わる神経線雑に限定的な障害が残ったものと考えられる。このような状態においては,RAPDが陰性であることもありうると考えられるのであるから,外傷性視神経症と認められることに問題はない。

ウ また,本件事故後Xの視力障害発見に至る経緯からしても,Xに視力障害及び視野狭窄が生じたと見るのが自然である。

 Xは,本件事故による傷害で,右眼の眉毛のすぐ下の部分と右眼すぐ下の部分に裂傷を負い,脂肪が露出する状況となった。その結果Xの右眼は大きく腫れ上がり,目を開けられない状況が10日間ほど継続し,平成16年10月12日こうになってようやく右眼を開けられるようになったが,白目部分は真っ赤に充血したままで,右眼ほかすんで見えない状況であった。この時Xは,素人考えで充血部分が引けば視力が回復すると考え,すぐには受診しなかったが,1週間程度経過して充血が引いても視力は回復しなかったため,さらに1週間経過した同月26日に至って×○病院眼科を受診した。

 なお,Xが,当初から視力低下等の症状を訴えていたことは,□△整形外科の診療録(甲21及び乙4・19頁,37頁)から明らかである。被告らは,本件事故直後には視力に異常がなく,本件事故後24日経過した平成16年10月26日になって異常を訴えたもので不自然であると主張するが,かかる事実経過をねじ曲げるものである。

エ Xは,視力回復のための真塾な努力をしている。

 Xは,平成16年10月26日に×○病院を受診した際,大工の商売道具というべき眼が「回復の可能性が少ない」ことを告げられショックを受けるも,その回復を祈念して,平成17年4月1日までの約5か月半の間,12日間通院し,治療の為に与えられた薬を使用したほか,視力の回復を祈念して種々の努力をしてきたが,平成17年6月22日の×○病院での診察において,今後視力が改善する見込みはないとの最終診断を受けたものである。さらにXは本件事故後の平成19年10月4日及び同年11月19日にも□○病院眼科を受診しているが,そのいずれにおいても 同病院B医師(以下「B医師」という。)により,右眼の視力障害,視野狭窄が診断されており,症状は全く回復せず固定している。

オ 大黒浩医師作成の鑑定書(以下「本件鑑定書」という。)においてもXの視力障害及び視野狭窄の存在については,端的に「X本人の右眼について,裸眼視力0.05−0.06(矯正不能),心因性視野狭窄が認められる」と認められている。

力 鑑定書添付の「視野(眼科プラクティス15)」280頁,被告ら提出の眼科検査法ハンドブック(第4版)」(丙第1号証)340頁以下,「図説臨床眼科講座常用版5神経眼科」(甲第46号証)等の医学文献によれば,視力障害と詐病との判断にはVEP(視覚誘発電位)検査があるが,B医師作成の診断書(甲第34号証)記載のフラッシュVEP検査結果によれば,Xの右眼は129.25msecであり,左右差も大きいから,明らかに異常である。

キ 被告らは,Xが平成19年7月20日に免許の更新をしていることをもって,Xの右眼の障害が詐病であるとの根拠としているが,妥当でなしい。

(ア)Xは,平成19年7月20日に免許の更新をしているが,この際,従前有していた大型1種免許,普通自動車1種免許,自動二輪中型免許のうち,大型1種免許については,右眼の視力が規定視力に達しないこと,深視力も規定の数値に達しないことから失効している。

 普通自動車1種免許,自動二輪中型免許については,測定機器を用いた適性検査(視力)において右眼についてほとんど見えなかったため,別室にて再検査となった。再検査は視力検査表を用いて2度行ったが,

 Xは,1度目の測定においては,まず検査表から4ないし5メートル離れた位置に立って測定したが,右眼では最上列のランドルト環もほとんど見えず,答えられなかった。担当検査官は立つ位置を前にするよう促し,Xは検査表から約2メートルの位置に立って測定したが,今度は最上列のランドルト環はぼんやり見えたものの,2段目以下は全く見えなかった。

 ここでXは,担当検査官から休憩するよう指示され,10分ほど休憩したが,このとき担当検査官に指示されて着席したのが視力検査表の真横であったため,Xは,担当検査官の目を盗み,視力検査表の 最上段のランドルト環を暗記した。その後,2度目の測定を行った際には,Xは,最上段のランドルト環について先に暗記したとおり答えたところ,担当検査官は何とか合格だとの趣旨の発言をし,検査は終了した。

(イ)Xの運転免許更新の際の顛末は上記のとおりであり,不適切な行為を行ったことは確かであるが,これは,Xがこの当時運転免許更新のためには両眼とも0.7以上必要と誤解しており,運転免許がなくなると今後の生活に重大な支障をきたすと考えていたことから,やむにやまれず行ったものである。

 また,このときXが更新した普通自動車1種免許及び自動二輪中型免許の視力要件は,「視力が両眼で0.7以上,かつ,−眼でそれぞれ0.3以上であること又は一服の視力が0.3に満たない者若しくは−眼が見えない者については,他眼の視野が左右150度以上で,視力が0.7以上であること」とされているところ,Xの正常な左眼はこれをクリアしているから,実質的違法性はない。

 なお,この際の視力検査の結果につき,宮城県警察による個人情報の開示を受けたところ,左眼0.5,右眼0.3で両眼合わせて0.7を上回るので合格とされていた(甲第45号証)。しかし,Xは左眼についてはこのときも少なくとも1.2以上の視力があったものである。にもかかわらずかかる記‐載となっているのは,Xの場合右眼が0.3未満であっても左眼だけで合格要件を満たしていたが,そのためには左眼の視野が150度以上あるかどうかの検査が必要となるところ,視野検査をするためにはそのための機材や検査人員が必要となるなど手間暇が大きくなるため,Xの右眼が実際には0.3未満でも計測上0.3あったことにし,かつその分左眼の視力を実際より低めにしてつじつまを合わせたものと考えられる。いずれにしても,上記同日の視力検査については記載結果はいいかげんなものであり,Xの右眼視力低下に疑問をさしはさむものではない。

ク 被告らは,Xの右眼についての自覚的検査結果と他覚的検査結果との間に解離・矛盾が認められるとして,Xの右眼を詐病とするが,以下のとおり相当でない。

(ア) オクトパス視野検査において,視力に最も関係する領域は中心0°付近であるところ,オクトパス視野検査結果(乙第4号証54頁)のGreyscale of values図中心である0と0の交差する箇所が視力を出している黄斑中心腐であり,この場所の感度低下がXの視力低下の原因である。この箇所は直径わずか0.3mmの円部分であり,この場所を限定して意識的に感度を低下させることは不可能に近い。また,コールドマン視野検査における内部インプターも相当程度狭くなっており,これは上記オクトパス視野検査の中心視野の感度低下と一致するものである。         

(イ)被告らは,中心フリッカー値が正常であることを論難するが,フリッカーとは固視標を点滅させてそのちらつきを感じなくなったときの点滅の頻度をいうもので,フリッカー値検査でのちらつきがあるかどうかの判断は非常に微妙であり,ちらつきがなくなったと正確に判断することは困難であるから,その検査結果は相当程度誤差の幅が大きい検査であり,この結果をもって詐病かどうかの判断は不可能である。

(ウ)被告らは,平成16年10月27日のゴールドマン視野検査の結果をもって,黄斑からの神経線維が障害された中心感度の低下ではないと主張するが,同検査結果(乙第4号証56頁)記載のとおり,内部インプターが小さい範囲となっており,かつ,本来正常であれば円であるべきところが歪んだ円になっていることも視野異常の表れである。

 また,ゴールドマン視野検査の結果と,オクトパス視野検査のGreyscale of values図中心である0と0の交差する箇所が黒ずみ,かつComparisonsでの中心点が13dBとなっていることと一致する。

 さらに,Xの3度のゴールドマン視野検査において,すべて盲点がほぼ同じ位置にはっきり出ている。仮に意図的に視野範囲をごまかして回答した場合,このようなことは考えられない。

 被告らは,あたかも外傷性視神経損傷の場合の視野欠損は水平性欠損と上方欠損に限られるかのごとく主張するが,医学文献(甲第29号証66頁表1)によれば,確かに外傷性視神経障害での視野欠損は上方欠損の発症頻度が高いが,中心暗点の視野障害も比率は小さいものの発症があるのであり,発生する可能性は大いにあり得る。

(エ)被告らは,オクトパス視野検査の結果について,偽陰性率が高いことから,患眼(右眼)が悪いことを強調しようと,健眼(左眼)は正常だから過剰に反応していたという意味で,Xの作為をさらに強調するものと評価される旨主張する。

 確かに,3回にわたるオクトパス視野検査におけるXの患眼(右眼)の偽陰性率は高いが,正確には偽陰性率とは視野検査中に一度応答のあった部位に最高輝度の視標を提示し答えなかった割合であり,約10ないし15パーセントを超える場合には患者が集中力を欠いたり検査内容を理解していない可能性があるというものであり,必ずしも見えるはずの視標照度で応答がなかった場合といえるものではないし,さらに非常に進行した症例では,固視のわずかな変動で偽陰性率が上昇することがあるとされている。

 さらには,偽陽性率と偽陰性率とをあわせてRFreliability factor)として評価され,このRF15パーセント以下なら十分信頼性ある測定結果として評価してよいとされているところ,平成16年10月26日のXの患眼(右眼)のRFは,偽陽性率は0パーセント,偽陰性率は12.5パーセントであるから,十分信頼性ある測定結果と評価される。

 また,平成16年12月20日、平成17年4月1日の2ないし3回目の検査結果で偽陰性率が高くなっているのは,上記の「さらに非常に進行した症例では,固視のわずかな変動で偽陰性率が上昇することがある」に該当する可能性があるし,医療文献(甲第29号証67頁)によれば,心因性求心性視野狭窄もありうるところ,Xの場合,本件交通事故によって右眼の視力低下により仕事ができなくなるという大きなストレスを感じていたため,心因性も加味されて2ないし3回目の検査結果での偽陰性率が高くなった可能性があるから,検査の信頼性が疑われるものではない。

(オ)被告らは,Xの平成16年10月26日のオクトパス視野検査の結果につき,視神経の視野の広範囲にわたる大幅な低下を認めながら,検査結果自体の信用性について具体的な主張をしないまま,Xの右眼の障害を詐病と主張しているが,同検査の信頼性の指標となるRFの値が信頼性ある検査結果であることを示しているのは上記のとおりであり,Xの患眼(右眼)の広範囲にわたる大幅な低下も被告ら自身認めていると評価される。

 被告らは, 特に,「Swinging flash light test」における相対性瞳孔求心路障害(RAPD)が陰性との結果を問題にしているが,同検査はわずか1回だけであり,この1回だけの検査結果との比較だけでオクトパス視野検査結果の信用性がないと決めつけるのは不当である。

 フリッカー計検査結果も同様に1回だけであり,これだけで結論を出すのは不当である。

(カ)被告らの主張は,外傷性視神経症の一般論としての傾向をそのまま適用して,そこから少しでも外れたならば外傷性視神経症に該当しないとの硬直的,機械的,形式的な主張である。医学文献(甲第30号証)によれば「視覚系は,感覚系の中でも最も複雑なシステムである。聴神経線雑は約3万本からなるが,視神経は約100万本あり,全脊椎の後根線維よりも遥かに多い。」とあり,これだけ多くの量と複雑さを合わせた視神経の異常の具体的臨床例は多種多様にあるはずである。人間の身体,特に神経症状については,現時点で科学的に解明されていない部分が解明された部分より遥かに多いことは周知の事実であり,わずかに解明された部分のみの症例を基準としてこれに当てはまらない場合は認めないとの被告らの姿勢は,大量・迅速な事務処理が求められる自賠責保険金支払実務においてはやむをえない面があるとしても具体的個別的に損害の公平な救済を図るべき司法判断実務においては慎重かつ柔軟に判断すべきである。

(キ)被告らは,Xの視力障害が本件事故直後には生じていなかった可能性があると主張するが,本件事故直後から10日間程度,Xの右眼は大きく腫れ上がってふさがっており,事実上視力ゼロの状態であったのであるから かかる主張は邪推でしかない。

(2)被告らの主張

 以下の事情からすれば,Xの視力障害等については詐病の可能性を疑わざるを得ず,Xの右眼には外傷性の視力障害及び視野狭窄は認められない。

ア 視力検査・視野検査は,被験者の応答に依存する自覚的検査のため,得られた検査結果をそのまま信用することはできず,それが他党的検査(被験者の応答に依存しない検査)の結果との整合性を検討した上判断しなければならない。

 しかし,Xについては,視神経障害の存在を示す他覚的検査結果は見当たらない。×○病院における平成16年10月29日の頭部MRIにおいても異常所見は認められていない。A回答書における外傷視神経症の診断根拠も,事故後視力低下を生じたという自覚症状と,オクトパス視野検査・ゴールドマン視野検査という自覚的検査結果だけであり,他覚的検査についての記載は何もない。

イ 外傷性視神経症は,眉毛部外側の打撲により介達性に視神経管部が障害されるという事故時の外力作用部位・方向性に特色がある。

 Xにおいては右眉下方,右眼上下に裂傷があったが,これは外傷性視神経症の受傷部位ではないし,力の作用方向も異なっているから,外傷性視神経症を起こすような受傷機序ではない。

ウ 外傷性視神経症の診断には,「Swinging flash light test」(視神経の左右差を検出する他覚的検査)により相対性瞳孔求心路障害(RAPD)を認めるということが重要なポイントとなる。同テストは,健眼視力1.0、患眼視力0.8程度の視力差しかない軽度の外傷性視神経症でも陽性となる,非常に鋭敏な検査である。

 しかし,Xの場合,×○病院での検査結果(乙第4号証77頁)は異常所見なしと記録されており,RAPDが陰性となっている(同号証45頁)。Xの主張するように,健眼(左眼)視力1.5,患眼(右眼)視力0.05という著しい視力差が本当に右眼の外傷性視神経症によるものであるならば,同テストにおいて必ずRAPDは陽性となるはずである。

 この点,A回答書は,被告らが上記のとおり指摘した,自覚的検査結果と他党的検査結果との解離について,「平成16年10月2日の外傷後24日を経た10月26日のオクトパス視野検査及び同月27日のゴールドマン視野検査で中心視野の感度低下が主たる視野異常となっており,これは視神経線維の外傷性障害が黄斑中心部からのものに限られ,視力に関わる神経線維に限定的な障害が残ったものと考えられる。このような状態においては,RAPDが陰性であることもありうると考えられる。」としている。

 しかし,A回答書は,オクトパス視野検査の所見の読みに大きな誤りがある。すなわち,オクトパス視野検査結果は「Comparisons」で視野検査を評価するところ,A回答書のいう「中心・感度の低下」なら,中心部のみ数値が記載され(中心部ほど大きな数値となる),その他の部分はすべて十表示となるはずが,本症例では,傍中心部に低下があるものの,周辺部にはそれ以上の低下があり,中心感度の低下あるいは中心暗点と評価されるような検査結果ではない。平成16年10月27日のゴールドマン視野検査も,中心感度の低下あるいは中心晴点というパターンではない。

 これほど多くの点で有意の低下があるのなら,視神経繊維は中心ばかりでなく周辺繊維もかなり障害されていることを意味し,RAPDは当然陽性となるはずであるが,RAPDは陰性である。

 なお,Xは同検査は1回だけであると主張するが,診療録(乙第4号証)77頁の「対光反応」の欄に記載があるのは「16.10.26」だけで,以後は空欄となっているが,これは「Swinging flash light test」を行っているものの異常所見がないことから空欄となっているだけである。X自身も本人尋問において,毎回対光反応の検査を受けていたことを認めている(X本人33頁)。

エ 視神経障害があると受傷時から一定期間が経過すると視神経萎縮による視神経乳頭の蒼白化が眼底所見から認められるはずである。

 しかし,本件では,事故後しばらくしてから右眼神経乳頭の蒼白化は出現していない。すなわち,診療録(乙4)の49頁以下において記載されているとおり,初診時より2ないし3か月間にわたって,右眼底の蒼白化ないし視神経萎縮は認められていない。

 この点,A回答書では,上記のように「本例のようにきわめて限定的な障害であれば,視神経萎縮が明らかにならないことも考えられる。」としているが,平成16年10月26日のオクトパス視野検査が中心部だけの感度低下ではないことは上記のとおりであるし,オクトパス視野検査は同年12月2日及び平成17年4月1日にも実施されているが,さらに悪化して感度低下が顕著である。オクトパス視野検査で実施されたすべての点において,これほどまでの低下が真にあるのであれば,絶対に視神経萎縮に陥るはずである。

オ 外傷性視神経症の場合には,受傷直後がもっとも顕著な祝機能低下に陥り,その後徐々に回復するという経過をたどるのが一般である。

 しかし,Xにおいては,事故後24日後の平成16年10月26日眼科初診時の右眼の視力は0.05とされているが,真に外傷性視神経症であったのならそれ以前はもっと悪い視力であったはずであり,そうであれば事故後すぐに眼科を受診したはずであるが,Xはそうしていない。

 また,ゴールドマン視野計を用いて視野の異常の有無等を測定する自覚的検査であるゴールドマン視野検査は,平成16年10月27日,同年12月21日,平成17年3月28日の3回実施されているが,初回検査が最も視野範囲が広く良好との結果となっており,これも外傷性視神経症とは異なる経過となっている。2回目及び3回目の同検査では求心性視野狭窄の所見であるが,一般に外傷性視神経症の視野は水平性欠損,特に上方欠損という形を取ることが多く,求心性視野狭窄や中心晴点などの所見を呈する場合には一般には他の疾患を疑うべきであるとされている。

 平成16年10月27日のゴールドマン視野検査結果(乙第4号証・56頁)は,A回答書にいう「内部インプターの縮小」というより,「ほぼ正常に近い視野のまま,全体的に感度が低下しており,マリオット盲点の拡大も認められる」と評価されるものであり,黄斑からの神経線維が傷害された中心感度の低下というような検査結果ではない。

力 フリッカー視野計を用いる中心フリッカー値の検査は,視神経機能をみる自覚的検査であるが,各種神経疾患に対する感度が高く,視神経疾患に対する特異度も高い。一般に35Hz以上は正常,25Hz以下を異常,26ないし34Hzが要検査とされている。

 Xの中心・フリッカー値(乙第4号証77頁)は右が32ないし42Hz,左が28ないし32Hzと健眼(左眼)より患眼(右眼)の方が良好な結果となっている。この中心フリッカー値からは,視神経機能は右眼の方が左眼よりかえって良好ということとなり,視力検査の結果とは相反するものとなっている。仮に左右を逆に記載していたとしても悪い方の値が28ないし32Hzという結果は,視神経機能低下はそれほど強くなく,正常範囲であることを示している。

 この点A回答書では,「10月26日のオクトパス視野検査では,中心視野の視神経線維の障害が質斑中心鶴からのものに限られ,傍中心のものは保たれているため,中心フリッカー値が正常を示したのではないかと考えられる。」としているが,同日のオクトパス視野検査では黄斑中心嵩からのものばかりでなく,周辺部からの繊維も相当障害されている。このオクトパス視野検査結果が真のものなら,当然中心フリッカー値は異常になるはずである。

 Xは,同検査を,ちらつきがあるかどうかの判断は微妙で,相当程度誤差範囲の大きい検査とするが,そのような誤差をなるべく排除する目的で,Xに対しても複数回の検査が行われているが,×○病院の診療録に記載された中心フリッカー値の11回の測定結果をみるとばらつきはほとんどなく,右眼中心フリッカー値はどの測定結果もすべて左眼中心フリッカー値より良好である。

キ コンピューターを使用した静的量的視野検査であるオクトパス視野検査では,自覚的検査結果の信頼性を調べるため,偽陽性(視標提示がないにもかかわらず応答があった場合)率・偽陰性(見えるはずの視標輝度で応答のなかった場合)率が測定される。一般に,偽陽性率・偽陰性率が15パーセントを超えると,検査結果に信頼性がないとされる。 Xに対しては,オクトパス視野検査は平成16年10月26日,同年12月2日及び平成17年4月1日に実施されているが,偽陰性率はそれぞれ12.5パーセント,50パーセント,37.5パーセントと高い数値を示しており,検査結果は不当に低く出ている可能性が高い。

 この点A回答書では,「偽陰性が高い数値を示すのは心因性の要因が加わっているためと思われる。左オクトパス視野に異常がみられないことから,検査そのものは信頼できると考えられる。」とするが,健眼である左眼の偽陰性も非常に高い。これは,(実際に光は出ていないのに)光を出すときに出る操作音だけに反応してブザーを押していたからであり,患眼(右眼)が悪いことを強調しようと,健眼(左眼)は正常だから過剰に反応していたという意味で,Xの作為をさらに強調するものと評価される。

ク 傷害部位及び視機能低下発生時期に関して,Xは医学文献を挙げて反論するが,Xの挙げる文献(甲第27ないし29号証)において呈示された症例は,「Swinging flash light test」陽性という視神経障害を示す他党的検査所見は満たした上での統計報告である。

ケ Xは,もともと大型及び普通第一種自動車免許と普通自動二輪車免許を有していたところ,本件事故の後である平成19年7月20日に免許の更新をしており,中型第一種免許に合格している。免許更新の際には,視力検査も実施されているところ,これをクリアしていることは,Xの右眼の視力障害について詐病を可能性を疑わざるを得ない。

 この点Xは,休憩の際に視力検査表を暗記したからであるなどと弁解するが,宮城県公安委員会に照会した結果によってもかかる不正行為がなしえたとは考えられず,信用できない。

2 争点2について

(1)Xの主張

ア Xの視力障害及び視野狭窄は,外傷性と評価すべきであり,本件事故との因果関係があることは明白である。

(ア)鑑定書においても,「臨床医学において今までの常識を覆すような事例も時としてまれにあることから,100%外傷性視神経症によるものではないと言い切れない」としている。

(イ)最も重要な点は,Xの右眼障害は各種検査結果から外傷性と断ずるには疑問が生じることもあったはずのところ,Xの右眼を直接診察し,Xの右眼の状態を最も良く知るA医師が,種々の療法を試みても回復せず,その回復可能性のない状況から外傷性視神経症と診断したことである。

(ウ)文献(甲第30号証)によれば,「視神経は,感覚系の中で最も複雑なシステムである。聴神経線維は約3万本からなるが,視神経は約100万本あり,全脊椎の後根線維よりも遥かに多い。」とあり,これだけ多くの量と複雑さを合わせた視神経の異常の具体的臨床例は多種多様にあるのが当然であり,本件においては外傷性と認めて何ら不合理はない。

(エ)Xは本件事故後の平成19年10月4日及び同年11月19日に□○病院眼科を受診しているが,そのいずれにおいても,右眼の視力障害,視野狭窄が診断されており,外傷性視神経症(疑い)とされている。

イ 仮に,上記障害が外傷性と認められないとしても,心因性によるものであり,本件事故態様及びXの受傷状況からすれば,事故による極度のストレスが原因で発生したことは明白であり,本件事故との因果関係があることは明白である。

(2)被告らの主張

ア 上記1(2)のとおり,Xの右眼の障害は詐病の可能性があり,また外傷性視神経症と認めることはできないものであるから,本件事故との因果関係も認めることはできない。

イ また,Xの右眼の障害が心因性であるとの証明はなされていないから,Xの右眼の障害が心因性によるものであることを前提として,本件事故との因果関係を認めることはできないものである。

 本件鑑定書は,外傷性か否かが問題となる視力障害等について,教科書的な鑑別診断として「心因性」あるいは「詐病」を挙げているが,なぜか「詐病」に関する鑑別判断を行っていない。鑑定書添付の文献にあるように,心因性視覚障害と詐病との鑑別判断は容易ではないのであるから,本件鑑定書が詐病の可能性に全く触れないで,心因性視覚障害の可能性のみに言及し,詐病との鑑別理由を述べていないのは不合理である。

3 争点3について

(1)Xの主張

 Xの右肩関節の症状は,「1上肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」として,後遺障害等級第10級10号に該当する後遺障害があると認めるべきである。

 すなわち,平成17年4月4日付け□△整形外科作成の自賠責保険後遺障害診断書(甲7)では,屈曲角度の測定結果として,右肩自動・他動とも170度と記載されているが,これはXがその3日前である同月1日にブロック注射を受け,その効果が数日間続き,痛みが一時的に解消された時点での測定であり,実際のXの右肩関節の障害の状態とは異なる。

 実際,損害保険料算出機構仙台自賠責調査事務所平成17年6月23日付照会に回答するため,□△整形外科において同年7月1日に右肩可動域角度を測定した結果は甲15号証の4のとおりであり,いずれも参考可動域角度を大幅に下回っている。その後やや改善したものの,平成21年5月29日に坂本記念病院木町通整形外科において右肩可動域を測定した結果においても,甲第50号証のとおり,おおむね参考可能域角度を下回っている。

 このように,事故後8か月経過時の平成17年7月1日時点でもまたさらにその約4年経過した平成21年5月29日の時点でも,多少の改善はあるものの基本的には変わらない状況からは,後遺障害と認定すべきである。

(2)被告らの主張

 甲第7号証によれば,右肩可動域は健側180度に対して「170度」にて症状固定と診断され,症状固定と診断された平成17年4月4日の診療録(乙第4号証35頁)においても「右肩軽度拘縮あり。拳上170度」と記載され,可動域制限はいったん回復している。その後症状が悪化したかのような記載はあるが,これは症状固定後に事故とは無関係な原因で悪化したとの見方もできる。実際,レントゲン写真では明らかな外傷性の所見がなく,MRIでも腱板損傷などの異常所見が認められず,運動制限が生じた理由が不明である。

 Xは,甲第7号証の測定結果について,ブロック注射の効果によるものと主張するが,医師が後造障害診断書を作成するに当たってブロック注射をしていた点を考慮しないで作成したとは考え難い。

 機能障害が認定されるためには,事故による関節の動きが制限される原因となる器質的損傷が生じたことが必要とされており,陣痛による可動域制限の場合は局部の神経症状(12級13号又は14級9号)として等級評価される。

 したがって,Xの右肩の障害については可動域制限に変遷があり,事故との因果関係が不明であるとともに,異常所見も認められていない以上,右肩機能障害の後遺症があると認定されるべきではなく,14級9号に該当するとした自賠責の判断は正当である。

4 争点4について

Xの主張

ア交通費:3万1123円

イ 通院付添人費用:57万2000円

 Xは本件事故による障害で,本件事故当日から平成17年4月1日までに143日間,Xの息子または息子の配偶者の運転する自動車で通院した。これは,X自身は右眼視力障害で運転ができない状況が継続したため,やむをえず息子らに運転を依頼したものであり,本件事故と因果関係ある損害と評価できる。

 その額は,1日につき4000円,通院日数143日であるから,57万2000円である。

ウ 文書料:3万2266円

 診断書2通及びレントゲン写真はいずれも後造障害認定手続に必要なものであり,交通事故証明書は本件訴訟提起に必要なもので,いずれも本件事故と因果関係あることは明らかである。

エ 休業損害:553万円

 産業計・企業規模計も男性労働者高卒43歳の年間平均給与を算定基準にしており,Xの実収入も甲第17号証のとおりであり,553万円程度は認められるべきである。

 Xは,本件事故による右眼及び右肩の障害で,仕事に就けない状況が事故から1年以上継続していた。事故後1年半ほど経過したころから単発的にアルバイトをしたが,正式な仕事に就いたのは平成21年5月になってからであった。したがって,1年程度の休業損害が認められるべきである。

オ 逸失利益:3729万7085円

 Xの右眼の視力低下及び視野狭窄という後遺障害は第9級に該当し,右肩の障害は第10級に該当するから,併合等級8級となる。加えて,Xは右眼の不自由さに加えて右肩の不自由さのため,コンビニエンスストアの店員業務すら困難を極めており,高度な身体技術を必要とする建築大工の仕事を断念せざるを得なくなったという意味で,実質は80パーセント以上喪失しているから Xの労働能力喪失率は少なくとも50パーセントと認めるべきである。

 産業計・企業規模計・男性労働者高卒43歳の年間平均給与額553万円であり,症状固定44歳時のライプニッツ係数13.489,労働能力喪失率0.5として,3729万7085円が逸失利益である。

力 慰謝料:850万円

 Xの視力障害は明らかであり,通院慰謝料150万円,後遺傷害慰謝料700万円の合計850万円が相当である。

キ弁護士費用:500万円

 X請求額の1割相当額500万円が損害として認められるべきである。

ク アないしキ合計:5696万2474円

ケ 既払金:325万円

 Xは,被告東京海上より,平成17年9月21日に自賠責保険金75万円を,Y1の任意保険会社より,平成19年11月2日に100万円 同年12月12日に100万円,平成21年7月8日に50万円をそれぞれ受領している。

コ 結論

 上記ク記載の損害額を基礎に,上記ケ記載の既払金を,まず本件事故時からの遅延損害金に充当し,その後元金に充当する方式で充当計算すると,損害額元本は56・96万2474円,遅延損害金を加えた残債務額は6729万7632円である。

 よって,Xは,Y1に対し,金6729万7632円及び内金5696万2474円に対する平成21年7月9日から支払済みまで年5パーセントの割合による損害金を,被告東京海上に対し,上記内金5696万2474円のうち後造障害等級第9級相当自賠責保険金541万円の支払を求める。

(2)被告らの主張

ア 交通費について

 認める。

イ 通院付添人費用について

 否認ないし争う。付き添いの必要性がなく,認められない。

ウ 文書料について

 否認ないし争う。文書の使用目的が不明であり,相当因果関係がない。

エ 休業損害について

 Xが主張する553万円の休業損害は認めがたい。

 Xが提出する証拠(甲第14及び17号証)はXが代表取締役を務める有限会社ホームクリエイトの収入関係資料であり,直接的にはXの休業損害を裏付けるものではない。会社において確定申告をしていないため,経費についてもはっきりせず,会社の営業利益等も不明である。このようにXの立証は不十分であるから,賃金センサスによる休業損害が認められるべきではない。

 また,休業損害が認められるとしても,症状固定時は平成17年4月4日であり,本件事故から半年程度であるから,休業損害が認められるとしても半年である。

オ 逸失利益について

 68万4489円が相当である。

 賃金センサス高卒男性全年齢平均収入502万7100円であり,後遺障害等級は14級,労働能力喪失率は5パーセント,労働能力喪失期間は3年間(ライプニッツ係数2.7232)であるから,上記のとおりとなる。

力 慰謝料について

 通院慰謝料は100万円が相当というべきである。

 障害慰謝料の算定期間である通院期間は6か月であり,6か月を前提に障害慰謝料の算定がなされるべきである。

 後遺障害慰謝料は105万円(後遺障害等級14級を前提とし,交通事故損害額算定基準の中間値)が相当である。

キ 弁護士費用について

 否認ないし争う。

5 争点5について

(1)被告らの主張

 仮にXの右眼の視力低下及び視野狭窄が心因性のものであると認められ,かつ相当因果関係が認められる場合であったとしても,少なくともXの心因的な要因による素因があるものとして,賠償額は大幅に減額されるべきである。               すなわち,身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において,その損害が加害行為のみによって通常発生する程度,範囲を超えるものであって,かつ,その損害の拡大について被害者の素因(心因的要因や病的要因)が寄与している場合,損害の公平な分担という理念から,民法722条2項を類推適用して,損害賠償額を割合的に限定されなければならないとされている。

 したがって,本件において,仮にXの右眼の視力低下及び視野狭窄が心因性のものであると認められ,かつ相当因果関係が認められる場合であったとしても,Xの右眼の視力低下及び視野狭窄による損害の発生・拡大に対しXの心因的要因としての素因が寄与しているといえるから,民法722条2項の類推適用により,Xの右眼の視力低下及び視野狭窄による損害に関しては,大幅に減額されるべきである。

(2)Xの主張

 仮に,Xの右眼の視力低下及び視野狭窄が心因性のものであったとしても,減額は行うべきではない。Xには,素因減額を認めた裁判例の事案に現れるような本人の精神的脆弱性はなく,その心因性の原因は本件事故以外にあり得ないからである。

 被告らは多数の裁判例を挙げて素因減額を主張するが,そのいずれも障害を残した眼球及びその周辺に傷害はなかった事案であり,かつ,本件のように主治医が外傷性視神経症と診断を下したものは一例もない。

第5 当裁判所の判断

1 争点1について

(1)本件事故の具体的態様及びXの受傷状況について

 まず,前提として,本件事故の具体的態様及びXの受傷状況について検討するに,甲3ないし9,19,21ないし26,乙4,X本人尋問の結果によれば,以下のとおりと認められる。

(1)本件事故においてY1車両右前部角がX車両右側面に衝突した瞬間,Xの身体はその衝撃で大きく左側に振られ,次いでその反動で右側に身体が振られて,運転席右側に設置されていたスチール製のバーに右眼窩付近が衝突した。さらに,X車両のシートベルトが腰を固定するのみの1点固定型であったこともあり,Xの身体はシートベルトを抜けて,高さにして約2メートル,距離にして約5メートルほど車外に放り出された。これによりXは,最初に顔面の右眼付近を道路に強打し,右に右半身が道路に叩きつけられた。

 その結果,Xが気付いたときには,右眼に裂傷を負っており,右眼付近から大量の出血があり,右眼には激しい鈍痛があり,また右肩にもひどい痛みがあり全く動かせない状況であった。そのほか,右膝,首,右肘にも痛みがあり,Xは救急車が到着するまで身動きできない状況であった。

 Xは,救急車で○△病院に搬送され,処置を受けた。このとき,Xの右眼の状況は,右眼の眉毛のすぐ下の部分と右眼すぐ下の部分に裂傷を負い,脂肪が露出するというものであった。治療にあたった同病院医師らより,入院の上治療を行う旨告げられたが,Xは,知人にだまされて多大な負債を負いながら,関係業者ら債権者等の理解・協力もあり,また事業の業績がようやく回復してきたところであったこともあって,債権者への支払を滞らせたくなかったこと,仕事上の施主や元請業者との業務上の打合せ等がなしえなくなることを強く懸念し,入院を拒否し,息子を迎えに来させて同医師に無断で帰宅した。翌々日にも自宅付近の□△整形外科を受診し,たが,顔は腫れて2倍ほどに膨れあがり,右眼の鈍痛と頭のしんのしびれ感も変わりがなく,右肩,首,腰,右膝及び右肘の痛みは事故直後より悪化しており,同整形外科医師にも入院といわれたが,入院を拒否した。しかし,Xはこの後,右眼と右肩の負傷等により仕事をすることはできなかった。

 その後,Xの右眼は大きく腫れ上がり,目を開けられない状況が10日間ほど継続し,平成16年10月12日ころになってようやく右眼を開けられるようになったが,白目部分は真っ赤に充血したままで,右眼ほかすんで見えない状況であった。この時Xは,素人考えで充血部分が引けば視力が回復すると考え,すぐには受診しなかったが,1週間程度経過して充血が引いても視力は回復しなかったため,さらに1週間経過した同月26日に至って×○病院眼科を受診した。

 なお,Xは,本件事故の2日後である平成16年10月4日に□△整形外科を受診しているが,その際にも右眼の異常を訴えている。

(2)Xの右眼の障害の有無の検討

ア 上記認定の事故態様及び受傷状況を前提に,Xの右眼の障害の有無について検討するに,まず,Xは,本件事故の衝撃により右眼腐付近がスチール製のバーに衝突したうえ,車外に放り出され,アスファルト舗装された地面に右顔面を強打し,その結果右眉の上下に脂肪が露出するほどの裂傷を生じ,右眼は充血し,大きく腫れ上がったというのであって,このように右眼及びその周辺を強く負傷している状況からすれば,右眼の視力や視野に障害が生じることはごく自然と考えられる。

イ そして,上記の経緯からXの右眼の治療にあたった×○病院眼科A医師は,平成16年10月26日から平成17年4月1日までの間に合計12日間にわたりXの診察・治療にあたり,種々の検査ないし治療方法を試みた上,Xの右眼を外傷性視神経損傷と診断したものであるが,A医師は受診当初より一貫して,Xの右眼につき0.05の視力低下及び視野狭窄が認められるとしている(甲8の1ないし4,9,15の3,21,乙4,A回答書)。

 Xの右眼については,B医師も,平成19年10月4日及び同年11月9日の時点において,Xの右眼の視力が0.05であり,視野狭窄が認められる旨診断している(甲31ないし36)。

ウ 加えて,本件鑑定書添付の「眼科プラクティス15 視野」280頁,「眼科検査法ハンドブック(第4版)」(丙第1号証)340頁以下,「図説臨床眼科講座常用版5神経眼科」(甲第46号証)74頁以下等の医学文献によれば,視力障害と詐病との判断にはVEP(視覚誘発電位。視覚刺激に対して後頭藁第ニ次視覚野で誘発される脳波を測定するもの)検査があり(なお,これは他覚的検査の一種と認められる),このうちフラッシュVEP(刺激として網膜全体に一様に光を与える方法)においてはP100成分(視覚刺激が行われてから約100msec後にピークをもつ陽性波)は成人で100msec前後が正常である,ただしフラッシュVEP検査は個人差が大きいため,左右差で評価することが一般的であるとの医学的知見が認められる。

 Xにおいては,□○病院眼科におけるB医師作成の診断書(甲第34号証)記載のフラッシュVEP検査結果によれば,Xの右眼は129.25msecと正常とされる範囲を大きく逸脱しており,他方左眼は102.00msecと正常値の範囲内であり左右差が大きいものと認められ,これもXの右眼の障害の存在を示すものである。

エ そして,本件鑑定書は,これらの事情をふまえて,「カルテ等の治療経過を踏まえるとX本人の右目について,X主張の視力低下ないし視野狭窄の障害が認められるか。」との鑑定事項赴こついて,「(結論)X本人の右目について,裸眼視力0.05−0.06(矯正不能),求心Y性視野狭窄が認められる(証拠書類に基づく)」としている。

オ これに加え,Xは,本人尋問において,本件事故後,右眼は明るさは左眼の半分程度しか感じられず,暗いとものが見づらい,距離間もつかめない,ものを見るときはまっすぐ見られず,左眼を近づけるようになってしまう旨述べているが,これは右眼に視力低下ないし視野狭窄の障害がある者の供述として自然と考えられる(X本人35,42ないし47頁)

力 以上の点を総合考慮すれば,Xの右眼には,(それが外傷性のものか心因性のものかは後に検討するとおりであるのでいったんおくとして)0.05ないし0.06(矯正不能)という視力低下及び視野狭窄という障害が存することが認められる。

(3)この点被告らは,種々の根拠を挙げてXの右眼の障害は認められない旨主張するが,以下のとおりいずれも採用できない。

(ア)被告らは,Xの受傷機序,自覚的検査と他覚的検査結果の矛盾・不整合等からすれば,Xの視力障害等については詐病の可能性を疑わざるを得ず,Xの右眼には外傷性の視力障害及び視野狭窄は認められない旨主張し,被告らの提出する田村友記子医師(以下「田村医師」という。)の意見書(乙1,7)もこれに沿う内容となっている。

 しかし,例えばXの受傷機序等が外傷性視神経症の特徴のそれと異なるとの点については,A回答書及び医学文献(甲第27号証)によれば,外傷性視神経症は前額部や顔面の打撲でも発生する可能性はあるとの医学的知見が認められるところ,上記認定のXの受傷状況からして,前額部や顔面の打撲があったであろうことは容易に推認できるところである。□△整形外科の診療録(甲21及び乙4・19頁,37頁)によれば,Xが当初から視力低下等の症状を訴えていたことも認められるのであって,Xが本件事故から眼科を受診するまで約2週間が経過しているのは,当初は右目の腫れ・充血のために何も見えなかったのを,充血が引けば回復するものと軽信していたからにすぎないものと考えられる。これらの事情からすれば,受傷機序に関する被告らの指摘は,Xの右目の障害の存在を否定する事情とはいえないと考えられる。

 また,オクトパス検査の結果ないしその理解についての指摘も,中心感度のみの低下とはいえないにしても 中心部に感度低下が認められるとはいえると思料されるし,Xの患眼(右眼)の広範囲にわたる大幅な低下があることは被告らの指摘を前提にしても明らかである。オクトパス視野検査の結果については,ゴールドマン視野検査の結果と,オクトパス視野検査のGreysca1e of values図中心である0と0の交差する箇所が黒ずみ,かつComprisonsでの中心点が13dBとなっていること(乙4・54頁)と一致すること,Xの3度のゴールドマン視野検査において,すべて盲点がほぼ同じ位置に見られること(乙4・56,62,73頁)等も認められる。検査結果の信頼性についても偽陰性率とは視野検査中に一度応答のあった部位に最高輝度の視標を提示し答えなかった割合であり,約10ないし15パーセントを超える場合には患者が集中力を欠いたり検査内容を理解していない可能性があるというものであり,必ずしも見えるはずの祝標照度で応答がなかった場合といえるものではないこと,非常に進行した症例では,固視のわずかな変動で偽陰性率が上昇することがあること,偽陽性率と偽陰性率とをあわせてRFreliability factor)として評価され,このRFが15パーセント以下なら十分信頼性ある測定結果として評価してよいとされていること等の医学的知見が認められる(乙2の5・165ないし166頁)が,Xの平成16年10月26日のXの患眼(右眼)のRFは,偽陽性率は0パーセント,偽陰性率は12.5パーセントである(甲21及び乙4・54頁)から,RFは15パーセント以下である。これらの点をも考慮すれば,Xに対するオクトパス検査結果が直ちに信頼できないものと認めることは困難である。

 なお,証拠(乙2の1,6の2)によれば,外傷性視神経症の診断に

 は,「Swinging flash light test」(視神経の左右差を検出する他党的検査)により相対性瞳孔求心路障害(RAPD)を認めるということが重要なポイントとなること,同テストで検出されるのは硯入力の左右差でありその眼の硯入力低下を絶対的に示すものではないが,その検出される左右差は相当精密である等鋭敏な検査であるとの医学的知見が認められるところ,Xの場合,×○病院での検査結果は異常所見なしと記録されており(乙4・77頁),RAPDは−(マイナス)すなわち陰性となっている(同45頁)。そして,毎回対光反応の検査を受けていたとのXの供述(X本人33頁)に鑑みてもXは同テストを複数回受けていたと認められるが,そうするとRAPDが一度も陽性になっていないというのは,外傷性視神経症の存在に疑問を差し挟むべき事情であるといえる。

また,中心フリッカー値についての指摘も,フリッカー視野計を用いる中心フリッカー値の検査は,視神経機能をみる自覚的検査であるが,各種神経疾患に対する感度が高く,視神経疾患に対する特異度も高いこと,一般に35Hz以上は正常,25Hz以下を異常,26ないし34Hzが要検査とされていること等の医学的知見(乙2の2・259頁)を前提にすれば,Xの中心フリッカー値は左眼が28ないし32Hzであるのに対して右眼は32ないし40Hzであるから(乙4・77頁),健眼(左眼)より患眼(右眼)の方が良好な結果となっているといえ,これも外傷性視神経症の存在に疑問を差し挟むべき事情になりうる点である。

 ただし,上記の点を含め,被告らの指摘する医学的知見ないし検査結果等の問題は,そのほとんどが外傷性視神経症についてのものであるところ,Xの右眼の視力低下ないし視野狭窄については,心因性のものである可能性も多分に存する(この点は下記2(1)で検討する)ため,これらがただちにXの右眼の障害の存在を否定する根拠となるものではない。この点,田村医師の意見書(乙1)も,他党的検査結果と自覚的検査結果の 矛盾の有無や視力低下・視野障害の原因となる器質的異常の有無を精査し,異常がなければ心因性視力低下や詐病を疑う旨述べており(3頁),外傷性視神経症でなければ心因性の視力低下がありうることを認めている(ただし,同意見書では心因性視力低下の可能性についてはなぜか検討していない)。

(イ)また,Xが右眼の障害について詐病しているのであれば,そのようなことをする動機ないし理由,あるいは詐病であることをうかがわせるような言動等があってしかるべきと考えられるところであるが,本件においては,そのような点は全く見受けられない。 すなわち,上記認定のとおり,本件事故による受傷後,Xの右眼は大きく腫れ上がり,白目は充血し,目を開けられない状況が10日間ほど継続し,平成16年10月12日ころになってようやく右眼を開けられるようになったが,白目部分は真っ赤に充血したままで,右眼はかすんで見えない状況であった,Xは,素人考えで充血部分が引けば視力が回復すると考え,すぐには受診しなかったが,1週間程度経過して充血が引いても視力は回復しなかったため,さらに1週間経過した同月26日に至って×○病院眼科を受診した,その後Xは右目の回復を願い,平成17年4月1日までの間に合計12日間にわたり通院して治療を試みたがかなわなかったというのであって,これは真塾に回復を願う者の行動としてごく自然なものと考えられる。Xは本件事故当時,負債を抱えていたものではあるが,その前年ころから自らの努力により業績も回復し,苦境の際に協力を得た債権者や取引先への支払ないし返済を進めていた矢先に本件事故に遭ったものであって(甲19,X本人),それゆえ事故直後の入院の指示を拒否して勝手に退院ずらしているのである。本件事故後幾度となく現場復帰を試みながらかなわず,近時まで定職にも就けなかったという状況に鑑みても,かかる経緯を背負い,また高校卒業時から修練を重ねて続けてきた大工の仕事に強いこだわりと自負を有するXが,賠償金を求めて右目の障害の有無を偽るということはおよそ考え難い。

 被告らも引用する,本件鑑定書添付の「眼科プラクティス15 視野」280頁においては,詐病では視覚障害があることで何らかの利得が必ずあること,詐病と心因性視覚障害の鑑別に大切なのが診察時の患者態度であり,見えるようになりたいという意識の強い心因性視覚障害と,できるだけ早くかつ安く診断書を手に入れたいという詐病患者とでは受診態度が異なる旨の知見が示されているが,Xの場合,上記のとおり視覚障害による利益は何ら見あたらず,むしろ自身の存在意義ですらあったであろう大工の仕事を失うことになったという意味で損失しかないと考えられるし,診療録その他の一切の証拠を検討しても,診断書にこだわる等の不審な態度があったものとは全く認められないところである。Xはむしろ,本件訴訟提起後も直接の診察を拒否するどころか強く求めていたことはその訴訟態度に鑑みても明らかであるが,これは障害を偽る者の態度とは整合しない。障害を偽って保険金を請求するということは,それ自体がいわゆる保険金詐欺として,刑法上の詐欺罪を構成する可能性のある行為であるが,Xにかかる危険を冒してまで障害を偽る動機ないし理由も認められなければ,これをうかがわせる行動も認められないことは上記のとおりであって,むしろ真塾に回復を願って治療に努めたとの経緯は,Xの右目の障害の存在を裏付けるものである。

(ウ)さらに,被告らは,Xが本件事故後に免許の更新を行っている点をもって,詐病の可能性が否定できないとする。

 確かに,Xの右目が真に視力0.05以下であれば,少なくとも右目については免許更新時の視力検査に合格するとは考え難く,この点は障害の存在に疑念を抱かせうる事実のようにも思われる。

 しかし,Xは,平成19年7月20日の免許更新時において,すべての免許を更新したものではなく,大型一種免許については失効し,格下更新となっている(甲45の2)。Xの右目の障害が詐病であり,実際には視力は低下していないのであれば,大型一種免許についても更新していてしかるべきと考えられるところ,そうなっていないということは,少なくとも大型一種免許の更新がなし得ない程度の視力障害があること、したがってこれがただちにXの右目の障害の存在を否定する事情にはならないことを示している。加えて,このときのXの視力検査の結果は,右目0.3,左目0.5で合計0.7以上となるため合格となったとされている(甲45の2)が,これは診療録(甲21及び乙4)から明らかなとおり,Xの左目は本件事故時以降も一貫して1.2以上の正常な視力が認められていることと整合しない。そうすると,この視力検査の結果は信用することができないものといえ,左目の視野検査を行う手間を省くために調整したうえでの結果であるとのXの主張どおりの可能性をうかがわせるし,再検査において不正を行ったとのXの供述(甲37)も信用できるものであることを示すといえる。

 以上の点からすれば,平成19年7月20日の免許の更新の事実は,Xの右目の障害の存在を否定する事情にはなりえないものである。

2 争点2について

(1)Xの右眼の障害の原因・機序について

 上記1のとおり,Xの右眼に視力低下及び視野狭窄による障害が認められるとして,それは外傷性によるものであるのか,心因性によるものであるのかが,因果関係の有無あるいは下記5の素因減額の有無等に関わるため,ここで検討する。

ア 上記1(2)ウ及び(3)アのとおり,Xの右眼については,VEPフラッシュテストの結果がXの右眼の異常を示している反面,「swinging flash light test」の検査結果は異常所見なく,RAPDが陰性となっているであるとか,中心・フリッカー値は健眼(左眼)より患眼(右眼)の方が良好な結果となっている等,外傷性視神経症であることにそぐわない結果となっているなど,外傷性という観点でみた場合,障害が存することにつき合致する他覚的検査の結果と合致しない結果が混在しているといえる。

 ただし,外傷性視神経障害の鑑別疾患には心因性及び詐病があり,これらとの鑑別の最大のポイントとなるのはRAPDである(本件鑑定書2頁)ところ,これが異常所見なしとの結果であることからは,Xの右眼の障害が心因性のものであることを示している。

イ 医学的知見としても心因性による視力低下ないし視野狭窄がありうることが認められる。

 すなわち,田村医師の意見書(乙1)においても,上記のとおり,他覚的検査結果と自覚的検査結果の矛盾の有無や視力低下・視野障害の原因となる器質的異常の有無を精査し,異常がなければ;心因性視力低下や詐病を疑う旨述べており(3頁),外傷性視神経症でなければ心因性の視力低下がありうることを認めている。

 また,視野狭窄についてもむ・因性のものがありうることが示されている(甲29・67頁)。

ウ そして,上記の状況をふまえて,本件鑑定書は,結論部分において「外傷による直接の傷害とは認められにくく」としたうえ,「その他の心因性等に起因するものとするのが妥当である」とし,「唯一心因性等についてであれば心的ストレス等によりこれ程度の進行が見られても矛盾しないと考えられる」(3頁10ないし11行目)とし,そして総括部分において「100%外傷性視神経症によるものではないと言い切れないにしても,現在の通常医学レベル常識をもって判断するならば交通事故による直接的な外傷ではなく,心的ストレス等による心的視機能障害の可能性が高いと判断するのが妥当と思われる」としている。

エ これらをふまえるならば,Xの右眼の視力低下及び視野狭窄という障害は,外傷が影響を与えている可能性は否定できないが,心的ストレス等による心的機能障害,すなわち心因性によるものであると認めるのが相当である。

(2)相当因果関係について

 次に,Xの右眼の障害が心因性によるものであることを前提に,本件事故との相当因果関係について検討する。

 上記認定のとおり,Xは,本件事故の衝撃により右眼窩付近がスチール製のバーに衝突したうえ,車外に放り出され,アスファルト舗装された地面に右顔面を強打し,その結果右眉の上下に脂肪が露出するほどの裂傷を生じ,右眼は充血し,大きく腫れ上がったものである。Xは,本件事故2日後の平成16年10月4日に□△整形外科を受診した際から右眼の異常を訴えていたが,同月12日ころになってようやく右眼を開けられるようになったものの,白目部分は真っ赤に充血したままで,右眼はかすんで見えない状況でさらに1週間程度経過して充血が引いても視力は回復しなかったため,さらに1週間経過した同月26日に至って×○病院眼科を受診した。このような事故状況及び負傷状況からすれば,Xが本件事故それ自体ないし負傷による苦痛等で多大な心的ストレスを受けていたであろうことは容易に椎認されるところであるから,これに沿うXの供述(甲19びX本人)は信用性が認められる。

 また,これも上記認定のとおり,Xは本件事故当時,負債を抱えていたものではあるが,その前年ころから自らの努力により業績も回復し,苦境の際に協力を得た債権者や取引先への支払ないし返済を進めていた矢先に本件事故に遭ったものであり,この支払ないし返済のために入院を指示されながら拒否して帰宅したが,結局右眼と右肩の負傷等によりその後大工の仕事はできなかったというのであるから Xの述べるとおり,かかる心的ストレスも大きなものがあったと認められる。

 そして,かかるXの心的ストレスの大きさにかんがみれば,右眼の視力低下及び視野狭窄という障害を発症することは不自然なことではない。

 他方で,本件の全証拠を検討しても,Xにおいては,本件事故後,本件事故に匹敵するものはもちろんのこと,右眼の障害を発症させるに値すると思料される心的ストレスの要因は何ら認められない。

 以上の点を考慮すれば,本件事故とXの右眼の障害との間には,相当因果関係を認めるのが相当である。

3 争点3について

(1)□△整形外科の診療録(甲21・15頁以下,乙4・15頁以下)によれば,本件事故後約3週間が経過した平成16年10月27日の測定において,Xの右肩には,挙上90度であり,以後右肩は90度以下の拳上しかできない状況が続いていたこと,平成17年1月24日の診察では,Xの右肩はかなり腫れがひき,痛みも鎮まってきたこと,同年2月2日の診察では,腫れはほとんどなく,110度まで拳上できるようになったこと,同年4月4日の診察において,同医院渡辺医師はXの右肩につき軽度拘縮が認められ,挙上170度と測定され,症状固定と判断したこと,渡辺医師の同年6月23日付け回答書(甲15の4)によれば,Xの右肩の屈曲は90度,外転が90度,内転が40度(いずれも他動)と測定されたこと,これを受けて渡辺医師は,同年6月28日、Xの症状は治療終了時より悪化しており,これを後遺症と判断したこと(甲21及び乙4・35頁),平成21年5月29日に坂本記念木町通整形外科において右肩可動域を測定した結果(甲第50号証)によれば,屈曲が90度,外転が90度,内転が40度(いずれも他動)と測定されたことが認められる。また,□○病院の診察においても,同病院佐藤医師は,平成16年12月15日、 Xの右肩を関節拘縮と診断していることが認められる(甲21及び乙4・4頁)。

 これらの事実によれば,Xの右肩には拘縮という器質的損傷が存在し,これが一旦は回復したものの,再度悪化し,現在に至るも残存するものであることがうかがわれる。そして,平成17年4月4日から再度の悪化が見られた同年6月23日まではわずか2か月半程度しか経過しておらず,本件の全証拠を見てもXの右肩につき,本件事故のほかに機能障害を発生ないし悪化させると思料される要因が認められないこと等をも併せ考慮すれば,Xには右肩の機能障害という後遺症が存在し,これは本件事故と因果関係があると推認される。

(2) この点被告らは,レントゲンやMRIでは異常所見が認められず,上記症状悪化は本件事故以外の要因により生じた可能性があること,可動域制限には変遷が見られること等を挙げ,本件事故との因果関係は認められない旨主張する。

 しかし,□△整形外科の診療録等(甲21,乙4)によれば,同医院においてはXが右肩の痛みを訴えていたのに対して注射を行っていたところ,Xの主張するように,同号証の34頁の平成17年4月1日の欄には「B」 との記載があり,これはその前後の記載から見てブロック注射であることがうかがわれ,そうであるとすれば同年4月4日の可動域の測定にもブロック注射が影響を与えている可能性がある。被告らは渡辺医師がブロック注射を行っていたのだとすればこれを考慮しないで後遺障害診断書を作成したとは考え難いとするが,後遺障害診断書(甲7)及び診療録(甲21,乙4)の記載からすれば,渡辺医師はこの点も考慮した上,右肩関節の拘縮が残存しているとして,これを本件事故の後遺症として後遺障害診断書に記載し,さらにその後の可動域制限を症状の悪化と捉え,後遺症として認定するとの判断のもとに診療録にかく記載したものであることがうかがわれるところである。そして,これらの点に上記認定事実を併せ考慮すれば,Xの右肩の機能障害という後遺症の存在と本件事故との間に因果関係があることを認めるのが相当である。

 また被告らは,機能障害が認定されるためには,事故による関節の動きが制限される原因となる器質的損傷が生じたことが必要とされている旨主張するが,被告ら自身も主張するように,器質的損傷には関節拘縮が含まれると考えられるところ,Xを診察した医師らは一貫して,Xの右肩関節に拘縮が認められるとの診断をなしていることは上記のとおりである。

 したがって,Xの右肩の機能障害という後遺症の存在と,本件事故との因果関係については,これを認めるのが相当である。

(3)そして,後造障害等級第10級10号は,「1上肢の大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」を挙げており,「機能に著しい障害を残す」とは,関節の可動域が健側の可動域角度の2分の1以下に制限されているものをいうと解されるところ,上記認定のとおりXの右肩関節の症状はこれに該当すると認められるから,後遺障害等級第10級10号に該当すると認められる。

4 争点4について

 以上を前提に,Xについて認められる損害額について検討する。

ア 交通費 3万1123円

 交通費3万1123円については当事者間に争いがない。

イ 通院付添人費用 57万2000円

 Xに右眼視力障害等が認められることは上記認定のとおりであるところ,これにより運転ができない状況が継続したため,息子らに運転を依頼したことはやむをえないものであり,これは本件事故と因果関係ある損害と評価できるから努X主張額全額を損害と認めるのが相当である。

ウ 文書料 3万2266円

 診断書2通及びレントゲン写真はいずれも後遺障害認定手続に必要なものであり,交通事故証明書は本件訴訟提起に必要なもので,いずれも本件事故と因果関係ある損害であることは明らかであるから,X主張額全額を損害と認めるのが相当である。

エ 休業損害 280万円

  Xは,本件事故当時は1人で大工を営んでいたものであるので,甲17号証記載の各自の収入額は,基本的にはXの収入となるものと考えられる(X本人尋問の結果をみても,経費等として支出すべきものはこれといってないと考えられる。X本人41頁。)。そこで,甲第17号証をもとに,例えば2003(平成15)年度(2003年4月〜2004年3月)の収入を合計すると906万4151円,事故前1年間(2003年11月〜2004年10月)の収入を合計すると1376万0991円となり,実収入との誤差がありうることを考慮しても,X主張の43歳の年間平均給与553万円を優に上回ることとなる。

 よって,休業損害の算定基礎については,Xの主張するとおり,産業計・企業規模計・男性労働者高卒43歳の年間平均給与553万円を基礎とするのが合理的である。

 ただし,甲第4号証によれば,症状固定時は平成17年4月4日と認められるところ,本件事故から症状固定時までの期間は約6か月であるから,休業損害としては,上記5 5 3万円の約5割である280万円をもって相当と認める(Xの主張する症状固定後も長期間にわたって就労できなかったとの点は,逸失利益の認定において考慮すべきものである)。

オ 逸失利益 3356万7376円

 上記1で認定のとおり,Xの右眼には0.05ないし0.06という視力低下及び視野狭窄の障害が認められるところ,これは後遺障害等級においては9級2号の「1眼の視力が0.06以下になったもの」に該当すると認められる。加えて,上記3で認定のとおり,Xの右肩の障害は第10級10号に該当すると認められる。

 そうすると後遺障害等級においては,第13級以上に該当する身体障害が2以上あるときは,重い方の身体障害1級を繰り上げるとされており,Xの障害については8級に繰り上げられることになるところ,障害等級8級の労働能力喪失率は45パーセントとされていることにかんがみ,労働能力喪失率は45パーセントとするのが相当である(なお,Xは,労働能力喪失率を50パーセントと主張するが,Xも本件事故後就労が不可能であったわけではなく,労働能力喪失率はXのように事故前の業務がなしえなくなった者をも想定した上で求められているものと考えられるから,採用しない。)。

 そこで,産業計・企業規模計・男性労働者高卒43歳の年間平均給与額553万円として,症状固定時(44歳)から労働可能年齢である67歳までの23年間(ライプニッツ係数13.489)につきこれを認めるのが相当であり,その額は3356万7376円となる。

 553万円×45/100×13.489=3356万7376円(小数点以下切り捨て)

力 慰謝料 840万円

 通院慰謝料については,その期間が約6か月であることを前提にすべきところであるが,上記認定の負傷状況からして,本件事故直後は本来入院すべきであったほどのものと認められること特に右眼の傷害は日常生活に多大な支障を及ぼすものでありその苦痛も大きいものであったと認められること等を考慮し,140万円をもって相当と認める。

 後遺障害慰謝料については,上記認定のとおりXの後遺障害が併合等級第8級に相当するものであることからして,Xの主張する700万円は優に認められるところであるから,700万円をもって相当と認める。

キ 弁護士費用 450万円

 上記の損害額合計である4540万2765円の約1割である金450万円をもって相当と認める。

ク 結論

 したがって,Xに認められる損害額は,上記の合計額である4990万2765円をもって相当とする。

 4540万2765円十450万円=4990万2765円

5 争点5について

(1)身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害がその加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができるものと解される(最高裁判所第一小法廷昭和63年4月21日判決・民集42巻4号243頁参照)。

(2)これを本件について検討すると,本件においては,Xの右眼に障害が生ずるとすれば,その原因は外傷性視神経症であると考えるのが自然であると考えられるにもかかわらず,他覚的検査の結果等が外傷性視神経症についての医学的知見と合致しないこと,しかしXの右眼に障害が存することは認められ,これが心因性によるものと認められることの2点において,特殊な事情の存する例であるとは考えられる。

 しかし,そもそも本件事故態様は,上記認定のとおり本件事故の衝撃により右眼窟付近がスチール製のバーに衝突したうえ,車外に放り出され,アスファルト舗装された地面に右顔面を強打したというものであって,その結果Xは,右眉の上下に脂肪が露出するほどの裂傷を負い,右眼は充血し,大きく腫れ上がったものである。このような事故態様及び負傷状況からすれば,Xの右眼に視力障害や視野狭窄等の障害が生じても全く不自然ではないことは上記のとおりであるから,かかる障害という損害は,本件事故という加害行為のみによって通常発生する程度,範囲を超えるものではないというほかはない。

 加えて,本件の全証拠を見ても,Xには,本件事故に起因する心的ストレスのほかには,うつ病等の精神的疾患や個人の脆弱性その他の心因的要因は見当たらない(そもそも,被告らもかかる心因的要因については何ら具体的な主張をしていない)。

  したがって,本件においては,民法722条2項を類推適用して損害額を減額することは相当でない。

6 認容されるべき損害額について

 したがって,Xについて認められる損害額は合計4990万2765円であるが,被告東京海上は,平成17年9月21日に自賠責保険金として75万円を,Y1は,平成19年11月2日に100万円,同年12月12日に100万円,平成21年7月8日に50万円をそれぞれ支払っている(争いなし)。

 そこで,これら既払金について,まず本件事故時からの遅延損害金に充当し,その後元金に充当する方式で充当計算すると,以下のとおりとなり,本訴において認容されるべき金額は,損害額元本で4990万2765円,遅延損害金を加えた残債務額は5855万4231円となる。

@ 平成17年9月21日

損害額元本:4990万2765円

遅延損害金:242万6778円

(本件事故日翌日から355日分の日割計算。1円未満切り捨て。計算方法につき以下に同じ)

返済額:75万円

遅延損害金残額:167万6778円

(242万6778円−75万円)

残債務額:5157万9543円

(4990万2765円+167万6778円)

A 平成19年11月2日

損害金元本:4990万2765円

遅延損害金:527万7388円

(@からAまでの772日分)

返済額:100万円

遅延損害金残額:595万4166円

(167万6778円+527万7388円−100万円)

残債務額:5585万6931円

(4990万2765円+595万4166円)

B 平成19年12月12日

損害金元本:4990万2765円

遅延損害金:27万3439円

(AからBまでの40日分)

返済額:100万円

遅延損害金残額:522万7605円

(595万4166円+27万3439円−100万円)

残債務額:5513万0370円

(4990万2765円+522万7605円)

C 平成21年7月8日

損害金元本:4990万2765円

遅延損害金:392万3861円

(BからCまでの574日分)

返済額:50万円

遅延損害金残額:865万1466円

(522万7605円+392万3861円−50万円)

残債務額:5855万4231円

(4990万2765円+865万1466円)

7 結論

 以上の次第で,Xの請求は主文記載の限度で理由があるからこれを認容することとし,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条本文,61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項を各適用して(なお,仮執行免脱宣言の申立については,相当でないからこれを付さないこととする。),主文のとおり判決する。

仙台地方裁判所第3民事部

裁判官  安福 達也