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土留工事完成後の地盤沈下損害について消滅時効を否認した高裁判決紹介

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令和 7年10月31日(金):初稿
○「土留工事完成後の地盤沈下損害について消滅時効を認めた地裁判決紹介」の続きで、その控訴審令和7年2月5日東京高裁判決(判時2629号66頁)関連部分を紹介します。

○亡Aの相続人である控訴人及び原審原告らが、被控訴人・甲府市に対し、被控訴人は亡A所有の土地及びその周辺土地の土留改修工事を業者に発注し、当該業者は工事を実施したところ、被控訴人の不適切な指示監督等により本件土地の地盤沈下が生じた旨主張して、民法716条ただし書、同法709条に基づき、損害賠償金等約8900万円の支払を求め、原審が、控訴人らの請求権は時効消滅しているとして、控訴人らの請求をいずれも棄却したことから、控訴人が控訴しました。

○これに対し、控訴審判決は、本件において地盤沈下という損害の発生を待たずに消滅時効の進行を認めることは、亡Aないし控訴人にとって著しく酷であり、被控訴人としても、仮に業者に対する適切な指示及び監督等を怠った場合、地盤沈下という損害の性質からみて、相当の期間が経過した後に被害者が現れることを予期すべきであるといえるから、消滅時効の起算点は、地盤沈下が発生した時点であるとするのが相当であり、消滅時効の抗弁を否認し、原判決を取り消しました。

○そして、本件においては、控訴人の主張する地盤沈下の存否や、本件工事の不備の有無、これと地盤沈下との因果関係の有無等について審理が尽くされていないとして、この部分を地方裁判所に差し戻しました。

○筑豊じん肺訴訟上告審判決は、不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきであるとしています。被控訴人甲府市は、この判決は人身損害に限定されると主張しましたが、東京高裁判決は、人身損害に限定されるものではなく、その他の損害賠償においても妥当し得るとして甲府市主張を排斥しました。極めて妥当な判決です。

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主   文
1 原判決中控訴人に関する部分を取り消す。
2 前項の部分につき、本件を甲府地方裁判所に差し戻す。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨

1 主文第1項に同じ
2 被控訴人は、控訴人に対し、8900万1000円及びこれに対する令和5年4月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要等
1 事案の概要

(1)本件は、亡Aの相続人である控訴人が、被控訴人に対し、被控訴人はA所有の甲府市■■■1250番17の土地(以下、後述する合筆の前後を通じて「本件土地」という。)及びその周辺土地の土留改修工事を業者に発注し、当該業者は平成14年11月から平成15年3月にかけて工事を実施したところ、被控訴人の不適切な指示監督等により本件土地の地盤沈下が生じた旨主張して、民法716条ただし書、同法709条に基づき、損害(調査及び復元工事費用)8900万1000円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和5年4月26日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法(以下「改正前民法」という。)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

(2)原審は、民法724条2号の消滅時効の起算点は遅くとも平成15年3月19日というべきであり、本訴の提起までに20年の時効期間が経過していたから、控訴人の請求権は時効消滅している旨判断して、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の請求を棄却した。
 これを不服とする控訴人が、本件控訴を提起した。
 なお、原審では他にも周辺土地の地権者ら3名が被控訴人に対して同種の損害賠償を請求していたが、その請求を棄却した原判決に対して控訴の提起がなく、上記地権者らと被控訴人との間では原判決が確定している。

2 関係法令の定め
(1)改正前民法
 改正前民法724条は、以下のとおり定めている。
 「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。」

(2)民法
 平成29年法律第44号による改正後の民法724条は「不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。」と定め、同条第2号は「不法行為の時から二十年間行使しないとき。」と定めている。
 なお、平成29年法律第44号の附則35条1項は、「旧法〔改正前民法〕第七百二十四条後段…に規定する期間がこの法律の施行の際既に経過していた場合におけるその期間の制限については、なお従前の例による。」と定めている。

3 前提事実
(1)当事者
ア 控訴人は、Aの子である。
イ 被控訴人は、地方公共団体である。

(2)Aによる土地の購入等
 Aは、昭和61年5月28日、本件土地(当時の地積は196.37平方メートル)を購入し、以後、本件土地上の建物(以下「本件建物」という。)に居住していた。
 被控訴人は,当時、本件土地に隣接する甲府市■■■1250番12の土地(地積14.90平方メートル。以下「旧1250番12の土地」という。)を所有していた。 
 旧1250番12の土地は崖状の土地であり、土留めのための擁壁が設けられるとともに、擁壁の上部には水路が設けられていた。また、本件土地は崖上に位置しており、上記擁壁によって本件土地の土砂の流出が防止されていた。

(3)土留改修工事
 被控訴人は、上記擁壁の老朽化等に伴い、本件土地を含めた周辺土地の地盤改良をして新たな擁壁を設置するとともに、上記水路を廃止して新たな水路を設けることとし、Aその他の周辺土地の地権者らの了承を得て、平成14年11月14日、株式会社F(以下「F」という。)に対して土留改修工事(以下「本件工事」という。)を発注した。

 Aの所有する本件土地では、本件建物の基礎部分の下部を掘削し、複数の鋼管杭を打ち込み、埋め戻しを行って、もって沈下を防ぐ旨の工事が予定されていた。
 Fは、同月15日頃から平成15年3月12日頃までの間、本件工事を実施した(ただし、仕様書どおりの工事がされたのかにつき、当事者間に争いがある。)。

(4)完了検査及び引渡し
 被控訴人は、平成15年3月19日、本件工事の完成検査を行い、同工事につき「合格」と決定するとともに、同日、Fから土地の引渡しを受けた。

(5)旧1250番12の土地の譲渡
 被控訴人は、平成16年5月18日、旧1250番12の土地を複数に分筆した上、同年6月22日から同年7月9日にかけて、Aを含む周辺土地の地権者らに譲渡した。
 本件土地は、平成30年12月27日、譲渡を受けた土地と合筆された(合筆後の地積は206.63平方メートル)。

(6)控訴人による相続
 Aは、令和3年×月×日に死亡し、本件土地は控訴人が相続した。

(7)本訴の提起及び消滅時効の援用
ア 控訴人は、令和5年3月27日、本訴を提起した。
イ 被控訴人は、令和5年7月27日実施の原審第1回弁論準備手続期日において、本訴請求債権につき民法724条2号の消滅時効を援用するとの意思表示をした。

4 争点
(1)被控訴人の不法行為責任の有無
(2)損害発生の有無及びその額
(3)民法724条2号の消滅時効の成否

5 争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)(被控訴人の不法行為責任の有無)について
(控訴人の主張)
 控訴人は、Aが死亡したため、令和3年5月30日頃に本件土地を訪れたところ、本件土地に地盤沈下が生じているのを発見した。
 これは、本件工事において、〔1〕埋め戻しに際し、仕様書の記載よりも小粒の砕石が使用され、かつ十分な転圧がされていない、〔2〕本件建物の基礎部分の下部に打ち込まれる鋼管杭8本のうち、3本が打ち込まれていない、〔3〕本件土地に降った雨水が新たな水路に流れ込まず、本件土地の地下に浸透し続けるという不備があり、これらの不備によって地盤沈下が生じたものである。
 そして、上記〔1〕ないし〔3〕の不備は、被控訴人の不適切な指示及び監督によるものであり、「注文又は指図についてその注文者に過失があったとき」(民法716条ただし書)に該当する。また、被控訴人は、このような不備があるにもかかわらず、完成検査において「合格」と決定したものである。被控訴人のこれらの行為は、不法行為を構成する。

(被控訴人の主張)
 本件土地の地盤沈下については不知。上記〔1〕ないし〔3〕の不備の存在、これらの不備と地盤沈下との因果関係及び被控訴人の過失については否認ないし争う。控訴人は、これらの不備の存在及び地盤沈下との因果関係につき、詳細な主張及び客観的資料に基づく立証をされたい。

(2)争点(2)(損害発生の有無及びその額)について
     (中略)

第3 当裁判所の判断
 当裁判所は、原審とは異なり、被控訴人の主張する消滅時効の抗弁には理由がないものと判断する。その理由は、以下のとおりである。
1 争点(3)(民法724条2号の消滅時効の成否)について
(1)法令の適用関係について
 被控訴人は、民法724条2号の消滅時効を主張するところ、被控訴人の主張する起算点は平成15年3月19日であり、平成29年法律第44号の施行日である令和2年4月1日時点で20年を経過していない(なお、控訴人の主張する起算点は平成15年3月27日以降であって、同様に令和2年4月1日時点で20年を経過していない。)。
 したがって、被控訴人の主張する消滅時効については、同法附則35条1項の経過措置規定の適用はなく、同法による改正後の民法724条2号の規定が適用される。

(2)筑豊じん肺訴訟上告審判決について
ア 筑豊じん肺訴訟上告審判決は、以下のとおり判示している。
 「〔改正前〕民法724条後段所定の除斥期間の起算点は、『不法行為ノ時』と規定されており、加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、加害行為の時がその起算点となると考えられる。しかし、身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきである。」

イ そこで検討するに、筑豊じん肺訴訟上告審判決の上記判断は、改正前民法724条後段所定の除斥期間に関するものであるが、その理由として、
〔1〕このような場合に損害の発生を待たずに除斥期間の進行を認めることは、被害者にとって著しく酷である、
〔2〕加害者としても、自己の行為により生じ得る損害の性質からみて、相当の期間が経過した後に被害者が現れて、損害賠償の請求を受けることを予期すべきである旨
を挙げている。
これらの理由は現行の民法724条2号の場合にも妥当するのであって、筑豊じん肺訴訟上告審判決の上記判断は、同号所定の消滅時効の起算点を判断する際にも適用されるものと解される。

ウ ところで、被控訴人は、筑豊じん肺訴訟上告審判決の上記判断は人身損害に関するものであり、本件は人身損害に関する事案ではないから、同判決の判断は適用されない旨主張する。

 しかしながら、確かに筑豊じん肺訴訟上告審判決は「身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害」や「一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害」を挙げているものの、これに続けて「…のように」と判示していることからすると、これらは飽くまでも例示であって、結論としては「当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合」には当該損害の全部又は一部が発生した時をもって除斥期間の起算点とする旨判断しているものである。

また、同判決がその理由として挙げている上記イ〔1〕及び〔2〕の各事情は、いずれも人身損害に限定されるものではなく、その他の損害賠償においても妥当し得るというべきである。
 したがって、筑豊じん肺訴訟上告審判決の上記判断については、人身損害以外の損害類型をその射程外とするものではないと解するのが相当であって、被控訴人の上記主張は採用することができない。

エ これを本件についてみるに、控訴人の主張は、周辺土地の地盤改良をして新たな擁壁を設置するという本件工事について、
〔1〕埋め戻しに際し、仕様書の記載よりも小粒の砕石が使用され、かつ十分な転圧がされていない、
〔2〕本件建物の基礎部分の下部に打ち込むとされていた鋼管杭8本のうち、3本が打ち込まれていない、
〔3〕本件土地に降った雨水が新たな水路に流れ込まず、本件土地の地下に浸透し続ける
という不備があり、これにより本件土地に地盤沈下が生じたというものである。

 このように、控訴人の主張は、本件土地の地盤沈下の発生をもって損害とした上、これは本件工事により直ちに発生したものではなく、小粒の砕石の使用、不十分な転圧、鋼管杭の一部の不設置、雨水の継続的な浸透などの諸事情が積み重なり、本件工事が終了してから相当の期間が経過した後に本件土地に地盤沈下が発生したとするものである(その上で、控訴人は、本件土地の地盤沈下を発見したのは令和3年5月30日頃である旨主張している。)。

現に、被控訴人において、平成15年3月19日に本件工事の完成検査を行い、同工事につき「合格」と決定していることからすると、本件工事の終了時点では本件土地の地盤沈下はまだ発生していなかったものと推認されるところであり、加害行為時とされる時点において損害は発生していなかったことになる。

そのため、本件において地盤沈下という損害の発生を待たずに消滅時効の進行を認めることは、Aないし控訴人にとって著しく酷であるとともに、被控訴人としても、仮に業者に対する適切な指示及び監督等を怠った場合、地盤沈下という損害の性質からみて、相当の期間が経過した後に被害者が現れることを予期すべきであるということができる。

 したがって、控訴人の本訴請求債権は、筑豊じん肺訴訟上告審判決のいう「当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合」に該当し、民法724条2号の消滅時効の起算点は、地盤沈下が発生した時点であるとするのが相当である。

オ そこで、地盤沈下が発生した時点を検討するに、上記のとおり、平成15年3月19日の時点ではまだ地盤沈下は発生していなかったものと推認されるのであるから、同日を消滅時効の起算点であるとする被控訴人の主張は採用することができない。

 そして、被控訴人は同日以外の起算点を主張していないし、念のために検討しても、本訴の提起(令和5年3月27日)の20年前である平成15年3月27日の時点で地盤沈下が発生していたことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、被控訴人の主張する消滅時効の抗弁は、理由がないものというべきである。


2 結論
 以上によれば、原判決中控訴人に関する部分については、取消しを免れない。そして、本件においては、控訴人の主張する地盤沈下の存否や、本件工事の不備の有無、これと地盤沈下との因果関係の有無、被控訴人の不法行為の特定及びその成否等について審理が尽くされていないから、これらの点について更に審理を尽くさせるため、民事訴訟法308条1項に基づき、上記部分について本件を甲府地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 相澤眞木 裁判官 廣瀬孝 宮崎拓也)
以上:6,458文字

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