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テナントに従業員を自殺させない注意義務を認めた判例紹介1

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平成30年 6月 3日(日):初稿
○原告が、その所有するオフィスビルの7階部分を被告に賃貸していたところ、被告の従業員が上記オフィスビルの非常階段から飛び降り自殺をし、そのために上記オフィスビルの価値が毀損されたとして、被告に対し、債務不履行(善管注意義務違反)又は契約上の損害賠償請求権(選択的)に基づき、損害賠償金約5000万円の支払を求めました。

○これに対し、自殺者はオフィスビルの非常階段から飛び降り自殺を図り、被告の履行補助者として、故意又は過失により善管注意義務に違反して本件事故を発生させたことは明らかであるとし、被告も注意義務違反の責めを免れないとして、原告の請求の内1000万円の支払を認めた平成28年8月8日東京地裁判決(LEX/DB)理由部分を2回に分けて紹介します。

○以下、判決当時の報道です。

<飛び降り自殺>テナントに賠償命令「させない義務を負う」
毎日新聞 8月8日(月)19時11分配信

◇ビル所有会社にとり資産価値低下、「1000万円支払いを」

 オフィスビルのテナント企業の社員が飛び降り自殺したため物件価値が下がったとして、ビル所有会社がテナント企業に約5000万円の損害賠償を求めた訴訟で、東京地裁は8日、1000万円の支払いを命じる判決を言い渡した。池田幸司裁判官は「テナント側は、借りた室内や共用部分で従業員を自殺させないよう配慮する注意義務を負う」と指摘した。

 判決によると、テナント企業の男性社員が2014年、ビルの外付け非常階段から敷地外に転落して死亡した。ビルを売り出していた所有会社は、事故後は「精神的瑕疵(かし)有り」と明記したうえ販売額を約1割(約4500万円)引き下げて売却した。

 テナント側は、共用部分で自殺すると予測できず賃貸契約上の注意義務に含まれない▽居住用に比べて物件価値への影響は限定的だ--などと反論したが、判決は「日常的に人が出入りする建物で、心理的嫌悪感を抱かせる」として自殺による価値低下を認め、借り主にはそれを防ぐ義務があると指摘。自殺で1000万円分の損害が生じたと結論付けた


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主   文
1 被告は,原告に対し,1000万円及びこれに対する平成26年11月26日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを5分し,その4を原告の,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 請求

 被告は,原告に対し,4950万円及びこれに対する平成26年11月26日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
 本件は,原告が,その所有する東京都中野区にある別紙物件目録記載のオフィスビル(以下「本件建物」という。)の7階部分を被告に賃貸していたところ,被告の従業員が本件建物の非常階段から飛び降り自殺をし,そのために本件建物の価値が毀損されたとして,被告に対し,債務不履行(善管注意義務違反)又は契約上の損害賠償請求権(選択的)に基づき,損害賠償金4950万円(価値毀損分4500万円,弁護士費用450万円の合計額)及びこれに対する請求日である平成26年11月25日(訴状送達日)の翌日から支払済みまで商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1 前提事実(争いがないか,後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる。)

         (中略)

2 争点及び当事者の主張

         (中略)

第3 争点についての判断
1 証拠(甲1から甲4,甲9から甲14まで,乙1から4まで,乙10から乙14まで,証人e,同f,同d,原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 
(1)本件建物の概要及び売却の経緯について
ア 本件建物は,東京都中野区α×丁目の近隣商業地域に所在し,東京メトロ丸の内線中野坂上駅から徒歩6分,都営大江戸線西新宿五丁目駅から徒歩6分に位置する鉄骨造地上9階建ての事務所ビルであり,総床面積は897.60平方メートルである。

イ 原告は,平成25年8月,リアルテックス株式会社(以下「リアルテックス」という。)を媒介業者(宅地建物取引業者)として,本件建物を,販売価格税込4億2000万円として売り出した。
 その当時,3階部分を除いて貸室は埋まっている状況にあり,月額賃料・共益費の合計額は265万8752円,年額にして3190万5024円であった。リアルテックスは,築年数が本件建物の同程度の中古収益物件のREITの利回りが7%から8%前後であったことに加えて,物件情報サイトの類似物件の価格や,再販売業者が本件建物の買取価格を3億8000万円程度と述べたことなどを参考にしつつ,また,本件建物が前面道路の拡幅により底地が一部収容されたため,法令で定められた建ぺい率・容積率を超過する既存不適格の状況にあることも併せ考慮し,利回り8%に0.5%を加算した8.5%の利回りとみて算出した4億1998万2211円を基準に,これとほぼ同額の上記販売価格を設定した。

ウ 平成25年8月と10月に,上記販売価格4億2000万円での購入を応諾し,年収等の条件も見合う購入希望者が2名現れたものの,両名とも,銀行による融資審査の結果希望額の借入ができなかったため,購入を断念した。

エ 原告は,同年末ころ,本件建物の屋上防水工事,北側壁面防水塗装等の修繕を行った上で再度販売することとし,一時販売を停止していたところ,平成26年1月15日に本件事故が起きた。
 そこで,リアルテックスは,修繕を終えた平成26年3月以降,物件概要書に「精神的瑕疵有」と掲げ,4億2000万円を約1割減価した3億8000万円で販売を再開した。この金額は利回りを9.6%とみた場合の3億7900万4412円とほぼ等価である。

オ その後,3億8000万円での購入を希望する者は現れなかったが,自殺物件であることから購入を迷うものの,減額の余地があるのであれば購入を検討するという希望者が現れ,交渉の末,同年6月13日,最も高額の3億7500万円で応諾した訴外会社に売却した。
 売却当時も,3階部分を除いて,各階に会社,税理士法人及びクリニックといった事務所使用目的の賃借人が入居している状況にあり,当初販売時以降に契約更新した貸室もあったが,各室の賃料額は,本件事故前と比較して,むしろ全体的に値上げして設定されている状況にあった。

(2)本件事故について
ア dは,亡くなった年に60歳を迎える年齢であったが,定期的な通院を要するような疾患を抱えてはいなかったし,住宅ローンを除けば,大きな負債もなかった。

イ dは,平成21年7月から,妻との住まいがある北海道を離れて単身被告c支店に赴任し,アパートで独り暮らしをしていた。
 dは,平成25年から平成26年の年末年始にかけて妻の下に帰省し,普段の帰省時と変わらぬ様子で過ごした後,同月6日の仕事始めまでに東京に戻った。同年1月10日には,当時常務取締役としてc支店に出入りしていた長年付き合いのある同僚と初詣に赴き,その晩酒食をともにしたが,特に変わった様子はみられず,また,本件事故前日の出勤時にも変わった様子はみられなかった。
 また,dが当時単身居住していたアパートの居室も,事故当日の午後の時点で特段の不審状況は認められず,むしろ普段どおりの生活感が感じられる状態であった。

ウ dは,本件事故当日,被告c支店の事務所において,午前8時ころからテレビ会議に出席し,午前8時30分ころにこれを終えた後,携帯電話を耳にあてたまま本件貸室から出て非常階段に向かったのを目撃されたのを最後に,午前8時50分から午前9時ころ,本件建物の南側隣地建物の地階階段付近に倒れているところを発見され,死亡が確認された。

エ 本件建物の南東側には,2階から屋上までの各階に,外付け非常階段設備が設置されている。非常階段には,各階貸室前のエレベータホールを通って,非常階段につながるドアを開扉すれば立ち入ることができる構造になっている。
 上記非常階段設備の9階から屋上に昇る部分のうち,南側隣地側側面の,階段部分から踊り場にかけての近辺において,手すり部分から真下を見下ろした場所が,ちょうどdが発見された南側隣地地階階段付近に当たる。
 当該部分には落下防止のための手すりが設けられているが,その高さは,踊り場部分で床面から約110センチメートル,階段部分のやや低いところでも床面から約103センチメートルある。
 警視庁中野警察署の係官らは,実況見分の結果,上記非常階段設備のうち,9階から屋上に昇る部分の手すりからdの指紋が検出されたことなどから,dが同部分から手すりを乗り越えて落下したとの見解を示した。

オ 警視庁中野警察署は,その後の捜査も踏まえ,第三者の介在による事件性は認められないが,遺書の発見や自殺と断定する言動等,動機を特定する明確な根拠は得ていないため,自殺と断定はしていない旨回答している。

2 争点(1)(本件事故が自殺か否か)
 本件事故に第三者が介在した事件性は,警察による所要の捜査により否定されているところであり,本件事故は,dが自らの意思で手すりを乗り越えたか,誤って手すりを乗り越えたことにより転落したものと考えるほかない。
 被告が主張するように,dは,本件事故直前まで,表面上は家族や同僚とともに普段と変わりない生活を営んでおり,自殺の動機となるような明らかな事情が存在するわけではない。

 しかしながら,dが,本件建物の9階から屋上に昇る非常階段設備のうち,南側隣地側側面の,踊り場から階段部分にかけての手すりを乗り越えて転落したことは,警察による所要の捜査により判明している概ね間違いのない事実であるといえる。
 会話を周囲に聞かれることを避けて携帯電話で通話をするために,7階にある本件貸室から非常階段部分に立ち入ることはあり得ても,そのために,わざわざどの貸室の使用者からもその姿を見られないような9階から屋上にかけての部分まで昇らなければならない理由は見出しがたいし,何より,転落部分の手すりの高さは,やや低くなっている階段部分でも,床面から約103センチメートルの高さがあり,170センチメートルを少し超える程度の身長(d証言)のdであれば,概ね腰よりも高い位置に手すりがあることになるから,たとえ手すりに近い位置を歩行していて,誤って階段部分でバランスを崩して転倒したとしても,踏み台になるような物もないのに,意図せずして,両足が手すりを乗り越えるような事態が生じることは,およそ考えがたいところである。

 そうすると,本件事故は,dが自らの意思で非常階段の手すりを乗り越えたことにより転落したもの,すなわち同人が自殺を図ったものであると推認でき,この推認を覆すに足りる証拠はない。


以上:4,518文字

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