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社員飛び降り自殺否認しテナントへの賠償取消東京高裁判決全文紹介

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平成29年 6月 8日(木):初稿
○「社員飛び降り自殺テナントに1000万円賠償を命じた東京地裁判決理由紹介」の続きで、その控訴審で、「(男性社員には)自殺の動機が見当たらず,その他,自殺の可能性をうかがわせるような事情も存在しないというほかない。」として、自殺でない以上請求の前提を欠くとして請求は全て棄却とした平成29年1月25日東京高裁判決(ウエストロージャパン)全文を紹介します。




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主  文
1 1審被告の本件控訴に基づき,原判決中1審被告敗訴部分を取り消す。
2 前項の部分につき,1審原告の請求をいずれも棄却する。
3 1審原告の本件控訴を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じて,1審原告の負担とする。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨

1 1審被告による控訴の趣旨
 主文第1・2項と同旨。
2 1審原告による控訴の趣旨
(1) 原判決中1審原告敗訴部分を取り消す。
(2) 1審被告は,1審原告に対し,3950万円及びこれに対する平成26年11月26日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 事案の要旨

(1) 1審原告は,その所有する原判決別紙物件目録記載の9階建てビル(以下「本件建物」という。)の7階部分を1審被告に賃貸し,1審被告において事務所として使用してきたところ,この賃貸借期間中に,1審被告の従業員が上記ビルの非常階段から地上に落下して死亡するという事故があった。

(2) 本件は,賃貸人である1審原告が,死亡した従業員は賃借人である1審被告の債務の履行補助者に当たり,その飛降り自殺によって本件建物の価値が毀損され,1審原告は損害を被ったと主張して,1審被告に対し,債務不履行による損害賠償請求権又は契約の約定による損害賠償請求権(両請求権の関係は選択的併合である。)に基づき,本件建物の価値の毀損分4500万円及び弁護士費用450万円の合計4950万円並びにこれに対する平成26年11月26日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

(3) 原審は,上記の死亡事故が当該従業員による自殺であり,このことにつき1審被告は債務不履行の責任を負うべきであるところ,本件建物には1000万円の減価が生じているものと判断し,1審原告の本件請求を1000万円及びこれに対する平成26年11月26日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるとして,その限度で一部認容し,その余を棄却したところ,当事者双方が自己の敗訴部分を不服としてそれぞれ控訴を提起した。

2 前提事実
 前提事実は,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「1 前提事実」に記載されたとおりであるから,これを引用する。

3 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 争点及び争点に関する当事者の主張は,後記(2)のとおり当審における当事者の追加主張ないし補充的主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の「2 争点及び当事者の主張」に記載されたとおりであるから,これを引用する。

(2) 当審における当事者の追加主張ないし補充的主張
ア 1審被告の控訴に係る争点(1)ないし(3)の追加主張
(1審被告の主張)
(ア) 争点(1)(本件事故が自殺か否か)について
 本件事故があったと思われる現場の手すりの高さは,傾斜部では100センチメートルにも満たない部分があり,また,何らかの原因によってつまずき,身体が前傾姿勢になった者からみると,手すりの高さは80センチメートル程度にしかならないので,手すりの高さが高いことをもって,Cが自殺したものと判断する決め手とすることはできない。また,Cの遺族において,平成28年5月2日付けで労働者災害補償保険法に基づく遺族年金の申請を行ったところ,同年6月15日に労働基準監督署職員による本件事故の現場の確認が行われ,速やかに労災事故の認定がされて,同年8月から遺族年金の支給が開始されていることも,本件事故が自殺でないことを推測させるというべきである。
 なお,警察においても,自殺と断定していない(その根拠はない)と公式に回答している。

(イ) 争点(2)(1審被告の善管注意義務の内容に自殺をしない義務が含まれるか,また,本件事故が本件賠償規定の「その他の障害」に含まれるか)について
 賃貸借契約に伴う付随義務として,従業員をして,本件貸室及び共用部分において自殺するような事態を生じさせないように配慮する注意義務については,オフィス用物件である本件建物については,賃借人がこれを一般的に負っているということはできないから,1審被告には善管注意義務違反は認められない。

(ウ) 争点(3)(本件事故が本件建物の減価要因となるか,及び本件事故と相当因果関係を有する減価額)について
 オフィスビルである本件建物に関しては,本件事故によって,通常は心理的嫌悪感が発生しないものであり,本件事故を理由に減価する必要性はない。そして,1審原告の主張する損害は,1審原告が収益不動産である本件建物の所有者として当然に負うべきリスク範囲内の問題として処理されるのが妥当である。

(1審原告の主張)
 1審被告の主張はいずれも争う。
 なお,争点(1)に関する1審被告の主張は原審の判断を覆す理由になるものはなく,Cの飛び降りた場所や落下地点,手すりの高さ,Cの飛び降り現場に残された靴や指紋及び警察の回答等からも,本件事故が自殺であることは明らかである。

イ 1審原告の控訴に係る争点(3)の補充的主張
(1審原告の主張)
 本件建物が本件事故の当時収益物件として売りに出されていたことからすれば,本件建物の減価額については,賃料収入の減少分相当額という観点から算定するのではなく,当初の売り出し価格と実際に売却できた価格の差額をもって,1審原告の損害と評価すべきであり,また,本件訴えが提起された経緯,訴訟の経過,事案の難易,認容額その他諸般の事情を総合考慮すれば,弁護士費用についても,1審被告の債務不履行と相当因果関係のある損害として賠償を認められるべきである。

(1審被告の主張)
 1審原告の主張はいずれも争う。
 なお,1審原告の主張は,オフィス用物件である本件建物の外付け非常階段という屋外から敷地外に転落したという本件事故に関し,本件建物全体に心理的瑕疵が発生するという前提で,建物全体の価値の低落という損害が発生したという内容であり,社会通念を逸脱した過分な主張である。

第3 当裁判所の判断
 当裁判所は,原審とは異なり,1審原告の本件各請求はすべて理由がないので棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおりである。
1 認定事実
(1) 認定事実は,後記(2)のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第3 争点についての判断」の1(原判決6頁4行目から同9頁1行目まで)に記載されたとおりであるから,これを引用する。

(2) 原判決の補正
ア 原判決6頁4行目の「証拠」から6行目の「認められる。」までを次のとおりに改める。
「 前記前提事実に加え,証拠(各項に掲記したもののほか,甲9,12,14,乙10,11,14,原審における証人D,同E,同F,原審における1審原告代表者)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の各事実が認められ,この認定を左右する的確な証拠はない。」

イ 原判決6頁11行目の「897.60平方メートルである。」を「897.60平方メートルである(甲1,2)。」に改め,同頁14行目の「売り出した。」を「売り出した(甲2)。」に改め,原判決7頁8行目の「再開した。」を「再開した(甲3)。」に改め,同頁13行目の「売却した。」を「売却した(甲4)。」に改める。

ウ 原判決7頁18行目から同9頁1行目までを次のとおりに変更する。

(2) 本件事故について
ア Cの生活状況
 Cは,1審被告の東京支店の支店長として勤務していたところ,平成21年7月から,妻であるF(以下「F」という。)との住まいがある北海道を離れて東京に単身で赴任し,アパートで独り暮らしをしていた。

イ Cが本件事故に遭う直前の状況
 1審被告においては,平成25年12月28日から平成26年1月5日までが年末年始休暇とされ(乙2ないし4),Cは,この間にFの下に帰省し,普段の帰省時と変わらぬ様子で過ごした後,同月6日の仕事始めまでに東京に戻った。同月10日には,当時常務取締役として東京支店に出入りしていた長年付き合いのある同僚と初詣に赴き,その晩酒食をともにしたが,特に変わった様子はみられず,本件事故の前日である同月14日の出勤時にも変わった様子はみられなかった。
 Cが居住していたアパートの居室も,事故当日である同月15日の午後の時点で特段の不審状況は認められず,むしろ普段どおりの生活感があった(乙12の写真番号10参照)。

ウ 本件事故当時の状況及びCの遺体発見の状況等
 Cは,本件事故のあった同月15日は,1審被告東京支店の事務所において,午前8時頃からテレビ会議に出席し,午前8時30分頃にこれを終えた後,携帯電話を耳にあてたまま本件貸室から出て非常階段に向かったのを目撃されたのを最後に,午前8時50分から午前9時頃,本件建物の南側隣地建物の地階階段付近に倒れているところを発見され,死亡が確認された。

エ 本件事故の現場の構造等
 本件建物には,2階から屋上までの各階の南東側に,外付け非常階段設備が設置されており,各階貸室前のエレベータホールを通って非常階段につながるドアを開扉すれば立ち入ることができる。上記非常階段設備の9階から屋上に昇る部分のうち,南側隣地側側面の,階段部分から踊り場にかけての近辺において,手すり部分から真下を見下ろした場所が,ちょうどCが発見された南側隣地地階階段付近に当たり,植栽のある比較的狭い空間である(乙1の写真番号⑥,乙16の動画番号④)。上記非常階段設備には落下防止のための金属製の手すりが設けられており,その高さは,踊り場部分においては,床面から手すりの上端まで約110センチメートルであり,階段部分においては,階段から垂直に計測すると100センチメートル程度であり,逆に,斜度約37度の階段に沿って斜めに設置されている手すりの上端から垂直に階段までの高さを計測すると約80センチメートルの箇所もある。(乙1,12,16,18)

オ 関係機関の対応
 警視庁中野警察署では,実況見分等を行い,本件事故には事件性がないものとして捜査を終了し,その後の照会において,上記非常階段設備のうち,9階から屋上に昇る部分の手すりからCの指紋が検出されたことなどから,Cが同部分から手すりを乗り越えて落下したとの見解を示す一方,遺書の発見や自殺と断定する言動等,動機を特定する明確な根拠は得ていないため,自殺と断定はしていない旨回答している(甲10,13,乙13)。

 また,Fにおいて,平成28年5月2日付けで労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金の申請を行ったところ,同年6月15日に労働基準監督署職員による本件事故の現場の確認が行われた後,労災事故の認定がされ,同年8月からFに対し遺族補償年金の支給が開始されている(乙15)。

カ Cの健康状態及び経済状態
 Cは,昭和29年○月○日生まれで(乙15),170センチメートルを少し超える程度の身長である。本件事故の当時は満59歳であったが,定期的な通院を要するような疾患を抱えておらず,住宅ローンを除き,大きな負債はなかった。」

2 争点(1)(本件事故が自殺か否か)について
(1) 1審原告は,本件事故はCによる自殺であると主張し,Cが転落した場所が非常階段のうち9階と屋上の間の部分であること,同人が本件貸室のある7階から非常階段に出てわざわざ上階に昇っていること,手すりの高さが高いことからして,Cが何かの弾みで誤って転落したとは考え難いともいう。

(2) そこで判断するに,本件事故に係る前記認定事実によれば,Cは,本件建物の外付け非常階段設備の9階から屋上に昇る部分から何らかの理由で地上に転落し,死亡したものと認められ,この認定を左右するに足りる的確な証拠はない。
 そこで,次に,Cが自らの意思により上記場所から飛び降りたのか否かにつき検討する。
 Cが転落したと認められる上記の部分は,立ち入りが禁じられている場所ではない。1審原告は,Cが1審被告の東京支店として使用されている7階から非常階段に出てわざわざ上階に昇っていることをとらえて,自然な行動ではないかのように主張するが,早朝のテレビ会議と携帯電話でのやり取りを終えたCが,職場のある7階よりも高い位置から景色を眺め,休息や考え事をしていたとしても不自然ではなく,このような推測が当たっているかどうかは措くとしても,少なくとも,自殺であるとの認定判断に結びつくほどにCの上記行動が不自然であるとは解されない。

 手すりの高さについてみても,踊り場部分においては,床面から手すりの上端まで約110センチメートルであるものの,階段部分においては,手すりも斜度約37度の階段に沿って斜めに設置されていることから,階段から垂直に手すりの上端までの高さを計測すると100センチメートル程度で,手すりの上端から垂直に階段までの高さを計測すると約80センチメートルの箇所もあるというのであり,Cの身長が170センチメートルを少し超える程度であったことを前提に考えても,景色を眺めるうちにバランスを崩して転落した可能性は残るというべきであり,Cが階段を降りる途中で転びかけ,手すりを超えて転落したという可能性も否定することはできない。

 このようにしてみると,証拠上認定できる本件事故の態様や本件事故の現場の構造等の客観的な事実関係のみからは,本件事故が,1審原告のいうようにCの自殺によるものであると断定することはできないというべきである。

(3) そこで,さらに,Cにおいて自殺をするような動機があったか否かという主観的な事情の側面から検討してみても,前記認定事実によれば,Cは,1審被告の東京支店の支店長として勤務し,平成21年7月から,妻であるFとの住まいがある北海道を離れて東京に単身で赴任し,アパートで独り暮らしをしていたところ,平成25年の年末から平成26年の年始にかけて帰省し,普段の帰省時と変わらぬ様子で過ごしており,定期的な通院を要するような疾患を抱えておらず,住宅ローンを除き,大きな負債はなかったというのである。一般に自殺が大きな苦痛をもたらすものであることからすれば,そこには第三者から見ても了解可能な動機があってしかるべきところ,Cについてそのような動機は認められない。
 本件事故の直前の生活状況等をみても,自殺を示唆するような言動や兆候などの不審な状況は存在していない。
 これらの事情からすると,Cには自殺の動機が見当たらず,その他,自殺の可能性をうかがわせるような事情も存在しないというほかない。

(4) 以上によれば,本件事故がCの自殺によるものであるとは認められないというべきである。
 その他,1審原告の主張に鑑み,当審において追加提出された証拠を含め,本件訴訟記録を精査しても,上記認定判断を左右するに足りる的確な主張立証はないというべきである。

3 小括
 以上によれば,1審被告の債務不履行又は約定による損害賠償責任を問題とする1審原告の請求は,その前提を欠くので,その余の争点について判断するまでもなく,いずれも理由がないというべきである(なお,1審原告が,1審被告の関係者の過失による死亡事故の場合にも1審被告の債務不履行又は約定による損害賠償責任が生ずると主張しているものとは直ちには解されない。そして,当該主張があると善解しても,本件全証拠によっても,本件事案では,1審被告が本件貸室を返還するのに付随して,オフィス用物件である本件建物や本件貸室の価値を下げないように配慮すべき義務を認定することはできないのみならず,事柄の性質上,1審原告の主張する損害と因果関係のある1審被告の債務不履行又は約定による損害賠償責任を認定するのは相当ではないというべきである。)。

第4 結論
 以上の次第で,1審原告の本件請求はすべて理由がないので棄却すべきところ,これと異なる原判決は一部失当である。
 よって,1審被告の本件控訴に基づき,原判決を取り消し,1審原告の本件請求をすべて棄却し,1審原告の本件控訴は理由がないので棄却することとして,主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 河野清孝 裁判官 古谷恭一郎 裁判官 小林康彦)
以上:6,915文字

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