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映画「おくりびと」を観て-親友A君の思い出3

平成20年10月16日:初稿
○映画「おくりびと」を観て平成12年1月に48歳の若さで亡くなり、私の人生で初めて葬儀での弔辞を読んだA君を思い出しました。と言うよりA君の思い出を呼び起こすために映画「おくりびと」を観たと言った方が正確かも知れません。それだけA君の納棺時の感動が大きかったからです。

○私は平成20年10月現在57歳になりますが、振り返るとA君を初め多くの方々にお世話になって何とか人並みに家族も持って弁護士稼業を継続して生きながらえています。A君を思い出すと,人間、一人では生きられない、実に多くの方々に助けられて生きていることを痛感します。

○A君にはその死後もA君の長男からその友人の事件を仕事として紹介されるなどお世話になっていますが、A君の残されたご家族のために私が何をしたかというと誠に忸怩たる思いで、A君には申し訳ない気持ちになります。A君生前の友情に感謝し、これをシッカリと心に留めるための備忘録としてA君への弔辞の一部を掲載します。

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弔  辞

 A君、突然の君の死に私が弔辞を述べることになろうとは全く思いもよりませんでした。
 人生80年の今の時代に48年は短か過ぎます。しかし短くとも君の生涯は実に立派でした。

 君が小学5年の時以来、君のお母さんは4人の子供さんを女で一つで育てられました。君は長男として、小学6年から高校卒業まで新聞や牛乳配達、更に魚屋の店員等のアルバイトをしながら勉学に励み、弟妹さん達の学資を調達するなどお父さん代わりとしてお母さんを助けてきました。

 思えば君と初めて会ったのは小学校5年生でした。君は小学校時代から、厳しい経済環境にあることを微塵も感じさせず、いつでも明るく振る舞い、周りの者を楽しい気分にさせてくれました。自分より他人を大切にする正に気配り人間でした。

 私も君を見習い中学3年の時から君と同じ新聞店で新聞配達を始めた時以来、君には筆舌に尽くしがたいほど助けられました。当時不安の思いで始めた新聞配達も既にベテラン新聞配達員であった君に色々指導して頂いたおかげで何とか継続することができました。

 高校卒業後、君は○○に勤務していち早くスキーをマスターしました。長く辛い司法試験受験時代から解放された私を、君は我がことのように喜び、私をスキーに連れ出し指導してくれましたね。

 その後も私は苦しい時になると君の応援を受け続けました。最初の結婚に破れ、意気消沈し、何もかも嫌になった時、君から受けた暖かい励ましにどれほど勇気づけられたことか。


(中略)


 今、心苦しいのはここ2、3年忙しさに紛れ、君との交流も電話だけになっていたことです。昨年11月気仙沼での私の父の葬儀に参列してくれた君と久しぶりに会いましたが、君が恐ろしい病魔に冒されていることには全く気付きませんでした。

 1月21日朝、奥様から君が危篤との連絡を受け、驚いて仕事をキャンセルして見舞いました。酸素マスクを付け苦しそうにベッドに横たわっている君の姿にただ呆然とするだけでした。

 自分が苦しい時、君に助けられながら、君に何の力にもなれず申し訳ない気持で一杯です。


(中略)


 君から受けた友情には幾重に感謝しても感謝し切れません。
 残されたご家族の悲しみを思うと胸が痛むばかりです。しかし、残された3人のお子さまは奥様が立派に育ててくれることを確信しております。私も微力ながら少しでもお力になって君の友情に報えればと思っております。

 A君、悲しいけれどもお別れです。

 どうか安らかにお眠り下さい。
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