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不動産売主なりすまし詐欺で弁護士の責任が否定された高裁判例紹介2

平成31年 2月10日(日):初稿
○「不動産売主なりすまし詐欺で弁護士の責任が否定された高裁判例紹介1」の続きです。
平成29年6月28日東京高裁判決は、被告とされた弁護士は、本件本人確認情報を作成する際に相応な調査・確認を行っていると認められ、それ以上に、売主と名乗る者の自宅を訪れ、あるいは、QRコードを読み取るなど、住基カードの提示を求める方法以外の方法によって本人確認すべき注意義務があったとは認められないとしています。

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2 以上の事実認定を補足する。
(1)一審原告は,本件売買契約の代金が2億5000万円と高額であるにもかかわらず,自称gが現金の一括払を要求しており,このような代金決済方法が不自然であると主張する。
 しかしながら,一審被告は,本件売買契約の代金について,r信用金庫t支店での現金決済となったことを本件売買契約書の調印の際に聞いたかもしれないが,それ以前は聞いていないと述べ,さらに「調印の場で初めて知ったと。」と質問され,「だと思います。」と述べ(一審被告本人〔14頁〕),他方,j,h,一審原告補助参加人及び一審原告のいずれかが,一審被告に対し,本件売買契約の代金が現金決済であることを明確に伝えた形跡はない。
 そうすると,一審被告は,本件売買契約の代金について,本件売買契約締結時までの間に,r信用金庫t支店での現金決済となったことを明確に認識していたと認めることはできない。

(2)一審原告は,本件売買契約締結の場において,gの氏が「○○□□」か「○○○」のいずれであるか判然としないことをもって,成りすましを疑うに足りる事情である旨主張する。
 しかし,一審被告は,原審における本人尋問の際,本件売買契約締結の場において,当初「○○○」と聞いていたが,その後「○○□□」と聞いた可能性もあるが判然としない旨を述べているのであり,gの読み方が判然としなかったと述べているものではなく,他に一審原告の主張を裏付ける証拠もない。
 したがって,本件売買契約締結の場において,gの氏が判然としなかったとの一審原告の主張は採用し得ない。

3 争点(1)(不法行為の成否)について
(1)
ア 一審原告は,原判決の第2・2(1)(原告の主張)ア及びイのとおり,一審被告は弁護士であり,一審原告は,一審被告の事前の行動により,一審被告が売主の代理人であると認識し,本件売買契約が売主本人の意思に基づく契約であると信頼していたため,一審被告は高度の注意義務を負うと主張する。
 また,一審原告は,一審被告が本人確認情報を提供するに当たり,本件住基カードのQRコードを読み取る作業を懈怠したとも主張する。

イ そこで,まず,不動産登記法上の本人確認情報一般について検討するに,不動産登記法23条4項1号は,登記識別情報を提供できない理由があり,登記の申請の代理を業とすることができる代理人(以下「資格者代理人」という。)によって,本人確認情報の提供があり,かつ,登記官がその内容が相当であると認めたときは,登記申請に係る事前通知を不要とする旨を定めている。

 また,不動産登記規則72条1項3号は,本人確認情報について,資格者代理人が申請人と面識がないときは,申請の権限を有する登記名義人であることを確認するために当該申請人から提示を受けた次項各号に掲げる書類の内容を明らかにするものでなければならない旨を定め,同条2項1号は,運転免許証,住基カード,旅券等,在留カード,特別永住者証明書又は運転経歴証明書のうちいずれか一以上の提示を求める方法により行うものであることが定められている。

 ところで,同条項において,住基カードのQRコードを読み取り,その確認をすべきことを求める定めはなく,また,前記1(3)において認定するとおり,平成26年2月26日当時,QRコードの施された住基カードとそうでないものが併存していたことに照らすと,同日当時において,前記確認に際して,QRコードを読み取るべき一般的義務があるとは認められない。したがって,一審被告に本件住基カードのQRコードを読み取る作業を行うべき注意義務があることを前提とする主張は理由がない。

 また,同条項において,本人確認をすべき者として資格者代理人としており,資格者代理人の資格の差異によって義務の内容を異なるものとすることをうかがわせる定めはないから,同条項に基づく本人確認に際して,一般に,弁護士が司法書士よりも高度の注意義務を負うとは認められない。


(2)
ア 次に,以上の認定・判断を前提に,一審原告のその余の主張及び一審原告補助参加人の主張について判断するに,一審原告は原判決第2・2(1)(原告の主張)ウのとおり,一審原告補助参加人は,原判決第2・2(1)(原告補助参加人の主張)のとおり主張するので,順次その主張を検討する。

イ 一審原告は,仮に,本人確認情報を作成するに当たり,常に本件住基カードのQRコードを読み取る義務を負うものではないとしても,自称gが成りすましによるものであることを疑うに足りる事情があったから,QRコードを読み取る作業を行うか,gの自宅に赴いてg本人やその近親者と面談をするなどの方法によって本人確認を追加して行う注意義務を負っていたと主張する。

 しかしながら,前記認定のとおり,一審被告は,jを通して本件売買契約への立会いを求められ,これを承諾したものであって,依頼内容は必ずしも明らかではない。その上で,一審被告は,自称gと面談し,本件住基カードの提示を求める方法によって本人確認し,これに基づいて本人確認情報を提供したものであり,一審被告は,本件住基カードを手にとって見た限り違和感はなく,写真が付け替えられたりした様子もなく,QRコード,ICチップ,共通ロゴマークにも不自然な点はなく,改ざんされた形跡はないと認識していた上,一審被告が自称gに生年月日等を尋ねた際にも,正確な回答がなされ,特段不自然な点はなかった(前記1(2))。このような事実を踏まえると本件住基カードの外観や形状において改ざんを疑わせる事情があると認めることはできない。

 そうすると,一審被告において知り得た事情に照らし,自称gが申請の権限を有する登記名義人であることを疑うに足りる事情があるときは格別,そうでない場合にまで,不動産登記規則72条2項1号による方法以外の本人確認をすべき義務を負うことはないというべきである。

(ア)そこで,次に,一審被告において,自称gが申請の権限を有する登記名義人であることを疑うに足りる事情を認識しないし認識し得たか否かについて検討する。

(イ)一審原告は,本件売買契約の締結に当たり,弁護士の立会いを必要とする特別な理由がうかがわれず,自称gが,所有権移転登記を受けた僅か2か月余り後に登記識別情報を紛失したと説明していることをもって,成りすましを疑うべき事情に当たる旨主張する。
 しかしながら,前記1(2)において認定するとおり,一審被告は,自称gに対し,弁護士関与の必要性を尋ねたところ,同人は,本件不動産が夫の遺産であり,不動産の売買が初めてで不安であること等を述べたものであり,その内容に特段不自然な点があるとはいい難い。

 また,自称gが登記識別情報を紛失したと説明する時期が,所有権移転登記を受けた僅か2か月余り後であるとの点は,確かに所有権移転登記を受けた後短期間で登記識別情報を紛失することが頻繁に起きることとはいい難いものの,およそあり得ない事態とまでいうことはできないものであり,一審被告がそのような説明を受けたことをもって,直ちに成りすましを疑うべき事情があったとまでいうことはできない。

(ウ)一審原告は,本件遺産分割協議書の相続開始日やqの死亡日が誤っていることに気付くことができたこと,本件売買契約締結の場において,gの氏の読み方が判然としなかったことから,成りすましに気付くことができたとも主張する。
 そこで検討するに,本件遺産分割協議書には,m及びnの印鑑登録証明書が添付されており,本件遺産分割協議書に押印されたmとnの印影は,印鑑登録証明書の印影と同一ないしは酷似しているものであり,印鑑登録証明書自体に不自然な点はなかったことからすると(前記1(6)),本件遺産分割協議書の相続開始日の誤りや明白に誤記と考えられる「平成44年」という誤った記載があったとしても,そのことから直ちに,gの成りすましを疑うべき事情があったということはできない。

 また,一審被告は,本件売買契約締結の場において,gの氏の読み方が判然としなかった可能性もある旨を述べているが,前記2(2)において判示するとおり,一審被告の供述からgの氏の読み方が判然としない状況であったと認めることはできないものであり,他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。

(エ)一審原告は,本件売買契約の代金額が多額であるにもかかわらず、現金一括払を求められたことは不自然であると主張するが,前記認定のとおり,一審被告は,契約締結の場に至るまで現金一括払であることを知らされていなかったのであるから,本件売買契約の代金支払方法が現金一括払であることから,一審被告が本件売買契約の不自然さに気が付くべきであったということはできない。

(オ)一審原告補助参加人は,gの年齢が一審被告より14歳上であるにもかかわらず,自称gが一審被告よりも若い風貌をしていたとして,この点も,成りすましを疑うべき事情であると主張する。 
 しかしながら,外見からうかがわれる年齢は個人によって差異があり,若い風貌であるというだけで直ちに成りすましを疑うべきであるということはできないことに加え,gは昭和10年●月●日生まれであり,平成26年2月26日の本件売買契約当時78歳であったのに対し,自称gは逮捕当時である平成28年11月ないし12月には67歳であり,本件売買契約当時においても老齢といえる年齢であったと認められる(前記1(1),(14))。さらに,前記1(8)のとおり,本件売買契約締結の場に立ち会った一審原告,h,j,一審原告補助参加人のほか数名において,自称gの本人性に疑念を述べる者はなかったのであるから,一審被告が,顔写真から本人ではないことを疑わなかったことが不自然であるとはいえない。

(カ)以上によれば,前記の点についての一審原告及び一審原告補助参加人の主張を採用することができないものであり,本件の事実関係を踏まえても,一審被告において,成りすましの疑いをもってgの自宅を訪れ,g本人ないし近親者に面談する等の方法で本人調査をすべき義務があったと認めることはできない。

(3)以上によれば,一審被告において,本件本人確認情報を作成する際に相応な調査・確認を行っていると認められるのであり,それ以上に,gの自宅を訪れ,あるいは,QRコードを読み取るなど,本件住基カードの提示を求める方法以外の方法によって本人確認すべき注意義務があったとは認められない。
 したがって,その余の点を検討するまでもなく,一審原告の請求は理由がない。

第4 結論
 よって,一審原告の請求は理由がないから全部棄却すべきであり,これを一部認容した原判決は失当であり,一審被告訴訟承継人の控訴は理由があるから,原判決中一審被告訴訟承継人敗訴部分を取消した上,前記取消しに係る一審原告の請求を棄却することとし,一審原告の控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第1民事部 裁判長裁判官 深見敏正 裁判官 吉田尚弘 裁判官 鈴木和典
以上:4,763文字

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