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小学6年以来お世話を受けてきた友人への感謝とお別れの辞2

平成27年 1月15日:初稿
○私は宮城県気仙沼市太田地区に生まれ育ちましたが、その隣の町域である魚町地区出身で、気仙沼小学校・中学・高校と12年間も同じ学年の同じ学校に通いながら、どういう訳か一度も同じクラスになったことがない小田明紀君という方が、気仙沼中学校20回生支援会のブログ気中20+PLUS」をほぼ毎日記載しています。

○そのブログ説明は「東日本大震災で被災した気仙沼中学校第20回卒業生(1967年3月卒62~63歳)たちを支援する首都圏在住同級生を中心としたグループです。魚町出身東京在住の3年8組小田が書いています。」となっていますが、東日本大震災で大きな被害を受けた「気仙沼市」の話題だけで、土日を除いて毎日書いているのは、「凄い」の一言です。

○その気中20+PLUS平成27年1月15日記事に以下の写真が掲載されました。私が所属した気仙沼中学校第20回生3年6組集合写真です。



○昭和26年4月2日~昭和27年4月1日生まれの気仙沼中学第20回生が昭和42年3月配布の卒業アルバムに掲載された写真ですからおそらくその年の1,2月頃に撮影されたものです。平成27年は昭和換算では90年ですから48年前の写真です。私は、「小学6年以来お世話を受けてきた友人への感謝とお別れの辞」に記載したA君こと故小山隆市君の隣に立って、ちと生意気そうな顔に写ってしまいました。私本来の顔ではありません(^^;)。

○中央が恩師吉田大吉先生30歳前後の若かりし姿です。既に80歳近くになられますが、お元気に過ごされています。最近は年賀状だけの遣り取りで申し訳なく思っております。この48年前の写真を見ると男子生徒23人は全員名前を覚えています。しかし、女子生徒21人は、3分の2は覚えていますが、3分の1は名前が思い出せません。当時から余り女子には関心がなかったようです(^^;)。

○残念ながら故人となられた方が、私が知っているだけで44人中、男子3人、女子2人の5人も居ます。亡くなられた男子3名の内2人には、生前、筆舌に尽くせぬ程、大変お世話になりました。一方は「映画『おくりびと』を観て-親友A君の思い出1」「同2」「同3」に記載したA君こと藤代乙典君で平成12年1月23日肝臓ガンのため48歳の若さで亡くなりました。

○もう一方は、前述の「小学6年以来お世話を受けてきた友人への感謝とお別れの辞」に記載したA君こと故小山隆市君です。小山隆市君は、平成25年1月14日胃ガンのために亡くなりましたが、東日本大震災後の心労と過労が重なったためのもので震災の犠牲者とも言えます。

○亡くなられた藤代君、小山君に共通することは、お二人とも大変世話好きで、「自分より他人を大切にする正に気配り人間」ということです。私も友人として、お二人には大切にして頂きました。お二人を思い起こすと、改めて、「映画『おくりびと』を観て-親友A君の思い出3」記載の通り、「A君を思い出すと,人間、一人では生きられない、実に多くの方々に助けられて生きていることを痛感します。
お二人の命日に当たり、改めて生前のご恩に感謝申し上げ、ご冥福をお祈り申し上げます。
以上:1,296文字

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