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平成13年8月1日記載”憤慨田中真紀子外相”にまた憤慨2

平成24年11月 8日:初稿
○「平成13年8月1日記載”憤慨田中真紀子外相”にまた憤慨」を続けます。
 私は、「田中真紀子文科相の、正に思いつきとしか考えられない決定に腹が立って仕方が無く」と記載していましたが、案の定、この決定は、各方面から猛烈な反発を受け、身内の民主党内、部下の副大臣等からも諫められたようです。その結果、流石の田中真紀子氏も、耐えきれなくなったようで、平成24年11月7日時点で、不認可決定を撤回して、「3大学の新設については、本委員会でのご審議や諸般の事情も鑑み、現行の制度にのっとり、適切に対応する」「この3校については認可します」と述べました。

○ところが、その後の報道で、「今回(の騒動が)逆にいい宣伝になって4、5年間はブームになるかもしれない。」と述べたそうです。確かにそのような面はあるかも知れませんが、振り回された大学側としてみれば、こんな捨て台詞を聞いたら何と思うかについて全く考慮していないようで、これまた、相手の心情等考慮せず言いたい放題田中真紀子氏の真骨頂でしょう。

○私は,法律実務家として直感的に今回の田中真紀子氏の決定は、明らかに違法で行政訴訟を出されたら国が負けるであろうと感じましたが、実は行政法は全く不勉強で,その理論構成は明らかに出来ませんでした。判りやすい解説はないものかとネットで探すと、辛口ブログとして有名な「黒猫のつぶやき」の平成24年11月5日「『ぬるま湯』と化した大学をどうすべきか?」との記事にありました。」
以下、私の備忘録として引用紹介します。

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黒猫のつぶやき平成24年11月5日更新記事「『ぬるま湯』と化した大学をどうすべきか?」抜粋

 大学の設置認可についても,文部科学省では大学設置基準を定めています。従来は基本的に大学の新設を認めない方針でしたが,規制緩和の流れを受けて平成3年頃に設置基準が大幅に緩和され,現在では一定の設置基準を満たせば設置を認可するという内容のものになっています。

 このような「審査基準」が作成され公表されている場合,認可権者である文部科学大臣といえども,その自由な裁量により設置認可の可否を決められるわけではなく,従来から公表している審査基準に基づいて判断しなければならない法的義務を負います。その審査基準に照らし正当性を説明できないような判断は,裁量権の逸脱ないし濫用にあたり,仮に訴訟で争われれば司法判断による取消しの対象となります。このような考え方は,行政法学における判例・通説であると言って差し支えないでしょう。

 しかし,今回の田中文部科学大臣による判断は,どう見ても「審査基準」に基づく判断ではありません。大学の数が増えすぎて質に問題が生じているというのが主な理由のようですが,そのような考え方は,一定の基準を満たせば認可するという現行基準の考え方と相容れないものです。

 もちろん,文部科学大臣が政策的判断により審査基準を変更することはできますが,それは一定の手続きを経て変更後の審査基準を公表した上で,その後に行われた申請に対し適用できるものであり,既に行われた申請に対して,変更後の審査基準を遡及的に適用することは許されません。仮に遡及適用が認められるのであれば,申請者にとっての予測可能性が確保できない上に,審査基準の変更によって事実上恣意的な処分が可能になってしまい,審査基準を設けている意味がないからです。

 こうした行政法的見地から検討すると,田中文部科学大臣による今回の決定は,従来からの審査基準に照らせば問題なく認可すべき事案であるにもかかわらず,自らの政策的判断により敢えて不認可の決定をしたというものであり,従来の判例及び学説に照らせば,このような決定が裁量権の逸脱ないし濫用にあたり違法と判断されることはほぼ間違いなく,訴訟で争われればまず勝ち目はないでしょう。

 また,違法な不認可処分により申請した大学側に経済的損害が生じた場合には,国家賠償請求の対象となり,大学側の損害を国が賠償しなければならなくなる可能性もあります。

以上:1,702文字

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