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セクハラ発言常習犯小松弁護士発言問題視されるも反省なし

平成24年 4月19日:初稿
○弁護士11年目の平成2年に初めて44期司法修習生弁護修習指導を担当し、その後、46期、48期、51期、53期と5人の司法修習生指導を担当してノルマを果たしたつもりでした。最後のつもりの53期司法修習生を担当した平成11年当時までは、司法修習生指導人数は4乃至5人がノルマとされていました。

○ところが司法試験合格者数が平成2年までは500人前後だったものが、平成6年から増え始め、平成11年には1000人と倍増し、ノルマ4,5人では不足だと言うことで、司法修習委員会から指導担当の要請が来るようになりました。司法修習担当も当初3人目位までは物珍しさもあり、比較的熱心に指導に取り組みました。しかし、4人目位から面倒だと感じるようになり、5人目になると正に招かざるお客様扱いになってしまいました(^^;)。

○当時の司法修習は丸2年間で、4月から始まり7月下旬まで当時上野にあった司法研修所で4ヶ月間前期修習を受け、白表紙という実務記録を読まされて民事刑事の判決書、起訴状、訴状、準備書面等実務で使う書面の起案基本を繰り返し叩き込まれ、その後8月から各地の裁判所に移されて、翌年11月までほぼ16ヶ月間を民事裁判、刑事裁判、検察、弁護の実務修習を各4ヶ月ずつ行い、11月下旬から上野の司法研修所に戻り、仕上げの後期修習として起案、起案に明け暮れ、3月中旬に2回試験を受けて末日頃に合否発表があり、翌4月から法曹としてスタートしました。

○当時の弁護修習は期間が4ヶ月もあり、3代目位までは起案を手伝って貰える重宝な存在と感じることもありましたが、徐々に起案の添削等の作業が面倒と感じるようになり、また、いつもは居ないのに中途半端に4ヶ月だけ居られるのが、煩わしく、正に招かざるお客様となり、気の毒な存在になりました。そこで当時ノルマとされた5人の指導を担当し終えてから、その後の指導担当要請は,何だかんだ理由をつけて断り続けました。

○その断りの口実の一つに、もう男の修習生は要らないと言うのがあります。当時、女性修習生を担当できる暗黙の条件は、弁護士2名以上の共同事務所、一人事務所の場合は女性弁護士か高齢男性弁護士でした。そのいずれにも該当しない私には、女性修習生でなければ担当しないと言えば担当させられないですみました。私は、更に、もし担当するとすれば、若くて元気が良く、テニスとパソコンが大好きで、且つ、カラオケでは美空ひばりの曲が得意な「女性」修習生でなければならないと言う厳しい条件をつけました(^^)。

○セクハラ発言を彼方此方でしたい放題しているセクハラ発言常習犯の私は、確か最後の修習生にするはずだった平成11年5人目の修習生の弁護修習開式の席で、女性修習生でなければ取らないと修習委員会に申し入れていたのに、また、男子修習生を持たされましたと発言して苦笑を誘いましたが、当時は、この発言が問題なったとは記憶しておりませんでした。

○その後、合格者数が徐々に増え、平成16年には1500人近くなったため、仙台配属司法修習生の数も増えつづけ、弁護指導教官が不足して大変だと、司法修習委員長直々電話をかけてくることがあり、やむを得ず、平成17年59期、平成20年新61期の司法修習生の指導を担当しました。いずれも仙台配属司法修習生最年長の男子で若くて元気の良い女子修習生の夢は叶えられませんでした。

○そこで今度こそ、もう司法修習生は取らないと宣言したのですが、司法修習委員長の苦労を見かねて、平成24年新65期司法修習生指導担当となりました。弁護修習開始式のとき、また、随分前から若い女子修習生でないと取らないと宣言しているのに,よりによって、過去2代、男子で且つ年寄りの修習生ばかり担当させられたと発言したら、後で、どこからか小松弁護士のセクハラ発言は問題だと問題提起されているそうです。若くない女子修習生は居なかったように記憶していますが、面倒な世の中になったものだと、また、改悛の情皆無の問題発言です(^^;)。
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