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気仙沼でお世話になった方からの年賀状紹介

平成24年 1月25日:初稿
○「郷里気仙沼の方々の世話を受けてきた我が弁護士稼業」で我が弁護士稼業来し方を振り返り、郷里気仙沼の方々に大変お世話になってきたことを記述し、「それまでは気仙沼の方々からの依頼も多く大変お世話になり、今も年賀状の遣り取りを行う方は多くおられます。その中には東日本大震災で大変な被害を受けながら復興を目指して頑張っている方も多くおられ、ただただご健闘をお祈りするだけです。 」と記載していました。そのお客様は、弁護士開業してまもなくの気仙沼市幸町にアパートを借りていた時代に10年近くに渡り、仕事を継続的に依頼頂き、現在もお歳暮・中元を欠かさず頂く有り難いかたです。

○そのお客様は東日本大震災での津波被害が甚大であった気仙沼市の幸町と内ノ脇地区に仕事場とお住まいがあり、津波の被害をもろに受けられ、その様子をリアルに記述されてきました。改めて東日本大震災による津波被害の惨状を実感しました。以下、引用です。
3月11日(3・11)に遡る、縦揺れ地震・直観くる(津波が!)会社に走る・社員緊急解散だ。自宅に戻る~幸4区自治会長職権・4区住民避難勧告を…。直ぐに川向か南小学校へ目指す…大事な子供たち~(後日357名判明)自分の孫もいる~「3時30分頃気仙沼大川の通学歩道橋を命がけで跳んだ、」小学生帰宅の時間帯だ、戻れ,戻れ~学校に戻るんだ~、3階にあがれ~あがれ~3階にあがるんだ~・・省略。夜になる・真っ暗・学校の外は地獄だ。大爆音・騒音~住宅がきしむ音・海が燃える・自分たちの地域が大火・どこからか~、声、声「たすけて~の悲痛な連呼と意味不明な声、声、声」(どうすることもできないです~)ど~ん爆発火柱・大川を家屋が燃えながら遡・瓦礫に乗った人影遡上~不気味~不安と恐怖の子供たちに一晩中大声で励ましの言葉をかけ続けて17時間・喉から血が出た~。とにかく凄い体験をしました。3月12日14時頃か・ようやく移動・南気仙沼小学校の生徒達1年~6年・先生も飲まず食わず・うつろの状態皆無事でした。女子先生もご苦労さん。安堵・合掌。
○私も一時アパートを借りていた気仙沼市幸町地区は、気仙沼市魚市場のある内湾と気仙沼大川に挟まれた3方向から4mの高さの津波が押し寄せ殆どの建築物が浮かされて圧縮され原型がなくなり、数千戸の建物混合し一体化水没水産都市特有の多量の冷凍魚類と備蓄重油、下水道混合排水で汚染し、異臭悪臭を放ち、手袋、長靴、作業服等殆どなにもない状態、且つ寒冷地状態でしたが、お客様は、拾ったズック靴で捜索活動に従事し、足には瓦礫の釘が刺さり、素手にはガラス片やブリキの凶器で傷害を受け、破傷風菌、悪臭肺炎菌、ヘドロ油脂と戦いながら捜索にあたったとのことです。

○自衛隊赤十字救急隊到着後は、駆け込み解毒点滴を何度も受け、自衛隊から手袋を支給され、瓦礫の中を捜索し、地区行政委員自治会長として、次々と発見される遺体の身元確認作業に当たり、地区住民は気仙沼中学校3階音楽室を確保して避難させ、少しでもプライバシー確保するため段ボール間仕切りを考案して段ボールを探し回って設置するも、床はコンクリートで身体は芯まで冷え疲労限界冬眠状態で眠ったとも表現されています。

○津波被害を直接体験された経験でのリアルな表現に、その被害の甚大さを実感できました。多くの被災地で同様の光景が、或いは、更に過酷な状況が彼方此方で繰り返された今回の大震災による津波ですが、その記録は出来る限り詳細に残して後世への教訓とすべきでしょう。
以上:1,449文字

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