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大地震発生後8日目ーようやく郷里気仙沼との連絡つく

平成23年 3月19日:初稿
○平成23年3月18日(金)は、大地震発生から丁度1週間です。この日から1週間前の3月11日、名取市役所で法律相談をし、その後、迎えに来た依頼者の自動車で次の仕事場所角田市内に向けて走行中、午後2時46分、今回の大地震に遭遇しましたが、振り返ると随分と長い1週間でした。郷里気仙沼のように壊滅的打撃を受けて、避難所生活をされている方々には更に長く感じる1週間と思われます。

○3月17日迄は気仙沼への電話は固定電話も携帯電話も全く通じず、連絡が付くのは諦めながらも実家には毎日電話し、ツー、ツーという話し中音?は聞いていました。ところが、3月18日午前10時頃、突然、郷里気仙沼で菓子店を営み2月の還暦祝い会でも大変お世話になったA君から電話が来ました。彼の店は、海岸に近く最も安否が心配であった1人です。

○A君は、身は無事だったが、店は流されてなくなったと伝えてきました。ようやく携帯が繋がるようになり親戚の家から電話しているとのことです。A君の声は、流石に疲れを感じさせるものでしたが、兎に角、無事であったことに安堵し、他の同級生の動向も確認すると知っている範囲では皆無事で、同級生で犠牲になった方は今のところは居ないとのことでした。出来る限り力になりたいので何でも連絡して下さいと伝えましたが、A君の近所は、殆どの家が流される壊滅的打撃で今はどうしたらよいか判らない状況のようです。

○ようやく気仙沼にも電話が繋がり普通に呼出音がなるようになりました。2回目の電話で地震後始めて実家の義兄と直接電話で話が出来ました。電気も水道もまだ通じていないけれども、一日2回の給水車から水を受け取り、プロパンガスコンロを使って一人で煮焼きして食べていると元気な声で話してくれました。世話になった親戚等の安否を聞くと同じ気仙沼市内でも電話が通じないため全く連絡が取れず、毎日、市役所の不明者安否情報を見ているが、情報は大量にあるも親戚の情報は見つけられないとのことです。気仙沼では固定電話を受けることが出来ても発信は出来ないところもあるようです。

○ようやく気仙沼に電話が繋がるようになったので、3月18日夜、気仙沼の友人・知人に次から次と電話をしたのですが、同じ気仙沼でも未だに話し中音しか鳴らない電話も多く、また、受話音が鳴るも出てくれない例が殆どでした。数名の方々と電話が繋がり、話が出来ましたが、自宅に住めなくなり避難所で不自由な生活を続け今後の見通しが全く立たないとの話から、自宅も殆ど損壊はなく、殆ど被害がなかったという方まで、同じ気仙沼でも場所によって被害程度は相当異なるようです。

○その後、気仙沼の情報がある程度入ってくるようになり、安否が心配だった浜辺に住む親戚等も皆無事であることが判明しました。直接話したわけではありませんが、自宅は全半壊するも、別の親戚知人宅に世話になっている方、避難所に居る方等色々でしたが、その身は無事であることが確認されてホッとしています。

○我が家は大黒柱が被災者対策等公務に邁進し,殆ど家事が出来なくなり,久しぶりに私が、食材購入、野菜等洗ってレンジで温める等のごく簡単な調理をするようになっています。息子も9時開店のスーパーでの買い物のため朝5時に起きて並ぶなどの協力をしてくれています。18日までは給水制限があり、ポリバケツに水を汲んで貯蔵し,僅かの水で食材を洗い、また、食器洗い等をし、更にガス供給は見通しが立たず,当面、レンジ中心の温め作業となり、色々不自由を抱えての慣れない炊事作業となっています。電気・ガス・水道がある当たり前の生活が如何に有り難い生活であるかを痛感しているところです。
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