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三陸新報記事気仙沼ひまわり基金法律事務所開設1年雑感

平成20年 4月 8日:初稿
○平成20年4月6日付三陸新報第一面は、9段抜きで一面の7割近くを占める「ニュースを追って 公設法律事務所開設1年」、「債務問題解決に実績」等の見出しでの気仙沼ひまわり基金法律事務所開設1年を振り返る記事を掲載しました。三陸新報は気仙沼市に本社を置く気仙沼地方の地方紙で、おそらく気仙沼市では8割以上の家庭で購読しています。私も中学3年、高校1年の2年間、三陸新報朝刊を配達していました。

○私は気仙沼市出身で高校卒業時まで気仙沼で過ごし、仙台で大学生活を送った後、実質大学卒業1年目の昭和50年3月から昭和52年10月に司法試験に合格し、司法研修所に入所する昭和53年3月までの丸3年間の受験時代を気仙沼で過ごしました。

○この気仙沼での3年間の受験勉強時代には、司法書士受験を目指した元市会議員Aさん、気仙沼市内大手司法書士事務所2代目のBさん達と民法の勉強会を行い、気分転換と健康維持のためバドミントンクラブに参加し、更に気仙沼高校ギタークラブ部、鼎が浦高校マンドリンクラブのOBなどで構成する気仙沼プレクトラムアンサンブルなどに参加し、気仙沼に多くの知己を得ており、当然弁護士事務所は気仙沼に開設する予定でした。

○そして司法研修所時代は、実務修習地を仙台にして、仙台での実務修習時代は、頻繁に気仙沼に帰り、気仙沼での法律事務所開設に備え、研修所卒業後は、直ぐに気仙沼で独立して法律事務所を開設するつもりでした。ところが仙台に住み着くと、大都会でもなく且つ田舎町でもなく、仙台は大変住みやすい土地だと実感するようになり、更に弁護修習でお世話になった沼波義郎先生から、気仙沼に帰る前に何年かイソ弁(勤務弁護士)にならないかと声をかけられ、沼波法律事務所に2年と1ヶ月、イソ弁として勤務し、その間、益々仙台が好きになってきました。

○沼波法律事務所イソ弁時代は、気仙沼での勉強会仲間で同じ年に司法書士試験に合格し一足早く気仙沼市内で司法書士事務所を開設したAさんや1年だけ遅れて司法書士試験に合格した大手司法書士事務所2代目Bさんなどから、気仙沼での事件を紹介され、週末にその打合せのため気仙沼に帰る生活が続き、イソ弁2年目からは毎週月曜日は気仙沼での事件処理の日にして頂き、仙台にいながらも気仙沼の仕事が出来るという自信がつき、結局、沼波法律事務独立後も、気仙沼には帰らず、仙台に事務所を開設することになりました。

○独立後10年近くは気仙沼からの事件依頼が多く、売上の3割近くを占め、毎週1回は気仙沼に帰っていましたが、徐々に仙台の事件も増えるに従い、気仙沼の仕事を減らし、10年程前からは、気仙沼からの依頼は原則として気仙沼に居る弁護士に紹介し、現在は気仙沼の事件は全くなくなりました。しかし、大量弁護士時代を迎え、こんな贅沢も言ってられないと感じる昨今です。
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