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私が弁護士を目指した訳-佐賀潜「民法入門」で希望確定

平成19年11月19日:初稿
○私が、弁護士になりたいと思ったのは、もう40年以上前になりますが、中学3年生の時、中学生向け将来の職業に関する書籍で弁護士の仕事についての記述を読んだのが切っ掛けでした。それまでは代々木第一体育館設計等で世界的に有名な建築家丹下健三氏に憧れ、工学部の建築科を進んで建築士になりたいとの希望を持っていました。

○高校2年になったばかりの頃、故佐賀潜(本名松下幸徳)氏著「民法入門 金と女で失敗しないために」を購入して読み、当時の普通の高校生には刺激的な男女間の営みについてのイラストが描いてあり、特にその方面についての解説記事を繰り返し読み、それまでの漠然とした弁護士希望が、絶対弁護士になりたいとの確定的希望に変わりました。当時から特に男女問題に強い関心があったようです(^^;)。

○そこで弁護士になるためにはどうするのか調べ、先ず司法試験に合格することが必要と判りました。そして国家試験中最難関であり、この試験に合格するためには重ねると自分の背丈以上の教科書や参考書を読みこなすことが必要で普通の人間は1日10数時間の勉強を最低3年間継続しなければ合格レベルに達せず、合格レベルに達したからと言って直ぐ合格するとは限らない過酷な試験であると判り、自分が合格するのは夢のようなものだとも思っていました。

○それでも高校時代には司法試験を受けるために東北大学法学部に進学したいとの希望を漠然とながら持ち続け、一浪して東北大法学部入学しました。大学1年の時、クラス担任から司法試験受験希望者は挙手するように言われた時、殆どの学生が挙手していたことを覚えております。尚、当時の東北大学法学部の定員は230名で50数名ずつの4クラスに別れ、女子学生は各クラス1人ずつの4名だけでした。

○大学入学後は法学書院の「受験新報」と言う当時唯一の司法試験受験雑誌を定期購読していましたが、これに記載される合格体験記を読むと大学卒業後何年もかかって苦労に苦労を重ねてようやく合格した例が多く、果たして自分が合格できるのだろうかと全く自信が持てませんでした。

○当時司法試験受験のための予備校などもなく、2年時から憲法、民法、刑法等の専門科目の授業を聞き、大学の試験を受けるだけの生活を続けましたが、到底、合格に繋がる受験勉強と評価できるようなものではなく、司法試験合格など夢のまた夢との感じで、大学1年から3年生の秋まで、一番、熱中して力を入れて取り組んだのは、フラメンコギターの練習でした。
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