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父からの司法試験合格祝いプレゼントの時計の思い出

平成19年11月 7日(水):初稿
○私は昭和52年10月8日、26歳でようやく司法試験最終合格を果たしましたが、このとき私の父は、「父亀治郎の話し」記載の通り65歳で三重県の鰹船の平船員として働いていました。私の合格の報を聞き、11月には気仙沼に戻り、私に司法試験合格祝いとして5万円もする金メッキのSEIKO KING QUARTZをプレゼントしてくれました。

○昭和52年当時の鰹船平船員の給料は安く、年収は漁獲高にもよりますがおそらく平均して100万円にも満たなかったものと思われます。しかし65歳まで私の合格を信じて働き続けた父も私の合格が大変嬉しかったようで、正に大枚をはたいてのプレゼントでした。

○私は自分の試験勉強のために65歳になるまで父を鰹船の平船員として働かせていたことに大きな負い目を感じていたところにこんな高価な時計をプレゼントされ、父の私に対する思いを感じて大感激で、以来、今日までこの時計を肌身離さず使用し続けています。

○肌身離さずとちとオーバーな表現をしましたが、物忘れの激しい私は、この時計をしばしば色々な所に置き忘れました。短い時間でもどこかに留まると腕から外して目の前に置く癖があるからです。自動車での事務所旅行中、旅館の部屋に置き忘れ或いは公園のトイレの手洗い場に置き忘れ、不思議と置き忘れた場所は思い出して、何時間もかけて取りに戻ったことが何度もあり、どこかに置き忘れ数日間出てこなくて諦めたときも何度もありました。

○必ず私の手に戻ってくるこの時計を私は使用し続け、自ら他に腕時計を購入したことはありません。この時計は昭和52年11月プレゼントされて以来30年間経過しましたが、時を刻む動作で故障したことは一度もなく正確に時を刻んでくれます。

○但し腕輪部分は何度か壊れて取り替えており、また30年も経つとさすがに時計本体周りの金メッキは剥げ、緑青と思われる緑色の線も浮き出て、如何にも年季の入った時計の外観となっております。ネットで検索するとこのような時計の修理をしてくれる店もあるようですが、年季の入った姿の方が父のプレゼントとしての有り難みが残るような気がして、現時点では修理に出す気持ちにはなれません。

○「アルツハイマー病になった父の思い出-人工透析後の変化」に記載したとおり、亡くなる直前に人工透析によって意識回復し、思い出してくれたこの時計を父の形見として生涯大事に使用していきたいと思っております。
以上:1,000文字

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