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RU平成22年9月例会-老後に向かって脳を鍛える1

平成22年 9月22日:初稿
○平成22年9月21日、RU(ライジングアップ)9月例会として、「老後に向かって脳を鍛える」とのテーマの具体例として、東北文化学園大学医療福祉学部保健福祉学科准教授Aさんの「アルツハイマーを主とした認知症の医学的理解」、同大学科学技術学部知能情報システム学科教授Bさんの「認知症の予防」と言う表題での講義をして頂きました。認知症は、昭和45年有吉佐和子氏の長編小説「恍惚の人」で有名になった当時の呼び名は痴呆症ですが、高齢者数が圧倒的に増えた現在は身近なところで多数見られる病気です。

○参加者8名中、自己乃至配偶者の親に認知症患者を持っている人が半数以上居ました。私自身、「アルツハイマー病になった父の思い出-介護施設に感謝」等に記載したとおり、父が81歳頃、アルツハイマー病と診断され、気仙沼市内の介護施設に入所し、87歳で亡くなるまで6年間介護施設のお世話になりました。

○父は亡くなる2,3年前には息子の私が誰かも見分けがつかなくなっており、この頃には、目の焦点が殆ど定まらず、言葉も殆ど発することが出来ず、見舞いに行く度にアルツハイマー病の厳しさを実感し、この状態になった人を家庭で家族が介護するなど到底不可能で、介護施設の存在はホントに有り難いと感謝し、またアルツハイマー病にはなりたくないと痛感したものでした。

○男の子は一般に母に似ると言われます。しかし、私の場合は、顔はそれ程似ていませんが、全体的体格、性格、頭髪状況等良いところも悪いところも殆どの分野で父に良く似ており、父の遺伝子を多く受け継いでいます。性格では、生来、内気で人見知りでシャイで人前に出たがらない点、短気でせっかちな点、何でも根掘り葉掘り聞きたがりでおしゃべりな点等です(^^;)。体格も小柄で短足な点、やや上腕筋が太い点、ハゲまで行きませんが、50代から頭髪が白く薄くなった点、更に音感が悪い点(音痴で歌が下手)、酒を飲むと直ぐ真っ赤になる点等数え上げるとキリがありません。ただし、父は真っ赤になっても大酒飲みな点は私と違っていました。

○父は15歳から65歳まで50年間漁船員として働き,それまでの人生の殆どを洋上で過ごし、家に帰るのは1年の内平均して1,2ヶ月でした。それが66歳からズッと家に居るようになると、その何でも聞きたがりで且つおしゃべりな点等が同居の母や姉達に疎まれ良く文句を言われていました。私はその様子を見て、我が身を振り返り、自分の性格も父に似ていることを自覚し、自制しなければと思い、いわば反面教師となり、その好ましくない性向について是正するよう努めるようになりました。

○父は65歳で漁船員引退後も70歳までの5年間は気仙沼市内ヨットハーバーでヨット・ボートの管理人として勤務し、50CCのバイクに乗って毎日通勤していました。70歳過ぎてからは全くの無職となり、75歳まではバイクに乗って買い物などしていましたが、75歳過ぎると危険だと思ったのかバイクにも乗らなくなりました。65歳までの人生の殆どを洋上で過ごした父は,囲碁・将棋等の趣味もなく、75歳過ぎると家の外に出ることが殆どなくなり,毎日、朝から晩までTVを見て過ごすようになりました。

○このように何もすることがなくなりTVだけを見て過ごすようになってから、父の老いは急速に進んでいったように思います。80歳前にはボケが始まり、81歳でアルツハイマー病と診察され,その後は、介護施設で、いわば人生の終末を待つだけの人生になってしまいました。父の遺伝子を多く受け継いだ私は、アルツハイマー病遺伝子も受け継いでいるはずで、その医学的理解と予防法についての講義を熱心に聞きました。
77歳の父と37歳の私

この頃は父も健康で私の髪もフサフサしていました(^^)
以上:1,550文字

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