仙台,弁護士,小松亀一,法律事務所,宮城県,交通事故,債務整理,離婚,相続

旧TOPホーム > 交通事故 > 交通事故判例-その他なんでも >    

自賠法被害者請求の労災補償保険法請求優先を認めた差戻高裁判決紹介

   交通事故無料相談ご希望の方は、「交通事故相談フォーム」に記入してお申込み下さい。
令和 1年 6月14日(金):初稿
○「自賠法被害者請求が労災補償保険法請求に優先するとした高裁判決紹介」の続きで、平成30年9月27日最高裁判決の差戻控訴審平成31年1月16日東京高裁判決(労働開発研究会/TKC)を紹介します。

○保険会社において,事故及び賠償額の確認に要する調査をするために必要とされる合理的期間は,平成27年11月24日に満了したものというべきであるから,本件における遅延損害金の起算日は平成27年11月25日となり,その終期は平成30年11月2日(元本344万円の本旨弁済日)であるから,Aの請求は,遅延損害金50万5632円の支払を求める限度で理由があるとしました。なお、Aは、損害賠償金元本344万円は回収済みで、遅延損害金のみの請求に減縮していました。

*******************************************

主   文
1 第1審判決を次のとおり変更する。
(1)第1審被告は,第1審原告に対し,50万5632円を支払え。
(2)第1審原告のその余の請求を棄却する。
2 訴訟の総費用(上告審判決主文第4項に記載されたものを除く。)は,これを5分し,その2を第1審原告の負担とし,その余を第1審被告の負担とする。
3 この判決は,第1項の(1)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由
第1 控訴の趣旨

1 第1審判決を次のとおり変更する。
2 第1審被告は,第1審原告に対し,54万9458円(自賠責保険金344万円に対する平成27年8月25日から平成30年11月2日まで年5分の割合による遅延損害金)及びこれに対する平成30年11月14日付け訴え変更申立書送達の日の翌日である同月15日から支払済みまで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金を支払え。
3 訴訟費用は,第1審,差戻し前の控訴審,上告審及び差戻し後の控訴審を通じ,第1審被告の負担とする。

第2 事案の概要
1 本件は,自動車同士の衝突事故(本件事故)により被害を受けた第1審原告が,加害車両を被保険自動車とする自賠責保険の保険会社である第1審被告に対し,自賠法16条1項に基づき,自賠責保険金額の限度における損害賠償額581万円(傷害の上限金額120万円及び後遺障害等級10級の上限金額461万円の合計)及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成27年2月20日)から支払済みまで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

 差戻し前の控訴審判決は,第1審原告の請求につき,後遺障害は12級相当と判断した上で,344万円(自賠責保険金額の傷害の上限金額120万円及び後遺障害等級12級の上限金額224万円の合計)及びこれに対する判決確定の日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余の請求を棄却した。これを不服として第1審原告及び第1審被告が上告受理申立てをしたところ,事件が上告審として受理され,平成30年9月27日に言い渡された上告審判決は,第1審原告の上告に基づき上記元本344万円に対する訴状送達の日の翌日(平成27年2月20日)から判決確定の日の前日までの遅延損害金の支払請求を棄却した部分を破棄し,同部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻した。その余の上告は全部棄却された。これにより、元本344万円の支払義務があること及びその余の元本金額の支払義務がないことは,確定した。
 第1審被告は,上告審判決後の平成30年11月2日,第1審原告に対し,支払義務が確定した元本額344万円を本旨弁済したことから,第1審原告は,前記第1の2記載のとおり請求を減縮した。 

2 後遺障害等級については,第1審原告の左肩関節の可動域制限が問題となり,健常時の2分の1以下の角度の可動域しか得られないものが10級(労働能力喪失率27%)に該当し,健常時の4分の3以下の角度の可動域しか得られないものが12級(労働能力喪失率14%)に該当する。第1審原告については,後遺障害診断書においては健常時の2分の1以下の角度の可動域しか得られない旨の診断(10級相当)があるが,これに先立つ治療の過程では健常時の2分の1を上回る角度の可動域が得られる旨を示す検査結果(12級相当)もあったため,12級に該当するのではないか,ひいては本件事故との因果関係がないのではないかということが争点となった。なお,第1審判決は,差戻し前の控訴審判決と同様に,12級と認定した。

3 争いのない事実等は,次のとおり補正するほか,第1審判決「事実及び理由」中の第2の2に記載のとおりであるから,これを引用する。
 2頁6行目から7行目にかけての「中型貨物動車」を「中型貨物自動車」に改める。

4 争点及び当事者の主張
(1)前記1のとおり,差戻し前の控訴審判決が,判決確定の日の前日までの遅延損害金の支払請求を棄却したところ,上告審判決は,上記判断は是認できないとして同部分を破棄し,当審に差戻した。その理由の要旨は以下のとおりである。
 〔1〕自賠法16条の9第1項の規定は,民法412条3項の特則として,支払請求があった後,所要の調査に必要な期間が経過するまでは,その支払債務は遅滞に陥らないものとし,他方で,その調査によって確認すべき対象を最小限にとどめて,迅速な支払の要請にも配慮したものと解される。〔2〕そうすると,自賠法16条の9第1項にいう「当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間」とは,保険会社において,被害者の損害賠償額の支払請求に係る事故及び当該損害賠償額の確認に要する調査をするために必要とされる合理的な期間をいうと解すべきである。〔3〕その期間については,事故又は損害賠償額に関して保険会社が取得した資料の内容及びその取得時期,損害賠償額についての争いの有無及びその内容,被害者と保険会社との間の交渉経過等の個々の事案における具体的事情を考慮して判断するのが相当である。〔4〕本件において,第1審被告が訴訟を遅延させるなどの特段の事情がないからといって,直ちに第1審被告の損害賠償額支払債務が第1審判決の確定時まで遅滞に陥らないとすることはできない。
 したがって,当審における争点は,遅延損害金の起算日,具体的には,本件における具体的事情(上記〔3〕)を考慮したとき,上記「当該請求に係る自動車の運行による事故及び当該損害賠償額の確認をするために必要な期間」をいつまでと判断すべきかという点である。

(2)上記争点に関する当審における当事者の主張は以下のとおりである。
(第1審原告)
 第1審原告は,第1審において第1審原告に係る医療記録等に係る文書送付嘱託の申立てを行い,上記医療記録等は,平成27年7月24日までに裁判所に到着した。これにより,第1審被告は,上記医療記録等を閲覧謄写して,第1審原告の傷害の状態,後遺障害の有無・程度等を判断することが可能となったものであり,第1審被告が損害賠償額の確認をするために必要な期間は,上記医療記録等の到着から1か月(平成27年8月24日まで)が相当である。したがって,本件における遅延損害金の起算日は,その翌日である同月25日と解すべきである

(第1審被告)
 本件においては,〔1〕訴外での被害者請求を経ておらず,訴訟係属前における当事者間の交渉が皆無であったこと,〔2〕訴訟提起段階の証拠は交通事故証明書や診断書等のみであり,損害賠償額等の確認に必要な資料(医療記録,刑事事件記録,医学意見書等)はその後の訴訟進行に応じて取得されたものであること,〔3〕損害賠償額に関する大きな争点(後遺障害の有無・程度,労災保険給付により政府が代位取得した被害者請求権と第1審原告の被害者請求権の優劣)があり,最高裁判所の判断を経る必要があったことという事情がある。これらを考慮すれば,本件における遅延損害金の起算日は,上告審判決が言い渡された平成30年9月27日と解すべきである。

第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,第1審原告の請求(ただし,差戻し前の控訴審判決のうち破棄されずに上告審判決の言渡しにより確定した部分を除く。以下同じ。)は,本判決主文第1項(1)掲記の限度で理由があり,その余の請求には理由がないものと判断する。その理由は,次のとおりである。

2 証拠(甲号各証,乙号各証)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)第1審原告は,平成27年2月12日,本件訴訟(当初は元本581万円のみの請求であった。)を提起した。第1審原告は,自賠法16条1項に基づく被害者請求の手続を経ずに本件訴訟(加害者である亡Cは任意保険に加入しておらず,亡Cの相続人が相続放棄したことから,自賠責保険会社である第1審被告のみを提訴した。)を提起したものであり,訴提起前に第1審被告との交渉はなかった。事故状況や損害等に関する証拠として訴状に添付されたのは,交通事故証明書,秦野赤十字病院医師作成の実通院治療日が記載された診断書及び後遺障害診断書並びに労災保険金(給付基礎日額を1万6495円とする休業補償給付合計410万7255円及び総額498万1490円の障害補償一時金)の支給決定通知のみであり,事故態様や治療・検査の具体的内容は明らかでなかった。

(2)第1審原告の文書送付嘱託申立てにより,本件事故の刑事事件記録(実況見分調書等)が平成27年3月19日に,本件事故についての第1審原告の労災関係資料が同年5月20日に,第1審原告の医療記録のうち秦野赤十字病院分が同年7月22日に,神奈川県立足柄上病院分が同月24日に,それぞれ第1審裁判所に到着した。第1審被告は,上記各送付文書の全部を文書到着後速やかに謄写し,専門家に検討を依頼した。第1審被告は,謄写文書のうち必要と認める部分(主に医療記録)を,書証として提出した。

(3)第1審原告は,平成27年12月3日,遅延損害金(訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合)の請求を追加する旨の訴えの変更を申し立てた。

(4)第1審被告から依頼を受けた医師は,平成28年2月23日付けで第1審原告の症状等に関する意見書(乙5)をまとめた。第1審被告は,この意見書を平成28年3月3日の第7回弁論準備手続期日において証拠提出するとともに,これを踏まえた主張の補充をした。意見書(乙5)は,それまでに当事者双方から提出された資料等(第1審原告の医療記録〔乙1,2〕を含む。)を整形外科専門医が分析・検討したものである。

 上記意見書の結論は,〔1〕症状固定日を平成26年10月31日とすることは妥当である,〔2〕第1審原告は,受傷後4か月(平成26年1月)以降は就労不能状態を脱していた可能性が高い,〔3〕本件事故と左肩関節及び頚部の症状との因果関係は認められるが,右肩関節の症状との因果関係は認め難い,また,左肩関節の症状については肩関節変性の既往症が素因(寄与度2~3割)として影響している可能性が高い,〔4〕後遺障害診断書によれば左肩関節の症状は後遺障害等級10級10号に該当するが,いったん12級程度に回復した時期もあるという症状経過に照らし,本件事故による後遺障害としては12級6号程度を超える障害の程度の重い等級に該当すると評価することは医学的に疑問である,また,右肩関節及び頚部の症状は後遺障害には該当しないというものであった。

(5)本件訴訟における主な争点は,〔1〕第1審原告の後遺障害の有無及び程度(第1審原告は併合10級,第1審被告は後遺障害なしと主張),〔2〕休業損害(就労不能期間の争いを含む。)及び逸失利益額等の損害算定(素因減額を含む。),〔3〕労災保険給付により政府が代位取得した被害者請求権と第1審原告の被害者請求権の優劣(第1審被告は,平成28年3月8日,国に対し,訴訟告知した。),〔4〕遅延損害金の起算日(当審における争点)であった。本件事故の発生について第1審原告にも過失があるという主張はされなかった。

 第1審判決(平成28年8月29日言渡)は,前記(2)の文書送付嘱託申立てに係る医療記録(乙1,2)に基づき第1審原告の症状の推移,診療経過等について詳細に認定した。その上で,上記〔1〕については,双方の主張を排斥し,第1審原告の後遺障害等級を併合12級とした。上記〔2〕については,素因減額を基礎付ける事実の証明はないと判断した上で,13か月余り(418日)の休業期間に相当する休業損害として,第1審原告主張額(689万4910円)を是認し,逸失利益は労働能力喪失率を12級相当としたほかは第1審原告算定式を是認して364万9311円と算定し,慰謝料を裁判実務における標準額に沿って認定した(傷害慰謝料を13か月通院の標準額158万円,後遺傷害慰謝料を12級の標準額290万円とした。)。

 休業損害及び逸失利益の算定の基礎とされた収入日額1万6495円は,労災認定と同額で,訴状添付の書証により第1審被告も知っている額であった。上記〔3〕については,第1審原告の主張を採用した(第1審原告の被害者請求権が政府のそれに優先するとした。)。上記〔4〕については,第1審被告の主張を採用した(遅延損害金の起算日を判決確定の日とした。)。差戻し前の控訴審判決(平成28年12月22日言渡)も上記各争点については同様に判断した(ただし,労災保険給付による損害填補の計算を改め,第1審判決を変更して,前記のとおり自賠責の傷害上限額120万円及び後遺障害12級の上限額224万円を認容した。)。

3 第1審における意見書(乙5)の提出までの双方の主張及び書証(甲1~8,乙1~4。いずれも,平成27年7月24日までに,第1審被告においてアクセス可能となったものである。)に意見書(乙5)の記載内容を総合すると,第1審被告は,事故と因果関係のある休業日数や後遺障害の存在を争いつつも,裁判所が事故後症状固定日までの13か月余りの休業がやむを得なかったと判断すること(第1審原告の業務内容が荷物の積み卸しと貨物自動車の運転であったことに照らし,事故後4か月で復職可能という意見書の記載には無理があることは第1審被告も認識することができたものというべきである。)及び後遺障害12級を認定する蓋然性が十分にあること,第1審原告を直接診断していない医師の意見書により素因減額を認定してもらうことは容易でないことを,意見書作成に必要な資料がそろってから数か月以内に認識することができたものというべきである。

 労災保険が認定した給付基礎日額が1万6495円であることは,訴状添付の証拠(甲4,5)に記載があり,休業損害や逸失利益の算定の前提となる第1審原告の収入日額についての裁判所の認定額がこの額からさほど大きく外れない蓋然性が高いことは,予測できたものというべきである。通院13か月余りの傷害慰謝料及び後遺症12級の後遺障害慰謝料の標準額は,第1審被告はその業務上知っていたことが明らかである。以上によれば,平成27年7月24日から数か月以内に,本件請求に係る損害が差戻し前の控訴審判決が認定した1500万円余りに及ぶ蓋然性が高いことが,第1審被告に認識可能となったものということができる。そうすると,第1審被告は,そのころ,労災からの既払金908万8745円(休業補償給付410万7255円,障害補償一時金498万1490円)を控除してもなお,自賠責保険の給付限度額(傷害120万円,後遺障害12級224万円)を上回る損害が第1審原告に残っていたと判断される蓋然性が十分にあることを認識できたものというべきである。

 意見書(乙5)の内容その他本件に顕れたすべての事情を総合すると,意見書の基礎となるべき資料が第1審で提出された日(平成27年7月24日)から4か月で,前記の蓋然性を予測することが可能になったとみるのが,合理的である。以上の点を総合すれば,第1審被告において,事故及び賠償額の確認に要する調査をするために必要とされる合理的期間は,平成27年11月24日に満了したものというべきである。


 なお,政府が代位取得した被害者請求権との優劣や遅延損害金の起算日の争点の検討や審理に要する期間は考慮に入れるべきではない。また,意見書(乙5)作成日付は,平成27年7月24日から約7か月後(平成28年2月23日)であるが,意見書の内容の概要を口頭説明により第1審被告が把握するのに7か月も必要であるとは考えられない。

 以上によれば,本件における遅延損害金の起算日は平成27年11月25日となり,その終期は平成30年11月2日(元本344万円の本旨弁済日)であるから,第1審原告の請求は,遅延損害金50万5632円(3,440,000×0.05×〔2+343/365〕)の支払を求める限度で理由がある。なお,遅延損害金に遅延損害金を付することはできないから,第1審原告の遅延損害金請求(平成30年11月15日以降の遅延損害金の支払を求めるもの)は,理由がない

第4 結論
 以上によれば,第1審原告の請求は,本判決主文第1項(1)掲記の限度で理由があり,その余の請求には理由がない。よって,第1審原告の控訴に基づき,第1審判決主文第1項(ただし,前記第2の1の請求の減縮後のもの)を本判決主文第1項(1)のとおり変更することとし,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第11民事部 裁判長裁判官 野山宏 裁判官 橋本英史 裁判官 角井俊文

以上:7,190文字

タイトル
お名前
email
ご感想
ご確認 上記内容で送信する(要チェック

(注)このフォームはホームページ感想用です。
交通事故無料相談ご希望の方は、「交通事故相談フォーム」に記入してお申込み下さい。


 


旧TOPホーム > 交通事故 > 交通事故判例-その他なんでも > 自賠法被害者請求の労災補償保険法請求優先を認めた差戻高裁判決紹介