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自由診療と相当診療報酬額についての平成8年10月23日福岡高裁判決紹介1

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平成28年 9月 6日(火):初稿
○交通事故の被害者に対する病院の診療の相当性(過剰性)や、その診療契約の態様(自由診療か社会保険診療か)ということが争われ、診療契約は自由診療によるものであり、自由診療でも診療報酬額は相当額に限定されるべきで健康保険法の診療報酬体系には十分な合理性があるから、これを一応の基準として、その1.5倍(1点15円)の限度で相当因果関係を認めた平成8年10月23日福岡高裁判決(交民29巻5号1313頁、判タ949号197頁、判時1595号73頁)全文を2回に分けて紹介します。

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主  文
一 原判決中控訴人敗訴部分を次のとおり変更する。
二 控訴人は、被控訴人に対し、金487万2040円及びこれに対する平成3年1月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
三 被控訴人のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用(補助参加費用を含む。)は、第1、2審を通じてこれを5分し、その1を被控訴人及び同補助参加人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人

1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 右取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。

二 被控訴人及び同補助参加人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

第二 事案の概要
 本件は、原動機付自転車で進行中に控訴人運転の普通乗用自動車に衝突され負傷した被控訴人が、不法行為(民法709条)による損害賠償及び事故日からの遅延損害金を請求したところ、控訴人が、被控訴人補助参加人の経営する病院の医師が被控訴人に施した治療の過剰性や、診療報酬の単価の不当性、過失相殺等を主張して、損害額を争った事案である。

一 争いのない事実
1 控訴人は、平成3年1月27日午後4時50分ころ、普通乗用自動車(以下「控訴人車」という。)を熊本市上水前寺方面から神水本町方面へ向け進行させ、同市水前寺六丁目37番28号大銀東ビル先の交差点手前で一時停止標識に従い、一時停止した。このとき、右交差点では、控訴人の進行方向の左前方に車両が渋滞停止していたところ、その後方から来た車両が控訴人の通行可能な余地を残して停止し、控訴人に道を譲った。そこで、控訴人が時速約5ないし六キロメートルで交差点を直進したところ、交差道路を左方から直進してきた被控訴人運転の原動機付自転車の右前部に控訴人車の左前部が衝突し、被控訴人は転倒して、右脛骨腓骨開放骨折の傷害を負った(以下「本件事故」という。)。

2 控訴人は、信号機のない右交差点を横断するに際し、交差する道路が渋滞していたのであるから、左方からの車両の有無を確認すべきであったのにこれを怠った過失により右事故を発生させた。

3 被控訴人は、前記傷害の治療のため、被控訴人補助参加人経営の熊本託麻台病院(以下「訴外病院」という。)に、平成3年1月27日から同年5月2日まで入院し、同月3日から平成4年3月24日まで通院し(実日数3日)、同月25日から同年4月7日まで入院した。

4 控訴人と被控訴人は、平成3年6月、被控訴人の物損について被控訴人に1割の過失相殺をすることで示談した。

二 争点
1 被控訴人が同補助参加人から受けた治療は過剰なものであったか。すなわち、担当医師の骨髄炎の診断の適否、抗生物質投与の期間及び量の適否、平成3年3月25日から同年5月2日までの入院の必要性。

(控訴人の主張)
 被控訴人は、平成3年1月28日骨髄炎と診断されているが、骨髄炎との確定診断をなすに足りる検査結果は得られていない。したがって、同月27日から同年2月18日まで行われた被控訴人に対する抗生物質の投与は感染症の予防目的と把握されるところ、治療目的での使用量が投与されており、しかも一般的基準を超える量の投与がなされている。被控訴人は、同年3月18日から3日間通学しており、そのころ通院可能な状態にまで回復していた。

(被控訴人及び同補助参加人の主張)
 骨髄炎は、初期治療に当たった担当医の立場から総合的判断により付された診断名であり、確定診断ではない。抗生物質投与は予防的なものではなく、治療に対し有効であったし、投与量の一般的基準は、成人に対する標準的用量を示すにすぎず、患者の状況を総合的に判断した結果、増減した量を投与するのは当然である。被控訴人の実家は天草町にあり、被控訴人は熊本市内に下宿していたものであるが、下宿先からの通院には長時間を要するので、下肢障害者である被控訴人にとって通院は困難であった。なお、診療の程度、内容については、明らかに不要、不当な場合は別として、相当の範囲で医師に裁量権があるところ、本件で不要、不当な診療はない。

2 被控訴人の診療は、社会保険診療によりなされたものか、自由診療によりなされたものか。すなわち、被控訴人の同補助参加人に対する、社会保険による診療を受ける旨の意思表示の有無
(控訴人の主張)
 被控訴人の父である藤本恵三(以下「惠三」という。)が、被控訴人補助参加人に健康保険被保険者証(以下「被保険者証」という。)を提示して社会保険診療を申し出たことにより、診療開始時に遡って、被控訴人補助参加人には被控訴人に対する健康保険法上の医療の現物給付義務が発生し、被控訴人には給付を受けたときから同法に定める患者負担分(医療費全額の20パーセント)の支払義務が生じた。したがって、控訴人は、被控訴人の右支払義務と同じく、一点単価10円に対する10分の二である二円の支払義務を負うにすぎない。

(被控訴人及び同補助参加人の主張)
 保険診療契約成立のためには、被保険者証の提出だけではなく、当事者間に右契約を成立させるとの意思の合致が必要であるところ、本件では右合致を欠いている。

3 自由診療の場合の診療報酬額は保険診療の単価によるべきか。
(控訴人の主張)
 健康保険法の診療報酬体系は、一般の診療報酬を算定する基準としての合理性を有するから、自由診療における診療報酬についての合意を欠く場合の診療報酬額算定の基準とされるべきであって、本件においても一点単価を10円とすべきである。また、本件では、医学水準、医学常識により認められた独自の先進的療法等による修正すべき診療は行われていないから、健康保険法の診療報酬体系を基準とするのが相当である。なお、地域医療機関の医療費の一般水準を基準とすることは、独占禁止法違反の医師会決定の単価を基準とするものであるから、法令違反のそしりを免れない。

(被控訴人補助参加人の主張)
 被控訴人と同補助参加人間には、自由診療における一点単価を20円とする合意が存した。また、当時、熊本県内での自由診療の一点単価は20円が一般的であった。

4 治療費以外の損害
 交通費3万9150円、下肢装具代6万6378円、文書代800円は当事者間に争いがなく、入院雑費、付添看護料、宿泊代、慰謝料、弁護士費用が争いとなっている。

5 過失相殺

第三 当裁判所の判断
一 争点1について

 証拠(〈書証番号略〉、被控訴人法定代理人惠三(原審)、証人青木了(当審))によれば、次の事実が認められる。
1 被控訴人(昭和49年2月6日生。当時高校2年生。)は、平成3年1月27日午後5時ころ訴外病院に搬入され、当直医であった鶴田医師の診察を受けた。同医師は、被控訴人の傷病を右脛骨腓骨開放骨折及び腰部打撲と診断し、デブリードマン(創の清浄化)、縫合、鋼線牽引、抗生物質(パンスポリン)投与等の治療を施し、被控訴人は訴外病院に入院した。同医師は、駆け付けた被控訴人の父に対し、感染の危険性があるのでその治療、検査を行うこと、感染が否定されたら骨接合術を行うこと等を説明した。訴外病院の当時の診療部長青木了医師(以下「青木医師」という。)は、翌28日、被控訴人を診察し、その負傷の状態から感染を懸念して、骨髄炎に罹患した患者の予後が悲惨であった自己の経験に照らし、初期治療が重要であると考え、診断名に右下腿骨骨髄炎を追加し、炎症検査のためのCRP(C反応性蛋白)試験、ESR(赤血球沈降速度)検査、WBC(白血球数)検査、細菌顕微鏡検査、細菌培養同定検査等の検査を行い、抗生物質投与等の治療を施した。

2 同年2月7日、骨接合術が施行され、鋼線牽引は打ち切られた。同月21日、骨髄炎の治療が中止された。被控訴人が入院した日から同日までの間の、前記検査の実施とその結果並びに投与された抗生物質名及びその投与量は、別紙経過表記載のとおりである。

3 同月27日、被控訴人は、PTB(膝蓋腱支持装具)を装着し、松葉杖で歩行を開始したが、やや不安定であった。被控訴人は、3月18日から3日間訴外病院から通学したが、疲労感、疼痛はなかった。青木医師は、同月28日には、4月10日ころまでに退院可能と認識していた。被控訴人は、4月3日装具を除去し、同月10日から再び訴外病院からの通学を始めた。なお、被控訴人は、同年5月2日退院し、同月3日から平成4年3月24日まで通院し(実日数3日)、同月25日から同年4月7日までエンダーピン(髄内釘)抜去手術のため入院した(入通院の事実は争いがない。)。

4 1988年(昭和63年)版日本医薬品集によれば、パンスポリンの投与量は、静脈注射及び筋肉注射の場合1日0.5ないし二グラム、点滴の場合一回0.25ないし二グラムであり、セファメジンの投与量は、静脈注射及び筋肉注射の場合1日一グラムであり、コスモシンの投与量は、静脈注射の場合1日一ないし二グラム、重症の場合1日四グラムまで増量とされており、ベクタシンの投与量は、筋肉注射の場合1日0.15ないし0.2グラムとされている。なお、〈書証番号略〉に添付されている1993年(平成5年)版日本医薬品集の記載内容も右と同様である。

 ところで、医師の診療行為は、専門的な知識と経験に基づき、患者の個体差を考慮しつつ、刻々と変化する病状に応じて行われるものであるから、臨床現場における医師の個別的判断を尊重し、医師に診療についての一定の裁量を認めることが必要である。したがって、医師の施した診療行為が必要適切なものであったか否かを審査するに当たっては、事後的にいかなる診療行為が必要適切であったかを一義的に判断すべきではなく、当該診療行為が、当時の医療水準に照らし明らかに不合理なものであって、医師の有する裁量の範囲を超えたものと認められる場合に限り、過剰な診療行為であったとすべきものである。

 本件についてこれを見るに、まず骨髄炎の診断及び抗生物質の投与については、証拠(〈書証番号略〉、証人青木了(当審))によれば、開放性骨折が骨髄炎を起こす蓋然性とその場合の危険性を案じた青木医師は、炎症についての検査結果が明確になるまで、骨髄炎の蓋然性を念頭に置き、標準使用量よりも多い抗生物質の投与を行ったことが認められるが、青木医師の右判断が医師の裁量の範囲を逸脱した不合理なものであることを認めるに足りる証拠はなく、診療録(〈書証番号略〉)に骨髄炎があたかも確定診断名であるかのごとき記載があるのは不適切であるとのそしりを免れないものの、青木医師の右診療行為に不必要、不適切な点があったということはできない。控訴人は、青木医師が、初期感染が明確でないのに、標準使用量を超える抗生物質を投与したのは過剰な治療であると主張するが、前記経緯に照らすと、青木医師の治療行為が医師の裁量を逸脱したものであるとは言い難い。

 次に、被控訴人の入院期間の相当性については、証拠(〈書証番号略〉)によれば、被控訴人の平成3年3月末の回復状況は、骨癒合が不十分なため、不用意な荷重による離開の可能性があり、右大腿や下腿に筋萎縮や筋力低下が見られ、訴外病院内での日常生活動作は自立しているが、歩行は松葉杖で部分荷重の状態であったこと、被控訴人が熊本市内の下宿先から訴外病院に通院するには、バス利用(乗換え一回)に歩行を含めて約1時間10分を要し、退院直後の下肢障害者にはかなり困難な通院であること、被控訴人の自宅(肩書地)は学校から100キロメートル以上の距離があり、バス等を利用しても片道3時間以上を要するので現実的には不可能であったこと、青木医師は、整形外科的には4月10日までに被控訴人の退院が可能であると判断していたが、歩行能力、日常生活動作能力、居住環境、家族を含む介護人の存在の有無、通院の難易等を総合的に判断した結果、被控訴人を5月2日まで入院させたことが認められる。右事実によれば、被控訴人の入院は、実際に被控訴人の治療に当たっていた医師の総合的判断に基づくものであって、医師の裁量の範囲内の判断であると認めることができ、過剰な入院であったということはできない。
以上:5,296文字

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